ワンだー狂想曲 シロPART3


 酷い夢を見た。

 僕は化け猫達の死顔しにがおが忘れられない。


 舌を切られ腕を裂かれ、目を潰され終いに頭を押し潰されて死んだ。あの日から食べ物を見る度に思い出す。


 「起きろ臆病者」

 「まだ五時ですよ」日も出てない内に起きてしまった。二度寝するか。


 「何寝てんだ無知、ほれ肉やるよ生肉」

 「顔に押し付けないで下さい、生臭い」生肉が臭いのではなく彼女が臭い。生塵の匂いに近い。


 「体洗わないんですか?」

 「都会人は汚れを気にし過ぎだ、まあ出掛ける前に洗うか」彼女はベランダに置かれた箱からタオルを取り出した。えっ、箱?


 「持ってきたんですか?」

 「ああ、便利だからな」迷惑だな、大きくてベランダに収まってない。そのままにするよりはマシなので部屋の中に入れた。


 「おい、お前も入るぞ」

 「箱の中にですか?」

 「お前は耐えきれないだろ、風呂だよ」女の子らしさなんてもう無い、獣耳の美少女と言えば聞こえは良いのに。


 「君、女ですよね?」

 「お前にも羞恥心があるんだな、入る時は姿変えるぞ」狼と一緒に入るのか、浴槽内に収まるかな?



 狭い。

 「狭いな」朝から男同士で風呂に入っている。

 彼女は種族も性別も体の大きさも変えられるらしい。その代わりに変身すると少し疲れるそうだ。


 「この姿だと洗い易いんだよ」声が爽やかになった、面白い。

 「僕は君の事、何て呼べば良いですか?」

 「ジェズでいい。後、思うんだがお前は私の事を尊敬しているのか?」突然なんだ?


 「全く、一切してないです」

 「なら敬語も丁寧語も使わなくていい、お前はしもべじゃなくて獲物だからな。変に気を使われると苛立つんだよ」

 獲物に飯を用意させる狼ってどうなんだ?


 風呂上がりにジュースが飲めない、昨日買った物が既に食べ尽くされていた。

 「何立ち尽くしてんだ?」

 「美味しそうですね」こいつ、嫌がらせか?しかも僕のジュースを飲んでいる、一リットルだぞそれ、がぶ飲みかよ。


 僕は服を着替えジェズの準備を待った。脱いだ着替えが置いてあるが他に着替えがあるのだろうか?


 「よし、行くぞ小物」

 「呼び名が定着しないなあ、それに、その服、僕の寝巻きですよ?」


 「私の裸体を見た代償にしては安いだろ、良かったな」なんて考えだ。自己中の最上位だな。


 部屋の電気を消し家から出た、これから何処へ行くのだろう。

 「お前の聞いていた曲はフリージャズだ、言っても分からないだろうがな」自由に演奏するって意味かな、確かに分からない。


 「ジェズは何が好きなんだ?」

 「それを除くならモダンジャズ、今から聴けるよ」

 それにしても何処に向かっているのかな?



 着いた場所は、いつもの喫茶店だった。

 「ここだ、お前も珈琲位は飲めるだろう?」ジェズは笑った。

 「ここの店長無口ですよね」ジェズは微妙な顔をした、僕がここを知っているとは思わなかったのだろう。


 「私の人間の知り合いはあいつ位だからな」ジェズが扉を1度叩き中へ入る、中には見慣れた顔があった。


 「いらっしゃい」店長が喋った!この人の声を初めて聞いた。思った通りの声だな、渋い。

 「鷺、いつもの。あとこれ」ジェズがいつもの見た目に戻った。今、昨日着ていた服を渡したがこの店で洗って貰っているのか?


 「はい」鷲か、名前すら初めて知った、僕も珈琲を頼んだが返答はなかった。

 珈琲の味は変わらない、美味しい。


 「よくこの店は成り立つな、まあ副業で儲けているからな」副業してるんだ、まあ確かに、この店のじゃ生活は厳しいだろうな。

 「ああ、狩りがこいつの自称副業さ」狩り?猟師なのかな?僕は注文した珈琲を飲み終えた。


 「鷲、こいつに私と同じやつ」

 「はい」何故かジェズの頼んだ物を作る時だけは奥に入ってから注いでいる。何を入れているのだろう。


 「このマスター、本職を毎回この喫茶店とか言ってるが逆だぞ、いつも否定するがな」

 「私みたいな奇怪な化け物を狩り、この店の箱で消す、そんな事を依頼として請けている」化け物狩り?この人が?


