3-2 小さな演奏会

 一日目は必修科目だけだったが、次の日からは選択科目の試験も含まれ、まどかが何かと大変なことを気にして、真智子はまどかと一緒に帰るのを遠慮した。それでも、まどかの場合、期末試験期間の方がスケジュールが楽というのには驚いた。冬休み中も冬期講習など追い込みが大変でお正月もないほどだという―。そんな慌ただしい様子をまどかから聞いていたし、期末前の約束のこともあったので、真智子は慎一にも期末試験の最終日の朝、連絡を入れた―。


―今日で期末試験、終わるけど、慎一は今日は試験が終わったあとはどうしてる?

―しばらくピアノ、弾いてないし、ブランク解消しないといけないから、音楽室でピアノを練習する予定だけど、真智子も来る?

―じゃあ、私も試験終わったあと音楽室に行くね―。


 試験が終わった後、真智子は音楽室へと向かった。そして、渡り廊下を歩く慎一と……そして、修司の後姿を見つけた―。


 真智子は渡り廊下を一緒に歩いている慎一と修司の側に駆け寄ると言った。

「ねえ!どうして今日は修司が一緒なの?」

「ん?慎一が今日、音楽室に聞きにくればって言うからさ。試験終わったばかりだから部活もちょっとぐらい遅く行っても特に問題ないからさ。慎一と真智子の演奏聞かせてよ」

「そういえば……そんなこと以前、話したね」

「そうそう。真智子も課題曲、決まったところだから、丁度いいかなと思って修司を誘ったんだ」


 三人はそうこう話すうち音楽室に着いた。音楽室に入ると真智子は暖房を入れた。

「どっちから弾こっか?」

真智子は慎一に尋ねた。

「じゃあ、僕が発起人だから、僕から弾くよ。ふたりとも好きな場所に座って」

そう言うと、慎一はピアノの方に向かい、持っていた鞄を脇に置くと椅子に座った。真智子と修司もピアノから少し離れたところにあった椅子にふたりで並んで座った。

「なんかよくわかんないけど、緊張するな」

静まり返った空気を破るように修司がぽつんと言った。

「慎一の演奏はほんとうに素晴らしいから、驚くと思うよ」

慎一はピアノの前で少しの間、気持ちを落ち着けている様子だったが、しばらくするときりっとした表情になった。

「これから、僕の課題曲を弾きます。修司は聞いたことがあるかどうかわからないけど、シューマン作曲、リスト編曲の『献呈~君に捧ぐ』です」

真智子と修司に向かってそう言うと、慎一はピアノを弾きはじめた。


 相変わらずの素晴らしい演奏に魅了され、真智子がどきどきしながら、修司の方をちらっと見ると修司も慎一の演奏に深く聞き入っている様子だった。そして演奏が終わると、修司は大きな音で拍手を送り、叫んだ。

「ブラボー!流石、慎一!芸大合格決定!」

「はは、そうだといいんだけどね」

慎一は少し照れたように言うと立ち上がってふたりの方に向かって歩きながら言った。

「今度は真智子の番だよ」


 慎一が修司の横に座り、真智子はピアノの方に向かい、椅子に座った。その途端、緊張が湧き上がり、真智子は幾分、身震いした。

「慎一のようにまだ上手く弾けないと思うけど、聞いてね。私の課題曲はドビュッシーの『ベルガマスク組曲』の『プレリュード』です」

慎一と修司に向かって、そう言うと、真智子は気持ちを落ち着けながらピアノに向かい、深呼吸すると弾きはじめた。


 真智子が弾き終えると慎一と修司は拍手した。

「うん、いいね。昔より、大胆な演奏になったんじゃない?」

修司が少し冷やかすように言った。

「それどういう意味?」

真智子が少し顔を顰めたので、慎一が慌てて言った。

「ドビュッシーの『ベルガマスク組曲』の『プレリュード』はけっこう力強い曲だからね」

「そうそう、慎一の言うとおり、力強く弾けてるって意味」

「それならいいけど……」

「とにかく、ふたりの演奏が聞けて、俺は満足したし、部活もあるから、そろそろ退散するよ」

そう言うと修司は立ち上がった。

「じゃあ、修司も部活、頑張ってね。今日はありがとう」

「じゃあ、ふたりともまたな!」

 修司が音楽室を出て、ふたりきりになると慎一がぽつりと言った。

「修司、いい奴だよな」

「ほんと、修司がいなくなるとなんだか急に静かになるよね」

「ところで、冬休み中のことだけど、いろいろ準備もあるから奈良に帰るように言われて。もちろん、三学期には戻ってくるけど」

「そっか……。お正月もあるし、お父さまと一緒の方がいいよ」

「面倒なことがないといいと思ってるんだけど、芸大受験するためにも今は大人しくしておいた方がいいから、向こうで頑張ってくる」

「じゃあ、冬休みまであともう少しだけど、ふたりで頑張ろっ。次は慎一の番だよ」

真智子と慎一は立ち上がると、それぞれの場所を入れ替わった。


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