鴨が葱を背負ってやって来る
『タライ』
落ち着いたところで、俺は光龍様に見てきたことを伝える。
「どうして早く言わないの!」
いや、ね。光龍様が聞く耳持たなかったんでしょう。それにしても、光龍様は、仮の姿とはいえ麗し過ぎる。気高さを通り越した神々しさは、実写のなせる技。それでいて親しみやすさを越える馴れ馴れしさがあるのは、アニメ的。なになにのじゃって言うのもかわいいけど、現代語もサマになっている。全部良い!
「何言ってんのよ、アンタが聞かなかったんでしょう」
おっ、おいおい。あおいさん、神様に向かって暴言を吐かない方が……。案の定、あおいさんの頭の上にタライが命中する。どこから降って来たんだろう? 不思議。
「ったいわね! 何するのよ!」
「神に向かって暴言吐くからよ!」
「事実じゃないの! 白よりの分からず屋」
「何よ! 黒よりの無神経!」
俺は、まるで『実写映画版 ラブプリ! ー大げんかー』のオープニングを見ているような気持ちになる。ただ、現実が映画と違うところは、ふんっと言ってそっぽを向いた橘ことりの頭に、タライが激突したことくらいだ。どっちが現実かってことを考えると、ちょっとややこしい。それにしても、光龍様ってば地味に御神力の無駄遣いをしているような気もする。
「まぁまぁ、お2人とも落ち着いてください」
「そうでございます。喧嘩している暇はございませんよ」
優姫とアイリスさんが間に入って、ようやく2人の茶番劇は終了する。
『やるべきこと』
俺達には、やるべきことが2つある。1つは、黒い影のような存在の正体をつかむこと。俺達は、この黒い影のような存在に、漆黒の闇と名付けた。そして、もう1つは……。
「『ありゃまTV』の続きを見る!」
それは却下だよ。まりえには誰も突っ込まない。けど、目の色を変えて画面に釘付けになっているまりえのことは放っておこう。もう1つのやるべきこと、それは、大黒様の安全確認。光龍様より弱いらしい大黒様のだけど、味方になってくれれば心強い。逆に、打倒されてしまったら、いくら光龍様がお強いとはいえ、光龍大社は堀を持たない城のようなものになってしまう。
「2手に別れましょう!」
「その方が、手っ取り早いもの!」
こうして、俺と光龍様とアイリスさんは大黒様のいる明神さんへ向かい、まりえを除く他のみんなは優姫をリーダーにして漆黒の闇がいた小さな教会の小さな礼拝堂へ向かうことにした。
『禰宜さんの名前』
俺達が明神さんに駆けつけると、大黒様は昼寝をしていた。どうやら、漆黒の闇はまだ動き出していないみたいだ。俺は、明神さんの1000万円宮司に挨拶がてら、様子を伺う。宮司さん、相当呑気に構えている。
「あぁ、あの加茂くんなら、行方不明でのぉ」
「いつからですか?」
「今朝から顔を見たものはおらんよ」
「連絡は? 取れないんですか!」
「何度も連絡しとるが、一向に返事がない」
あの禰宜さん、加茂っていうんだ。加茂禰宜ってこと! 加茂禰宜さんはどこへ? そして、漆黒の闇の狙いは!
