新たな日常のイントロダクション シロPART2


 


 「行ってきます」

 「ああ、早く帰って来いよ」

 いつもなら誰も居ない家に一言発して終わる。だが今日は返事が来た、彼女が居るからだ。


 「獅暮」下で待っている、頭と右腕に包帯が巻かれている。僕は階段を降り獅暮の前に立った。

 「はっくん、大丈夫かい?」

 「平気だ、行こう」今から珈琲を飲みに行ったら遅刻するだろうがまあ良いだろう。

 心を落ち着かせたい。



 今日の珈琲はいつもより甘めだ、店長の気遣いだろうか。今まで通って一度も話したことがない。

 毎回、僕が「珈琲、微糖」と言い出てきた物を呑む。僕以外の客を見た事が無いが、収入は大丈夫かな?


 学校の授業が全て終わり、僕は早々と帰路に着いた。

 「帰ろっか?」

 「ああ、帰ろう」獅暮の帰路に僕の家が在るので僕達は同じ道で帰る事になる。


 昔から同じ事をしてきた仲、両親を早くに無くした者同士、話が合う事が多いのだろう。


 「例の女の子、家に居るの?いや、居るよね」

 「まだ居座ってるよ」昨日、あの子が僕達を家まで運んでくれたらしい。獅暮は目が覚めたらベランダに居たそうだ。

 「またな」獅暮に手を振り僕は階段を上がった。



 「遅い!」

 「ごめんなさい」彼女は冷蔵庫から取り出した食材という食材を貪っていた。

 「この家は肉が少ない、だからそんな不味そうな体になるんだよ」

 「別に僕は食べられる為に生まれた訳じゃないので」


 「お前、人間が生物の頂点だと思ってるだろ」いきなりなんだ。

 「そうじゃないんですか?」彼女はため息を吐いた。


 「無知が、違うに決まってるだろ」

 「頂点は私だ」なんだこいつ、怖いな。

 でも彼女が人間離れしているのは確かだ、人間離れも何も人間では無いのか。


 「生肉調達しろ、今すぐだ」

 「肉の種類は?」

 「何でもいい、期待はしていない」僕は冷蔵庫に何も入っていないのを確認し家を出た。


 彼女、狼の癖に菓子類まで貪りやがった。女の子らしいは女の子らしいがまず女の子は生肉を貪ったりはしない。


 生肉と消臭剤と虫除けと、後は何だろう?必要になる物、なった物が多い。

 近所のスーパーマーケットに向かった、肉屋よりも安く買えると思ったからだ。


 「鶏肉が安いな、でも量が少ない」もう量さえあれば良い、質を求めたら犯罪になりそうだ。忙しなく肉を買う。


 「はっくんだ、はっくんはっくん」近所の子ども達が寄ってきた。

 昔からよく遊んであげたりしていたら、子ども達の人気者になってしまったのだ。嫌いではないが今は忙しい。

 「家には来るなよ」子ども達に手を振り帰路に着いた。


 肉は買った。この量、僕だけなら一週間以上持つ。

 「ただいま」

 「遅いんだよ、鈍間」彼女は肉を奪い貪り始めた。


 迫力がある、生きるという事を体現している様に見えた。と言うか汚い。丸呑みが多いから肉汁が飛び散らないのが幸いか。


 「次」え?

 「もう無いのか、面倒だが自分で調達するわ」それが出来るなら最初からそうすればいいのに、でも調達するも何もこの近くに肉になる動物なんて居るか?


 「適当な子供を捕まえて食う、お前よりは旨そうだ」

 「誘拐とか殺人とかしたら機械壊しますよ」彼女は舌打ちしてソファーに飛び乗った。


 「で、あの機会はいつ直る?」

 「いつ?と言われても、直せるのかも知らないんですよね」

 「使えないな、あいつにでも聞くか」あいつ?知り合いがいるのかな。


 僕は彼女の事を全く知らない。見た目が女の子みたいだから彼女と呼ぶが、実際の事は不明。まず人間的な扱いで正しいのか?


