氏子を増やすのじゃ

御奉仕大作戦

『神社経営は火の車』


(このままでは神社の経営が成り立たぬのじゃ)

(そうですね……。)

(氏子を増やさねばならぬのじゃ)

(氏子ですか……。)


 氏子というのは、地域の住人やご商売されている方のことを指す。『ぶくぶく堂』もその1つなんだけど、日頃から光龍大社を気遣ってくれる氏子の数は少ない。住んでいる人の数も少ない。光龍様がいうように、氏子の数を増やすことが御神威を増すには必要で、俺の年収にも直結する!


(氏子にご奉仕するのじゃ。そして氏子を倍増するのじゃ)


 こうして氏子への御奉仕大作戦が幕を開ける。巫女達と一緒に街へ出て御奉仕する店を探す。なかなか見つからない!


『あゆみさんの野望』


「秋葉原といえば電気街! 電気街といえばメイドカフェ!」


 しいかはいつになく張り切っている。メイド服が着れると思い、楽しみにしているみたい。けど、肝心のメイドカフェは光龍大社の氏子区域にはない。電気街は別の明神神社の氏子区域。だから、しいかの希望通りにならず、しいかは顔を膨らませてブーブーと不満を垂れる。面倒臭い!


「ここなんてどうかしら?」


 そんなしいかを上手になだめながら、あゆみさんがある店を見つける。それは、古びた仕立て屋。秋葉原は電気街が有名だけど、仕立て屋も多い。日本の既製服問屋発祥の地があるほどだ。あゆみさんが、古びた仕立て屋を選んだのは、しいかをなだめる他に、ある思いを抱えていたからみたい。自慢のメガネの右側のレンズがキラリと光るのを俺は見逃していない。


「面白そう! 行ってみようよ」


 あゆみさんだけでなくまりえにも促されて、しいかも機嫌を直す。こうして、俺達は古びた仕立て屋『テーラー和泉』で御奉仕することになる。


『テーラーの田中さん』


「光龍大社の巫女が手伝ってくれるだなんて、ありがたいことだ」


『テーラー和泉』のオーナーであり、テーラーである田中さん。まりえ達は今や街のちょっとした人気者なんだ。初日は挨拶の他は採寸方法を実地訓練するだけで帰されたんだけど、次の日に行くと、プレゼントが用意されていた。


「わあっ、かわいい!」


 しいかが言う。田中さんが作ったメイド服だ。『テーラー和泉』での作業用! 本職がこしらえたものだけに、本格的かつ機能的。デザインも秀逸で、みんなの魅力を存分に引き出していた。そして、役割に応じて機能もデザインも微妙に変えてある。それでいて全体としてはおとなしめという統一のコンセプトを持つ。一品ものを仕上げる『テーラー和泉』の仕事が凝縮されている! みんなのテンションが上がらないはずはない。田中さん、本当にありがとう!


『まりえ、口をすべらす!』


 まりえが元気にビラをまいていると、直ぐに黒山の人だかりになる。その中には『ぶくぶく堂』の常連客になった人もいる。


「なんだい。今度は紳士服かね!」

「まりえちゃん、頑張ってね!」

「ご満足頂けなかったら、全額返金。品質はこのまりえ様が保証するよ!」


 いつの間にか組織化されていたまりえファンクラブの会員も。まりえは気分良くのぼせ上がりつい口をすべらせる。そして、このことが後々のトラブルへと発展する。


『しいかの奮闘』


 店内は大混雑。外まで行列ができるほど。本来の仕立て屋は、1日に数件しか相手にしないものだけど、その容量を軽く超える。けどほとんどが、既制の小物を買うに止め、オーダーメイドの紳士服を着てみようという方は少数派。たい焼きとは訳が違う!


