第3話 そ と
ふと思えば、学校探検なんて久々のような気がする。
入学したての頃だろうか。あの時はクラスメイト全員で色んな教室を探検して活気に溢れていたなぁと思い返す。
今は何処の教室も無人でしぃんと静まり返っていた。
待てよ? そもそも、この世界にはあのクラスの人数しか居ないというのに、どうして活気に溢れていた学校探検の記憶が僕にあるんだろうか。
もしかして、コレはこの世界の神様である清水さんが僕に植え込んだ記憶なんだろうか?
そんなことを考えながら歩いていると、学校の玄関にやって来た。
玄関は扉の取っ手が鎖で雁字搦めに巻かれていて開くことは出来そうに無かった。
どうしてこんなに厳重に閉ざされているのだろう。まるで、誰かを閉じ込めておきたいかのようだと感じた。
僕は急にそんなに厳重に閉じている扉の先が気になってしまったのだった。
僕は扉に手をかけて開けてみようと試みる。しかし、やっぱり鎖が頑丈で開くことは出来ない。
窓を割ってみようかと思ったけど、それだと音を聴きつけて彼女がやって来てしまうだろう。
「さて、どうやって突破しようかな」
そんな僕の脳内で展開されるのは、怪盗がお宝を盗みにセキュリティが厳重な美術館へ忍び込むイメージだった。
なんだか、やろうとしていること罪悪感が芽生えてしまいそうになる。
何か良い手段はないかと、キョロキョロ玄関の周りをうろついてみる。すると、靴箱の陰に隠れている扉が何も鍵が掛かっていないのに気がついた。
僕は隙間を潜り抜けて、扉の持ち手を掴んで押し出す。すると、すんなり扉は開き始めたのだ。
「開いた!」
嬉々とした声で僕が扉を開けると。
「何……これ……」
空は教室から見える透き通った水色ではなく、どす黒く淀んだ赤。校庭や町並みは既にボロボロの瓦礫と化した世界だった。
僕の瞳に映る想像していた者とはかけ離れた世界にぺたんと座りこんでしまう。
学校の外がこんな恐ろしいものあっただなんて。
ここは一先ず学校に戻って……。
僕は後者へと引き返そうと思っていると、視界に人影のようなものが映ったのだ。
え? もしかしてこんな外でも人が居るのか?
僕はもう一度校庭の方を向いて、そして人影が見えたような気がする場所へと走りだす。
ジャリジャリと砂を踏みながら僕は走る。
すると、
校庭のど真ん中で人らしき物体が地べたで丸くなっているのが見えた。
もしかして行き倒れているのかもしれないと心配になって、僕はその丸くなっている物体に近づいて、そっと聞き耳を立ててみた。
すると、
「ぐー。すやすや……」
ね、寝ている。地面に根っこ路がって気持ち良さそうな寝息を立てて寝ている。
僕はカクッとこけそうになってしまった。
こんな人も、清水さんが生み出した人なんだろうか?
とりあえず、こんなところで寝てしまうと風邪を引いてしまうかもしれないから、起こしてあげようとするかな?
「あ、あのぅ……。すいません。こんな所で寝ていると風邪を引きますよ?」
僕は優しく起こすように丸まっている人に声をかけた。
声を掛けられた人は、うーんと声を漏らしつつ、ごろんと寝返りをうった。
すると、やっとその人の顔を見ることが出来た。
濃紺で首元が隠れるくらいの髪の長さで肌は思わず見つめてしまうくらい透き通っていた。
その人はまるでファンタジーの世界に出てくるような魔法使いのローブを身に纏っていた。
「んー、ようやく諦めがついたか?」
まだ少年のあどけなさの残るような低さの声を出して背伸びをしながらその人が起き上がった。まだ眠そうで、目を瞑ったままだ。
「君が一向に出てこないから、退屈すぎて眠ってしまったじゃないか。退屈は人をも殺せるんだぞ。知らないかい? ん? んんっ?」
目を擦った後、僕と目が合ったその人は、ぱちくりと瞬きを一つして目を見開いた。
「だ、誰なんだ! 君は!」
その人は僕の事を指差して驚きおののいた。
「いや、ソレはこっちのセリフですって。こんな場所で眠っていたら風邪を引いてしまいますよ。貴方は一体誰なんですか」
「俺の名か? いいだろう。教えてあげようじゃないか!」
その人は立ち上がって、少々汚れていた服を手でパンパンと叩いた。
