第30話 みすぼらしいな
時は、朝。ダンジョン探索へ向かう前。
場所は、アレンの
日課の
「……みすぼらしいな」
唐突に、カイトがそんな事を言い出した。
本日は、第6階層のボス部屋を攻略して第7階層へ進出し、そのまま探索する予定。
ちなみに、ダンジョンのボス部屋は、攻略済みの者が一人でもパーティにいるとボスが出現しないのだが、現在のダンジョン最高到達記録である地下35階へ足を踏み入れた事があるラシャンは、攻略済みの仲間達と行動を共にしていたため、なんと、初めて攻略したのが第22階層のボス部屋で、それ以前は未攻略なのだとか。
そんな訳で、今、アレンと一緒にいるリエル、レト、クリスタ、ラシャンは、【空間転位】後すぐボス部屋に
カイトは、そんな女性陣とアレンの装備をもう一度
「前々から思ってはいたんだが、こうして並んでいると、お前の装備のみすぼらしさが一層
「えぇ~……」
確かに、四人が装備している〔戦乙女の鎧〕と比べれば、見た目の
だが、そんな風に言われるほどだろうか、と思いつつ、肩の上で真似する
「あっ、それ、私も思ってた」
「第一印象って大事よ。アレン君みたいに、一目見ただけで相手の力量を
「お前が、〝なまくら〟なんて呼ばれて
そう言われて、その二つ名の
「見た目の印象で相手の態度が変わるなんてざらだし、《物見遊山》のマスターとして、他のクランのマスターに会う機会が増えそうなんだから、この際、装備を新調したら?」
「ん~……」
この装備を使い始めてまだ1年もたっていないし、せっかく馴染んだのに、というのが本心で、アレンは変更に消極的。
しかし、賛成っ! と言いつつ挙手しているクリスタを始め、
「《群竜騎士団》から没収した大量の装備の中に、気に入ったのはなかったのか?」
「長く付き合う事になる装備があれば直感で分かると思うんだけど、そういうのはなかったな」
「お前は、防御力より機動力優先だろ? 魔獣素材や
発明を趣味とする修理屋[バーンハード]の店主がそう言うと、
「それなら、[タリスアムレ]で作ってもらえば良いのではないですか?」
そう発言したのはリエルで、
「あそこって、男物の装備
「女性をターゲットにしているというだけで、作れないという事はないと思います」
この時に発覚したのだが、なんと、ラシャンの〔戦乙女の鎧〕も[タリスアムレ]製らしい。
彼女達の装備を見れば、職人達の腕の良さは疑いようがないし、クランの
確か、[タリスアムレ]は生産系クラン《プライヤ&ニッパー》が経営する店の一つだと聞いた
この装備には愛着があるし、気功術を
やはり、必要ないだろう。
…………だが、パーティメンバーと並んだ時、
確かに、
しかし、見た目だけで相手を判断して態度を変える、そんな
「ん~……」
アレンが
「一目見て、あれは《物見遊山》のアレンだ! って分かるような、印象的で、ちゃんと実力に見合った装備を身に着けるべきよ」
そう、熱心に勧めるラシャン。
すると、それを聞いたカイトがニヤリと笑い、
「見合う、というなら、アレン以外、ダンジョンの上層をうろついてる奴らの装備じゃないな」
「それは言わないで」
そんな二人の会話を聞いて、
「――あっ」
アレンは、何故カイトの工房に集まったのか、その理由を思い出した。
「こいつが、今回一番の大物だ」
アレンに
「また、えげつねぇもん持って帰ってきたな」
工房にある作業台の一つ、その理科室の
「矢を放ってから当たるまでの時間を
幻想級ッ!? と驚きの声を上げるラシャン。アレンは、頭の片隅で、一番というなら古代級の〔超魔導重甲冑〕だろうな、と思っていたのだが、本当にその一つ上だった。
「時空系って事は、MVPはアレンか」
「戦闘開始直後のアレが決め手ね」
「それより、クリスタがずっと〔力晶銃〕で
特筆すべきアイテムはそれ一つ。他に武器はなく、防具や装身具の
そして、〔魔弓・虚空箭〕は――
「アレンが使ってやれ」
「えっ? いや、俺はもう持ち
「――そいつは危険
カイトは、アレンの反論を