 「面白くもない嘘を吐く」

 「嘘ならもう少し内容を足すさ」本当のことだとでも言うのか?全く想像が出来ない。


 「証拠見せてやるよ。鷲、お前のもん1つ位見せてやれ」

 「はい」

 マスターは足下あしもとから持ち上げた物をカウンターに置いた、それはライフル銃だった。



 今、僕の目の前にはライフル銃が置かれている。

 「まだそれ使ってるのか、お気に入りだな」

 「ええ、護身用に。手入れさえしていれば大抵の物は永く使えます」本当に奇怪狩りを?本人が否定しないから事実なのだろう。何故そんな危険な事を?疑問が次々と沸いてくる。


 「マスター、本当なんですか?」

 「ええ、古い物でも大切に」そうじゃなくて、それは大切な事だけど。


 「そんなのいいからよ、鷲、私の銃は?」

 「修理中です、まだ待てと」

 ジェズも銃を持っているのか、この町はいつ銃社会になったのだろう。


 「マスターが直しているんですか?」

 「いいえ、業者に頼んでいます。簡単な手入れなら自分で出来ますが、やはり専門の方に見てもらうのが1番なので」それもそうだな。


 ジェズが話に飽きたのか足をふらつかせうなっている。

 「嗚呼ああ、我が愛しの黒狼」

 「次こそは大切に」

 「私が壊したみたいに言うな、黒狼が私を庇ったんだよ」銃の話だと思うがジェズが壊したらしい。相変わらず意味の分からない事を言っているな。



 「そろそろ行くぞ、曲も終わったからな」

 「曲?」確かに流れているな、話に集中していて聴いていなかったな。


 「聴いてなかったのか?何の為に連れて来てやったと思ってるんだ!」ジェズが怒った。

怖いな、目付きが本当に悪い。


 「店内ではお静かに」

 「うるさい、それより次の依頼は無いのか?」

 「1件、廃墟で化け物が出たのでその調査と退治です」それってあの化け猫達の事かな。


 「あの猫共ねこども依頼になってたのか、面倒だな、お前のせいだぞ無知」

 「知らないよ、それに無知無知言ってるけど僕ら、そんなに歳は離れてないだろ」


 「あ?1世紀も生きてない雑魚が調子に乗るなよ」何言ってるんだこいつは、言葉の意味を分かっているのか?

 「彼女、3世紀は生きてますよ」

 「三百年も?彼女が?子どもですよ」僕は顔を殴られ胸元を掴まれた。

 「調子に乗るなよ」



 僕の胸元を捕まれ背中をカウンターに抑えつけられた。なんて力だ、全く手を退かせない。


 「お前ら猿を殺す位いつでも出来んだよ。それをしないのは私が神より慈悲深いからだ無知野郎、それが理解出来たら黙って私に従ってろ」


 ここで黙って頷いたら僕はこの自己中バカの言いなりになってしまう気がする。そんな人生は死んでも御免だ。


 僕は握っていたカップを顔に投げつけた、当然かわされたが近くにある銃を拾うには十分だった。

 「たとえ首が裂けても撃つからな、もし護身用なら弾は常時入っている筈だからな」


 「無知が考えに考えた結果がこれか、滑稽だな」

 「鼻で笑ってられるのも今の内だ、頭が吹き飛んだらそれこそ滑稽だからな。それに名前で呼べバカ!」首が締まる、息苦しい。


 ジェズが右腕でライフル銃を叩き落とした、不味い。

 「次は頭だったよな」僕はまたカップを投げつけようとしたが割られてしまう、割れた破片が手に刺さった。


 「空威張り、次は何するのか見せてみろよ」

 「うるさい、バカ無知自己中バカハイエナ」暴言を吐きまくった、分かりやすい挑発だがこいつには効くだろう。


 「よし今直ぐ潰す、殺してやる」それ見ろ効いた、分かり易い単純バカだ。

 僕は破片を顔に投げつけた、振り払われた所で顔を殴った、思い切り殴った。

 油断していたジェズは背中から倒れた。



 「してやったり」鼻で笑ってやった。この後の事なんて考えていない。

 よく考えたらまずいんじゃないか、殴ったからなんだ?僕は今から殺されて引き裂かれて終いじゃないか?