 「あのベランダに投げ入れた奴、あいつに聞くぞ」獅暮かよ、酷い印象だな。

面倒だな、もう夕暮れだし家に居たいが。

 「私も行ってやる、行くぞ無知」


 「白羽しろうです、でしろうです」

 「早くしろ鈍間」まあ良いか、猫風情とかよりましだ。

 思い出したら気持ち悪くなってきた、吐きそうだ。



 「らいらい、出てこい」

 「何で昔の呼び名知ってるんですか?」

 「色々漁ったから、面白そうな物は特に無かったがな」


 良かった、もう一つあるウォークマンが見つからなくてホッとした。もしあれが正常に動いたら僕の命は危うい。

 「まあ今、お前が肩を下ろしたのを見たからたら、宝探しは続けるがな」最悪だ、最悪今日は僕の命日だ。


 「早く出ろ、出ろ出ろ出ろ」柵を開き扉を蹴る。歩行者に変な目で見られている、急がないと人を呼ばれそうだ。


 「裏から入ろう」僕は獅暮との2人だけが知っている隠し通路を使う事にした。教えたく無かったが警察に捕まるよりは良い。


 「確かに隙間があるな」隙間なんて僕には見えない。身体能力が高いのは知っているが、眼も良いのか、凄いな。


 「ここを蹴ると、ほら開く」腰辺りまでの大きさの穴が出来る。

 「便利だな」僕達は家の中に入った。


 使用人さんを除いて一人なのにこの広さ、僕の家とは大違いだ。そう言えばこの隠し通路は何故かあの人も知ってる。


 「留守かな、あいつの事だし寝てるのかも」

 「寝てるな、それに2人いるな、しかも1匹は大物だ」耳も良いのか凄いな、化け物か?実際に化け物だったな。


 「帰るぞ」え?まだ何もしてないぞ。

 「こんなの相手にしたら胃もたれになる」彼女は隠し通路を蹴り壊し家を出た、気紛れな子だ。



 「腹減った、でも大物を見つけたぞ。ははは」

 「食べに行きます?僕も何か食べないと」冷蔵庫のコンセントは抜いた、差しても意味がないからだ。


 「なら良い場所がある、行くぞ、お前の食べれる物も多分あるだろ」

 外に出ろと言われたので下で待つ。


 「乗れ」彼女が狼の姿で下りてきた。

 言われた通り背中に乗った。毛が気持ちいい、だが臭い。生塵ってこんな匂いだった気がする。


 「掴まれ、落ちるなよ」

 夜空はきれいなんだろうな。映画ではもっと感動的に映るのだろうけど、実際は風が強くて眼が開けられない。

 でも何処か安心感のある乗り物だった。



 体感したのは七分以上、実際に掛かったのは三分。

 「着いたぞ降りろ、離せ!」僕は振り落とされ身長位の高さから落とされ転がった。


 「ここ、どこですか?」

 「あの廃墟って言えば分かるな、崩落したから面影は少ないが」

 瓦礫が人為的に積まれ地下室へ入る入口への道が不自然に出来ている。


 「入るぞ」中には肉の塊があった、人間の体で出来た肉塊。人の死体。うっ!

