第28話 大規模クラン消滅の余波

 時は流れ、《群竜騎士団》対《物見遊山》のクラン対抗戦から、早2週間。


 その日々は、アレンにとって、気の滅入めいる事や後悔の連続だった。


 事の始まりは、決闘のすぐ後、気絶していたフェルディナンドに活を入れて起こし、誓約書を突きつけて伝えた、勝者の権利である敗者への要求。


「個人・共有の全財産を没収した上で、クラン《群竜騎士団》は解散。クラン《物見遊山》のメンバーとその関係者に対する報復を目的とした言動は禁止。【能力アビリティ】と【技術スキル】の使用を禁止した上で、エメラルドタブレットを封印。犯罪に加担かたんした者は、都市警察本部に出頭しておのれの罪と犯罪に関する情報を全て自白じはくした後、つつしんで刑に服する事。善行を積んで身のあやまちをあがなう事。――以上を要求する」


 後から後から思いつくまま要求を増やせないようにするための処置で、『以上を要求する』と告げた時点までの要求が通り、それ以降は、こばみ続ければ命を落とす事もあるという強制力は生じない。


 その内容は、仲間達と考えて既に決めてあったもので、念頭に置いたのは、自分達がラビュリントスで平穏に過ごすため、報復を阻止する事と、犯罪者にしかるべき報いを受けさせる事。


 全財産を没収するのは、地獄の沙汰さたも金次第などという事にならないよう金の力をうばうため、武装解除させて個の力を奪うためであり、解散させるのは、集団としての力を奪うため。


 技能の使用を禁止した上でエメラルドタブレットを封印させるのは、そもそも、都市警察が罪を犯した冒険者を逮捕できない理由が、【能力】によって強化され【技術】を使う犯人に、反撃されて退しりぞけられたり逃げられたりしてしまうから。


 他は、既に起きてしまった事件を解決し、これから起こり得る犯罪を未然みぜんに防ぐ事で、ラビュリントスが少しでも安全で住みやすい場所になってほしいと願ってのもの。


 署名した代表者であるアレンが、もう一方の代表者であるフェルディナンドに要求を伝えると、誓約の儀式魔術ゲッシュの効果が発動し、誓約書が熱のない炎を上げて燃え尽きた。


 これで、《群竜騎士団》との問題は全て解決。趣味と実益と友達探し、それに、仲間達とのダンジョン探索など、他の都市とは一味違う、ラビュリントスでの日常が戻ってくる――そう思っていた。


 だがしかし、それは、面倒な事後処理の始まりでしかなかった。


 浮世のしがらみことごとくを〝韴霊剣フツノミタマノツルギ〟でぶった斬って生まれ育った絶海の孤島に帰ろうかと何度か本気で思ってしまったほど、考えなければならない事、早急に対処しなければならない事、面倒な事、厄介な事…………もういろいろあり過ぎて、その内の幾つかを例に挙げると――




 ――例えば、決闘前に追加された取り決めによって、アレンの所有物になった、実に600名を超える奴隷達の処遇。


 アレンは、奴隷達で構成されていた黒竜隊の存在があったため、それについては考えていて、全員の衣食住を保障するなど主人としての義務を果たせないため、という理由で、命令されて行なった犯罪などについての聴取の後、全員を奴隷の身分から解放するつもりだった。


 しかし、それに待ったをかける者達がいた。


 それは、クラン《物見遊山》に加入したい、新たな主に仕えたいという者達と、団員達の食事や身の回りの世話など、様々な労働や奉仕に従事していた女性達。


 前者はまだ想定の範囲内だったものの、奴隷は黒竜隊の隊員達だけだと思い込んでいたアレンにとって、彼女達の存在は完全に想定外だった。


 仲間達と相談し、彼ら、彼女らの意見を訊き、結局、希望者全員を受け入れる事などできないので、可能な限り公平を期すため、自分だけで生きて行くすべを持たないから、と解放をこばんだ者達は、当人達の希望によって奴隷商館に売り、残りは全員、しばらく生活に困らない額の現金と、《群竜騎士団》時代の装備を持たせて、奴隷から解放する事に。


 そうと決まった後は、カイトが必要だと言い、ラシャンもやった方が良いというので頑張ったが、奴隷達から訊き出した話の内容は気が滅入るような物がほとんど。始めてしまったからと最後までやり切ったが、こんな事をするためにラビュリントスに来たんじゃないのに、と何度もくじけそうになり、やめとけばよかったとめちゃくちゃ後悔した。


