第30話 みすぼらしいな

 時は、朝。ダンジョン探索へ向かう前。


 場所は、アレンの拠点ホーム敷地内。カイトの自宅兼工房。


 日課の稽古けいこえて朝風呂を堪能たんのうし、美味しい朝食をいただいた後、そろそろ出掛ける準備を始めようという時になって、カイトが、昨日の成果――三つの隠し部屋モンスターハウスを攻略して得たアイテムの鑑定結果――を確認してから行ったらどうだ? とすすめるので、ダンジョンに潜るメンバーは、身支度を整えてからカイトの工房に集合した――のだが……


「……みすぼらしいな」


 唐突に、カイトがそんな事を言い出した。


 本日は、第6階層のボス部屋を攻略して第7階層へ進出し、そのまま探索する予定。みなが忌避して行きたがらない動く腐乱死体ゾンビ徘徊はいかいする第6階層は、アレンが一人で探索を終えているので、ボス部屋の前に直接【空間転位】し、ボスだけみなで倒して第7階層へ進む。


 ちなみに、ダンジョンのボス部屋は、攻略済みの者が一人でもパーティにいるとボスが出現しないのだが、現在のダンジョン最高到達記録である地下35階へ足を踏み入れた事があるラシャンは、攻略済みの仲間達と行動を共にしていたため、なんと、初めて攻略したのが第22階層のボス部屋で、それ以前は未攻略なのだとか。


 そんな訳で、今、アレンと一緒にいるリエル、レト、クリスタ、ラシャンは、【空間転位】後すぐボス部屋にいどめるよう、ダンジョンの外ではている上着をすでに身にけていない〔戦乙女の鎧ヴァルキリーアーマー〕姿で……


 カイトは、そんな女性陣とアレンの装備をもう一度見比みくらべてから言った。


「前々から思ってはいたんだが、こうして並んでいると、お前の装備のみすぼらしさが一層際立きわだつな」

「えぇ~……」


 確かに、四人が装備している〔戦乙女の鎧〕と比べれば、見た目のはなやかさはもちろん、性能や価格など比べるべくもないという事は認めざるを得ない。


 だが、そんな風に言われるほどだろうか、と思いつつ、肩の上で真似する精霊獣カーバンクル小さな相棒リルと共に、自分の装備――両手に装備しているカイト謹製の魔導機巧を搭載した甲拳ガントレット砲撃拳マグナブラスト〕に目を向けると、オイッ! とにらまれた。


「あっ、それ、私も思ってた」


 わきから話に入ってきたのはラシャンで、


「第一印象って大事よ。アレン君みたいに、一目見ただけで相手の力量をはかる事ができる人なんてほんの一握ひとにぎり。ほとんどの冒険者が、装備を見て相手の実力を推し量るんだから」

「お前が、〝なまくら〟なんて呼ばれてためめられたのだって、他に何の特徴もなかったからだろ」


 そう言われて、その二つ名の由来ゆらいである愛刀に目を向けるアレン。


「見た目の印象で相手の態度が変わるなんてざらだし、《物見遊山》のマスターとして、他のクランのマスターに会う機会が増えそうなんだから、この際、装備を新調したら?」

「ん~……」


 この装備を使い始めてまだ1年もたっていないし、せっかく馴染んだのに、というのが本心で、アレンは変更に消極的。


 しかし、賛成っ! と言いつつ挙手しているクリスタを始め、まわりはそうではなく――


「《群竜騎士団》から没収した大量の装備の中に、気に入ったのはなかったのか?」

「長く付き合う事になる装備があれば直感で分かると思うんだけど、そういうのはなかったな」

「お前は、防御力より機動力優先だろ? 魔獣素材や布鎧クロスタイプは専門外だが、魔法金属製の軽鎧ライトアーマーなら要望に合わせていくらでも作ってやるぞ。まぁ、そっちも専門って訳じゃねぇが」


