第29話 クラン連合の台頭

 時は、《群竜騎士団》関連の事後処理がようやく片付き、アレンが久々ひさびさに仲間達とダンジョンにもぐった日。


 場所は、第4階層に出現していた隠し部屋モンスターハウスでの事。


「ん~……」


 アレンは、本来見えないものを見せる浄眼の力で、〔超魔導重甲冑カタフラクト〕を第1形態で装着しているリエル、レト、クリスタの戦いぶりを同時に見守りつつも、特にラシャンの様子をうかがっていた。


 紆余曲折うよきょくせつてクラン《物見遊山》の仲間になった彼女ラシャンは、嫌いな〝鉄拳鋼女〟という二つ名で呼ばれないよう、普段はローブをまとって後衛っぽい雰囲気を出しているが、その正体は、【技術スキル】、【能力アビリティ】、魔法で自身を強化し無手で敵を撲殺する中級職【魔闘士エンフォーサー】。


 ミニ丈のワンピースと袖口そでぐちが広がったローブをげば、その下は、様々なバリエーションの中から自分に合ったものを選択して装備する〔戦乙女の鎧ヴァルキリーアーマー〕で、白を基調として紫系でいろどられた装備は、ハイネックでノースリーブのハイレグなボディスーツの上に、装甲プレートタイプのホルターネック型胸当てとローライズビキニ型の貞操帯アーマーを身に着け、両手には魔法金属製の装甲で補強された格闘用手袋ファイティンググラブ、両脚にはニーハイソックスと爪先からひざまでをおお長靴ロングブーツ型の脚甲。


 そして、左手首に腕環状態の〔超魔導重甲冑【力素】〕。


 何故ラシャンがそれを所有しているのか?


 それは、現在攻略中の隠し部屋の前に、今日だけで既に二つの隠し部屋を攻略しているからだ。


 アレン達がダンジョンに潜ったのは久々の事。だが、当然といえば当然の事なのだが、他の冒険者達は違う。もちろん、休養を取っていた者達や、何らかの事情でダンジョンから離れていた者達もいただろうが、その間も、他の大勢の冒険者達は日々ダンジョンに潜り、攻略を続けていた。


 だからだろう。アレンが時空魔法の【空間探査】を使うと、攻略されるたびに場所を変える隠し部屋モンスターハウスが、第1階層と第2階層、それに第4階層に一つずつ出現しているのが分かった。


 そこで、既に4度行っている事なので細かい部分は割愛するが、第1階層と第2階層の隠し部屋にはアレンが一人でのぞみ、カイトとラシャンから渡されていた【金属】と【力素】の霊力が過剰充填された大口径力晶弾カートリッジもちい、魔導機巧を搭載した指先から肘までを保護する甲拳ガントレット――両手に装備した〔砲撃拳マグナブラスト〕をぶっ放して瞬殺し、無事新たに2機の〔超魔導重甲冑カタフラクト〕を手に入れた。


 ラシャンは、早速〔超魔導重甲冑【力素】〕の適格者となり、支援用人造精霊テクノサーヴァントに『シャナ』の名を与え、今は腕環状態のまま戦闘経験を累積させている。


 ――それはさておき。


 以前はそれ以外にも、頭部、胴体、両手足に技能の効果を増幅する装身具アクセサリーを装備していたそうだが、窮地きゅうちおちいった仲間を救うのに必要な大金を用意するため、今ある最低限の装備を残して全て売り払ってしまったらしい。


 もっとも、装備を失った事で総合力が多少低下しようとも、自身が積み上げてきた能力だけで十分戦う事ができ、今も、高速で飛来した大理石の胸像を、その内部の魔石ごと一撃で粉砕した。


「ねぇ、アレン君。これ、何時いつまで続けるの?」


 振り返ってそう問いつつ、言外に、もううんざりだ、とうったえるラシャン。


 隠し部屋モンスターハウスに出現したのは、『石像群を統べる彫像スカルプチャー・ルーラー』。


 動く石像リビング・スタチューと呼ばれるモンスターの一種で、その外観を一言で言ってしまうと、女神の姿を中心に精緻な紋様や呪文が彫刻された石柱。それ自体は出現した場所から動かず、ポルターガイストのように浮遊して動き回る立像や座像、胸像など可動部がない4~8体の石像を一定の間隔で召喚し続け、自身を護らせつつ侵入者を攻撃させる。


