第4話 優しい手・・・3
誕生日パーティーはだいたい帝が憂いていた通りのものになった。
ただ今回は帝が驚くほど婚約者のアピールがなく、ただただ将来の夢について聞かれただけだった。おそらく来賓の客たちも質問するネタがなくなってきたのだろう。しかし今回は帝が素直に来たせいか、父親がやけに上機嫌だったのが気に食わなかった。
「てっきり去年のように逃げると思ってたよ。そのために柳井には朝から見張れと言っていたんだがな。」
赤ワインと同じように顔を火照らせて、隣にいる帝にちくりと嫌味を刺す。
帝はポケットに両手を突っ込み、父親とはなから会話する気などなかった。
「まぁ柳井にもたまには楽をさせないとな。」
そう言って父親はワインを飲みほした。今だけなら目も耳も機能しなくなればいいのにと願いながら、帝は傍にあった彩り鮮やかなテリーヌを、2個一気にシルバーフォークでぶっ刺した。
「帝様、お水でもご用意いたしましょうか?」
酔って調子に乗ったどこかのおじさんにつき合わされ、年齢的に摂取を許されていないものを飲まされた。
「一口飲んだふりしただけだ。それより早く帰りたい。」
車の後部座席に寄りかかる。もうこのまま寝転がりたかった。
「今日だけでもご実家に泊まられたらよかったのに。」
柳井がこんな風に口調を崩すのは、帝を心配している時だ。
「・・・冗談じゃねぇよ。」
出発した車に安堵しながら、携帯で時刻を確認した。23時を過ぎている。寮に帰るころには日付が変わっていることだろう。帰るときにあの寮に明かりがともっていないのは、なんだか世界に取り残された気になって好きではなかった。
住宅街を超え、丘を登り、あたりが山と森しか見えなくなってきたころにようやく学園の門が見えてくる。深夜でも門扉の明かりはこじゃれたカフェのように輝いていた。
「帝様。お疲れさまでした。」
恭しく柳井が車のドアを開けてくれる。降りたところで、静かに柳井の仕事を断った。
「ですがもう少しで・・・!」
「もうそんな歳でもない。道が空いているうちに早く帰れ。ご苦労。」
柳井はしぶしぶ引き下がった。
寮の明かりは案の定ついていない。重厚な玄関の扉はいつも以上に黒く、お前の居場所はここではないと、帝が入るのを拒んでいるようだった。その拒絶に気づかないふりをして鍵を開けようとしたとき、
「・・・あ」
日中、めいの教室まで鍵を渡しに行ったことを思い出した。ばっと振り返るが、念のため合鍵を持たせている柳井はたった今帰らせてしまった。
「・・・え、俺一晩中ここ・・・?」
驚きの後に遅れて笑いがやってきた。間抜けなことこの上ない。
置かれた状況とは裏腹に、帝は冷静にどうやって一夜を明かすか考えていた。蒼寮に行けば入れてくれなくもなさそうだが・・・。思案を巡らせていると、遠慮がちに重厚なドアの鍵が回った。ごとりと錠が外れたが、帝は動けずにいる。視線すらも動かせずにいると、真っ暗なドアが、ゆっくりと開いた。
「!!」
終業後、寮まで送ってくれた騎士と海は、家の用事があるからと寮には入らずにそのまま出かけてしまった。大翔は週末サッカーの試合で遠征らしく、日曜にならないと帰ってこないらしい。めいは黒寮で初めての一人の夜を過ごしていた。
「みんな、家の用事って何なんだろう・・・」
親に婚約者を決められるくらいの家柄だから、きっと重要な用事があるんだろう。一般家庭からこの虹色学園に入ったようなめいには考えもつかないようなことが。
「でも明日帝先輩の誕生日か・・・プレゼントどうしよう・・・」
帝は日曜の夜まで帰ってこない。
明日騎士先輩や海先輩が帰ってきたら相談してみようか。
そんなことを3回は数えながら、めいは夕ご飯を作り食べ、みんなが集まるリビングを掃除してみたりテレビを見て時間をつぶした。ふと時計を見ると、指していたのは23時過ぎ。
「眠くないけど・・・」
誰も帰ってこないことを知りながら、誰かが帰ってくるのを待つのは小学生の時の記憶。あの頃と同じように、めいは毛布にくるまりながらソファの上で膝を抱えて必死に眠ろうとした。
ふと、眩しい光がめいを揺さぶった。寝ぼけ眼であたりを見ても、そこは暗いリビングのまま。少し遠くでエンジン音が響いている。どうやら窓から差し込んだ車のヘッドライトのようだ。
誰か、帰ってきた・・・?
