革命の灯火

我妻 伈之介 慚愧

第1話

拝啓、愛しき人よ


今日の新宿には雪が降っているよ。


「灯火」



ここに来て、何度目の冬だろうか。あっという間に月日は流れてしまって昔の僕さえ思い出せない。セブンスターの煙がたゆたう向こう側で、人の波が寄せては返していく。着飾る女性。くたびれたスーツの男性。人の波に取り残される老婆。無邪気に笑う学生。子供は、テキストがぎっしり詰まったカバンを背中に背負い、足取りも重い。憂鬱だ。見ているだけで。何が幸せなのか。そんなことさえ、わからなくなってしまった飽食のこの日本で僕たちはきっと、生きることの価値を見失っている。だから、思い出すために犠牲は必要なのかもしれない。一体、何者なのかを問い続けることに目を背けては、生命の価値も見いだせないだろう。そんなことに考えを巡らしているうちにセブンスターも燃え尽きてしまった。コートの灰を払う。全然、吸っていない。二本目を吸おうとボックスに手を伸ばすと、

「すみません。JOKERさんですよね?」


顔をあげると目の前に、マスクをした男性が立っていた。背は、175くらいか。トレンチコートのポケットに手を突っ込んでこちらの反応を待っている。眼には何の色も見えない。いや、一種の悲しみか。絶望か。怒りか。そんなものが幽かに揺らめいた気がしたが、瞳の奥に沈んでいった気がする。

「ええ。NIGHTさん?」

「はい。向こうにちょうどいい喫茶店があります。行きましょう。」


NIGHTと名乗る男は、ゆっくりと先導するようにあるき始めた。どんな人間なのか、背中を見つめながら考えた。ふと、背中に何かを突き立てている映像が浮かんでしまった。不思議なものなもので、信号が青になった瞬間にやってくる人の波を器用にかき分けていく。いや、彼が歩く先に居る人間が自然と避けていくようだ。後ろをついていけば、普段はぶつかりそうになり、身を躱すのにそんなこともなかった。モーゼ。今度は、海を割り、幾多の民を救った偉大な預言者の姿とフラッシュバックした。誰が為の預言者か。破滅か。革新か。何を呼ぶのだろう。ネットの海で知り合った彼が何をもたらしてくれるのだろう。少しの興奮と諦めを抱きつつ、曇天の下、歌舞伎町方面へ黙々と歩く。


 目を凝らさないとあることさえもわからないような、年季を感じる喫茶店のドアを開くと店の中には店主以外には、一人もいない。ふと鋭い目線を感じた。店主は、すぐに関心を失ったようにコーヒーカップをぬぐい始める。


NIGHTと名乗る男は、一番奥の席に歩いていった。歩き方も、席への座り方もそつがないが、不自然だった。音が全くしない。どうぞと促され、ゆっくりと店内を見回しながら席へと向かい、落ち着く。コーヒーを二つと灰皿を頼んだ。無言。NIGHTは、机の一点を見詰めつづける。その様子をまじまじと伺いながら、タバコに火をつける。


「JOKERさんは、本気ですか?」


その問とともに、射るような目線がこちらに向けられた。ちりちりと焦げる匂いとたゆたう煙の向こうの視線を受け止めながら、「ええ。本気ですよ。」短く答えた。憎しみだろうか、悲しみだろうか、苛立ちだろうか、諦めだろうか。おそらく、全ての思いが絡みついた視線が交わり、断ち切るように窓の外を見た。白いものがふりつむ。どこかで歯車が、噛み合う音が聞こえた気がした。はじまりの合図だ。戻れない道を歩く、その。

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