 発明を趣味とする修理屋[バーンハード]の店主がそう言うと、


「それなら、[タリスアムレ]で作ってもらえば良いのではないですか?」


 そう発言したのはリエルで、個性的な品揃えをした店セレクトショップ[タリスアムレ]は、彼女達が贔屓ひいきにしている店。アレンも一緒に何度か足を運んでいるが、


「あそこって、男物の装備あつかってたっけ?」

「女性をターゲットにしているというだけで、作れないという事はないと思います」


 この時に発覚したのだが、なんと、ラシャンの〔戦乙女の鎧〕も[タリスアムレ]製らしい。


 彼女達の装備を見れば、職人達の腕の良さは疑いようがないし、クランの徽章シンボルマークを考えてもらったり、何かと縁があって知り合いもいる。


 確か、[タリスアムレ]は生産系クラン《プライヤ&ニッパー》が経営する店の一つだと聞いたおぼえがあるので、それがダメなら同系列で男性用装備を扱っている店を紹介してもら…………と、そこまで考えてから、装備変更にかたむきかけている事に気付き、いやいや、と首を横にる。


 この装備には愛着があるし、気功術をもちいれば防御力は十分。それに、いざと言う時には〔超魔導重甲冑【時空】ランドグリーズ〕を第1形態で装備すれば良い。


 やはり、必要ないだろう。


 …………だが、パーティメンバーと並んだ時、見劣みおとりするという自覚はある。


 確かに、他人ひとと会う機会が増えそうな今、第一印象をよくするための余所行よそいきを一つ用意しておくというのもありかもしれない。


 しかし、見た目だけで相手を判断して態度を変える、そんなやからと仲良くしたいとは思わないし……


「ん~……」


 アレンがなやんでいると、


「一目見て、あれは《物見遊山》のアレンだ! って分かるような、印象的で、ちゃんと実力に見合った装備を身に着けるべきよ」


 そう、熱心に勧めるラシャン。


 すると、それを聞いたカイトがニヤリと笑い、


「見合う、というなら、アレン以外、ダンジョンの上層をうろついてる奴らの装備じゃないな」

「それは言わないで」


 そんな二人の会話を聞いて、


「――あっ」


 アレンは、何故カイトの工房に集まったのか、その理由を思い出した。




「こいつが、今回一番の大物だ」


 アレンに指摘してきされて、話はようやく本題へ。


「また、えげつねぇもん持って帰ってきたな」


 工房にある作業台の一つ、その理科室のつくえのような長方形で分厚い天板の上に置かれているのは、一張ひとはりの弓。


 つるまでが透明感のある黒の金属のようにも宝石のようにも見える不思議な物質でできていて、大きさは、和弓よりは小さく、馬上で使用する物よりは大きく、アーチェリーで使用する物に近い。


「矢を放ってから当たるまでの時間を改竄かいざんする能力がある幻想級ファンタズマの宝具――〔魔弓・虚空箭〕だ」


 幻想級ッ!? と驚きの声を上げるラシャン。アレンは、頭の片隅で、一番というなら古代級の〔超魔導重甲冑〕だろうな、と思っていたのだが、本当にその一つ上だった。


「時空系って事は、MVPはアレンか」

「戦闘開始直後のアレが決め手ね」

「それより、クリスタがずっと〔力晶銃〕で狙撃そげきしてたからじゃないか? その時に使ってたの、俺の霊力を封入した力晶弾カートリッジだったから」


 特筆すべきアイテムはそれ一つ。他に武器はなく、防具や装身具のたぐいは、〔戦乙女の鎧〕にまさる物ではなかったり、素肌すはだやデリケートなところに直接触れる部分に使用されているヴィーナスシルクの加護や自浄能力、付与されている【守護障壁】などと干渉してしまうという理由で装備できなかったりしたため、あるものはカイトが素材として利用し、それ以外は売却する事に。


 そして、〔魔弓・虚空箭〕は――


「アレンが使ってやれ」

「えっ? いや、俺はもう持ちぎだってっても過言かごんじゃない程いろいろ持ってるから――」

「――そいつは危険ぎる」


 カイトは、アレンの反論をさえぎるように言って、更に続ける。


「絶対悪用しない、正しい事に使う――そうお前が見込んだ相手にゆずるのはかまわないが、誰の手に渡るか分からないオークションには出せない。だから、そういう相手が現れるまではお前が使ってやれ。それだけの宝具だ。ただ眠らせておくのはしい」