「絶対悪用しない、正しい事に使う――そうお前が見込んだ相手に
そして、《
「――で、ここからが本題だ」
昨日の成果を確認してから行ったらどうだ? と言われて来たのに、これは本題ではなかったらしい。
アレンに反論する
その上には、布が掛けられていて何かは分からないが、Lサイズのスーツケースほどもある大きな物が置かれている。
「ようやく完成したぞ。――ラシャン」
「えっ? 私?」
「元は、〔
〝
表情から出来に相当な自信がある事を
その下から現れたのは、左右一対の
だが――
「…………何これ?」
明らかにサイズがおかしい。
ラシャンは、布が
だが、覆い隠していた布を取ってみれば、初期形態の〔超魔導重甲冑〕の
「
そう言われて、ラシャンは、見た目に反して軽いのだろうと予想した。
だからこそ、自分の二つ名を嫌っているが
「まったく……、――面と向かってこの私を
口の両端を吊り上げつつも、目が全く笑っていないラシャン。それに対して、カイトは、
「どんなゴリラだって、んなもん直接腕に付けて振り回せる訳ねぇだろ」
呆れ果てたように言ってから装備の仕方を説明した。
まず、手を入れる部分を指差しながら、外装の中から
すると、それぞれの内側から出てきたのは、〔巨殴拳〕をそのまま常識的なサイズに縮小したような
次に、また言われるまま、その指先から肘下までを覆う甲拳を装備する。
そして、促されるまま、両腕を前に突き出して霊力を込めた――次の瞬間、作業台の上から
「……これ、どうなってるの? 先に
その指とは、甲拳型外装のゴツく大きな手に備わった図太い指。金属製の、人間の頭を野球のボールのように握り込めてしまうサイズの手が、指が、ジャンケンのグーを作ったり、チョキを作ったり、パーを作ったり……まるで人の手のように
「〔
そして、ラシャンがその中で甲拳を装着した手を動かすと、甲拳型外装の手首から先が同じように動くのは、外装と甲拳の間の距離が固定されている理屈の応用なのだとか。
カイト
「〝
そんな事を簡単に言えるのは、アレンが【空間転位】を使えるからこそ。
クラン・マスターと持ち上げておきながら便利な移動手段として使う気満々、そんな仲間の様子にアレンが苦笑していると、ラシャンに向けられていたカイトの視線が移ってきて、
「例のやつも完成したぞ。
アレンは素直に感心した。〔
その後、ボクのは? と自分だけ甲拳を装備していないクリスタがカイトに詰め寄り、お前は『
――『
アンデッド系のモンスターであり、ゾンビとの違いは、腐乱していないという点。生前の姿を留めている死人の動きは遅いものの、肉体が損傷しないよう力を
第6階層のボス部屋に出現したのは、そんなリビングデッドが5体とゾンビが10体。
それを見て、アレンは、ゴブリンキングその他が出現する第5階層のボス部屋よりも攻略難易度は低いのではないか、と考えた。
しかし、それは、魔石の位置を見抜く
斬ろうが、突こうが、
そんなボス部屋に出現したモンスターの群れに、
「あぁ~ッ、もうッ!! イライラするッ!!」
声を上げたラシャンを始め、リエル、クリスタは苦戦していた。
それは何故かというと、攻撃手段を【
ちなみに、その条件でも瞬殺してしまうアレンと、【魔法の矢】を使えないレトは、後方で待機している。
そんな訳で、現在、ラシャンとクリスタ、それに、適性属性の【
「全然ダメじゃんッ!」
ゾンビは、着弾の衝撃で腐肉が吹き飛ぶので、数発適当に散らして撃ち込んでから露出した魔石を
だが、リビングデッドは、1体も倒せていない。初級魔術をどれだけ撃ち込んでも、派手に吹き飛ぶだけで時を置かず起き上がって向かってくる。
「ねぇっ! アレンっ! ダメだよッ! 【
クリスタが振り返ってそう
「そんな事はありません」
アレンはそう言って取り合わず、肩の上にいるリルに、な? と
「本当に私達の【
さっきから倒せると言っているのだが、再確認してくる。ならば、
出現したのは、6発の光弾。【