 召喚された動く石像リビング・スタチューは、岩石人形ゴーレムのような動かせる手足がないため、攻撃手段は、突進からの体当りか、頭上から降下しての押し潰し、この二択。だが、【障壁バリア】が存在する上、石自体が非常に硬いため、希少級レア以下の武器では傷をつける事すらままならない。上からし掛かられたら常人であれば動けないほど大きく重い石像が、公道を走行する乗用車のような速度で突撃してくる。


 そして、スカルプチャー・ルーラーが存在し続ける限り、そんなリビング・スタチューが絶え間なく召喚され、侵入者が排除されるまで延々えんえんえ続ける。


 ボス部屋や隠し部屋では、冒険者しんにゅうしゃの人数で出現するモンスターの数が変わるため、アレン達が足を踏み入れると、5体のスカルプチャー・ルーラーが出現した。


 それから間もなく、その5体によって同時に召還されたリビング・スタチューの数は、――38体。


 見た目は、ただの石の柱であり、石の像。だが、かつて五本の指に数えられるほどの攻略系クランに属し、ダンジョン攻略の最前線に身を置き、遭遇した事があったからこそ、その恐ろしさを知っているラシャンは、切羽せっぱまった声を上げてスカルプチャー・ルーラーの撃破を優先するよううったえ――その言葉尻ことばじりを、連続する雷鳴のごとすさまじい轟音がき消した。


 轟音の正体は、銃声。重厚な長銃身が印象的な大型回転弾倉式拳銃リボルバー――引き金トリガーしぼるだけで無限に撃ち続ける事ができる魔法銃〔無限インフィニティ〕の発砲音。


 出現した魔法陣の数を見て、あぁ、五人で入ったから5体出てくるのか、などと呑気に思っていたのもつか、石柱のようなモンスターの周囲に多数の魔法陣が出現したのを見て配下を召喚するタイプだとさっした瞬間、『玉が触れ合ってかすかに音を立てるほんのわずかな間』という意を持つ超神速歩法――〝玉響タマユラ〟で瞬時に衝撃波の影響が仲間達におよばない位置まで移動しはなれたアレンは、抜き放つと同時に魔法銃〔無限〕を発砲。更に連射。


 音速の約7倍の初速で発射された魔法金属製の超重質量弾が【障壁】を貫通して間に割って入った石像の全てを粉砕し、それらを召喚した石柱をも破壊――それを3度繰り返し、現在、意図的に残されたスカルプチャー・ルーラー2体が、一定の間隔でリビング・スタチューを召喚し続け、それをリエル、レト、クリスタ、ラシャンが撃破し続けている。


 要するに、ラシャンは、同じモンスターを延々と倒し続ける事に飽きてしまったようだ。


「夕食の時間に遅れないように帰らないといけないから、その直前まで」

「……それ、本気?」


 アレンが、うん、とうなずいたのを見て、天をあおぐラシャン。


 リビング・スタチュー系のモンスターは、動く腐乱死体ゾンビなどのアンデッド系と同じく、核となっている魔石を砕かねば倒した事にならない。


 それゆえに、地面に散乱している魔石は、小さな破片になってしまっているが、元の大きさはピンポン玉ほどもある。


 それはつまり、倒して紋章に吸収・蓄積される霊力の量が多いという事。その上、仲間に優秀な【錬金術師】カイトがいるため、手数料なしに、大量の小さなクズ魔石から元の5倍近く価値が高い〔魔結晶〕を錬成してもらう事ができる。


 賢者の塔で取得したい【能力アビリティ】があると話していたレトと、同じく賢者の塔で新しい知識を得るために霊力を、調合して作る薬の材料を買うためにお金を必要としているクリスタ、この二人が黙々と戦い続けているのはそれゆえ


 そして、攻撃手段が限られていて行動パターンが単純な敵は、剣術初心者であるリエルの練習台にはもってこい。


 既にスキルの助けなしに【斬撃】と遜色そんしょくのない攻撃を繰り出せるようになった彼女は、現在、初手を繰り出した後に【斬撃】を発動させて無理なく次へつなげる、つまり、連撃の練習を行なっている。