 そして、《物見遊山このクラン》にはお前以外に使いこなせる奴がいないからな、と言った直後――


「――で、ここからが本題だ」


 昨日の成果を確認してから行ったらどうだ? と言われて来たのに、これは本題ではなかったらしい。


 アレンに反論するいとまを与えず一方的に話を終わらせてしまったカイトは、さっさと少し前までラシャンが寄り掛かるように軽く腰掛けていたとなりの作業台の前へ。


 その上には、布が掛けられていて何かは分からないが、Lサイズのスーツケースほどもある大きな物が置かれている。


「ようやく完成したぞ。――ラシャン」

「えっ? 私?」

「元は、〔斥力拳マグナスラスト〕の機能を使っていないレトに変更を勧めるつもりだったんだが、お前が加入したからな」


 〝鉄拳鋼女ラシャン〟のほうが向いていると判断して調節し直した、との事。


 表情から出来に相当な自信がある事をうかがわせるカイトが、掛かっている布を取るよううながし、自分専用の装備だと言われて期待が隠せないラシャンが、ドキドキしつついっきに取り去る。


 その下から現れたのは、左右一対の甲拳ガントレット


 だが――


「…………何これ?」


 明らかにサイズがおかしい。


 ラシャンは、布がかぶさっている状態を見て、収納用の箱ケースに、本体と弾倉、力晶弾カートリッジなど一式、または遠距離用と近距離用といった具合に複数の武器が納められているのだろうと予想していた。


 だが、覆い隠していた布を取ってみれば、初期形態の〔超魔導重甲冑〕のひじから先を取り外したかのような物体が二つ、ただ並べられている。


名称は、〔巨殴拳マグナストライク〕。まぁ、とりあえず装備してみろ」


 そう言われて、ラシャンは、見た目に反して軽いのだろうと予想した。


 だからこそ、自分の二つ名を嫌っているがゆえに微妙に嫌そうにしつつも、とりあえず試してみようと巨大なガントレットに手をかけた…………のだが、重過ぎて、持ち上げるどころか動かす事もできない。


「まったく……、――面と向かってこの私を怪力女ゴリラ扱いするなんて、いい度胸してるじゃない」


 口の両端を吊り上げつつも、目が全く笑っていないラシャン。それに対して、カイトは、


「どんなゴリラだって、んなもん直接腕に付けて振り回せる訳ねぇだろ」


 呆れ果てたように言ってから装備の仕方を説明した。


 まず、手を入れる部分を指差しながら、外装の中から甲拳ガントレットを引っ張り出せ、と言われ、怪訝けげんそうにしつつも言われた通りにするラシャン。


 すると、それぞれの内側から出てきたのは、〔巨殴拳〕をそのまま常識的なサイズに縮小したような甲拳ガントレット


 次に、また言われるまま、その指先から肘下までを覆う甲拳を装備する。


 そして、促されるまま、両腕を前に突き出して霊力を込めた――次の瞬間、作業台の上から忽然こつぜんと消えた巨大な甲拳型外装が、両腕に装着した甲拳を包み隠すように出現・装着された。


「……これ、どうなってるの? 先にめた甲拳ガントレットの重みしか感じないし、なんか、指が普通に動いてるんだけど……」


 その指とは、甲拳型外装のゴツく大きな手に備わった図太い指。金属製の、人間の頭を野球のボールのように握り込めてしまうサイズの手が、指が、ジャンケンのグーを作ったり、チョキを作ったり、パーを作ったり……まるで人の手のようになめらかに動いている。


「〔巨殴拳そいつ〕を構成する主な素材は〔念動球〕で、重さを感じないのは、外装が浮いていて、甲拳と接触していないからだ」


 そして、ラシャンがその中で甲拳を装着した手を動かすと、甲拳型外装の手首から先が同じように動くのは、外装と甲拳の間の距離が固定されている理屈の応用なのだとか。


 カイトいわく、〔巨殴拳〕を〔念動球〕のように動かすには、時空魔術師アレン並みに高い空間把握能力が必要になる。そこで、動作を腕の延長線上での進退に限定した、との事。そして、横方向へ強烈な力が加えられて腕の延長線上から外れてしまった場合は、自動的に付与されている法術【保有】の効果で先程のように一瞬にして定位置に戻る。更に、魔導機巧カートリッジシステムが搭載されていて、大口径力晶弾カートリッジに封入された霊力を運動エネルギーに変換する事で爆発的に加速させる事ができるらしい。