「君、早く採寸したまえ」

「はっ、はい。ただいま!」


 店内を任されていたしいかは、重労働に汗をかく。サラリーマンが仕事帰りに1杯飲むのを楽しみにするように、心地良い疲労感を味わう。『ぶくぶく堂』のときと同じ。けど、その『ぶくぶく堂』での経験がかえって油断を呼び、しいかのミスを誘うんだけど、それが発覚するのは数日後。仕立て屋の仕事は気が長い。


『あおいさんのプライド』


 一方、裁断室での仕事を割り当てられたあおいさんは、地獄を見る。田中さんは明るい性格で人当たりも良いんだけど、裁断室では人が変わる。職人気質なんだ。もっと縫い目をよく見ろだのハサミの角度を考えろだの、あーだこうだと、文句ばかり。


「やってやろうじゃないの!」


 あおいさんは、言い返すことなく田中さんの指示に従い、何度もやり直す。他の巫女達には負けたくないという、あおいさんならではのプライドがそうさせている。頑張って!


『プロを目指すなら!』


 田中さんの人格が替わるのは縫製室でも同じ。けど、縫製担当のあゆみさんは、1度も怒号を聞かずに済んだみたい。さすがはあゆみさん。巫女になる前はコスプレを嗜んでいただけあって、縫い物が得意なんだ。あゆみさんがこの仕立て屋を選んだのはその技術を磨くためなんだ。だから、誰よりも真剣に取り組んでいる。


「筋は良いが、アマだな。プロにはもっとスピードが要求されることを忘れるな!」


 そんなあゆみさんも、一言だけ苦言を呈される。この言葉をあゆみさんはとても大切にしたんだ。


『事件は突然に』


 そして遂に『テーラー和泉』でのご奉仕は最終日を迎え、ある事件が発覚する。強面のあるお客さんの礼服のサイズが合わない。


「娘の結婚式で着るために大枚叩いて新調したんだぞ」


 そのお客さんは憤りを隠すことなく田中さんにぶつける。採寸を担当したのはしいか。しいかは頭を下げるけど客の怒りは治らない。まりえは満足できなかったら全額返金すると言ってしまったことを思い出し、返金を申し出る。ところが、このお客さんは一見の客ではなく、常連さんだった。まりえの弁償するという言葉が、お金で解決しようという不誠実な態度に思われてしまう。状況は余計に悪くなる。どうしよう……。


「あの、私にもう1度作らせてください!」


 その状況を変えたのがあゆみさん。採寸から裁断、縫製までを1日で仕上げると申し出たんだ。そんなことできるの? 俺は心配になる。


「面白い。やれるものならやってみろ!」


 だが、失敗すれば店ごと潰してやると息巻いて、この強面のお客さんは引き下がる。


『あゆみさんの意地』


 あゆみさんは直ぐに採寸し、裁断。縫製をはじめる。失敗は許されない。細やかな神経を使い、なおかつ素早く行わなければならない。あゆみさんはほとんど休まずに取り組む。何度も確認し、何度も縫い直す。田中さんに言われた言葉を噛みしめ、少しでも早く仕上げようと手を動かす。俺はハラハラドキドキしながらそれを見るしかできない。田中さんは落ち着いたもので、ときどきあゆみさんに少し休めという程で、一切手伝わない。あゆみさんもあゆみさんで、必ず1人で作り上げると言って譲らない。そして、翌朝、ようやく完成させる。田中さんが見ても出来栄えの良い1着だ。


 採寸から裁断、縫製までを1日で仕上げるというあゆみさんの挑戦は成功した。


『早速持ち込む』


 とある結婚式場。都内でも屈指の式場ではあるが、今日はさらに華やいでいる。新郎新婦の門出を祝うように。


 礼服を持ったあゆみさんを先頭に、みんなで向かう。あおいさんだけは用事で来れなかったんだけどね。俺は1番後ろに付き添う。この式の主役、新婦がそれを出迎えてくれる。ニットのトップスに細身のジーンズ、スニーカーというラフな格好で、気取ったところは全くない。だから、俺はその新婦が誰かなんて、考えなかった。


「ごめんなさいね。父が無理を言ったみたいで」


 けど、あゆみさんは新婦に話しかけられてはっと息を飲む。俺もその笑顔を見て思い出す。10代の頃はコスプレイヤーをしていて、SNSで注目されるようになり、今ではテレビや雑誌でも話題の『美し過ぎるレイヤー』こと、安田優香だ。とすれば、新婦の父、あゆみさんが礼服を届ける相手は、とあるテレビ局の社長、安田大五郎氏ということになる。さらに、安田大五郎氏の妻は元大女優の水樹理沙、新郎は歌舞伎役者の市川蟹蔵だ。俺達が礼服を届けた先は、この日、日本中に最も注目される場所!