 ちなみに、リエルが【連撃ラッシュ】を取得しないのは、尊敬するご主人様アレンが現在行っている練習方法を推奨すいしょうしているからであり、その分の貯めた霊力で水系の魔法を取得する事ができるから。


 クラン《物見遊山》の到達階層は、第6階層。まだまだ浅い上層階で得られる報酬は少ないため、借りたお金は必ず返す、と言い張っているラシャンにとってもこの耐久石像リビング・スタチュー狩りは好ましい状況だと思うのだが、どうやら、同じような事を繰り返す面白みのなさや飽きに対する嫌気いやけのほうがまさったらしい。


「嫌なら先に帰っても良いよ。【空間輸送転位トランスポート】で送ろうか?」


 それを聞いたラシャンは、嫌そうに顔をしかめ、


一人で先に帰るそっちのほうがイヤだからやる」


 ちょっとむすっとしつつそう言いながら、また両のこぶしを構えた。




 クリスタの〔超魔導重甲冑【冷熱】〕の第1形態は、手足の指先からあごの下とうなじの髪の生えぎわまで全身をおおう、極薄で伸縮性にむ躰にフィットしたパイロットスーツを基礎ベースに、肘、膝、胴体の要所を薄い装甲プレートが保護し、頭部には収納可能なゴーグル付きヘッドギア、両手には手袋グローブ、両足には脛当て付きの長靴ブーツ。それに、初期位置は、両肩の横と背中、腰の左右と後ろ――ケープと前後非対称のうしろがながいスカートのように見えなくもない、躰からわずかな隙間を開けて浮かぶ非固定武装アンロックユニット盾装甲シールドビットが6枚。


 それらは、『パロ』と名付けられた支援用人造精霊テクノサーヴァントによって操作・制御されて自動的に適格者クリスタを守護するだけではなく、変形・合体して中央に開閉式の銃眼ガンポートを備える巨大な1枚の大盾になる他、上に乗って移動可能な回転銃座ターレットのような使い方もできる。


 現に、クリスタは、戦闘開始直後から、合体した大盾の上に乗って隠し部屋の高い天井付近まで上昇し、今も、その一部が変形した銃架に〔力晶銃〕を固定し、腹這はらばい――伏射姿勢でリビング・スタチューを狙撃そげきしている。


 〔力晶銃〕から発射される霊力弾では、リビング・スタチューの【障壁】を突破できず、肩に小さな精霊獣の相棒リルを乗せたアレンがいる閉じた入り口側の反対、奥側の壁まで大きく吹っ飛ばす事しかできない――が、それで十分。


 何故なら、クリスタが数体を大きく後退させてこちらへ到達する時間に差を作る事で、その間に前進してきた他のリビング・スタチューを、リエル、レト、ラシャンが無理なく対処するさばく事ができるからだ。


 直接撃破しなくとも戦闘経験は累積るいせきされ、倒したモンスターから得られた霊力は等しく分配されて各々の紋章に蓄積される。


 余談だが、ここにいるのは、リルを除くと、アレン、リエル、レト、クリスタ、ラシャンの五人。だが、六人でパーティ登録しているため、工房で仕事をしているカイトにも獲得した霊力が分配される。


 そうして順調に耐久石像リビング・スタチュー狩りを続けていたのだが――


「――あッ!?」


 突然、クリスタが声を上げた。


 いったい何事かと思えば、合体大盾シールドに乗ったままアレンのとなり、肩の高さまで降りてきて、


「弾がなくなっちゃったッ!」


 〔力晶銃〕で使用する大口径力晶弾は、アレンが霊力を込めたもの。修行の一環で一日に一つ、その日の終わりに残りの霊力全てを絞り出すようにして込めた過剰充填弾。それ故に、〔砲撃拳〕でぶっ放すと威力が尋常ではないため使う機会がなく、貯まる一方で、使用すれば再利用できるのに次々と力晶弾を買い足す破目におちいっていたのだが、これでその必要がなくなった。


