2人でラブプリ!

『秘策』


 俺達が駆け足で向かった先は、電気街の雑居ビルの3階。いつだったか光龍様を連れてきたあのお店。カスタマイズドールの販売コーナーだ。その中には部品もあるけど、作品も展示・即売されている。作品というのは、既製のパーツを組み合わせて作られたもので、アニメのキャラやアイドルさんに似せてある。そして、その中には『実写版 初代ラブプリ!ーラッシュー』の『白よりのグレー、かごちゃん』もいた。俺は、それを思い出したんだ。


「何よ。この忙しいときに。わざわざこんなもの買わなくても……。」

「光龍様に降臨していただく土台にするんだ!」

「正気⁉︎」


 もう1つ必要なものがある。それは、『実写版 初代ラブプリ!ーラッシュー』の『黒よりのグレー、きっこちゃん』のコスプレ衣装。あの子ならきっと、持っているに違いない! 俺は社務所を出る前に頼んでおいたその人からの連絡を待っていた。


「鱒くん、見つけたわ! けど、私、着れない。胸が苦しすぎるの! 子供の時のだから」

「それなら心配いらないよ、あゆみさん。着るのはぺったんこの人だから!」

「えっ、じゃあ、もしかして⁉︎」

「あぁ、そうだ。ホンモノのきっこちゃんが居るんだから!」


 これで材料にはほとんど目処がたった。あとは、全て俺自身の腕に掛かっている。


『白よりのグレー』


 社務所に戻った俺は、習字道具を用意。直ぐに硯で墨をすりはじめる。いつもは5ヘルツ、毎秒5往復をして10分掛けて墨をする俺だけど、この日はいつも通りの5ヘルツながら、3分ですり終わる。


「ちょっと、薄いんじゃない?」

「良いんだこれで! 白よりのグレーで充分なんだ」

「……。知らないわよ、どうなっても!」


 そこへちょうど、あゆみさんが衣装を持って現れる。


「鱒くん、これで良い?」

「うん。じゃあ、あおいさん。これ着て!」

「すごい、再現力半端ないわね! いいわ。任せて!」


 すかさず生着替えを披露してくれるあおいさん。素早いから、見たいところは見れなかったけど、不思議と後悔はない。


「わぁ! ぴったり‼︎ 奇跡ね」

「幼児体型、舐めんな!」


 準備完了。あとは、俺の字を光龍様が受け入れてくださるかどうかだけ!


『喜劇 ラブプリ! カスタム』


『ありゃまTV』の『実写版 初代ラブプリ! ーラッシュー』がCMになったときを待って、カスタマイズドールを持ってあおいちゃんが社務所に乱入。アドリブで演技する。


「この中に、かごちゃんはいませんか!」


 いきなり始まったかごちゃんコール。「お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか」という、航空機内で急病人がいるとときどきあるドクターコールよりも堂々と社務所内に響き渡るあおいさんの声。それまで画面に夢中だったみんなは、異変に気付く。アイリスさんは目を猪目にして手を組む。組んだ手が顔の横に来ると、おっぱいがぎゅっと押しつぶされて弾けそう。まこととしいかは、何があったか分かっていないみたいで、茫然とあおいさんを眺める。ホンモノの橘ことりだと思っているみたい。優姫は苦笑い。唯一俺が仕組んだ芝居だってことが分かったみたい。社務所内に混沌が訪れる。


 まりえはというと、はいはいと手を挙げて、あおいさんが抱えているカスタマイズドールを奪いに行く。全く空気を読んでいない。仕方ないけど。あおいさんは間一髪躱し、コールを繰り返す。


「この中に、かごちゃんはいませんか!」


 あおいさんも素早いけど、まりえも素早い。まりえは、どうしてもカスタマイズドールが欲しかったようで、何度も奪いに行く。カスタマイズドールを手にして、変身の口上を述べたいのだ。


『光龍様は左利きでマニアック』


 台本のない1発勝負の芝居にかけたけど、これでは光龍様が気持ち良く降臨できそうにない。失敗か、そう思ったときだ。


「光の使い、ラブ白より!」


 まりえは我慢できなかったみたいで、カスタマイズドールを奪う前に、ラブプリ!の変身の口上を述べ始める。もちろん振り付き。俺が見てて思ったのは、なんか、上手い! ってこと。けど、見ていたみんなの中には、大きな間違いに気付いた人? もいた!


(左右が逆よ!)


 俺にはもちろん聞こえたけど、他のみんなにも聞こえたみたい。初めてのときは俺も戸惑ったけど、脳に直接響く金切声。光龍様だ。光龍様が言うように、『実写版 初代ラブプリ! ーラッシュー』の『白よりのグレー、かごちゃん』こと、『光の使い、ラブ白より』は、左利き。まりえは普通に右利き。左右反転って気付きにくいけど、初見で見抜くなんて光龍様はさすがだ!


「今だっ!」


 みんなが光龍様の声に戸惑っている間に、俺はカスタマイズドールに御神札を貼る。すると、直ぐにカスタマイズドールは輝きはじめる。どうやら、光龍様の降臨は成功したみたい。カスタマイズドールから放たれるその光は、俺の放つ不思議な光に似ているけど、それよりも数倍強い。


「マッ、マスターが!」

「違うわ。お人形さんが……。」


 今度はみんな、その光に圧倒されている。その間に、人形は大きく重くなっていく。あおいさんがカスタマイズドールから手を離したときには、充分な光に支えられていて直ぐには落下せず、光龍様が降臨した『光の使い、ラブ白より』は静かに着地。やがて光がおさまると、光龍様はそのお姿をはっきりと魅せる!


「愛よ勇気よ誠の詩歌よ」

「碧鞠の地に歩み寄れ!」

「光の使い、ラブ白より!」

「光の使い、ラブ黒より!」

「2人でラブプリ!」

「漆黒の闇の使いどもよ」

「さっさと光のシャワーを浴びなさい!」


 まりえより数段上手く、しかも左利き! 光龍様、本当にすごい! あおいさんもすかさず合わせる。さすがは天才子役『なまだしあ』! 完璧に決めた! この後に訪れる漆黒の闇との本当の戦いが、どんなに過酷なものかを知らない俺達は、初代の登場に敬意を払い拍手喝采を浴びせた。

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