1-6 帰り道

「これから、どんどん暗くなるのが早くなるね……」

「それにだんだん寒くなる。真智子は寒いのは得意?それとも苦手?」

「どちらかというと苦手かな……。ほら、寒いと手がかじかむし」

「そう、指先あたためるのに、ホカロン、必需品だよね」

「音楽室、電気ストーブとかあったっけ……」

「あったと思うけど……まだ、あまり気にしてなかった」

「私、一人で練習してたから、慎一と一緒に練習できるようになって、ホント、心強いよ」

そんな他愛ない話をしながら、慎一と真智子が校庭を歩いていると背後から突然、修司の声が聞こえた。

「おふたりさん、今、帰り?」

「えっと、誰だっけ?まだ名前覚えていないんだけど、確か同じクラスだったよね」

慎一が戸惑い気味に言うと真智子は慌てて答えた。

「えっと、サッカー部の田辺修司君」

「そう、田辺修司、名前、覚えてね、真部慎一君。ちょうどよかった、俺も帰りだから、混ぜてくれる?それとも邪魔かな?」

「もちろん、一緒に帰ろう、ね、真智子」

「うん、そうね……」

「えっ、もう、呼び捨てで名前、呼んでる?じゃあ、俺のこともそうしてよ、真部慎一」

「慎一でいいよ」

「じゃあ、慎一、俺のことは修司でいいよ。真智子にはサッカー部で世話になってるから、よろしくな」

―もう、現れたか……。

真智子は内心、どきどきしつつ、修司がいつか現れることを心のどこかで予感していた。そして、慎一も修司もお互いすぐに打ち解けた様子にほっと胸を撫で下ろした。


 「ところで、サッカー部のみんなは?」

真智子を真ん中にして、三人でしばらく歩いたところで、修司に向かって真智子は言った。

「もう、帰ったと思うけど。俺、部活の連中と一緒に一度帰りかけたんだけど、忘れ物に気付いて取りに行ったところで、お前らの姿を見かけて声かけたんだよ」

「そっか……。そうだよね。修司が一人なんて珍しいと思って」

「ところでさ、こんな機会は滅多にないかもしれないし、この際だから真部慎一に言っときたいことがあるんだけど……」

「突然、何?改まって……」

「だから、真智子のことなんだけど……。俺はさ、受験が終わるまでは……。やっぱ言うのやめた!あほみたいだし」

「えっ、何、何?」

「とにかくさ、真智子はけっこう頑張ってるからさ」

「あ、ピアノのことね」

「そう。ピアノのこと。お前はけっこう弾けるらしいけど、俺は何もできないから」

「そのうち聞きにくればいいよ。真智子のピアノも僕のピアノも。あ、だけど、サッカーの練習で忙しいか」

「じゃあ、そのうち暇な時にサッカー部の連中で聞きに行くよ」

「聴衆がいる方がいいからね、真智子」

「あ、うん。でも私は改まると緊張しちゃうかも」

「俺たちが聞きに行くのなんて、気楽に考えてくれよな」

「そうそう。真智子はいろいろ考えすぎなんだよ」

「……」

「とにかく、まあ、頑張ってよ。ふたりとも」

そこまで話したところで、練馬駅に着いた。

「じゃあ、僕はここで」

そう言うと、慎一は真智子と修司に向かって手を振った。

「お前とこうして話せるようになってよかったよ。クラスも一緒だし、これから、真智子ともども俺のこともよろしくな」

「僕の方こそ、転校してきたばかりだから話せる相手がふえて、心強いよ。こうして修司と話せるようになったのも真智子のお蔭だね」

「ふたりが仲良くなって私もほっとした。じゃあ、私たちもここで」

修司と真智子は慎一に向かって手を振るとふたりで駅の方に向かった。


 「一緒に帰るの、久しぶりだね」

駅の改札口を通ったところで、真智子は言った。

「一緒に帰るのは久しぶりだけど、この前、呼び出されて、話したばっかだろ」

「そうだったね。なんか、ここ三、四日、緊張の連続で……」

「緊張の連続ね。一緒にピアノ、練習していて、楽しい?」

「楽しいというか、真部君、ピアノ上手いから刺激になるよ」

「俺も話した感じはいい奴だと思うよ、今のところ。でも人ってさ、長く付き合ってみないとわからないから。ま、俺は今のところ、真部慎一とはクラスメイトってだけだけど。あいつは真智子のこと呼び捨てにしたりして、やけに親しげだったけど、実際のところお前はどう思ってる?」

「そうね……。真部君、お母さまを亡くされているから寂しいんじゃないかなって」

「えっ、そうなの?」

「そう、お母さまにピアノを教わったって言ってたし……、それで、ピアノを弾いてるところに私が現れたから、私に対して仲間意識を持ったんじゃないかと思って」

「で、お前はどう思ってるの?」

「私、今はピアノの先生にはついてないし、自己流で練習してきたからね、身近では他の人のピアノの演奏、しばらく聞いてないから、真部君の演奏、身近で聞けるようになってよかったと思ってるよ。真部君の演奏はほんとうに素晴らしいし」

「そうか、じゃあ、よかったな」

「うん……。とにかく、私は受験に向けて頑張るよ。今頃はまどかも塾だし、修司もサッカー、頑張って」

そうこう話すうち、真智子と修司が乗った電車は終点の光が丘駅に着いた。電車を降りて改札を出たところで、修司は言った。

「じゃあ、俺、こっちだから。何かあったら、いつでも相談に乗るから、携帯にでも連絡くれよな」

「うん。わかった。お互い、頑張ろっ!またね!」

手を振って、別れると真智子と修司はそれぞれの家路へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る