 そんな訳で、アレンにとっては好ましい事なのだが……


「ねぇ、どうしようっ!?」

「攻性魔術は?」

「使えないッ!」


 元は、『支援フルバック』志望の【錬丹術師】。〔力晶銃〕を得て射撃のセンスがあったからこそ戦闘に参加できているが、他に戦うすべを持たない。


「これからも戦闘に参加するつもりなら、【魔法の矢マナボルト】くらい会得しといたほうが良いな」

「うぅ~、……考えてみる」


 貯めた霊力は全て【錬丹術師】としての技能や知識の取得にぎ込みたいクリスタだったが、確かにそうかもしれないと真剣に検討し始めた――その時、


「【魔法の矢マナボルト】なんておぼえるだけ無駄よ」


 モンスターのほうを向いたままそう意見したのは、ラシャン。しかも、ただ言うだけではなく、実際に使って見せる。


 ラシャンの左手の甲にある紋章が光を放った直後、胸の高さに現れた魔法陣が消えると同時に三つのテニスボール程の光の弾が出現し、3発同時に発射。まさに矢のような速度でリビング・スタチューに向かって直進し…………【障壁】に弾かれて消えた。〔力晶銃〕の霊力弾とは違って、リビング・スタチューを大きく吹っ飛ばす事もない。


「こんなの覚えるより、〔超魔導重甲冑カタフラクト〕を初期形態にして、近寄って殴るほうがずっとまし――よッ!」


 攻撃を受けた事で攻撃対象ターゲットをラシャンに定めて突撃したリビング・スタチューが、交差法カウンター気味の一撃で砕け散った。


 話を聞いて、【魔法の矢】の威力を見て、確かに、と頷くクリスタ――だったが、


「おいおい、【技術スキル】に頼りきってる人が【魔法の矢マナボルト】を語っちゃあいけぇねぇよ」


 そうのたまったのはアレンで、こちらもまた老師直伝の魔術を実際に使って見せる。


 その左手の甲にある紋章が光を放つ事のないまま、アレンの前に出現した魔法陣が消えると同時に現れたのは、両端が尖った柳の葉型の光の矢――その数119本。


 次の瞬間、縦に7本、横に17本、整然と並んだ光の矢が、見えない糸で数珠つなぎになっているかのように7本が1列になって、その先頭がそれぞれ、スカルプチャー・ルーラー2体と新たに召喚されたものが追加されたリビング・スタチュー15体、計17体のモンスターに向かって亜音速で飛び――先頭の1本が石柱と石像の【障壁】に直撃。


 しかし、ラシャンが使ったスキルの【魔法の矢】とは異なり、接触した瞬間に炸裂。そこへ間髪入れず突っ込んだ2本目も炸裂、3本目も炸裂。そして、4本目の炸裂によって【障壁】が砕け散って消え、残りの3本が本体に連続して直撃・炸裂。


 結果、17体のモンスターがほぼ同時に爆散した。


「初歩の初歩、基本中の基本魔術とあなどったものでもないだろ?」


 モンスターの全滅と台座に乗った宝箱ガチャが出現したのを確認してから、振り返って丸くなった目でこちらを見てくる仲間達に向かって、アレンは、特にラシャンとクリスタに向かってそう言い、更に続けて、


「有数の傑作けっさく攻性魔術である【魔法の矢】の真価は、その応用性にこそある。そして、真価を発揮するには、術の事を理解し、みずから術式を構築できなければならない。それができて初めて術式の要所を変更する事で、形状、数、威力、速度、軌道、面攻撃、一点集中……などなど、自由自在に操る事ができるようになるんだ」


 ラシャンの適性属性は【力素】。世間でいうところの無属性。故に、そもそも取得できる魔術が他の属性を適性とする者と比べて極端に少ない。


 その少ない中の一つが、魔法の素質があれば適性属性にかかわらず誰でも取得する事ができる初級魔術【魔法の矢】。


 彼女ラシャンいわく、無手の技を取得できる初級職【闘士】から中級職【魔闘士】へ転職クラスチェンジした際、初めて取得する魔術だったため、ドキドキしながら遠距離攻撃の手段として【魔法の矢】を選択し、ワクワクしながら使ってみて、そのしょぼさに幻滅げんめつ。それ以来、近付いて殴ったほうが早いし強い、と使わないまま今日にいたるとの事。