『気付かない判断ミス』
ー鱒宮司、小さな教会には誰もいないみたいですー
ー了解。引き続き禰宜さんの行方を探そう!ー
ー分かりました。でも、ちょっと引っかかるんですよ……。ー
あゆみさんがそのときインバネスケープを着用し、メガネの右側のレンズをキラリと光らせていたことを知っていれば、その話を聞いて直ぐに行動したかもしれない。けど俺はそうしなかった。だから、留守番のまりえを危険な目に合わせてしまった。
『まりえが危ない!』
さらに数十分間、俺達はお互いに連絡を取り合いながら禰宜さんを探し回った。しかし、誰も禰宜さんを見つけることはできなかった。
「太一よ、これだけ探し回っていないってことは……。」
光龍様に太一って呼ばれた。なんだか嬉しい。俺もまなちゃんとかって呼んでみようかな! けど今はそれどころじゃない。
ー鱒宮司、やっぱり光龍大社が心配よ……。ー
あゆみさんがさっき言おうとして辞めたことを言った。俺はようやくはっとなる。はじめから考え違いをしていたんだ。漆黒の闇の狙いは、光龍大社! そう考えて行動するべきだった。
「みんな、急いで光龍大社に戻ろう!」
まりえはスマホを持っていない。だから連絡がつかない。光龍様やあゆみさんが示唆したように、漆黒の闇の狙いが光龍大社なら、まりえが危ない! 兎に角、急ごう。
『鴨が葱を背負ってやって来る』
光龍大社の社務所。誰よりも早く戻ったのは俺。みんなの到着を待たず、まりえのいる社務所の地下室へと向い、階段を降りる。中からは声だけが漏れる。
「はっはっはっはー、思い知ったか!」
「……。」
「安心しろ。お前のマスターも直ぐに送ってやるさ!」
まっ、まりえ! 俺は、ドアを蹴破り突入した。
「あれ? マスターお帰りなさい。いま、ちょうど良いところだよ!」
まりえが俺を出迎える。どうやら、俺の勘違いだったみたい。声の主は、『ありゃまTV』の『実写版 初代ラブプリ! ーラッシュー』だった。それを確認して、俺はその場にヘタレこむ。力が一気に抜けた。まりえが無事でよかった。『ありゃまTV』の見過ぎか、まりえの瞳はいつもより黒目がかっていた。
「あんまり見過ぎんなよ……。」
今度は、ふと足元を見ると、何かが蠢いている。俺は、ギョッと声にならない声を出す。
「あー、それね、加茂禰宜さんだよ! 悪い人だからまりえが捕まえたの!」
信じられないことだけど、事実のようだ。ピクピクと動いているのは、まだ生きているから。身体中ガムテープでぐるぐる巻きだけど、鼻だけは巻かれてなくて、息が続いているんだ。まりえにしては上出来。まるで、鴨が葱背負ってやって来たみたいに、さっさと退治された。
『憎き禰宜さん』
しばらくして、全員が帰ってくる。加茂禰宜さんに巻かれたガムテープをみんなで剥がす。
「アンタ弱っちぃのね。まりえなんかに負けるだなんて」
「鴨が葱背負ってやって来たみたいですね」
加茂禰宜さんは、あおいさんにバカにされたり、優姫に名前をいじられたりして、しゅんとしている。それに、この3日間位の記憶がないらしい。やっぱり、漆黒の闇の仕業のようだ。
「お騒がせ致しました。神職にありながら取り憑かれるとは、恐縮です」
加茂禰宜さんは、1000万円宮司さんに引き取ってもらう。翌日の人事で加茂禰宜さんは、権禰宜に降格したらしい。かわいそうに。けど、権禰宜でも年収は400万円なんだって! 憎い!
『タライ=日常的お約束行為』
まりえの活躍で漆黒の闇の攻撃を防ぐことができた。けど、これではっきりしたと言って良い。漆黒の闇は、光龍様を狙っていると。光龍様がカリカリするのは無理もない。だからあおいさん、口は災いの元だよ。
「まぁ、アンタにしてはお手柄ね! 褒めてあげるわ」
「甘いですわ、黒より。漆黒の闇を取り逃がしたんですから」
「良いじゃないの。白より。みんな無事なんだし!」
あおいさんの頭の上にタライが落ちる。それを見てみんなが笑う。光龍大社の新しい日常的お約束行為になりそうな予感。俺個人としては、光龍様がいうのも分かるけど、今日のところはまりえを褒めてあげたい。1人で立ち向かい、漆黒の闇の使いを退治したんだから。俺がまりえの頭を撫でると、まりえは俺の手に頭をスリスリさせてくる。いつもと変わらない毎日が訪れれば、それで満足!
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