始動。巫女アイドル!
「はねっこ」という名前
『1通の手紙』
(今日はなんか、嫌な予感がするのじゃ)
日供祭で俺の作ったたい焼きを3つも食べたくせに、光龍様は不安気。その不安は的中する。1通の手紙が俺と光龍様、そして巫女達の運命を変えようとしている!
ー通知 光龍大社は本年度をもって新規氏子と崇敬者の受け入れを取りやめるー
さらに続く、合祀の文字。1万年も前からこの地で信仰されてきた光龍様を合祀するなんて! 合祀というのはこの場合、光龍様を別の神社に移すこと。神社の偉い人が決めたことだけど、許せない。俺の年収はどうなるんだ!
(そなた、なんとかするのじゃ……。)
(なんとかすると言っても……。)
『神アイドルじゃダメですか?』
俺は考えて、ある結論に至る。『神アイドル』の企画だ。光龍様をアイドルにするというものだ。
(光龍様はお嫌ですか?)
(儂は神なのじゃ)
(そうですね。けど、女子ですよね)
(実体を持たないから、無理なのじゃ)
(そっ、そんなぁ……。)
(ならばそなた、霊気の篭った字を書くのじゃ)
(……。)
(素直に巫女アイドルで良いのじゃ)
こうして、俺は『巫女アイドル』を企画することになり、まりえ達を呼び出した。
『初期メンバーは6人』
「いいよ。マスターがそうしたいんだったら!」
「私も、折角巫女になったんですから、楽しみたいです」
意外なほどあっさりとまりえと優姫は大賛成してくれる。けど、案の定、まこととあゆみさんは嫌がっている。反対はつきものだよね……。
「まこと、あんな風に踊れないよ……。」
「私も人前で踊るのはちょっと……。」
「まずはレッスンだけでも受けてみませんか?」
「はじめは上手くいかないかもだけど、練習すれば大丈夫だよー!」
そんな2人をアイリスさんとしいかが励ましてくれる。本当はアイリスさんも嫌だったみたいだけど、理由を汲んで賛成してくれた。それで、まこともあゆみさんも渋々ながら練習に参加することに。だけど、真っ向から反対したのがあおいさん。
「いまさら、アイドルなんて無理よ!」
そう言い残して、出て行ってしまう。俺がもっと、ちゃんとあおいさんが反対する理由を聞いていれば良かった。けど、どうせ全員では無理だと思っていたから、早々にあおいさんの勧誘を諦めてしまう。だから、あんなことになってしまう。
『御朱印書くガール、まりえ』
仕方がないので、6人で練習してもらうことに。デビュー曲は、しいかに作詞を依頼。しいかの世の中を斜めからみる感覚は、作詞に活かせそう。振付は舞踊の心得のあるアイリスさんとまことにお願いすることに。2人とも2つ返事で引き受けてくれる。衣装はあゆみさんと優姫に任せる。そして、ユニット名は、箱を用意して、何か思いついたら放り込んでもらうことにする。あとで決めれば良いからね。
「まりえは、何やればいいの?」
「じゃあ、御朱印でも作っといて!」
「はーい!」
まりえには、他に頼めそうなことがない。大・空・新・春・初・夢・恋・愛・金・魚・薔・薇と、1文字ずつ和紙に書いて貰う。まりえのファンクラブの会員なら、秒速で貰ってくれそう! 資金源になれば良いなぁ。
『シはしいかのシ』
しいかの作詞。上手くいっているみたい。
「しいか。どんな歌詞なの?」
「まだできていないわよ」
「手伝おうか?」
「それには及ばないわ」
「順調だって考えてて良いの?」
「順調? まぁ、一応は、ね」
「すっごい気になる! サビの部分だけでも教えて欲しい!」
「やだ、恥ずかしい! けどね、ありがとうって言葉を繰り返す感じの曲なの」
感謝の気持ちを込めて歌いたいだって。巫女らしさとアイドルらしさって、ありがとうの気持ちで繋がってるのかもしれない。どんな歌詞かはまだ教えてくれないけど、良いものができそうで楽しみ。
『仕事には納期があるのを忘れるな』
あゆみさんと優姫の衣装の調整。ベースは巫女装束なんだけど、動きやすく改造したり、マイクの発信機用のポケットを付け足したりする。順調そうに見えるけど、問題があるみたい。あゆみさんは相当悩んでいる。
「つくづく思うのです。明神さんで見た巫女舞は素晴らしかったって」
「うん。凄い優雅だった! 神楽殿が華やいだよね」
「はい。ですがその動きが、ある意味では限界なんです」
「どういうこと?」
「袴は袖や裾が長くて踊りにくいんです」
「なるほど。あれ以上速い動きをするには袖や裾が邪魔ってことか……。」
優雅さを追求した巫女装束と激しいダンスを前提にしているアイドルの衣装。巫女らしさとアイドルらしさを共存させるためのあゆみさんの研究は続く。完璧主義のあゆみさん、どんな結論を出すのだろう。
「ダンスの練習をして、改造箇所を洗い出すというのは、如何でしょう」
俺があゆみさんの作り出す衣装を想像していると、もう1人の衣装担当の優姫が言う。頭の中で衣装を動かすよりも、実際に動いてみて問題点を見つけるという優姫の発想には、目から鱗だった。こうして、既存の巫女装束でダンスの練習をしてみることになった。
『金魚の筋肉は伊達じゃない』
オリジナル曲はまだできていないから、カバー曲からダンスの練習をすることに。はじめての観客と一緒に騒ぐには、耳慣れた曲の方が手っ取り早い。ダンスの練習を見学してて、不思議なことに気付く。6人とも上手だってこと。どうして?
