3. 蔵書
高校三年生にもなれば、放課後と雖も教室にはちらほらと受験勉強に励む人らが見られる。昼間には空に重く垂れ込んでいた鈍色の雲もいつしか圧され、衒いを孕んだ初秋の夕陽が校舎の西の辺を撫でていた。昼とも夜とも違う、一日に一度訪れる曖昧模糊とした、包まれるもの全てが虚になる時間。遊興に色めく小学生達は帰宅の兆しを感じて寂寥を覗かせ、多くの大人は社会活動の一区切りとし、僕は。子供から大人への形骸化した移行期間にある中途半端な学生は、昼と夜との境目で迷子になる。今日に限って言えば、そんな世界の狭間で永久に迷っていたいとさえ思える。それは、いつの間にやら僕の学習机に貼られた一枚の手紙と呼ぶことすら出来ない簡素なメモ書きに起因するものだった。虚。今ここには、参考書を捲る軽快な紙擦れの音と、シャープペンシルがキャンパスノートの上を物憂げに走る音だけが有る。僕だけが取り残され、迷っている教室で、誰も僕の存在を気にも留めないことがただただ心地良かった。
"放課後、図書室にて待つ。汝に猫の導きがあらんことを。"
そう記されたメモ書きさえ無ければ。標準的な女子高生らしからぬ女子の書く文字は、案外女子高生のテンプレートのようなものだった。特有の丸っこさは残るものの、極めて読み易く、文字の並びも整えられている、この字を読めば誰もが奇麗な字だね、とつい褒めて仕舞うであろう、そんな彼女の生き様が残酷な程に表れた一枚。僕はメモ書きを半分に千切って、その片割れを丸め、飲み込んだ。約束は約束、言われた通りに、僕は図書室へ向かうこととした。
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