第3話 食事それはもう食事
「お嬢様。お嬢様はひょっとして、同性愛者なのですか? 」
執事の格好をした青年は、テリーヌを切り分けながら尋ねた。彼の視線の先には、行儀良く前菜を口に運ぶ、品の良い白い服を着た長い黒髪の少女。彼女の詳しい年齢は判断できないが、傍目からはとても幼く見える。
彼女は前菜を嚥下すると、ナプキンで口を拭い、微笑みながら青年の方を見た。
「そんなこと無いわよ。そうね……貴方だって好みの部類に入るわ」
彼女の答えに、彼は少し途惑いながら言葉を続ける。
「あ……ありがとうございます。でも……その割に……」
彼は言葉につまりながら、テリーヌを取り分けた皿に視線を落とす。その様子を見た彼女は、彼の言葉の先を理解して答えた。
「ああ、またコレの話? だって、確かどこかの誰かが、一番美味しいのは女児、って云っていたのだもの。成人男性は、松明を食べるよりはまし、だそうよ。ともかく、食材に恋愛感情なんて抱かないわ」
悪びれなく答える彼女に、彼は目を円くしながらも、食器を彼女の前に差し出した。その仕草に、彼女はクスリと笑って言葉を続けた。
「意外そうな顔ね。私に嫌気がさした? 」
食器を置くと、彼ははっとしながら、胸の前で手を振って少女の言葉を否定した。
「滅相も御座いません! ただ、こういった趣味趣向には……その……何と言いますか、性的趣向が関ってくると以前書物で読んだものですから」
彼の言葉に彼女は、ふぅん、と興味が無い様子で相槌を打ちながら、テリーヌを一口分切って、口に運ぶ。彼は、いささか淡い感情を持ちながら、彼女の仕草を見つめた。
彼女は口の中の物を嚥下すると、再び口を拭って彼に問い掛けた。
「……ねぇ、だったら貴方は豚や牛や魚や野菜や穀物とシたいの? 」
彼女に見惚れていた彼は、その言葉で現実に戻り少々語気を荒げる。
「とんでも御座いません! 獣や魚となど……考えるだけでも、酷くおぞましい……」
「それと同じ。私の場合、食事と交渉は別次元。沢山ある食材の中で、ヒトだけが消化吸収と交渉が同次元で、排泄された後もずっと一緒にいられるなんて考えは、タチの悪い傲りだと思うわ」
彼女の言葉に、彼の表情が俄にはっきりと翳る。
「そうですか……」
言葉からも、彼の意気消沈な心境が伝わる。
少女は一瞬だけ淋しそうな表情をしてから、無邪気な笑顔を彼に向けた。
「でもね……ねぇ、もう少し側に来てもらえる? 」
「え……? あ……はい……」
彼は静かに、彼女に身を寄せる。
そして、彼女は彼が締めた黒いネクタイを引き、自分の方へ顔を寄せさせる。行為の真意を問う間もなく、彼の薄い唇は彼女の唇によって塞がれる。幼い舌がたどたどしく彼の舌を追う。
「……っ……」
喉の奥から、小さなうめき声が漏れる。
しかしながら、それは悦楽からではなく苦痛から。
彼の下腹部には、前菜用のナイフが突き立てられた。
青年は少女の肩に縋り付くように手を置き、苦痛に耐え切れずに、唇を放して崩れ落ちる。そして、腹部の傷を庇う様にしてうずくまった。
彼が見上げると、そこには微笑みかける彼女の顔。その表情は、手に持つ凶器さえなければ、天使のようだとも喩えることができただろう。
「……でもね、たまには貴方の趣向に沿ってあげても良いと思ったの」
彼女の言葉に、彼は震える唇で薄く微笑んだ。
彼女との合一が罪ならば、彼女へと合一されてしまえば良い。
それが、様々な差し支えある恋路の末に、彼が思いついた末路であった。
「……残念ね、私の趣味を理解してくれたのは、貴方しか居なかったのに……それに、私お刺身はあまり好きじゃないの。だから、少しお仕置き」
彼の下腹部から引き抜かれるナイフと、図らずも引き抜かれてしまった体の中身。少女によって振り翳されたナイフは白熱灯の光を受けて、橙色を帯びる。そして、それは彼の四肢へと振り下ろされた。
息が絶えぬように、苦しみが続くようにと願いを込めながら……
嬌声にも似た悲鳴を掻き消すように、ザクザクという刃物の音が鳴り響いた。
羽虫の群がる白熱灯の下で繰り広げられた、凄惨なある種の純愛劇。
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