第4話 意識と憧れ
気が付けば優は引き返していた。帰り道とは逆のオートウォークに乗り、先程別れたばかりの勇を追い掛けた。婦人が驚いているのにも構わず、今まで親友だと思っていた誰かの正体を知るために走った。
「勇!」
「お、来ると思ってた」
勇は別れた地点に立って手を振っていた。
優はそれを見て、勇が以前からの自分の懐疑も、今自分が考えていることも分かっているのだろうと確信した。
優は走った勢いのまま勇の肩を掴み、乱れた息のまま問い掛けた。
「君は誰だ、僕の親友の宮木勇じゃないのか」
「宮木勇だよ。ただそうだな、親友とは違うんじゃないか」
親友とは違う、その言葉に優は横っ面を殴られた気分だった。親友と思っていたのは自分だけなのかと悲しくなって、優は掴んでいた勇の肩を離した。
「そうだな……。俺はお前の親友じゃないな。俺はお前の憧れと言うべきなのかもな」
「憧れ?」
「陽キャでパリピで人に囲まれている、そして何より茂木真琴の自殺を止められるような人間」
「……それが、君の正体だと?」
いんや、と勇は首を横に振った。夢の中でそうしていたように腕を組んで、勇は考え込む仕草をした。優にはその間がもどかしかった。
「人は自らの意識の中に生きてるわけだ。つまり自分の意識とか無意識で、見るものを選択できるはずなんだ。つまり俺もそういう風にして、人に見られたり見られなかったり、男に見えたり女に見えたり、人の求める姿に見えてるだけだよ」
「あり得るのか、そんなこと」
「実際ここにいんだろ。自分の目で見ても信じられないか?」
今度は優が首を横に振った。今ようやく信じられるようになったのだと告げると、勇は嬉しそうに笑った。
「ていうかさ、お前もなかなかだよ。他の人から見る俺と自分が見てる俺が違うってだけで、俺の正体を疑うんだからさ」
「……以前から僕は、君の姿を見たことがあった。確証もなかったし、気のせいか他人の空似だと思ってた」
彩子が暇な時に引っ張り出していた画像データと映像データの中。
人に囲まれ、教師たちの信頼も厚く、皆の代表として堂々と立つ姿。
「君の姿は、学生だった頃の僕の祖父、駿河浩一のものだ」
「バレたか、凄いなお前。さすが浩一の孫ってだけあるな、脳みそが柔軟なうえに回転が速い」
勇は頭を掻いて、照れ臭そうに目を伏せた。
「やっべ、浩一の格好してるって思ったらなんか恥ずくなってきた」
優はその一言で、駿河浩一は勇にとっても憧れなのだと気が付いた。ヒーローごっこを人に見られた子どものような表情だった。
完璧を形にしたような昔の浩一に憧れる者がいることは不思議ではないが、浩一が学生だったのは約60年前だ。結局勇の正体の回答は曖昧なままで、優には彼が掴み切れていなかった。
「俺とお前は似てるよ。特に性格の根っこがな。だから分かるんだ、お前にひとつ教えてやる」
勇は先程まで豊かだった表情を凍りつかせて、その視線で優を射抜いた。それが普段の勇の態度からは考えられないほど真剣味を帯びていたので、優は息を呑んだ。
「お前に茂木真琴の自殺を止めることはできない」
「……断言するんだね」
「同じ駿河浩一に憧れた人間として分かるんだよ。少なくとも今は不可能だってな」
真琴に声を掛ける勇気のない自分が真琴の自殺を止められるなど思ってはいなかったが、いざ断言されてしまうと、悲しいような悔しいような複雑な感情に襲われて、優は顔を歪めた。
「僕は情けない人間だし、確かに無理かもしれない。……でも君は、茂木さんを助けようと思わないの」
「無理だね。茂木真琴に俺は見えない」
「え?」
優の言っている意味が分からず訊き返したが、勇は口の端を柔らかく上げるだけで答えようとはしない。
本日は5月15日、7月31日まで75日。途中から夏休みに入ることを考えると63日間が、真琴の自殺を止めるチャンスだ。
「ま、俺としては出来ればお前に頑張って欲しいんだわ。そんじゃ、また明日」
いつの間にか、いつもの軽い調子に戻った勇が、手を振りながら立ち去っていった。
優は引き止めようとして、やはり口を閉ざした。深く語ろうとしない者を引き止めても仕方がない。
優は踵を返してオートウォークに乗り、早足に自宅へと戻っていった。祖父なら知っているかもしれない、親友の正体が知りたかった。
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