(金魚を舐めるでないのじゃ。人を魅了して生き残った種族なのじゃ)
光龍様の言う通りかもしれない。巫女達が元金魚なら、どうやって清く、かわいく、美しく魅せるかってことが、自然の振る舞いの中でできてしまうんだ。
(それだけではないのじゃ。地上には水圧がないのじゃ)
(水圧、ですか!)
(そうなのじゃ。水圧がないから素早く動けるのじゃ)
技術的なことはよく分からないけど、アイリスさんが言うには、動き出しと止めを工夫することで、既存の巫女装束のフォルムのままでも充分に踊れることが分かった。かなり難しいことらしいけど、身体能力の高いみんななら、できるみたい。ダンスと衣装、この2つについて、大きな手応えをつかんだ。
『イベントスペースのある神社』
翌日、ダンスレッスンの休憩中。
「マスター、私達にぴったりのライブがありますよ」
それは、ご近所の明神さんが昨年オープンさせた施設で行われる対バンライブ。新人歓迎とあるから、確かに応募し易そう。けど、明神さんで光龍大社の御朱印を配ってしまって良いのだろうか。俺は応募にあたり、まずは宮司として明神さんの1000万円宮司さんに聞いてみることにした。話してみると、とても理解のある良い人だった。側にいた禰宜さんは厳しい人だったけど。
「なるほど。光龍大社がのぉ……。」
「はい。歴史ある光龍大社を存続させるために、是非、出場させてください!」
「御朱印を配りたいというのは、如何なものでしょう……。」
もう少しで宮司さんがうんと言ってくれそうだったけど、禰宜さんが反対。今にして思えば当然だったと思うけど、このときは何としても出場したかったから、少しがっかりしてしまう。俺は何も言い返せないまま、宮司さんと禰宜さんを見つめた。宮司さんは静かに話し始めた。
「鱒君や、御朱印の配布は許そう」
その言葉を聞いて、俺は感動で震えた。宮司さんが良い人で本当に良かった!
「ほっ、本当ですか! ありがとうございます」
「あーあ、良いとも。じゃが……。」
「……。御朱印はうちと光龍大社の連名にしてもらいます」
宮司さんの意を汲むようにして禰宜さんが続ける。
「うちの御朱印を200枚、光龍さんが買い取るという形で!」
「はい。ありがとうございます! ライブに向けて、精一杯準備します」
全て上手くいくに違いない。俺は本気でそう思った。そんな自分の甘さを感じることになるのは、しばらく経ってからのことだった。
『優姫からの報告』
衣装を製作していた優姫から報告があった。
「7着作り終えました!」
「えっ、7着だって? 6着で良いんじゃないの」
「いいえ、7着です。あおいちゃんの分も作っておいたんです」
優姫の気配り上手が発揮され、あゆみさんとも共謀して7着目を作ったらしい。けど、あおいさんが参加する目処は立っていない。それに、元金魚だからこそできるダンスパフォーマンスに、あおいさんがついてこれなかったら参加してもらっても意味がないような気もする。これだけみんなの和を乱しておいて、今さら入れてと言われても、うんとは言い難い。優姫は、俺からもう1度誘うように仕向けたいみたいだけど、俺にはそんな気持ちになれない。放っておけば良い。そう思っていた。
『ユニット名の名付け親は〇〇』
対バンライブまではあと3日。そろそろオリジナル曲とユニット名を決めないといけない。そんなとき、嬉しい知らせが舞い込んでくる。投書箱の中に1枚のメモと、オリジナル曲のデモテープが入っていた。一体誰が?