 だが、今回の事で考えを改めたそうで、ラシャンの今後の修行内容に、スキルの補助を受けずに行使できるよう【魔法の矢】を会得する、が加わった。


 そして、クリスタも取得すると決め、使いこなしてみせると張り切っている。


「なら、予定より早いけど、今日はもう切り上げて、賢者の塔に寄って行こう」


 モンスターを一掃いっそうしたのは、〔力晶銃〕の弾が切れたとの報告を受けた時点で、ラシャンだけではなく、リエルとレトも、リビング・スタチューの動きに慣れて修行ではなく作業になってしまっていたため、潮時しおどきか、と考えていたから。


 そんなアレンの提案に、仲間達から反対の声は上がらなかった。




 みんなでジャンケンして勝った者が宝箱ガチャを開ける――そんな仲間がいるからこそのお楽しみの後、出現したアイテムの確認は拠点ホームに帰ってからする事にして【異空間収納】で回収し、アレン達は冒険者ギルドの中央にそびえる賢者の塔へ。


 ダンジョンに潜るのが久々なら、ギルドに足を運ぶのもまた久々で――


「……あっ。そう言えば、サテラの後任のアドバイザーにまだ挨拶あいさつしてなかった」


 正式にクランへ加入したのをきっかけに、『さん』付けをやめて名前で呼び合うようになった元アドバイザーさんサテラ。先の件で彼女がギルドを辞めたやめさせられたため、その後を引き継ぐ形で就任した、新たな担当アドバイザー。


 名前は、『マール』。人間族ヒューマンの女性で、少しそそっかしいところはあるものの、真面目で努力家。そして、サテラがよく面倒を見ていた後輩。


 今まで任されていた仕事は一般事務で、冒険者の担当になるのは初めての事であり、サテラが自分の後任にと推薦した訳ではないらしい。という事は、おそらく、ラビュリントスが混乱している原因である厄介者をていよくを押し付けられたのだろう。


 だが、アレンとしては好ましい人選だった。


 真面目だというところや、努力家だというところももちろんだが、いろいろ教えてもらっていたサテラがかげで〝不運を招く女ハードラックウーマン〟などという二つ名で呼ばれていた事は知っていただろうにしたっていた、つまり、他人の意見に流されず、自分が知っている先輩を――自分で見て、聞いて、考えて、確かめて得た答えを信じる事ができる、というところが特に。


 そんな訳で、リエル、レト、クリスタ、ラシャンは予定通り賢者の塔へ向かい、アレンは、特に急ぎで取得したい技能がないので、リルと共にギルド本館へ。


 アレンが足を踏み入れると、その姿に気付いた人々が口をつぐみ、束の間、ギルド内が静かになった。その後、ヒソヒソざわざわし出したが、アレンは気にせず窓口へ行って自分の担当を呼んでもらう。


 そうして対面を果たした新しいアドバイザーさんは、


「は、初めましてっ! 私は『マール』と申します。アレン様のアドバイザーをつとめさせていただく事になりました。よろしくお願いいたしますっ!」


 話に聞いていたよりも幼く見える小柄かつ童顔の女性で、素直な性格らしく、平静をよそおおうとしているようだったが、しっかり役目を果たそうと緊張しているのがバレバレだった。


 そんなマールは、気付かない振りをする事にしたアレンとお互いに簡単な自己紹介をませると、担当する冒険者をうながして、偶然なのか、いつもサテラと話をする時に利用していた簡素な応接間のような個室へ。


 そして、テーブルを間にはさんで向かい合ってソファーに座ると、早速仕事を始めた。


「引きぎの儀式を?」


 やってもらいたい事があるというので話を聞くと、それは、ダンジョンなどで命を落とした冒険者のエメラルドタブレットに蓄積されていた霊力を、回収してきた冒険者が引き継ぐ儀式。


 既に一度経験しているが、それ以降、アレンは、亡くなった冒険者のエメラルドタブレットを持ち帰ってはいない。それなのに何故か? 当然説明があるだろうと思い、あせらずもくしたまま彼女の話に耳を傾けていると、