 壁に寄りかかり僕は吐いた。彼女はそれを見ながら笑っていた。


 「無表情な癖に嘔吐はするんだな」

 「君、よく平気ですね」

 「お前、料理した時に挽肉とか見るだろ、それ見て吐くか?」あれを加工肉扱いか。


 喉が痛い、食事に来たのに吐いてばかりだ。帰りたい、これから夕飯なんて気分じゃない。


 「お前、ここに箱がある事を知ってたか?」

 「大きな箱ですよね、知ってます」中身までは知らないが。缶詰でも詰まっているのか。

 「これ、凄いぞ」彼女が近付くと箱は自ら蓋を開いた。


 中は奥行きが有るのか無いのかも定かでは無く、ただ光輝く空間が在った。色が歪んだ気味の悪い虹が形成されている。


 「触って平気ですか?」

 「体ごと入ると別の箱に移動出来るぞ、お奨めはしないがな」移動装置なんだ、この箱。


 彼女は箱の中に腕を入れ、中から生肉を引きずり出した。自分の知っている物が何処に在るのか分かっていれば、それを箱の中に移せるらしい。


 「限度はあるがな、あと、箱が壊れると中にあった物は普通なら別の箱に移動する」箱自体が勝手に移動する事もあるらしい。

  「一度やってみろ、家の時計とか想像すると良い」言われた通りに行った、手には家で使っていた時計か握られていた。

 凄いな、知ってる場所なら他人の物も盗めそうだ。


 「適当に食ってろ、私はいいや」

 「えっ、もう満腹ですか?」

 「いや、獲物が来た」



 後ろを振り返り耳を澄ます。確かに音がする、この足音はまさか。

 「今日は鍋か、聞いた事ないがな」動物愛護も構いなしだな、相手は化け物だが。


 足音が多いな、何匹も来ているのか。

 「勝てますか?」

 「お前は家畜と殴り合って負けるのか?」勝てるらしい、確かに彼女が負ける気は一切しない。


 隠れていろと言われたので箱の中に身を隠す、あっ。


 体が溶ける、何故か呼吸は出来るが立ち上がれず声も出せない。でも気持ちよくてこのままでいたい。眠りたいな。


 「なに飲み込まれてんだよ、おい」気付いたら僕は箱から出されていた。頭が痛い、足が震えてしまって立てない。


 「お前のせいで囲まれたぞ、どうすんだ」

 「どうするって言われても」特に策も案もない。今は頭が回らない。


 「お前の家に掛けてある、使って良いな」

 「良いけど、重たいよ」遺産だが、処分に困ってた物だし、壊れても良い。

 彼女が腕を入れそれを取り出した。腕と同じ大きさの、使う機会なんてないと思っていたが。


 「軽いな、もう少し重量があれば楽なんだが」

 化け猫達がこちらを睨み付けている、仲間の敵討ちだろうか?だとしたら僕は悪くないと思う。

 「さて、楽しむか」



 彼女が飛びかかる、一匹の頭を掴み首を切り裂く。周りが飛び掛かるも腹を横に斬られ狼狽してしまう。

 「2匹目!」首を切り蹴飛ばす、背中を狙って来た三匹目は目の前を横切る刃を避け彼女の横腹を殴った。


 「惜しい」拳は左手で受け止められていた。左腕で引き腹を蹴り飛ばす、倒れた所に投げつけられたサーベルは顔を貫いた。


 「残り2匹か、面倒だな」そう言うと彼女はサーベルを引き抜き僕の前に投げた。


 「少しは戦ってみろ」

 「無理に決まってる、君が全部倒してくれよ」

 「酷い奴、殺しを他人ひとに押し付けるのか?」今更それを言うのか?死体を見て僕はやりきれない気持ちが込み上げてきた。


 「安心しろよ、こいつらを殺しても法には触れないからな」残りの化け猫達が僕に向かって来る。このままでは殺されてしまう。


 殺されたくないが殺したくはない、死にたくないけど死なせたくもない。これが生きるって事?嫌だな。


 「さあ、答えは決まったか?」僕はサーベルを箱に戻し、そして中から家にあった2つの洗剤を取り出した。

 「逃げよう、そうすれば傷付けずに済む」

 「蜂蜜より甘ったるいな」僕は洗剤を彼女に投げ渡した。


 受け取った彼女はそれらを床に投げ付けた。破裂し中身が混ざり合う。白い煙が舞い始めた。

 「今だ、乗せろ!」

 「命令してんじゃねえ!」僕は変身した彼女の背中に乗り廃墟を出た。



 喉が痛い、廃墟の塵や昨日から嘔吐続きの影響などで痛めてしまった様だ。彼女はソファーで帰りに買った弁当を食べている、飲み込んでいると言うべきか。


 「不味いな、腹の足しになりゃ別にいいがな」弁当五個でやっと腹の足しか、僕の貯金箱は今日で役目を終えてしまった。

 「そう言えば君の名前を聞いてないんですが」


 「前に言っただろ。ジェズ、ジェズ・ウォーダン」

 「その名前、調べたんですけど人の名前じゃ無いですよね」似た名前の土地があった。そこには人食い狼の伝説がある、一匹で百余りの人々を喰い殺し、多くの人々に畏怖を植え付けた人喰い狼の話。


 「私が人間に見えるんだな、変な奴だな」この人?この狼に言われるとは。

僕はそれ位変なのかな?

 「お前って恋人も友達もいないだろ」

 「いませんよ、僕が好かれる様な人に見えますか?」

 「見える訳無いだろ根暗ねくら」獅暮以外の奴と話す事は基本無い。


 「肉食え肉、お前みたいな欲の無い奴には食欲が必要だ」

 「そんな事言われても肉好きじゃないです」少なくとも君以上に食べる事は出来ないわ。


 「あ?何でもいいから好きな物言ってみろ」一つも思い浮かばない。今の僕は食べ物の事を考えると吐きそうになる。かと言って好きな物がある訳でもない。


 「ありましたらジャズです」

 「種類は?モダンか、それとも」

 「へぇ、種類とかあるんですね」彼女は溜め息を付いた。何だか恥ずかしいな、僕は自分の好きな曲の種類すら知らなかったのか。


 「お前、明日あしたは私に付き合え」

 「授業あるんですけど」

 「だから何だ、早く寝とけよ」彼女は窓から飛び降り何処かへ去って行った。


 滅茶苦茶な日々、でも今まで生きてきた中で1番楽しい時間だと思う。

 僕は明日を楽しみに夢の中へ出掛けた。

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