その3発ずつがそれぞれ、リビングデッドAの左胸、リビングデッドBの右太腿の一点へ吸い込まれるように、着弾音が重なって1度に聞こえるほど間髪入れず直撃し、衝撃で大きく体勢を崩した2体が転倒する。そして、そのまま二度と起き上がる事なく、砕けた魔石の破片を残して灰と化し、跡形もなく消え去った。
「ご覧の通り、ちゃんと魔石が埋まっている場所に3発まとめて撃ち込めば倒せるよ」
「分からないよッ! 魔石がどこに埋まってるかなんてぇッ!!」
先程から文句が多いラシャンとクリスタと違って、黙々と【
「意識を集中して敵の霊力を感じ取れば
アレンは、そう言ってから、ラシャンとクリスタが反論するより早く、
「――それは、ゾンビ相手に、魔石の位置を探す訓練を繰り返していれば、
そのあと、できなくても良いって言うなら俺が片付けるけど、どうする? と問うと、リエル、それにクリスタとラシャンは
アレンは、深層に
「レトはできるよな」
そう確認すると、高い霊気感受性と索敵能力を有する
アレンが、小柄な彼女に合わせて軽く
結果は、当然、全て正解。
「
そう言って、アレンがレトの頭を
ボス部屋の
なので、だらだら時間をかけると他の冒険者の迷惑になってしまうのだが、どうやらカイトの工房に寄ったのが良かったようだ。
アレンは、その時がきたなら修行の終了を告げるため、時おり浄眼の透視能力を使ってボス部屋の外の様子も
と言っても、高い魔法の資質を備えるリエル、それに加えて【錬丹術師】として霊力制御の訓練を
――何はともあれ。
ほとんど見ていただけだから、という理由で、アレンとレトが辞退し、リエル、クリスタ、ラシャンがジャンケンして勝者が
そして、代り映えしない第7階層でアレン一行を出迎えたのは――
「また
完全に肉が落ち切った白骨死体――『
上の階層に出現したゾンビやリビングデッドとは違って、魔石は必ず
「ちょっとストレス
そう言って、スケルトンの群れに向かって歩を進めるラシャン。新装備――〔巨殴拳〕の使い勝手を確かめる事より、今はそちらの方が重要らしい。
「俺は構わないよ」
アレンが頷くと、リエルとレトもそれに
「いいよ。……ボクはしばらく休憩したい」
クリスタは、そう言いつつ肩を落とすと、一つため息をついた。
〔力晶銃〕に使える
慣れない魔術を使い続けた事による霊力の消耗と精神的な疲労が、これからも同じ事を繰り返さなければならないのだという事に対する嫌気を
その後ろ姿を見送りながら、アレンは、時空魔法の【空間探査】を使ってこの階層を調べた。
その結果、分かったのは、この階層にも
それは、やはり、ゾンビやリビングデッドと同じく、この階層に出現するスケルトンも魔石を砕かなければ倒した事にならないからだろう。
ダンジョン攻略で得られる収入は、中層や下層だと壁から鉱物を採掘できるそうだが、上層では、ボス部屋や隠し部屋を除くと、モンスターを倒した後に残る魔石のみ。
大きければ大きいほど価値が上がるそれを砕かなければ倒せない、そんなモンスターしか出現しないのだから、冒険者達が好んで集まるはずもない。
おそらく、今いる彼らには十分な、でなければ多少の
そんな彼らは、上に続く階段とボス部屋への
なので、別のルートで離れた場所から
アレンがそんな事を考えている間に、ラシャンが
アレン達のほうから近付いて行くと、甲拳型外装の巨大な手を開いたり閉じたりしていたラシャンが振り返って、
「
そう言ってニヤリと笑う。
それを見る限り、ストレスを原因とする苛立ちは感じられない。ちゃんと発散する事ができたようだ。
「よしっ! それじゃあ、修行しながら探索しつつ、いろいろ試してみようか」
そう言って、カイトに言われた通り持ってきた〔魔弓・虚空箭〕を手にするアレン。
真っ先にリルが、みゅうっ、と元気に声を上げ、続いて、まだ試していない技能があるリエルとレトが、はいっ! と頷き、ラシャンは巨大な拳を打ち鳴らす。
そして、ただ一人、まだ試していないものがないクリスタは、不満げに頬を
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