第2話 ごはん
「山田君、今日のランチはエビフライですって!」
彼女は小躍りで学食の入り口に置いてあったボードを見た。
しかし、ボードには何も書かれていない。彼女は何も書いていないボードを見て嬉しがっているのだ。
傍からみれば異常と思ってしまうだろうけど、彼女の目には確かに文字が見えているのだろう。
「決めた、私はランチセットにする。山田君は?」
「僕? 僕はいつも通り、かけうどんかな?」
「山田君かけうどん好きよね。ダメよ、ちゃんと栄養バランスは考えないと」
まるで母親の如く彼女は怒ってみせる。
「いやぁ、最近金欠だからね。かけうどん安いし」
「山田君にも金欠って言葉があったんだね。今度、私がお弁当作ってこようか?」
彼女はニッコリと笑う。
「ダメだよ。また教室で何を言われるか」
「そうだったね。うふふ」
彼女がそう笑うと入り口へと入る。
「凄い人だねぇ」
中はがらんとしているのに、彼女には大盛況にみえるらしい。
「学食は安いし、お弁当もココで食べられるからね」
そんな彼女に同調する僕。
カウンターを見ると、空のランチプレート皿と空のどんぶりがトレイに乗せられて置かれていた。恐らく僕達のだろう。
そんな空の食器を持って彼女に付いていく。
ふと彼女がトレイに空の皿を乗せた瞬間、
その皿には美味しそうなエビフライが突如出現したのだ。
そう、彼女は無から有を具現化することが出来る。しかし、範囲は限られているみたいで、彼女に関わりそうなモノしか生み出すことが出来ない。
食堂のちょうど真ん中の位置に僕らは座り、ごはんを食べ始める。
そもそも僕たちノンプレイヤーキャラは空腹になるということはないので、食事を取る必要がない。しかし、彼女が怪しむので食べるフリだけはしている。
そんな中、彼女は美味しそうにエビフライを食べていた。
「んー、エビフライはやっぱり美味しい」
「清水さんはエビフライが好きなんだね」
「うん。大好き。特におか○○♀-″●○……」
彼女の言葉に雑音が入って聞き取れない。恐らくプロテクトがかかってしまったのだ。
清水さんは自らの言葉に幾つかのプロテクトを知らず知らずの内に掛けてしまっているらしい。とくに自分のプライベートなことには厳重にロックが掛けられているみたいだ。
「山田君、どうしたの?」
不思議そうに彼女が首を傾げる。
「いや何でもないよ。ところで清水さんは日曜日、暇? 今度、駅前に新しいお店が出来たって女子達が噂していたから、そこに行こうと思って。試験勉強の気晴らしに」
もちろん、試験勉強も駅前に新しいお店というのも真っ赤な嘘だ。もっとも、
この世界に日付や曜日なんていう概念は存在しない。
僕はこの高校という建物で構成されている世界から外へ出たことがない。窓から眺めていると常に青空が広がっていて、無人の車が行きかうそんな世界。外の様子を確かめようと窓を開けようとしても、まるで飾りかのように、窓は開かないのである。
外の世界はどうなっているのだろうという興味本位で彼女を誘っているわけなのだが、
「日曜は用事があるの、ごめんね。また誘ってくれると嬉しいな」
申し訳無さそうに彼女は笑った。
見事に玉砕である。僕は食堂のテーブルに顔を突っ伏してしまう。
「ご、ごめんね。また今度機会があれば一緒に行こう?」
僕の落胆振りに彼女がおろおろしながら僕に謝る。
「大丈夫だよ。さっ。そろそろ教室へ戻ろう」
「そうだね」
僕達は食器を戻して、食堂を出た。
教室へ戻ると、黒板にデカデカと僕と彼女の名前が書かれた相合傘が描かれていた。
「ヒュー。ご両人お帰り!」
「デートはどうだった?」
男子達は囃し立てるように僕達に訊ねてくる。
「ちょっと男子! 二人とも困っているじゃないの。いい加減にしなさいよ」
「ごめんね。私達止めたんだけど、男子達ったら話を聞いてくれなくって」
女子達は申し訳無さそうに清水さんに謝る。
そんなことに彼女は怒ることもなく、ただ、楽しそうに微笑む。
そんな楽しい学校生活がただただ幸福だった。
でもこの学校という箱庭にずっと閉じこもっていると、どうしても外に出たいという気持ちが芽生えてしまうのは何故だろうか?
しかも、その気持ちはどうやら僕だけのようで。
皆は楽しそうにこの生活に満足していた。だから、皆は外に出ようとは全くする気も無かった。
では、どうして僕だけ?
そんな気持ちをぐるぐるとめぐらせながら僕は教室の窓を見る。
やはり変哲の無いタダの青空。まるでそれがこの世界の答えのような、そんな気がした。
そんな答えに背く僕はこの世界の異端者なのだろうか?
「うーん……難しい……」
「どうした? 悩みごとか?」
僕は頭を抱えて悩んでいると、前の席に座っている加藤が話しかけてきた。
「ちょっとねぇ……」
「おっとぉ。恋煩いかぁ?」
「断じて違います。そうだ、加藤ってさ、休みの日って何してる?」
「どうしたんだよ。藪から棒に」
加藤は不審そうな顔で僕をみる。
「いや、ちょっと気になってさ」
「普通に とかしてるけど」
加藤の声が途中で途切れて口パクになった。
「へ、へぇ。そうなんだ」
大事なところが聞き取れなかった僕はありふれた返事しか返すことが出来ない。
「そういう山田はどうなんだよ」
「え? 僕はゴロゴロしているかなぁ」
「休日の父ちゃんかよ」
「か、かもねー。あはは。あっと、僕ちょっと先生に呼び出されたのを思い出した」
「おい、それは忘れちゃだめだろー。全く山田は忘れっぽいんだから」
「あははー。行ってくるよ」
ちょっと会話に困った僕は席を立って教室へと出ようとする。
すると、清水さんが心配そうに、
「山田君、何処に行くの?」
と僕に話しかけてきた。
「ちょっと、気分転換に散歩してこようと思って」
「私も付いていったほうがいいかしら?」
彼女は凄く不安そうに僕の目を見てきた。
「一人で大丈夫だよ。心配しないで」
優しく彼女の髪を撫でてあげると、ふっと彼女は微笑んだ。
これ以上また彼女に構っていると、野次馬達が囃し立てるかもしれないので、そそくさと僕は教室を出た。
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