『強面の常連客=娘には甘い』


「おーい、優香。スタッフさんへの心付は、どっこだぁー?」


 安田大五郎氏が、遠くから優香さんを呼ぶ。昨日とは打って変わり気さくに振舞っている。優香さんは大五郎氏に返事をしながら、さり気なく俺に手紙を渡す。かなり分厚い。俺達は、式場の横の喫茶店で、その中身を確かめる。


「あーっ! これ、招待状じゃない」


 しいかが興奮気味に言う。それもそのはず。今日の結婚式への招待状!けど、添えられた手紙は、それよりももっと素晴らしいもの。俺がみんなに読んで聞かせる。


『手紙』


 ー20年前、高校生だった私は父の社長就任の朝、手作りの紳士服をプレゼントしました。私にとっては力作でも、今思えば、決して素晴らしいと呼べるような代物ではなかった。けど、父は喜んでその紳士服を着てくれたの。私は既にコスプレイヤーとしての活動をはじめていたけど、この日までは父の理解は得ていなかった。けど、この日を境に父は私の活動に口を挟まなくなったわ。衣装で人を幸せにする。そんな私の活動が父に肯定された瞬間だった。今でも、とっても鮮明に覚えているの。


 私が注目されるようになったのはその後のこと。父はいつも応援してくれたけど、苦言も忘れなかったわ。


「お前は偶然メディアに注目されただけ。自分の実力が全てだとは思うな。だが、折角注目されているのだから、他のコスプレイヤーの思いを代表して話すように心掛けなさい」


 だって。父はちょっと古いの。だけど私には新鮮だったな。


 昨夜、父は笑いながら皆さんのことを話しにきたの。きっと良いものが届けられるだろうが、パンイチで式に出ることになっても恨まないでほしいと冗談を言っていたわ。大切な結婚式前夜のひとときを、皆さんのおかげで笑顔で過ごすことができました。ー


『ありがとう』


 あゆみさんはもちろん、他のみんなも真剣な表情で俺の朗読を聴いている。その最後の1文を読むより先に目で追うと、俺は感動で背筋がゾクゾクッとする。一瞬の間が、みんなの興味をさらに引く。手紙は、ありがとうという言葉で締めくくられる。


『素晴らしい結婚式』


 式は、参列者がうっとりとするほど素晴らしいものだった。みんなはそれぞれに自身の結婚式風景を思い浮かべたみたい。俺も自分の結婚式の風景を思い浮かべるが、肝心の新婦の顔はベールに包まれていて、はっきりとしない。


 最後を飾るブーケトス。優香さんはあゆみさんのいる方角を確認し、片目で合図を送る。そのまま後ろを向きブーケを放る。ブーケは、ゆるい放物線を描きながらあゆみさんに向かっていく。あゆみさんのメガネの右側のレンズがキラリと光ると、あゆみさんはブーケに向かってジャンプ。右手を大きく伸ばす。


「あっ……。」


 だが無情にも、ブーケはその手のわずかに上を通り越していく。そして、ブーケはしいかの手にしっかりと収まる。


「わーい!ブーケ!」


 大喜びのしいか。まりえはほぞを噛むが、もう遅い。積極的に動いたけど受け取れなかったあゆみさん。後悔はないみたい。新郎新婦としいかを心から祝福する。


 こうして、『テーラー和泉』でのご奉仕とその後の騒動は、幕を閉じる。今までは、どちらかというと横からみんなを支える役の多かったあゆみさん。この日を境に、少しだけだけど、積極的に前へ、真ん中へ、出てくるようになった気がする。


『光龍様は大喜び』


(そんなに綺麗じゃったのか! 儂も見たかったのじゃ)

(あれっ、光龍様にも結婚願望ってあるんですか?)

(そっ、そうではないのじゃ。結婚というのは人生の……。)


 光龍様が顔を真っ赤にしているのを想像しておかしい。兎に角、氏子の田中さんにも、安田氏や新郎新婦にも、そして巫女達にも喜んでもらえたようだ。今回の計画は大成功と言えそうだ。けど、氏子倍増、俺の年収上昇に繋がったかどうかは別。

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