 ジェズが起き上がる。

 「上等だ、殴り合ってやるよ」不味い、まだやる気だ。そりゃそうだ。


 「2人共、その前に弁償して下さい」マスターが喋った。今更だが何故止めなかった?始まる前に止めてくれてもいいじゃないか。


 「あ?私が後で払ってやるよ」

 「いえ、本人に払わせます、お気に入りのカップを2つも割られましたので」流れで投げてしまったが店の物だからな、弁償は当然だ。


 「いくらですか?」札一枚で済めば良いが。

 「安くして百万ですかね」百万円か。百万円?

 「百万円!」無理だ、無理に決まってる、ぼったくりだ。

 遺産を使えばどうにかなるか?使っても足りないか、足りても生活費が消える。


 「おい、高過ぎるだろ。私でも払えないぞ」こいつも払えないのか、まずこいつが金銭を持っている事に驚きだ。


 「仕事でも増やすか?依頼が来なければそれも無理か」

 「それはお2人で考えて下さい、返せなかったら銃も、彼の家も手放す事になるでしょう」カップ二個の損失で家を失いたくはないな。


 「こいつの身体からだで足りないか?臓器とか売れるだろ」何を言ってるんだお前は?足りても僕が死んでしまうぞ。

 「2人が壊したので2人に払ってもらいます、それまでは殺し合ったり、無意味に死なないで下さいね」


 その後、僕達は家に帰った。

  内容を手で隠された契約書に名前を書き、住所や知人との関係まで教える事になった。まあジェズは何もしていないが。


 「あるバカのせいで酷い目にあった、借金まで背負わされて、いいゴミ分だよ」こいつ、懲りてないな。


 「そのあるバカは懺悔の気持ちでいっぱいいっぱいですよ本当」ジェズは舌打ちをして読んでいた雑誌を天井に投げた、雑誌は落ち無造作に転がっている。


 「疲れたな、腹が減った。おいシロ、飯作れ」

 「僕は犬かよ」まあ、いいか。



 「もう夜か」そろそろ寝るかな。僕は歯磨きを行い、寝巻きに着替えた。


 「寝屋はここか、まあこの部屋しかないもんな」

 「布団使うか?来客用は無いが二人位なら入れるぞ」

 「要らない、野宿してきた身だしな」狼だからな、そりゃ外で寝るのが普通だよな。

 電気を消し布団に入る。


 「おやすみなさい」ジェズに言いたかったではないが日課なので言った。ジェズの返事は当然ない。


 ないと言うか居ない?

 「ジェズ?何処に行った?」居ない奴に聞いても分からないか、窓から出たのか鍵が掛かっていない。


 何かが窓を叩いた。ジェズだ、何してるんだ?


 「こんな時間に何してるんだ?」

 「お前こそ凄いな、死体のある部屋でよく寝られるよ」死体なんてないぞ、後ろを振り向いて確認したがやはりそんなものは見えない。


 「電気を点ければ嫌でも分かるさ」言われた通りに電灯を点けた。ソファーが倒れている?

 ソファーの上に死体があった、これはあの化け猫?全く気付かなかった。


 「誘い込んで殴ったらこれだ。犬より弱いな、シロはご主人様の顔を拳で殴ったからな」ジェズが笑う、僕の立ち位置は名前の通りペットらしい。


 「1匹仕留め損ねたけどな、追ったが見付からなかった」

 「でも勝てるだろ?ジェズより強い人なんていないだろ」

 「ああ、人間はとっくに凌駕したからな」ジェズが恥ずかしくもなく言った、確かに人間が勝てる相手には見えない。


 「だが、逃がした奴は別物、その死体よりは強そうだ」

 「逃げ切っているからな、逃げ足だけなら君の負けかな?」ジェズは溜め息を吐いた。


 「鈍感、私の足を見てみろ」左足首が切られている?爪で掻かれたと言うよりは刃物で叩き切った様な痕だ。

 「あれは私と同じ種類だ、暴力殺しが大好きなイカれた猛獣だ、はは」ジェズは笑っている。殺しが楽しみか、僕には理解出来ない。


 「怪我までして、ジェズは生きてて楽しいか?」

 「生きる事自体は楽しくない、でも死んだらもう殺せないからな」ジェズは死体の頭を切り取り僕に見せる。


 「殺して食うのが自然の摂理だ、強い者が正義だ、それだけだろ」

 僕は彼女と初めて会った時の事を思い出していた。あれで良かったのか、僕は人として正しいのか?

 考えることに疲れた、今日はもう寝よう。


 消灯。

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