「〝ならうよりれろ〟だ。ちょっとダンジョンに行って試してこい。不具合や問題があったら、無理に使い続けずいったん戻ってくるんだぞ」


 そんな事を簡単に言えるのは、アレンが【空間転位】を使えるからこそ。


 クラン・マスターと持ち上げておきながら便利な移動手段として使う気満々、そんな仲間の様子にアレンが苦笑していると、ラシャンに向けられていたカイトの視線が移ってきて、


「例のやつも完成したぞ。ひまができたら動作を確認してくれ」


 アレンは素直に感心した。〔巨殴拳しゅみのはつめい〕を優先させて後回しになっているのだろうと思っていたのだが、そちらも完成させていたとは……。


 その後、ボクのは? と自分だけ甲拳を装備していないクリスタがカイトに詰め寄り、お前は『支援フルバック』志望なんだろ? おとなしく工房で薬作ってじぶんのしごとをしろ、と言われて憤慨ふんがいした挙句不貞腐ふてくされるという一幕をはさみ、アレン達はダンジョンの第6階層ボス部屋前に【空間転位いどう】した。




 ――『動く死体リビングデッド』。


 アンデッド系のモンスターであり、ゾンビとの違いは、腐乱していないという点。生前の姿を留めている死人の動きは遅いものの、肉体が損傷しないよう力を加減セーブする機能が失われているため、限界を超えて力が込められた筋肉は硬くて断ち難く、つかまれれば骨が折れるか皮ごと肉をむしり取られ、みつかれたなら筋肉や血管、神経まで食い千切られてしまう。更に、他の大陸で出現する実体を持たない幽霊ゴーストが未処理の遺体に憑依してアンデッド化した個体とは異なり、ダンジョンに出現するリビングデッドは、体内のどこかにある魔石で存在が維持されているため、その霊力を帯びている分だけ魔法に対する耐性が高いという特徴がある。


 第6階層のボス部屋に出現したのは、そんなリビングデッドが5体とゾンビが10体。


 それを見て、アレンは、ゴブリンキングその他が出現する第5階層のボス部屋よりも攻略難易度は低いのではないか、と考えた。


 しかし、それは、魔石の位置を見抜く浄眼と正確に把握する事ができる感知力に加えて、ありとあらゆるものを易々と断ち斬る技量を備えていればこそ。


 斬ろうが、突こうが、なぐろうが、魔法で吹っ飛ばそうが…………どれだけ攻撃しても、魔石が破壊されない限り、何度でも起き上がりひるまず向かってくるアンデッド系モンスターは、見た目や腐臭に対する嫌悪感、死体に攻撃する事への忌避感など精神的苦痛も相俟あいまって、ゴブリン以上の脅威と認識されている。


 そんなボス部屋に出現したモンスターの群れに、


「あぁ~ッ、もうッ!! イライラするッ!!」


 声を上げたラシャンを始め、リエル、クリスタは苦戦していた。


 それは何故かというと、攻撃手段を【魔法の矢マナボルト】に限定して戦っているから。


 ちなみに、その条件でも瞬殺してしまうアレンと、【魔法の矢】を使えないレトは、後方で待機している。


 そんな訳で、現在、ラシャンとクリスタ、それに、適性属性の【凝水弾ウォーターバレット】だけではなく、相性が悪い相手と遭遇した場合に備えて【魔法の矢】も取得したリエルが魔術での攻撃を続けているのだが……


「全然ダメじゃんッ!」


 ゾンビは、着弾の衝撃で腐肉が吹き飛ぶので、数発適当に散らして撃ち込んでから露出した魔石をねらえば良いため、10体全て撃破済み。


 だが、リビングデッドは、1体も倒せていない。初級魔術をどれだけ撃ち込んでも、派手に吹き飛ぶだけで時を置かず起き上がって向かってくる。


「ねぇっ! アレンっ! ダメだよッ! 【魔法の矢マナボルト】じゃ倒せないッ!」


 クリスタが振り返ってそううったえてくるが、


「そんな事はありません」


 アレンはそう言って取り合わず、肩の上にいるリルに、な? とたずねると、小さな相棒は、みゅうっ、と同意の声を上げる。となりで寄りうように立っているレトにも尋ねてみると、こちらは小首をかしげた。


