大事なことはしれっと言う
あおいさんの正体!
『重大案件、重大ミス』
この日はもう1つ、重大な事件があった。対バンライブのタイムテーブルと細則が決まったんだ。俺達の出番は、午前11時、トップバッターだ。『はねっこ』のお披露目ライブとしては、申し分のない順番だ。それから、特典会の商品についての規定もあった。
ー特典会の商品価格の上限は、2000円としますー
大して売り物のない俺達にとっては、何の問題もない文言だった。それから、フェス形式で観客投票で、上位のアイドル祭への参加資格も得られるらしい。そうなれば、全国的に注目されるチャンスも広がるんだって。それにそのアイドル祭には、あの『なまだしあ』が総合司会をするのではという巷の噂もある。俺は、急にやる気になった。けど、大切な1文をつい見落としてしまう。
ー各ユニット、8名以上での参加をお願いいたしますー
俺がこのことに気付いたのは対バンライブの1日前。痛恨のミスだった。
『NGワード』
あおいさんが出勤してきた。素直にお礼を言って、もしできるなら、ユニットに参加してもらえないか頼んでみた。だって、どうしても勝ちたくなったんだもん。
「どうして、私って分かったのよ、匿名でしょう!」
「応募者が1人だったんだもの……。」
「あっきれったぁ! そんなんで、勝てるの?」
「俺達は、勝たなきゃならないんだ!」
「はぁ、何格好つけてんのよ、ただの池メンさん!」
あおいさんは、本当に口が悪い。他の巫女達と違い、俺へのリスペクトは0未満な気がする。けど、あおいさんが参加してくれれば勝てる気がしていたので、何とか頼み込む。すると、横を通りかかったまりえが助け舟を出してくれる。ある意味では大変に効果的な一言だった。
「マスターは、どうしても優勝したいんだよ」
「優勝? ユニット結成の目的は神社を守るためじゃないの?」
「事情が変わったんだよ。本大会に行きたいんだ!」
「本大会? 全国アイドル祭のこと?」
「そー、それ、それ!」
まりえが言うことには全くの飾りがない。まりえは嘘がつけない正直者なんだ。だから信用することはできるんだけど、信頼することはできない。だって、馬鹿正直だから。俺が止める間もなくまりえは続け、あおいさんにNGワードを言う。
「なまだしあさんが、総合司会をするんだって!」
「なっ、何ですって!」
急に声が大きくなったから、他のメンバー達も近付いてくる。側からは、俺があおいさんを怒らせたようにも見えるんだろう。みんな心配している。俺は、ワタワタするしかできなかった。
『KYがGJになる』
みんなが取り囲んでいるのに、まりえは怯むことなく続ける。
「だ、か、らー、マスターの初恋の人だよ!」
聞き直したのは、聞こえてないからじゃないんだよってことをまりえが理解するまでは時間がかかるかもしれない。今直ぐという訳にはいかない。そんなことはあおいさんも分かっているんだろうけど、『なまだしあ』という言葉を聞いたとき、あおいさんはいつも取り乱す。
「そんなの、あり得ないわ!」
あおいさんは、ふんっとそっぽを向き、なるべく取り合わないようにという素振りをする。そんなあおいさんの視線の先に回り込んで、まりえが言う。えぐい。
「本当だよ。あの超絶美少女の、なまだしあだよ! みんな言ってるよ」
「あり得ないって!」
あおいさんは今度は完全にまりえを背中に見る角度に向き直る。その先には、ちょうど優姫がいる。優姫はあおいさんと目があうと、にっこり笑って言う。
「どうしてそう思われるのです? あおいさん」
あおいさんは、優姫の笑顔に引き込まれたとも、全てを見透かされて観念したとも、面倒臭くなったとも言える表情を見せ、静かに言う。
「だって、私がなまだしあなんだから!」
『あの子もこの子も』
あおいさんの一言、俺にとっては衝撃だった。ふと、面接の日にどこかでみた顔だと思ったのを思い出す。なまだしあは、5年間も活動を停止しているから、今の素顔なんて誰も知らない。けど、顔面偏差値100越えのあおいさんがなまだしあなら、俺は妙に納得する。とは言え、アイリスさんやあゆみさんは息を飲んでいる。まさかと言った表情。優姫もさすがに意外だったみたい。意味が分からず、ぽかぁんと大口を開けているのが、まりえ、まこと、しいかの3人。まことやしいかは、なまだしあの活躍を知らないから、仕方がない。こういう場が混沌としたとき、はじめに喋り出すのは、いつもまりえ。
「ちょっと、何言ってるか分からないわ、あおいちゃん……。」
「何度も言わすな! 私がなまだしあなのっ」
なまだしあが芸名で、本名が水掛あおい。あおいさんが説明してくれて、ようやくまりえ達も事態を理解する。こういうみんなが納得したとき、はじめに騒ぎ出すのも、いつもまりえ。
「じゃあ、あおいちゃんが、超絶美少女のなまだしあなの!」
「大きい声出さないで! 誰が聞いてるか分からないんだから」
誰かが聞いているはずなんかなかった。だって、光龍大社は今日も参拝客は0名なんだから。
優姫はあおいさんがなまだしあだということに気付いていなかったみたい。だからあおいさんとしては自爆したようなものなんだけど、優姫の推測も当を得ていたみたい。俺にとっては驚きが増えただけなんだけどね。
「私は、あおいさんが金魚だったんだと思ったんです」
「なるほど、鋭いわね。それも正解よ」
それを聞いて、俺は卒倒してしまう。あおいさんまで金魚だったとは!
『1番恐ろしいのは、『ラブプリ!』かもしれない』
俺が目覚めたのは次の朝だった。前日の夕の日供祭を飛ばしているので、光龍様に怒られるかと思ったけど、そうでもなかった。前日に光龍様の口封じのために『ラブプリ!』シリーズの全巻DVDを供えておいたのが効いたみたい。
『ぶくぶく堂』のさちこさんが奉納してくれたたい焼きは、優姫が気を利かせて供えておいてくれたのも、光龍様がお怒りにならなかった理由かもしれない。もっとも、その供物は、夜のうちにはまりえの胃袋の中に収まったんだけどね。
それからもう1つ。『ぶくぶく堂』のたい焼きが、たい焼きではなくなった。味が落ちたという訳ではなく、デザインが変わったんだ。『たい』から『金魚』へ。ちょっとした変更だけど、まりえがきよこちゃんに『はねっこ』の名前を漏らしたらしい。それから、自分が元は金魚だったことも話したみたい。きよこちゃんは信じているけど、さちこさんは、そういうコンセプトのアイドルなのねっていう程度で解釈しているみたい。何れにしても、金魚がありがたがられると思って、デザインを変えてくれたんだって。つくづく思うのは、俺の周りの人達って、人情味がある人が多くて、あたたかい。これが光龍様の御利益ならありがたいんだけど……。
(なるほどのぅ。そんなことがあったとは、知らなかったのじゃ)
(最近はお近くにいてくださらないのですか?)
御利益がありがたいと思ったばかりだったので、あおいさんのことを何も知らなかった光龍様のいい加減さに、俺は毒を吐く。
(DVDがいかんのじゃ!)
どうやら、まりえ達と一気見したらしい。『ラブプリ!』おそるべし。
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