恐る恐る毛布を置いて、玄関に近寄る。しかし鍵が回る気配はない。そのうち、車のエンジン音は遠ざかって行ってしまった。
誰も、帰ってこないか・・・
外の空気でも吸ってこようか、と太く分厚い鍵を回し、ドアを開ける。すると___
「めい・・・!」
突然頭上から響いた声に、肩からびくっと反応する。
「え、帝先輩・・・!」
次の瞬間、帝に、力いっぱい抱きすくめられた。
―――――――
「あ、あの・・・!」
必死に声を絞り出すと、一層抱きしめる力が強まった。
「み、帝先輩・・・!おかえりなさい・・!」
どうにかその一言を伝えると、帝はめいの首元に顔をうずめ、
「・・・うん、ただいま。」
とだけつぶやいた。
鼻先の冷たさが、めいの首筋をぴくっと震えさせた。
明かりのついていないリビングに戻ってくると、帝は怪訝そうな顔で聞いた。
「こんな暗い部屋で何してたの?騎士とか海は?」
「えっと、、、お二人とも今日は帰られないみたいで・・・ちょっとここでうとうとしてました。」
苦し紛れに笑って見せると、帝は何も言わずにまた頭を撫でてくれた。手つきだけではない。その瞳も、口元も、すべてが優しかった。
「そ、それよりどうしたんですか?今日は・・・戻られないって・・・」
照れる心を必死に制して、平静を装う。
「そのつもりだったんだけどね。めいの顔が見たくて帰ってきちゃった。」
リビングの電気をつけ、改めて帝の顔をみると少し火照っているようだった。急にふわりとした笑顔を向けられ、真っ赤にしためいの顔の方が赤かったことは自覚していたが。
ふと、帝の耳越しに時計が見えた。
「あ!先輩、あと6分で12時ですよ!!!」
「え・・・?」
道が空いていたためか、予想より早く帰ってこれたらしい。
「間に合いました!よかったです!帝先輩のお誕生日お祝いでき・・・あ・・・」
めいはにこにことしたかと思えば、また一人で落ち込んだ顔をしている。その瞳には何が映り、何を思い感じているのだろう。帝はうずっとした何かに飲まれた。
のぞいてみたい。自分にも見せてほしい。
「ご、ごめんなさい・・・私、あの・・・」
「ん?」
ソファに腰を下ろした帝は、下を向くめいの手をそっと取って自分の前に引き寄せた。
「その・・・プレゼントまだ用意できていなくて・・・」
少し泣き出しそうなその顔に、帝は今まで知らなかった満たされた気持ちをもらっていた。
「めい、ここに座って。」
促されるままに、めいは帝の右隣にゆっくりと腰を下ろした。その従順さにうれしくなるが、同時にその素直さには少し心配になる。
「めいが、誕生日祝ってくれるなら、それがこの上ないプレゼントだよ。本当にうれしい。」
帝の右手が後ろからそっとめいの頭をなでる。耳がくすぐったいのは、帝の腕がふわりと触れるからだけではない。
「で、でも・・・なにか・・・明日とかちょっと遅くなっちゃいますけど、待っていていただけたら・・・。」
喋りながらもめいはくすぐったさに身をよじった。体中の神経が耳になったのかと思っていたら、額に生々しく柔らかいものが触れた。
「・・・?!」
ばっと帝を仰ぎ見ると、
「ここでこっち見るのはだめだよ、めい。」
笑みを浮かべる帝は近くで見れば見るほど美しかった。背中に金属板が入ったように体が硬くなるが、逃げられない。いつの間にかめいの体は帝の腕に抱き留められていた。
「キス・・・されても文句言えないよ?」
「?!」
するっと左手で頬を撫でられる。帝の親指は、ぎゅっと引き結ばれためいの唇を切なそうに触れた。
「・・・プレゼント、キスにしてもらおうかな。」
「んぎっ・・・?!」
体の隅まで心臓になったかのように脈打つ。恥ずかしさで顔が勝手に下を向いた。逃げるのを許さないように、帝のやさしい声が敏感になっているめいの右耳を捉える。
「ね、・・・してもいい?」
「だ、・・・だめです!」
必死に帝の腕から逃れようとしたが、押した胸板はめいが触れたことのない逞しさだった。異性を感じさせられたその時、柱時計から12時を告げる音が鳴り響いた。
反射的に、顔をあげる。帝の顔をみると声が体に吸い取られそうになる。それでもめいは覚悟を決めて声を振り絞った。
