第4話 ず  つ う

 僕は教室へと一目散と走った。

 息切れしながら教室へと帰ってくると、清水さんはビックリしたような顔で僕の元へと駆け寄ってきた。

「た、ただいま」

「山田君どうしたの?」

「はぁはぁ……あの……ね……やっぱちょっとまって」

 全力疾走で走ったものだからなかなか言葉が発することが出来ず、僕はゆっくりと呼吸を整えようとする。

「あー、やっと落ち着いた。清水さん、今から外へ出掛けようよ」

「え、いきなりどうしたの? まだ授業があるんだよ?」

 彼女は困惑した様子で僕を見る。

「一時間くらい抜けても多分バレないよ。清水さんにどうしても紹介したいところがあるんだ。さぁ」

 僕は強引に彼女の手首を掴んだ。

「だ、ダメだよ。サボるなんてことは私には出来ない。また、今度つれてって欲しいな」

「清水さん、その“今度”って何時なの?」

「え?」

 僕が耐え切れずに口に出した言葉に、彼女は目を丸くする。

「ココでは“今度”は永遠に来ない。ずっと同じのときを廻っているんだ。清水さん、貴方がそう願わない限り、ここはずっと同じままだ」

「そんなこと、誰から聞いたの?」

「校庭に寝転がっていた魔法使いさんから」

「山田君、外に出たの? どうして!」

 彼女は急に感情的になって僕の肩を強く掴んだ。

 ギリギリと捕まれ、肩に痛みが走る。

「この中で居ればずっと安全なのに! どうして、危険な外なんかに出たの!」

「し、清水さん、痛い……」

「ねぇ、どうして!」

 彼女の目からボロボロと涙がこぼれ始める。

「僕が、そう望んだから」

「……え?」

「僕がこの世界から出たいと思ったから。それが、答えじゃダメかな?」

 僕はフッと笑って清水さんの髪を撫でる。

「ダメよ。この世界の魔法が解けて決まったら山田君は……」

 泣きながら彼女は僕を抱きしめた。

 その時だった。


 ズキン。


 急に酷い頭痛が僕を襲う。


「い、痛いっ」

 こめかみを押さえて僕は蹲った。

「や、山田君。大丈夫?」

 彼女は心配そうに僕を見る。


『山田君は……、やさしいね』

 屋上で悲しげに笑う彼女のビジョンが過ぎる。

 ここは教室の中なのになんで屋上の映像が?


 ズキン。


 さらに頭痛は加速する。


『やっぱり私はいらない子だったんだよ。こんなにも世界から嫌われている』

 そんなことない。清水さんは世界に嫌われなんていない。

 だって、僕がソレを一番知っていることだから。


 ズキンズキン。


『でもそれも今日でさようならだね』

 清水さんが屋上で流した涙、僕はその意味を知っていた。

 それは、この世への決別。

 吸い込まれるように清水さんは奈落へと落ちようとしていた。

 そんな彼女を僕は……。


 ズキンズキン。


「うっ……あ……」

 頭が割れそうに痛い。脳みそが“何か”を思い出すことを拒んでいるのである。

「ダメ。それ以上思い出したら、山田君が」

 彼女はぎゅっと僕を抱きしめた。

 それでも頭痛は止む事は無い。


 僕は一体何を忘れているというんだ。

 そして、僕は誰なんだ。そう言いながら手を頭に添えたときだった。

 手に付いたのは赤黒い液体。

 コレは……血。


『清水さんっ!』


 あぁ、やっと思い出した。


『山田君。何で?』


 僕は。


『山田君。目を開けてよ!』


 彼女の変わりに校舎から落ちて死んだのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る