「本当に私達の【魔法の矢マナボルト】の威力で倒せるのッ!?」


 さっきから倒せると言っているのだが、再確認してくる。ならば、ろんより証拠しょうこをと考え、アレンは【魔法の矢】を行使した。


 出現したのは、6発の光弾。【技術スキル】で発動した場合に出現するのと同程度のものが2回分。


 その3発ずつがそれぞれ、リビングデッドAの左胸、リビングデッドBの右太腿の一点へ吸い込まれるように、着弾音が重なって1度に聞こえるほど間髪入れず直撃し、衝撃で大きく体勢を崩した2体が転倒する。そして、そのまま二度と起き上がる事なく、砕けた魔石の破片を残して灰と化し、跡形もなく消え去った。


「ご覧の通り、ちゃんと魔石が埋まっている場所に3発まとめて撃ち込めば倒せるよ」

「分からないよッ!  魔石がどこに埋まってるかなんてぇッ!!」


 先程から文句が多いラシャンとクリスタと違って、黙々と【技術スキル】の補正ありと、補正なし――自力で魔術を行使する――を交互に繰り返しているリエルも、肩越しに振り返ってもの問いたげな眼差しを向けてくる。


「意識を集中して敵の霊力を感じ取ればおのずと分かる――」


 アレンは、そう言ってから、ラシャンとクリスタが反論するより早く、


「――それは、ゾンビ相手に、魔石の位置を探す訓練を繰り返していれば、ボス部屋ここに来るまでの間に修得できていたはずの技術だ。嫌だ、って言ってやらなかったんだから、今ここでできるようになるしかない」


 そのあと、できなくても良いって言うなら俺が片付けるけど、どうする? と問うと、リエル、それにクリスタとラシャンはなかばむきになって、自分でやると答え、リビングデッドが接近し過ぎないよう魔術を行使しつつも意識を集中させ始めた。


 アレンは、深層にいたり二つ名で呼ばれる程の冒険者であるラシャンが魔石の気配を感知できない、という事を意外に思いつつも、やる気を見せる三人の姿を見て満足げに頷き、


「レトはできるよな」


 そう確認すると、高い霊気感受性と索敵能力を有する戦闘妖精ヴァナディースは、アレンのほうからモンスターの群れのほうへ顔を向けて軽く目を伏せ……一息ほどの間を置いてご主人様のほうへ顔を戻すと、こくりと頷いた。


 アレンが、小柄な彼女に合わせて軽くかがんで確認すると、レトは、その耳元に口を寄せてそれぞれの魔石の位置を答える。


 結果は、当然、全て正解。


流石さすがだな」


 そう言って、アレンがレトの頭をでると、人と同じ位置にあるエルフ耳のような形の獣耳と垂らしてはにかみつつも笑みを浮かべ、馬のようにふさふさの尻尾をフリフリ嬉しそうにらした。




 ボス部屋のとびらは、中に入った者が、ボスを倒すか、全滅するまで開かない。そのため、誰かが攻略中だと通る事ができない。


 なので、だらだら時間をかけると他の冒険者の迷惑になってしまうのだが、どうやらカイトの工房に寄ったのが良かったようだ。


 アレンは、その時がきたなら修行の終了を告げるため、時おり浄眼の透視能力を使ってボス部屋の外の様子もうかがっていたのだが、元々不人気な階層である事に加え、地下へ向かう者達はすでに通った後だったらしく、地上へかえるにはまだ早い時間帯だったため、リエルとラシャンがそれぞれ水の大剣と拳を振るえば秒殺できるリビングデッドを、三人がそれぞれ【魔法の矢】で1体ずつ倒すまで、他の冒険者が近付いてくる事はなかった。


 と言っても、高い魔法の資質を備えるリエル、それに加えて【錬丹術師】として霊力制御の訓練をんできたクリスタが、しっかりと魔石の位置を特定した上で撃破した一方、どうやら感知を苦手としているらしいラシャンは、苦しんだすえ、勘に任せて放った結果命中したという感が否めないのだが……


