第1話 終末の託宣
世界は7月31日、令和の終わりと共に消滅する。
終末の託宣と名付けられたそれはSNSから急速に世界に拡散された。ノストラダムスの大予言や2000年問題のように所詮人が考えたものに過ぎなかったが、それを信じたがる人々によってネットニュースやバラエティの題材となっていた。
「なあ、世界あと3ヶ月で終わるんだってさ」
「マジか! やっべ、俺後悔しないように好きな酒飲んで女と遊びまくるわ!」
「お前それいつもと変わんねーじゃん」
耳にいくつもピアスをつけた、遊びたい盛りの青年たちがボトムの裾を引き摺って人混みの中に消えていった。
「ノストラダムスの大予言の時は僕は半分本気で人類が滅ぶと思っていてね、貯金などしていても意味がないと思い付く限りの高級な料理を味わいもせず暴食してしまったんだ。7月が過ぎて死ななかったが、気が付いたら貯金はなくなっていて心底後悔したね」
「そういえば、私の叔父も高級車を買っていましたわ」
老夫婦は昔の思い出を口にしながら、スクランブル交差点の信号が青になるのを待っている。
内容が世界の滅亡であるにも関わらず、世間は話のネタとお祭り騒ぎの理由を見つけて賑わっている。
ハチ公前では頭上に『人類最後の3ヶ月』というホログラムの看板を掲げた男が、『FreeKiss※女の子限定』と書かれたボードを首から下げていた。
「なあ、俺さ。余命3ヶ月なんだ」
自分の横で頬杖をつく親友の勇に突然神妙な面持ちでそう言われて、優は言葉に詰まった。
その直後にビルの大型スクリーンに終末の託宣についてのインタビュー映像が放送されて、呆れたように笑った。
「それあれでしょ、終末の託宣」
「あ、バレたか」
「みんな楽しそうだね、内容はとんでもないのに」
「とんでもないことの方が楽しいんだろ。どうせ滅亡なんて有り得ないと思ってんだし、刺激が大きい方が人生楽しいからな」
「君は時々妙に達観した物言いをするね。一緒になって騒ごうとは思わないの?」
「それよりもっと有意義な時間の使い方があるだろうなとは思ってる」
「冷めてるね」
「お前こそな」
人の多い渋谷は湿度も高く、陽射しが人々を汗ばませている。
駿河優と宮木勇は高校3年生だ。2人は真面目に勉強するわけでもなく、旬のネタについて雑談をしながらファストフード店のソフトクリームを舐めていた。
「まあ実際、本当に世界があと3ヶ月だとしてもさして関係ない奴もいるけどな」
「何で?」
「例えば明日事故で死ぬ奴にとっては、世界の終わりまで1日でも3ヶ月でも大差ないだろ」
なるほど、と呟いて優は頷いた。
優は教室の隅の方で電子書籍を読んでいるような、いかにも大人しそうな少年だ。対して勇は常に人に囲まれて誘いが絶えない人気者で、優に言わせると陽キャのパリピだ。
最初に声を掛けたのは優だった。その中にいる時は楽しそうに笑っている勇の、少し離れてクラスメイトたちを視界に収めた時の妙に冷め切った表情が、自分が彼等を見る時のそれとよく似ていたからだ。
他人から見るとまるで似ていない優と勇だが、優は根っこの性格は似たようなものに違いないと確信していた。そもそも人間など考えることはさして大差はないのだとも思っていた。だというのにクラスメイトたちとは分かり合えるような気がしないのだから優はそれが不思議だった。
「くだらねえな」
勇が呟くことも、やはり優が考えることと大差はない。同じ考え方の人間との時間は面白いかというとそんなことはないが、心地の良いものだ。
「あとはそうだな。本当に余命が3ヶ月の奴にとっても、どうでもいいことだろうな」
「けどどうだろうね。自分が生きた証を遺したいって人もいるじゃん。世界が滅亡したら遺せないんじゃないの」
「遺したところで誰も持たなくなるだろ。いつか地球から生き物が消えて、またアメーバみたいな生命から始まる頃には。もしかしたらそうやって地中に遺ってるものもあるのかもな」
「何言ってるんだよ、そのアメーバより前に人がいるわけないでしょ。今あるのは地層と地殻と化石くらいだよ」
「分かんねえぞ、もしかしたら地球は5回も10回もそうやって生まれ変わってるかもな」
「随分哲学的なことを言うね」
ソフトクリームを食べ終えた勇がアイスコーヒーを一気に飲み干した。
間も無く信号が青になり、大勢の人々を乗せたアスファルト模様のオートウォークが交差点の向こうへ人々を送り届けた。
「な、知ってるか。車って俺らが生まれる前は人が動かしてたらしいぜ」
「らしいね。まあ、時代の変化というか、進化というやつなのかな」
再び信号の色が変わり、アマノフードサービス(株)と印刷されたドーム型の搬送車が数台続けて走り去っていった。
優がソフトクリームを食べ終えたのを見計らって、そろそろ帰るか、と勇は席を立った。間も無く自動人形がトレーを回収していった。
渋谷は人が最も多い都市のひとつだ。勇と優の自宅は途中まで方向が同じなのでオートウォークに乗りながら雑談をして帰る、これが2人のいつもの時間の潰し方だ。
「あら優くん、お帰りなさい」
「どうも、こんにちは」
優の近所に住んでいる老婦人は夕方に買い物に出掛けるので、帰宅途中に会うことが多い。軽く会釈して通り過ぎた後に、老婦人があらあらと笑った。
優が自宅に戻ると、祖父母がダイニングで紅茶を飲んでいるところだった。祖母が新しく淹れた紅茶を受け取って、優はリビングのソファに腰掛けた。
「こっちにいらっしゃい、クッキーあるわよ」
「ううん、大丈夫」
「あらそう」
祖父母が仲良く雑談をしているのを一瞥して、優は紅茶を啜った。
祖父の浩一と祖母の彩子は高校生の時に交際を始めてそのまま結婚し、今に至るまで良好な関係だ。
「ホント仲良いよね」
「運命の相手だもの。ねえ?」
「今でもこんな美人な彩子さんが僕の妻になってくれたことが信じられないくらいだ。優、お前が男前なのは彩子さんの遺伝子のおかげだぞ」
「浩一さんってば」
まるでドラマのように盛り上がる祖父母を見て、優は溜息をついた。仲睦まじいのは良いことだが、それを毎日見ている優は蜂蜜を垂らしたココアを飲まされている気分だ。
男前だと浩一に言われても、優は決してそうは思えなかった。造形だけなら整っている部類かもしれないが、姿見に写った自分は自信がなさげで冴えない顔をしていて、優は再び溜息をついた。
「優、お前は好きな女の子はいないのか」
「別に……いないよ」
真っ直ぐな長髪に優しげな瞳、左目の下に涙ぼくろ。好きな女の子と言われてクラスメイトの1人がよぎったが、優はすぐに首を横に振った。
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