「《群竜騎士団》の……」


 まだ記憶に新しい、《群竜騎士団》幹部・側近殺人事件。


 今回の儀式で引き継ぐのは、ギルドで封印・保管されていた、その事件の被害者達のエメラルドタブレットに蓄積されていた霊力――だけではなく、その他、生存している元《群竜騎士団》団員の分も全て。


 それは、どの道誓約の儀式魔術ゲッシュの効果で【能力】と【技術】の使用を禁止した上で没収し、封印している以上、彼らのエメラルドタブレットが紋章と化してその手に戻る事は二度とない。ならば、引き継ぎの儀式によって霊力を抜き、元の液体へと還元して杯に戻してしまったほうが良いだろうと判断されたからだと言うのだが……


「ん~……」

「ど、どうかしたんですか?」


 アレンが何やら思案しているのを見て不安を覚えたらしいマールがたずねると、


「それって、ギルドの決定?」

「え? そう聞いてますけど……?」

「他の人にも確認してみた?」


 え? と戸惑いをあらわにしつつ、いいえ、と首を横に振るマール。


 上司にそう指示されて何の疑念もいだかずにしたがったそうだが……


「あ、あのっ! なにがそんなに気になっているんですかッ!?」

「ん? ん~……」


 言うべきか、言わざるべきか、それが問題だと思案するアレン。


 エメラルドタブレットは唯一無二と言われているが、仮に、生存している冒険者のエメラルドタブレットから引き継ぎの儀式を行なって霊力を抜き、元の液体へと還元して杯に戻した後、エメラルドタブレットの錬成を行なう事が可能なら、その冒険者は新たなエメラルドタブレットを手に入れる事になる。


 それがもし可能なら、そして、その冒険者が元《群竜騎士団》団員なら、おそらく、新たに手に入れたエメラルドタブレットは誓約の儀式魔術ゲッシュの対象外。またゼロからのスタートとなるが、【技術】と【能力】を取得する事が可能になる。


 誓約の効果でクラン《物見遊山》メンバーとその関係者に対する報復を目的とした言動は禁止されており、元団員の中には所属していただけで犯罪に加担していなかった者達もいる。


 ゆえに、ギルドのほうから提案し、そういった者達になんとか再起の好機チャンスを与えようというなら良い。


 だが、元団員から賄賂ワイロを受け取って便宜べんぎはかろうとしているのなら、捨て置く事はできない。


 ただ、以前から疑われてはいたのだが、のクランの消滅を機に、職員と《群竜騎士団》の癒着が白日はくじつもとさらされた事で、冒険者ギルドの威信は地に落ちた。そして、現在、ギルドは組織の健全化と失った信用回復のため、綱紀粛正こうきしゅくせいに力を入れており、職員達は必要以上に神経質になっているらしい。


 この話をしたら、マールは他の上司に確認しようとするだろう。


 後者は当然として、例え前者、善意による行いでも、その指示が個人の独断ならギルドの規則を破っている事に違いない。その職員はギルドを追放される事になり、元団員は再起の機会を失う事になる。


 だが、もしこちらの邪推で、その上司が正しく職務を実行して部下にギルドの決定を伝えていた場合、疑ったマールも、疑われたその上司も、職場での人間関係が面倒な事になりそうな気がする。


(はてさて、どうしたものか……)


 既に散々さんざん浮世のしがらみの厄介さを思い知ったせいで考え過ぎな気もするが、この懸念を話すべきか。それとも、話さず要請に応じるべきか。


 アレンは思案して……


「みゅうっ」

「……なるほど。それもそうか」


 リルの意見を採用し、話してマールに助言アドバイスをもらう事に。


 何故なら、それこそがアドバイザーの仕事だ――と、思ったのだが……


「――か、確認してきますッ!!」

「あっ、ちょっ…と…………」


 話している間にみるみる顔を青くして、みなまで聞かず、止める間もなく、跳ねるように立ち上がるなり個室を飛び出して行くマール。


 肝心なのは、この後の相談の部分なのだが……


「……まぁ、なるようになるか」


 あとに残されたアレンは、とりあえず開けっ放しのドアを閉め、可愛い相棒リルでながらアドバイザーさんが戻ってくるのを待ち続け…………結局、死体が発見され死亡が確認されている者達の分だけ、引き継ぎの儀式を行なった。