「いいえ、私ではありません。まりえがそんなことするとも思えませんし……。」
「じゃあ、アイリスさんかあゆみさんかなぁ……。」
「そうですね。その可能性が高いと思います」
優姫が言うように、まりえではないし、まことやしいかでもないみたい。買い物に出ているアイリスさんとあゆみさんが戻ったところで聞いてみることにした。
「投書ですか?わたくしではありませんよ」
「私も違います。衣装のことで精一杯です」
「えっ、6人とも違うだなんて……。」
「まっ、まさか! マスター?」
そんなはずないだろ、まりえ。誰もがそう言いたくても、誰も言わなかった。笑顔を作るのが上手い優姫がかろうじて発言。
「とにかく中を改めましょう!」
こうして、俺達はまずはメモに目を通してみた。
『選別されなかった個体』
投書箱に入ったメモ。その紙にはこう書いてあった。
ーはねっこー
これって、金魚でいうところの選別されなかった個体のこと。アイリスさんとあゆみさんがどうだか分からないけど、まりえ達は『はねっこ』だった。
「まりえのこと!」
「わたくしも、悪くないと思います!」
「良い名前ですよ! 私達らしい」
まりえだけでなく、アイリスさんやあゆみさんも気分を悪くすることはなかった。ユニットの名前はこれで決まりにしよう!
「はい。これで、投書したのが誰だかはっきりしましたね!」
優姫がそう言う。アイリスさんやあゆみさん、しいかも分かったみたい。優姫達が金魚だったことを知る人物って、あおいさんしかいないんだから、分かりそうなものだ。けど、このときの俺はまだ分からないでいた。表情からは、まりえも完全に分かっていなさそう。まことは半信半疑といった感じ。一体誰? まりえ、聞いてみなよ! 俺が心の中でそう思っていると、優姫がいたずらっぽく笑って言う。
「マスターももう、お分かりですよね!」
いや、分からないよ。分からないの分かってるだろ、優姫は! そういうのは、察しが効くじゃん! この振りで、半信半疑だったまことは答えに辿り着いたみたい。俺は、少なくともまりえよりは先に思いつきたくて、真剣に考える。
「あっ、分かった! マスター、あおいちゃんでしょう!」
まりえに先を越されてしまった。俺だって、あと2・3分考えれば思いついたはずなのに。考えていたのに答えを言ってしまうなんて、学校では嫌われるぞ、まりえ!
「そっ、そうだよ。よく思いついたね! まっ、まりえ、偉いぞ……。」
「わぁーい、マスターに褒められたー!」
まりえは大喜び。そんなまりえを見つめる優姫達も笑顔の花を咲かせる。こうなっては仕方がない。俺も笑おう!
『序破急』
あおいさんが作った曲。それは、面白い曲だった。時間は3分と短い。けど、舞楽の楽曲で理想型とされる、『序破急』の概念が織り込んである。『序破急』とは、リズムの変化のことで、初めは『序』という緩やかなリズム、次に『破』というやや早めのリズム、最後は『急』と呼ばれる高速のリズムというように、楽曲が徐々に早くなっていくこと。偶然というよりは、考え抜いて作られたものだと思う。さらに、使用される楽器も神楽風になっている。デモには、同じ曲が2回収録されている。神楽鈴という楽器が使われているバージョンと、使われていないバージョン。神楽鈴は本来巫女が持って舞うもの。ダンスの中で神楽鈴が持てるか持てないかで、バージョンを変えることができるみたい。
「早速、鈴を持って舞うバージョンで良いアイデアが浮かびました!」
「アイリスさん、さすが! 私も頑張って曲に合わせた詩を仕上げるわ」
あおいさんの作った曲を中心にして、ダンスと歌詞は急ピッチで仕上げに入る。直接参加してくれないけど、あおいさんも、「はねっこ」の一員と考えて良さそうだな。でも、どうして参加してくれないんだろう。明日にでも聞いてみよう。
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