おっ、オ・ヤ・ジィー!
『電話が鳴る』
光龍大社、社務所。リーンリーンと黒電話が鳴る。元気を取り戻したまりえが出る。電話の応対、大丈夫かなぁ⁉︎ ちょっと心配。
ーはいはい! ー
ーあれ? お嬢ちゃん、太一はいるかな? ー
ーたっ、たいちぃ⁉︎ あのー、どちら様ですか? ー
まりえから俺の名前が出たんで、俺は慌てて変わる。
ー……かれい王余魚奴と申しますー
ーおっ、親父!ー
ーなんだ。太一じゃないか。今のは彼女か⁉︎ー
ーんな訳ないでしょう! 俺の体質のこと知ってるだろうー
腹の立つ奴だ。急にいなくなったと思ったら、急に連絡してきて……。遊び人というか、風来坊というか、息子をおいて諸国漫遊とはいいご身分だ。けど、よくそんな金があるよなぁ!
ー先日、金魚を送っといたぞ。お前、好きだろう!ー
ーやっぱり親父だったのか! 荷物が着く前に連絡してよ!ー
ーその様子じゃあ、元気そうだなー
あぁ、元気だとも。1匹を除いてみんなダンスの練習しているよ! そんなこと、ややこしくなるから言えないけど。
ーオスが1匹紛れ込んでたぞ。混泳させられないだろうがぁ!ー
ー何だぁ。気付いたのか。ドッキリだったのに!ー
親父の奴、本当に人を舐め腐ってるよなぁ! 実の親とは思えないよ! ドッキリって言っても、もし気付かないまま春になってたら、かわいそうな稚魚がたくさん生まれちゃうじゃないか! 実際、俺は全く気付かなかったし。まりえ達は分かってたみたいだけど、混泳の基本とか知らないから申告してくんなかったし! 俺の頭の中は、親父への苦情で溢れていた。だから、そのあとで少しだけ声色が変わったのに全く気付かなかった。
ーで、小赤は元気にしているか? ー
ーあぁ、元気だとも。広い水槽の中を泳ぎ回っているよ! ー
ーへぇ、広い水槽をねぇ。買ったのか? ー
俺ははっとした。そういえば親父はまりえ達が擬人化したの知らないんだよな。広い水槽で1匹しかいないオスを飼っているのって、不自然だよなぁ……。俺は本当のことを言いたくないから、なるべく当たり障りがないように話をすり替えることを試みた。
ーあぁ、もちろんさ。痛い出費だよー
ー水槽はどこに置くんだ? ー
ーそれは、神殿だよ、神殿ー
ーダメじゃないか。光龍様がお怒りになるぞ! ー
ーそんなことで怒るような方じゃないよ! お優しい方だから! ー
これもまずいな。前に光龍様は親父とは1度も話していないって言ってたし、俺が光龍様とお話ししていることとか、実体を持たれたこととか話しちゃうと面倒臭いことになりそうだ。家に帰ってこられたら厄介極まりない!
ーそうか。なんか、楽しそうだな! ー
ーいっ、いやいや、楽しくなんかないから。年収低いし! ー
ーははは。お金にしがみつくようじゃ、未だ未だ半人前だなー
ー放っておいてくれ! ー
ーそう言われると、帰りたくなるなぁー
やっ、やばい! ふらっと帰ってきそうなフラグ立ててる! どうにかして追い払わないと! 俺が慌てていると、親父は続けて言う。
ーまっ、そんなに直ぐには帰れんがな! ー
ーあぁーあ、それは残念だ! 諸国漫遊、ごゆっくりー
ーあぁ、そうさせてもらうよ。じゃあなー
ガチャッ、ツーツーツーツー
なんとか追い払えたと思う。事実、親父が帰って来たのは随分経ってからだから。けど、俺は2つの大きなミスをしていた。1つは『水槽はどこに置くんだ? 』と言う問いに、素直に神殿と答えたこと。置いてあるって言うべきだった。そしてもう1つは、親父が何処にいるのかを聞かなかったこと。まさか、親父が小さな教会にいるとは思ってもいなかったから。親父のマスカレードは始まっている。
『おまけ・あゆみ』
俺は、あゆみさんととある公園に行く。朝の散歩がてらに、話があるって呼び出されたんだ。まさかの告白? そんな話だったらどうしよう! 俺には気になる子がいっぱいいるんだよね、へへ。俺の鼻の下は自然に伸びきる。恋愛とか、そういうのって経験がないから、ドキドキしちゃう。けど、そんな内容ではなかった。残念な気持ちがなかった訳ではないけど、ほっと安心した気持ちの方が強かった。話の内容はいたって簡単。お互いの呼び方について。
あゆみさんは、俺のことをマスターって呼びたいんだって。俺が飼い主って訳ではないけど、これから『はねっこ』として活動するにあたり、上下関係をハッキリさせておきたいんだと。上下関係って、恋愛関係とは真逆の響きだよな。ちょっとがっかり。けど、断る理由もないし、俺は快諾する。それからもう1つ。俺があゆみさんをどう呼ぶかってことについてもリクエストがあった。
「マスターには、私のことあゆみって呼んでいただきたいんです」
なるほどなるほど。まりえとか優姫を呼び捨てにしてるから、同じにして欲しいってことかぁ。ま、良いけど。これも断る理由が見当たらないからね。ふと、アイリスさんやあおいさんのことが頭に浮かぶ。それから、光龍様のことも。それは今まで通りで良いんだろうな。
「分かったよ、あゆみ」
あー、照れる。まりえとか優姫を呼び捨てにするのとは、やっぱりちょっとだけ違う気持ちになる。慣れない、初々しい感じがする。
「ありがとうございます、マスター!」
「あっ、ははははぁー!」
右手で首筋をこする動作って、自然に出るものなんだな。はじめて知った。こうして、俺はあゆみのことをあゆみ、あゆみは俺のことをマスターと呼ぶことになった。
帰ろうと思うと、7匹の仔ねこ達はおやすみの真っ最中。
「きゃっ、ねこ!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ!」
まだ離れているのにあゆみは怯え、そっと俺に身体を寄せる。『ぷにぃぷりんって』を媒介してあゆみの心臓がドキドキするのが伝わってくる。俺の中の護ってあげなきゃ! 的な気持ちが強くなり、そっとあゆみを抱き寄せる。
「マッ、マスター。早く逃げましょう」
「ははは、逃げなくっても平気だよ。ほら!」
俺はそう言うと1匹の仔ねこに近付き、その頭を撫でる。仔ねこがゴロゴロしだす。他の仔ねこ達も、俺に近づいて来る。額を擦り付け、ゴロゴロゴロ。
「本当! 仔ねこって、おとなしいのね」
「あぁ、ここの仔ねこ達は幸せ者だから!」
あゆみははじめ、俺が幸せ者と言った意味が理解できなかったみたい。けど、母ねこさんが姿を見せると、あゆみも納得する。
「みんな、母ねこさんに護られて幸せなんですね。あゆみも幸せです!」
「あゆみがどうして幸せなの?」
「だって、いつでも頼りになるマスターにお護り頂いてますから」
そう言って駆け出すあゆみ。アイドルになることへの躊躇いは消え、前へ進もうという気持ちが、あゆみを動かしている。その後ろ姿を、俺は暖かく見護る。そして、あゆみを、『はねっこ』を、マスターとしてどんなときでも護ろうと心に誓う。
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