第2話 熾火

今日も空が青いよ。ただ、ただ、この胸にも何もない。


「熾火」


何もしなければ、無為に日々は過ぎていく。そのことにも気が付かない。新宿でのあの日。現実感はないが、確かに同じ考えの男が目の前にいて、そして、雲を掴むような話をした。この胸に一滴の水滴が落とされ、波紋が拡がった。かすかなざわめき。期待だろうか?


冷たい空気と煙が肺を満たす。


NIGHT。


仲間はいると言った。でも、足りないとも言った。どこまで真実だろう。一人でもやる。不条理を正すなんて言わない。だけど、このまま、埋もれたままで終わらせる気もない。裏切りの対価というべきか。払わせてみせる。


あの日から、止まったままだから。針を進めようなんて気はないけれど、残されたこの人生で、この身体で、このじわりじわりと蝕むような、そんな火を燃やし尽くしてみせる。


お人好しではない。そんな評価ももういらない。気がつくと足元から伸びている影のように、そこにいてそこにいないものとして俺は実行する。JOKERとして。それが役割だ。


喫煙所から下を見下ろすと、車が行交う。ここで飛び降りたら、アスファルトに打ちつけられて、走ってくる車に跳ね飛ばされる。一番、手っ取り早いかもしれない。だが、駄目だ。勇気がないんじゃない。確かに、その直前、恐怖に引きつるかもしれないがそうではない。成すべきことがある。それを果たすためには、簡単に命を落とせない。捨てられない。


「主任。ここにいたんですか?何してるんですか。たそがれちゃって。」


三つ下の後輩である葉月がグラスを片手に近づいてきた。昨年から、部下として面倒を見るようになったが、当初はひどい有様だった。ちょうど、何年も付き合っていた恋人に突然、別れを告げられ、まさに自暴自棄の状態だった。挙げ句の果てには、別事業部の上司といかがわしい関係になり、本来の正義感の強い性格からか自分のことを責めていた。そんな彼女も、その上司との関係を断ち切り、今は前向きに働いている。


「葉月。結構、飲んだな?」

「全然、飲んでませんよー。」

「呂律の調子がおかしくなってきてるだろ。ほどほどにしておけよ。お前は酒癖が悪い。」

「主任が、たそがれてるから話相手に来たんですよー。心外だなー。」

「つぶれた葉月を、家まで送ってくのはまっぴらごめんだよ。この前の新橋だって、取引先との席でぐだぐだだったろ。」

「あれは、主任が飲ませたんじゃないですか。」

「どの口が言うんだよ。葉月が酒の席で潰れてる話よく聞くぞ。」


他愛もない会話だ。だが、そこに一種の心の落ち着きを感じている自分もいる。


勤めている会社は東京の町田にある。東北で生まれ、18まで過ごしたが、未来への閉塞感を感じて、大学から東京に出た。東京での生活ももう12年、13年目になろうとしている。後、五、六年もしたら人生の半分以上を東京で過ごしたことになる。人、人、人。地方から自分と同じように人が集まってくる。そして、胸に抱いた希望に破れ、挫折し、また、地方へ帰っていく。また、あるものはそこそこの生活に満足し、幸せを謳歌する。希望に対しての代替。満足という名の諦めだろうか?


そろそろ、新人の歓迎会も終わりなのか、次長のよどみない、話が始まり、みんな、聞き入っている。葉月と俺は、いそいそと皆の後ろ側に座る。次長の話は、やはり、よどみなく、続いている。今日は、会社のイベントがあり、全事業部が集まっている。総勢で、300人ほどか。社長をはじめ、上役たちは次長から見て左側の席に座っている。会社は、リーマンショックの頃に立ちげられた新進気鋭の会社だ。なんでも、もともといた会社で社長たちは、低迷しているが会社の創業時の部門を劇的に躍進させたらしい。歴史を塗り替えるような売り上げを更新し続けたが、他の事業部からのやっかみを受け、上層部との確執が生まれ、最後は閑職に追いやられたらしい。一念発起して、全国に散った当時の仲間たちを呼びあつめ、今の会社を作った。


型破りな人間が多い。だが、仕事はすごい。入社したての頃は、それが眩しくてあこがれの人たちだった。だが、年数を経ていけば、内情もわかってくる。葉月のこともある。


黒い情念が心の中に湧き上がってくるのを感じた。









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革命の灯火 我妻 伈之介 慚愧 @izyu0826

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