儂は喧嘩しないのじゃ

ご近所付き合いがとても上手⁉︎

『コントかよ!』


(暇なのじゃ)

(良いことではありませんか!)


 神様が暇を持て余しているのは、コントの中だけではないらしい。光龍様は食っちゃ寝の自由気儘な生活を送られている。『ぶくぶく堂』のたい焼きを食べること以外にこれといって楽しみがないのだから仕方がない。とはいえ、このままでは俺の年収は上がりそうにない。このまま氏子や崇敬者が増えなければ、光龍大社はいつかどこかの神社に合祀されてしまう。そうなってしまうと折角光龍様の声が聞こえるのに、俺が大好きな光龍大社がなくなってしまう。大変だ!


(そうじゃ、出掛けるのじゃ!)

(一体、どちらへ?)

(ご近所付き合いじゃ)


 ということで、俺は光龍様を連れて近くの神社をまわることになる。俺にとっても、御朱印が1日に何百枚も配られる有名神社を見る、良い機会になりそう。けど1人で歩くのは寂しいので、アイリスさんについて来てもらう。


『アイリスさんと2人で歩く、幸せかも!』


「鱒宮司からお誘いを頂くなんて、光栄です!」

「巫女に憧れて日本に来たって言ってたから、ちょうど良いかと思って」

「はい。様々な神社を巡るなんて、とてもわくわくします!」


 そう言いながら、アイリスさんは俺の腕に絡みつく。俺の腕は爆乳と細い二の腕に挟まれる。興奮して光を放ちそうになるのを抑えて、なるべく平静を保って歩く。


『感謝感激雨霰』


 この界隈には屋敷神が多い。今では『稲荷』とか『権現』という飾り言葉が付いているけど本物ではない。けどそんなことは人が普通に生活する上で何の支障もきたさない。本物である光龍様にしても、その前では深々と頭を下げて感謝の意を伝える。お姿は見えないのだけれど、そうしているに違いない。何ごとにも感謝! そう思うからこそ御近所への挨拶が必要なんだ。


 中には本物の神様もいる。高速道路の下を通って、緑と青の線を潜る。中央通りの向こうには黄色い線が見える。そこからまたしばらく歩くと聖地と呼ばれる急な階段があり、登ったところに明神さんがいる。後になって思えば、光龍様は初めからここへ来たかったみたい。急に口数が増える。


(隠れずとも良いのじゃ)

(……。)

(今まで、大儀であったのじゃ)

(……。)

(一言、礼を申しに寄っただけなのじゃ。姿を見せるのじゃ)

(はっ、ははー! もったいないお言葉にございます!)


『縁結びの神様』


 出て来たのは大黒様。俺には直ぐに分かる。神様の姿を見たのは、それが初めて。絵や木像にされている姿とは程遠く、ぼやけた光が見えるだけなんだけどね。それでも誰にでもという訳ではなく、声と同様、限られた人にだけ見えるのだろう。隣にいるアイリスさんには何も見えていないみたい。


 明神さんといえば、奈良時代から続く由緒ある神社で、宮司の年収は1000万円を超えるともいわれている。羨ましい。そして、その明神さんに祀られているのが出雲国の神様、大黒様。縁結びの神様といえば伝わると思う。その大黒様は光龍様に平身低頭。光龍様って、神様の中ではかなり位が高いのかも! 光龍大社の宮司は酷い待遇だけどね。


『光龍様のお姿って!』


(そのうちにまた、力を借りることもあるというものじゃ)

(はい。この大黒、いつでもお助けいたします。その際は、是非お姿を!)

(言葉が過ぎるぞ、大黒!)

(ははーっ! 平にご容赦を)


 神様が姿を見せるというのは、やっぱり特別なことなんだろう。いつか光龍様の姿を見たいと言った大黒様は光龍様にピシャリと断られてしまう。そんな光龍様のお姿を俺が目にするのは、そう遠い日のことではなかった。この時には気付けなかったけど深い闇が俺達に迫っている。けど俺は、光龍様や大黒様がその闇に抗う準備をしている最中だということにさえ気付かなかった。


『御神楽・巫女舞』


 明神さんの境内の張り紙。読んでみると、今日は巫女舞という御神楽が奉納される日なんだって。有名神社となるとさすがにイベントが盛りだくさん。俺は真剣に見学しようと、他の巫女達も呼び寄せる。結局、あおいさんを除く6人の巫女が集結。あおいさんは用事があって来れないみたい。忙しいんだろうけど、和を乱すときがあって、ちょっと迷惑。けど、6人も集まってくれたんだから、感謝しないとね。そして、俺達は巫女舞に圧倒された。


「なっ、何というパフォーマンス!」

「圧倒的!」

「演奏も雅な感じで好感が持てるわ!」

「衣装もかわいらしい!」

「全員の息がピタリと合っています!」

「巫女舞って、こんなに素晴らしいものだったんですね」

「さすがは有名神社の巫女舞だ……。」


 まりえも、しいかも、まことも、あゆみさんも、優姫も、アイリスさんも感銘を受けたみたい。俺も感動した。巫女が舞う姿は美しい。それに、巫女舞は無料だけど、終わった後は御朱印配布所には長蛇の列。初穂料収入が半端ない。さすがは有名神社。さすがは年収1000万円以上の宮司! 脱帽だ。


『アイリスさんのお母さん』


 帰り道、アイリスさんは興奮気味に俺に話す。


「それにしても、日本の文化は素晴らしいものです」

「そう言ってくれると、誘った甲斐があるよ」

「身近なところに、神の存在を感じました」

「ははは。アイリスさんの国には、神様はいないの」


 俺が大黒様の姿を見たことは、アイリスさんには話せない。信じてはくれるだろうけど、見れなかったのを悔しがるだろうから。それほどアイリスさんは信心深い。


「もちろん居ります。私の母も、巫女だったのです!」

「アイリスさんの、お母さんが?」

「はいっ。あっ、でもそれは育ての親であり、わたくしは元は金魚ですけどね!」


 アイリスさん、金魚だったのを思い出した直後はかなり落ち込んでたけど、今はもう大丈夫みたい。自虐的に話している。少しは気を使わないといけないんだろうって思ってたけど、そんな必要はなさそう。


『ど真ん中はどストライク!』


 日本の文化というと、アニメとかアイドルというポップカルチャーを思い浮かべる人が多いと思うけど、神社のこととかって、日本文化のど真ん中なんだよな。俺は期せずして宮司になった訳だけど、これからはもっと日本の文化をアピールしていかないと。アイリスさんを見ていて、そんなことを思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る