 引き継ぎの儀式を行なうのは、賢者の塔の地下2階。冒険者になろうとする者がエメラルドタブレットを錬成する際にも使用するのと同じ部屋。


 アレンが引継ぎを終えて1階に戻ると、目的の技能を取得したり知識を得たリエル、レト、クリスタ、ラシャンが待っていたので、自分の技能取得は又にして、そのまま皆と拠点ホームに帰る事に。


 予定では、隠し部屋モンスターハウス攻略で得た報酬をみんなで確認する事になっていたのだが、リエルとレトは、夕食の準備の前にシャワーを浴びると言って浴場へ。クリスタは、新たに覚えた知識で早速ためしたい事がある、と言って自分の工房へ行ってしまい、ラシャンも、まだまだ霊力に余裕があるから、と【魔法の矢】を会得する修行のため射撃場へ。


 そんな訳で、アレンとリルだけで、予定通り拠点敷地内にあるカイトの自宅兼工房へと足を運び、出迎えてくれたカイトの娘のエリーゼにただいまを言ってから工房へ。


「頼んでおいてなんだが……、よくもまぁあ……」


 カイトは、兜の飾りまで入れれば2メートルの半ばを超える、鋼色を基調として鏡面のようなシルバーメタリックが縁取る刀剣のような印象の重厚な〔超魔導重甲冑【金属】〕をながめつつそうつぶやき、


「しかも、日帰りの探索で、隠し部屋ハウスを三つって……」


 次に、作業台の上、鑑定を頼まれた金銀財宝などいわゆる換金アイテムを除いた武器、防具、装身具に目を向けながら、感心を通り越してあきれ果てたようにそうらした。


 その後、一緒に遊びたいと言うエリーゼにリルを預け、鑑定を始めたカイトにアイテムを任せ、結果はあとで聞く事にして工房を後にしたアレンは、その足で射撃場へ。そこで、夕食までラシャンの修行に付き合った。


 それから程なくして、アレンが心の安らぎを得る団欒だんらんの時間。


 アレン、リエル、レト、クリスタ、ラシャン、カイト、エリーゼ、サテラ、食事を必要としないためリビングのお気に入りの場所で丸くなっているリルを除くクランメンバー全員がそろって食卓をかこみ、一緒に美味しい夕食を堪能し、その後は、お茶をいただきつつまったりしながら、アレンが日課の夜の稽古のために席を立つまで、各々おのおのから報告したい事があれば聞いたり、雑談したりする。


 そして、今日、最初に報告を始めたのは、事務や来客の対応を任されているサテラで、本日もまた様々な理由で《物見遊山》のクラン・マスターアレンとの面会を求める個人や代表者達がたずねてきたそうなのだが――


「クラン連合?」


 知らないのはアレンだけではないらしく、報告している当人を除く全員が、顔を見合わせたり首をかしげたりしている。


「その名の通り、中小のクランによって結成された団体らしいのですが……」


 その中小クランというのが、主に、冒険者同士やクラン間で起きため事などを解決するための寄り合い――〝会合〟を脱退したクラン、それも、《群竜騎士団》の傘下さんかに組み込まれていたクランらしい。


「ただの『被害者の会』って訳じゃなさそうね」


 そう言ったラシャンをふくめ、全員が嫌な予感をおぼえたようで、サテラの話を傾聴けいちょうする。


 その内容を簡単にまとめると……


 中小クラン連合結成の目的は、助け合い。そして、二度と不当にしいたげられないための力を得る事。


 都市警察は、《群竜騎士団》の凶行や犯罪に目をつぶり、冒険者ギルドは、癒着して便宜べんぎはかる職員の存在を放置し、〝会合〟は、相互扶助ふじょを理念としてかかげながら、その中核をなす大規模クランは我が身の安全を優先して助けを求める中小クランに手を差し伸べようとしなかった。


 もう誰も信用できない。だからこそ、裏切られる事、見捨てられる事のつらさを知る者同士どうしで真に助け合う事ができる組織を作ろう――そう言って結成されたのが『クラン連合』。