「名乗るほどの名前は無いが、人は俺の事を『世紀の大魔法使い』と呼ぶのだ! どうだ、参ったか!」
魔法使いと自ら名乗る彼は偉そうに踏ん反り返る。
僕は正直どんな反応を返していいか困ってしまい、表情が引きつってしまう。
「おいおい、ちゃんと名乗ったんだから何か反応したらどうなんだい? 彼女はそんなマナーさえも教えなかったのかい?」
「教える?」
「おっと、しまった。口が滑ってしまった」
魔法使いは慌てて自分の口を手で覆う。
「魔法使いさんも、この世界は清水さんが作ったものだって知っているんですか?」
「へ?」
魔法使いは再び目を丸くして僕を見た。そして、塞いでいた手を緩めた。
「そんな。まさか。そんな事ありえない。彼女以外がそんな記憶がある訳、いや……待てよ?」
魔法使いは何やらブツブツと呟きながら僕を見ていた。
「さっき名乗って貰えなかったが、君の名前は何だ?」
「僕ですか? 山田太一ですけど」
僕が答えると。
「そうか、君が……。それなら、理解できるな。そうだ、君なら……」
魔法使いは何やら納得したような顔をしていた。
「僕が一体どうしたんですか?」
「君は、彼女を救いたくはないか?」
魔法使いからいきなり質問を投げかけられた。
僕が清水さんを救う? 一体どういうことなんだ?
「救うって一体どういう意味なんですか?」
「文字通りの意味だよ、太一君」
魔法使いは優しく笑い、話を続ける。
「この世界は彼女の創造をトレースした世界。つまり、彼女が作り出したものとなる。しかし、この世界は彼女がある目的を達成させるために、自ら飛び込んだ悠久の監獄だ」
「監獄……」
「終わりが無い監獄。そんな力を与えてしまったのは俺なんだけども。彼女が諦めてこの監獄から出てこない限り、彼女はずっとこの世界へ囚われたままだ。彼女はこの世界においては創造主かもしれないが、もとは俺に願いを乞うただけのただの一人の少女なんだ。そんな彼女を救って欲しい」
「清水さんに力を与えたのが魔法使いさんなら、貴方も清水さんを救うことが出来るんじゃないですか?」
僕の質問に彼は首を横に振る。
「この世界は彼女のモノだ。俺の力で彼女を止めようとしたところで弾き返されてしまうだろう。でも、君なら彼女を救い出せるハズなんだ。ただし、彼女を救えばこの世界は崩壊し、君は消えてしまうだろう」
「え?」
僕はその言葉に衝撃を受けてしまった。
でも、冷静に考えてしまえばそんなこと当たり前だ。
これは清水さんが作った世界。だから、清水さんから作られた僕は世界が消えれば自動的に消えてしまうだろう。
「太一君には非常に残酷な選択を迫ってしまうかもしれないが、彼女を救って自分は消えるか、彼女をこの監獄の中に永久に閉じ込めておくかという二択だ」
僕はゴクリと息を呑む。
もちろん、答えは決まっていた。
「僕は清水さんを助けたい。僕が例え消えてしまうことになったとしても。」
「ありがとう。大魔法使いであるこの俺がこんな失態することは本来いただけないことなんだがね」
はぁ、とため息をつく魔法使い。なんか彼を見ていると子どもの夢が壊れてしまいそうだ。
「僕だけで本当に清水さんを救えることが出来るのか不安ですが、頑張ります!」
「大丈夫。なぜなら君は……、おっと、これ以上口を出すのはやめて置こう。彼女に怒られてしまうかもしれないからね」
「?」
魔法使いの言葉に僕は首を傾げる。
「さて彼女を救う方法は至極簡単だ。彼女をあの校舎の外に出すこと。そうすればあとは自動的に彼女の描いていた夢は覚める。そして、君は消える」
なるほど、だから清水さんは校舎から出たくなかったのか。
「が、がんばります」
「あぁ、頼んだよ」
僕は魔法使いに一礼して、校舎へと向かった。
清水さんを何としてでも学校の外へ出してあげなければならない。例え、僕が消えることになったとしても。
僕は清水さんが好きだ。だから、彼女には幸せになってもらいたい。こんな世界に閉じこもることは無いんだ。
「君なら彼女を救えると思っているだって、君は……」
そう零した魔法使いの言葉は僕の耳には届くことは無かった。
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