5-3 奈良での再会
奈良駅に真智子が着いた頃にはもう、三時近くになっていた。真智子は慎一に電話をかけて奈良駅に着いた旨を連絡すると駅のタクシー乗り場からタクシーを拾った。真智子が慎一から聞いた住所を告げるとすぐにタクシーは走り出した。窓辺でときどき映る桜並木の桜は静かに蕾を膨らませている―。タクシーは十分ほど走ったところで止まり、タクシーの運転手は言った。
「この辺だと思うんですけどね。確かそこの家じゃなかったかな……?」
「じゃあ、降ります。ありがとうございました」
真智子はタクシーを降りると運転手が指した古風な趣きの建物に向かって歩いた。家の前に着くと門には「真部」としっかりとした表札があり、真智子はほっと胸を撫で下ろした。真智子がブザーを鳴らそうとすると慎一がすでに待っていたのか、門が開いた。
「遠くからここまでよく来たね」
そこに立っていたのはやつれた雰囲気はあったが、確かに慎一だった。
「慎一、久しぶり。会えてよかった。身体の方は大丈夫?」
「うん。まだ肌寒いからね、家の中に入ろうか」
門を通り中に入ると、庭木が手入れされた庭が見渡せて、玄関まで石畳が続いていた。玄関の扉を開けて家の中に入ると家政婦さんらしき人が前もって正座していて、慎一と真智子の姿を見ると深々とお辞儀をした。
「遠くからよくいらっしゃいました」
真智子はその家政婦らしき人があまりに丁重にお辞儀するので少し驚いてその場に立ち竦んだ。
「こちら、美津さん」
「はじめまして。高木真智子です。美津さん、そんなにかしこまらないで顔を上げてくださいね」
「いえいえ、ご挨拶しているだけでかしこまってなんていませんよ。慎一坊ちゃまはあなたと御会いする日を楽しみに養生されていたようですよ。ゆっくりしていってくださいね。旦那様も今はまだお仕事で出かけていますが、夜にはお帰りになると思います。では、こちらへどうぞ」
美津は立ち上がると廊下を先に進んだ。そのあとを慎一が続き、真智子もあとに続いた。
「こちらの部屋を使ってください」
美津が案内した部屋は六畳くらいの客間らしき部屋だった。真智子はその部屋に荷物を置いた。
「では、何かあったら、おっしゃってくださいね」
そう言うと、美津は部屋を出て行った。
「居間の方が寛げるから、そっちへ行こう」
真智子は慎一のあとに続いた。廊下を歩いてすぐのところに居間と台所があり、居間には炬燵があって、脇にお茶のセットとポット、そして菓子鉢に和菓子が用意されていた。
「掘り炬燵になっているんだ。さあ、座って」
慎一はそう言うと先に座った。真智子も慎一と掘り炬燵を囲んで座った。
「お茶、入れるね。このお茶のセット使っていいんだよね」
真智子徐にお茶を入れはじめた。
「真智子とこうしているのがほんとうに不思議だね」
「うん、ほんとうにね。つい、先月までは思いもしなかったのにね」
「俺は考えてたんだけどな。真智子に会いたいなって」
「慎一の病気のこと知らなかったし、連絡も途絶えていたから……。入院してたなんて思いもしなかったし……ほんとうに大変だったね」
「まあね。でも随分と良くなったから退院できたんだけどね」
「そう……。でもまだ退院したばかりなんだよね」
「うん……。痛みが酷くて寝込んでいたときは真智子のことばかり考えてたかな」
「そうなの?」
「そうだよ」
「真智子に会える日を楽しみに治療に励んだんだ。そしてこうして今、真智子が会いに来てくれた。ほんとうに嬉しいよ。遠いところをわざわざ会いに来てくれてありがとう」
「……」
真智子は一瞬言葉を失って、慎一をじっと見つめた。慎一はそんな真智子の右手を両手で包むとそのまま自分の頬へと重ねた。
「ごめんね。今まで知らなくて。慎一が辛いとき私なんにも知らなかった。慎一が苦しんでいたとき私なんにも知らなかったのよ」
真智子は一気に緊張が解れたのか慎一の右手を握り締めると涙が込み上げてくるのを必死にこらえて俯いた。真智子の震える肩を慎一が左手でそっと抱え込んで言った。
「真智子、どうしたの?」
「なんでもない……」
真智子は俯いたまま咽ぶように声を震わせた。
「着いて早々、泣くなよ、こうして会えたんだから……
「だから、嬉し泣きだよ」
しばらくすると真智子は涙に潤んだ目で慎一の顔をまじまじと見た。
「ほんとうに会えたんだよね」
「そうだね。やっと会えたね」
慎一は真智子の髪をそっと撫でた。
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