きよことさちこ

 1時間前。まりえはそれなりに急いでいた。あおいさんとの約束。時間はあと5分。距離は400メートルくらいだから、急げば充分に間に合う。だが、ガチャンという甲高い音に、まりえは振り返った。小学生の女の子が独りで自転車の練習をしていてうっかりと派手に転んだ。まりえに放っておける筈がない。


「大丈夫!」


 まりえは女の子を抱き起こしながら言った。女の子の名はきよこちゃん。きよこちゃんはまりえに優しくしてもらったのが嬉しかった。


「ありがとう。お礼に『ぶくぶく堂』に案内します」


 こうしてまりえは、助けた女の子に連れられて、『ぶくぶく堂』というたい焼き屋に行ってみた。出迎えた店主はきよこちゃんの母親のさちこさん。たった独りで店を切り盛りしている。とはいっても、店には閑古鳥が鳴いている。店内はもちろん、テイクアウトコーナーに訪れる客さえいない。


「きよこがお世話になりました。どうぞ中へ」


 まりえは勧められるままに店内に入り込み、あおいさんが待っているのも忘れて、お茶とたい焼きをご馳走になった。あんこが甘くて、美味しいたい焼きだったらしい。

 しばらくして、まりえはあおいさんのことを思い出し、お代を払って店を出ようとした。だが、さちこさんはお代の受け取りを拒んだ。それどころか、余ったたい焼きを包んで持たせてくれた。心根の優しいさちこさんではあるが、きよこちゃんを助けてもらったからという他に、お代を受け取らない理由があった。『ぶくぶく堂』は明日で閉店。さちこさんのうっかりミスで、通常の100倍もの材料を発注してしまい、借金が返せないのだ。まりえは、発注ミスと聞いては、ひとごととは思えなかった。だから、なんとかしてあげたいと思って、俺に泣きついて来たのだ。

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