 ――何はともあれ。


 ほとんど見ていただけだから、という理由で、アレンとレトが辞退し、リエル、クリスタ、ラシャンがジャンケンして勝者が宝箱ガチャを開け、細かく砕けた魔石の破片と、獲得したアイテム類をまとめて【異空間収納】で回収すると、一行は奥の扉の先へと歩を進める。


 そして、代り映えしない第7階層でアレン一行を出迎えたのは――


「また不死系モンスターアンデットか」


 完全に肉が落ち切った白骨死体――『動く骸骨スケルトン』。


 上の階層に出現したゾンビやリビングデッドとは違って、魔石は必ず頭蓋あたまの中にあり、下級の兵士を彷彿ほうふつとさせる安っぽいかぶとよろい、剣、槍、手斧、弓などで武装し、必ず7体前後の団体で迷宮を行軍はいかいする。


「ちょっとストレス発散はっさんさせて」


 そう言って、スケルトンの群れに向かって歩を進めるラシャン。新装備――〔巨殴拳〕の使い勝手を確かめる事より、今はそちらの方が重要らしい。


「俺は構わないよ」


 アレンが頷くと、リエルとレトもそれにならい、


「いいよ。……ボクはしばらく休憩したい」


 クリスタは、そう言いつつ肩を落とすと、一つため息をついた。


 〔力晶銃〕に使える大口径力晶弾カートリッジが一つしかないため、予備の弾の数がある程度そろうまで温存すると決めた。ゆえに、今のクリスタには、既に散々さんざん使った【魔法の矢】しか攻撃手段がない。


 慣れない魔術を使い続けた事による霊力の消耗と精神的な疲労が、これからも同じ事を繰り返さなければならないのだという事に対する嫌気を助長じょちょうさせ、敵と戦う前にきと戦っている――そんなクリスタをよそに、両手に装備した巨大な甲拳ガントレットを打ち鳴らし、〝鉄拳鋼女ラシャン〟がスケルトンの群れに突撃する。


 その後ろ姿を見送りながら、アレンは、時空魔法の【空間探査】を使ってこの階層を調べた。


 その結果、分かったのは、この階層にも隠し部屋モンスターハウスがある事と、広さの割に冒険者の数が少ないという事。


 それは、やはり、ゾンビやリビングデッドと同じく、この階層に出現するスケルトンも魔石を砕かなければ倒した事にならないからだろう。


 ダンジョン攻略で得られる収入は、中層や下層だと壁から鉱物を採掘できるそうだが、上層では、ボス部屋や隠し部屋を除くと、モンスターを倒した後に残る魔石のみ。


 大きければ大きいほど価値が上がるそれを砕かなければ倒せない、そんなモンスターしか出現しないのだから、冒険者達が好んで集まるはずもない。


 おそらく、今いる彼らには十分な、でなければ多少のたくわえがある。そこで、他の冒険者が少ないこの階層で少しでも多くのモンスターを倒し、その霊力を紋章に吸収・蓄積させて新たな技能を修得しようとしているのだろう。冒険者が少なければ、第4階層や第5階層のように、モンスターを奪い合うような事にはならない。


 そんな彼らは、上に続く階段とボス部屋への通路ルートからあまり離れていない位置で待ち構え、近付いてきたモンスターを狩っている。


 なので、別のルートで離れた場所からめぐるのが良いだろう。


 アレンがそんな事を考えている間に、ラシャンが鎧袖一触がいしゅういっしょくスケルトンの群れを蹴散らした。


 アレン達のほうから近付いて行くと、甲拳型外装の巨大な手を開いたり閉じたりしていたラシャンが振り返って、


攻撃が届く距離リーチが違うから違和感があるけど……悪くないわね」


 そう言ってニヤリと笑う。


 それを見る限り、ストレスを原因とする苛立ちは感じられない。ちゃんと発散する事ができたようだ。


「よしっ! それじゃあ、修行しながら探索しつつ、いろいろ試してみようか」


 そう言って、カイトに言われた通り持ってきた〔魔弓・虚空箭〕を手にするアレン。


 真っ先にリルが、みゅうっ、と元気に声を上げ、続いて、まだ試していない技能があるリエルとレトが、はいっ! と頷き、ラシャンは巨大な拳を打ち鳴らす。


 そして、ただ一人、まだ試していないものがないクリスタは、不満げに頬をふくらませた。

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