 そして、クラン連合が自衛のための力として組織したのが、各クランから優秀な人材と物資や資金などを出し合い、最高の実力を備える者達を集めて最高の武装を装備させた戦闘集団――『連合自警団ガーディアンズ』。


「要するに、《物見遊山》もクラン連合に加わって、アレン君にその連合自警団ガーディアンズとやらに入ってくれ、っていうのね」


 ラシャンの言葉に頷くサテラ。


 ただ、《物見遊山》に入れてくれ、同盟を結んでくれ……そんな話はよくある事。


 それだけなら今話題に上げないだろうと察し、話の続きを待っていると案の定、


「まだ話に聞いただけで確認していないのですが、クラン連合は、自分達の勢力範囲テリトリーを主張し、連合に加入しないクランや冒険者パーティをそこから追放するなどして、〝会合〟と対立しているようなんです」


 そんなクラン連合が《物見遊山》のクラン・マスターとの面会を求めている。それが、〝会合〟に出席してほしいと要請する者が日に何度もおとずれたり、それとは別に複数の大規模ギルドから会って話がしたいと会食かいしょくに招待されたり、来客のほとんどがついでのように《物見遊山》は〝連合〟と〝会合〟のどちらにつくのかと探りを入れてきたりする理由だろう、との事。


「…………、――ん?」


 アレンは、黙って話に耳をかたむけていて…………ふと気付くと、みなが自分を見ている。


「ちゃんと起きてるよ?」

「そうじゃねぇよ」


 そう言ったカイトを始め、皆がクラン・マスターの呑気のんきさに笑ったり苦笑したりし、


「《物見遊山オレたち》はどうするつもりなのか、マスターの考えを聞かせてくれ」

「どうするって……、これまで通りで良いと思うんだけど……?」


 自信のなさからしりすぼみになりつつ、目で、え? ダメなの? と問いつつ仲間達の顔色をうかがうアレン。


 そして、得心がいっていないらしい仲間達から、どういう事かと説明を求められると、


「大切なのは、いざと言う時、臨機応変に対処できるように備えておく事だと思う、って事なんだけど……」


 そう答えてから、あ~……、と天井に目を向けて考えをまとめてから更に続ける。


「カイトやサテラには仕事があるし、みんなにはそれぞれ修行がある――」


 カイトに頼んでおいたものが完成すれば、サテラも少しは安心して外を出歩けるようになる。クリスタの【錬丹術師】としての修行は、自分の目的を達成するためだけじゃなく仲間のためにもなり、ラシャン共々【魔法の矢マナボルト】を会得すれば自衛の役に立つ。自分の成長を実感できているであろうリエルは、このままどんどん強くなっておいて損はないし、レトは、仲間の存在を受け入れた事でより周囲が見えるようになって、共に戦う事にれてきた。エリーゼも、呼吸法と体内霊力制御を身につけておけば体調に不安を覚える事がなくなるし、〔超魔導重甲冑【雷電】テティル〕に搭乗しての行動に慣れておけば自分の身を守れるようになる。


「各自が成すべき事を成し、力を付ければ、それがそのまま仲間を守る力になる。それに、〝会合〟の事とかクラン連合とやらの事とか知らないし、何をどうするのが一番良いのか判断するための情報ざいりょうがほとんどない。だから、これまで通りで良いと思う、んだけど……?」


 また尻すぼみになりつつ皆の様子を窺うと、賛成が過半数を超え、それ以上の代案を出せる者がいなかった事もあって、今後のおおよその方針が決まった。


 その後、現在の〝会合〟やクラン連合その他に関する情報収集は、カイトとサテラが自分なりの方法でやってみると言うので任せる事になり、腹の具合も落ち着いたし良い頃合いだろうと解散すると、夜稽古を行なう者達はそれぞれ準備を始めた。


 アレンは、【異空間収納】で収納用異空間から必要な物を取り出すだけなので、一足先に庭へ出る。そして――


(また面倒な事になりそうだなぁ……)


 仲間達を不安にさせないようにと我慢していたため息をき、胸の内とは裏腹に晴れ渡った星空をあおいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る