「・・・お誕生日、おめでとうございます。」
その声に、どれだけ帝が泣きたかったか。めいはまだ知らない。
笑って。もう一回言って。抱きしめて。そう言ってしまいたかった。真っ暗な寮に入りたくなかった、あの無視した気持ちが沸き起こってあの日の帝に戻されてしまいそうだった。
「・・・ありがと。それより、プレゼントは?」
本当は抱きしめて丁寧にうれしさを伝えたかったのに、帝は自分の幼稚さに逃げてしまった。
「あ、あの・・・それは・・・ちょっと・・・」
「おでこでもいいよ?さっきもしたけど。」
「!や、やっぱりさっきの・・・!」
「あれ?あんまり気づかなかった?じゃあもう一回ちゃんとしとかないと。」
「きき気づいてました!ふやって柔らかいのが・・・!」
「へぇ・・・?柔らかいのが・・・?」
幼稚さから逃げた、帝の下らないいたずらにも顔を真っ赤にするめい。
かわいい。それを口にしないようにするのに必死だった。
「・・ん?」
帝がめいを眺めながら一人で葛藤していると、庭の方から車のエンジン音が聞こえてきた。
柳井だろうか。帝の誕生日をお祝いできないことに残念がっていたが。そのうち荒々しく車のドアが開けられ、複数の足音と声が聞こえてきた。
「な、何事でしょうか・・・?」
帝の腕の中で固まるめい。
「なに、怖いの?めい。抱きついちゃってかわいいな。」
「あ!あのごめんなさい!」
しまった。かわいいと口にしてしまった。案外こらえ性がないな。
そう思っていると、鍵が回され雪崩のようにドアから人が流れてきた。
「お前ら・・・」
二人が見つめる先には、騎士、大翔、海が乱れた姿で立っていた。
「帝!おまえな・・・!」
騎士がため息をついて額に手を当てる。
「あーー!何してんだよ帝!!」
めいを抱きしめているのを見て大翔が指を刺した。
「・・・いや、先に言っとこう、あとで殴ろう。」
海が冷静に二人を抑える。
「そうだな。」
勢いよく入ってきた3人は、めいと帝の前に立つと____
「誕生日おめでとう。」
すっと、帝にプレゼントを差し出した。
「・・・?!」
束の間の後、帝が何も言えないでいると
「・・・もういいよな?」
しびれを切らした大翔が横目で騎士と海の二人を見た。
「ああ。」
海の返事を合図に、3人がかりで帝からめいを引きはがした。
「めい、大丈夫か?なにもされてないか?」
「だ、大丈夫です・・・」
帝はめいから引きはがされたことより、3人が自分に対して言った言葉の意味を理解しようと必死だった。
「ど、どうしたんだよ、、、今日はお前ら用事があるって・・・大翔だって遠征先なんじゃ・・・」
「でもお前の誕生日だろ。去年は何も言わず気付いたら過ぎてましたーとか適当なことしやがって。」
どかっと座り込んだ大翔が、顔を両手で覆った。
「しかも実家に泊まるって聞いてたのに、なんだよ、柳井に寮に帰ったって聞いたの23時すぎだぞ?あーほらもう3分すぎてんじゃねーか・・・」
あっけに取られている帝をよそに、3人は疲労困憊な様子でそれぞれソファに座り込んだ。
「・・・俺の、誕生日のために・・?」
立たされた事にも気づいていない様子の帝を見て、海の方が困惑する。
「・・・なんだよ、そんな重そうに言うなよ。」
乱暴にテーブルの上にプレゼントを置くと、騎士が疲れ切ったように笑った。
「いやー、お誕生日嫌いで拗ねてる帝に、サプライズでお祝いしようと思ったら、寮に帰ったって言うんだもん。やけになって追いかけちゃったよ。」
「毎年家だって聞いてたのになーー。やられたー。」
つられて大翔も顔がほころぶ。
「ま、めいに何してたのかは明日こってりしぼるとしてな。」
「え?ちょっと海、今聞かないの?だって抱きしめてたよ??」
「とりあえず今だけは良い思いさせてやろうぜ、大翔。」
「上から目線!!」
帝の唇が震えていることに気付いてか気づかずか、3人はいつもより大きい声を出していた。そんな風にめいの目には映っていた。
「・・はは、おれ、かっこわり。」
口元を隠してつぶやいた帝の声は、誰にも届かずに寮の空気に溶けていった。
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