 そんな苦労をて、元奴隷達は、みずからの意思で都市警察に出頭する者、ダンジョン攻略を続けるつもりだという者、故郷へ帰るという者、他の国でダンジョンや戦いがない新たな生活を始めようとする者…………などなど、それぞれが自分の足で己の道を選んで歩き出し、〝筆頭猟犬シェパード〟――隊長として黒竜隊を率いていた黒い狼頭の獣人男性などは、強制されていた無理なダンジョン攻略で命を落とした部下達の遺品を納めた鞄を背負い、それぞれの故郷へ送り届けてとむらったら必ず戻ってこの御恩を返します、などと言い残してラビュリントスから旅立って行った。




 ――例えば、《群竜騎士団》から没収した財産の整理と処理。


 没収した財産は、クランの拠点ホームや青竜隊が管理していた複数の大型倉庫などといった不動産に始まり、武器、防具、装身具、道具、薬品、素材、贅沢ぜいたくの限りを尽くしていた事がうかがえる高級な食器や調度品、絵画や彫刻、ランキングバトル参加者ランカーではないので返す事になったランカー街の大豪邸や高級集合住宅マンションなどから回収してきたもの…………などなど。その中には、麻薬や呪物フェティッシュなど、いわゆる御禁制の品々までもが含まれる。


 アレンは、その一部を見ただけで嫌気がさし、それらの所有権を放棄しようと考えたが、そんな事をすれば争奪戦が勃発して街中が戦場になりどれだけの人的・物的被害が出るか分からない、とカイトにおどされて、渋々しぶしぶ複数の大型倉庫の中身まで全てまとめて【異空間収納】で拠点ホームに運び込んだ。


 収納用異空間内に存在するものを把握する事ができるアレンが、まず種類別に分類し、それをカイトが、応援を要請して招いた信頼できる友人達と共に鑑定し、それぞれの一覧表リストを作り、手元に残しておくものと、処分するものに分け、後者はオークションに出品する予定。


 御禁制の品々の中で、呪物などは【異空間収納】で死蔵する予定だが、麻薬は、覚醒剤など鉱物系だけではなく、大麻など植物系もあり、そのほとんどは処分したが、毒にもなるけど薬にもなるから、と言う錬丹術師クリスタを信頼し、一部は手元に残して保管している。


 不動産の管理と、等級ランクが高いもの、希少なもの、高価なもの、あわよくばあつかいに困っているはずの御禁制の品などを売ってくれ、買い取りたい、と引っ切り無しにたずねてくる商人や冒険者達の対応をみずから担当すると申し出たのは、始めから戻るつもりはなかったのか、戻りたくても戻れないのか、クランに残る事を決めたサテラ。そして、若い女性だからと侮られないようにと、〝鉄拳鋼女ラシャン〟が護衛として斜め後ろで睨みを利かせている。


 拠点ホームの金庫や倉庫を管理しているのは、クラン・マスターのアレン。なので、金銀財宝などのいわゆる換金アイテムや現金、素材、その他諸々の数量を把握して保存・管理するのを任されているのだが、豊かな自然以外何もない絶海の孤島育ちで、物欲がないアレンは、それがもう面倒くさ過ぎて、時々全て次元の狭間へ投棄したくなるが、何とか我慢している。




 ――例えば、ラビュリントスの裏にまだかまる闇の暗さ、深さを思い知らされた、《群竜騎士団》幹部・側近殺人事件。


 団長や隊長達、二つ名持ちの幹部、その側近……その他大勢が、誓約の儀式魔術ゲッシュの効果によって出頭し、都市警察本部の留置所で勾留こうりゅうされていた。


 しかし、留置所で火事が起き、不自然な速さで燃え広がり、そのままでは焼け死んでしまう囚人しゅうじん達を助けるために特別措置が取られ、翌日の正午までに戻る事を条件にろうを開放。囚人達は、燃え盛る留置所から逃げ出して市街へ消えて行った。


 そして、その翌日。団長を始め、〝断罪の聖剣フェルディナンド〟〝金剛鬼神アンガス〟〝聖殲の雷〟〝閃華の騎士〟……《群竜騎士団》主要メンバーを含む20名以上が死体で発見された。


 犯人は不明。解放された元黒竜隊隊員、泣き寝入りさせられた者、煮え湯を飲まされた者……とにかく容疑者が多過ぎて特定できず、鋭意捜査中との事だが、


「まず捕まらないだろうな」


 とはカイトのべん


 原因不明の火事は、おそらく放火。それは、警戒厳重な留置所から標的ターゲットを逃がして殺害するため。首謀者は、《群竜騎士団》とつながりがあった犯罪組織、悪事に手を染めているクラン、禁制品を扱う商人……彼らに生きていられては困る者達。実行犯は、プロの殺し屋だろう。


 要するに、死人に口無し、をねらっての犯行。


 誓約書の効果が発動した時点で、《群竜騎士団》ではなく、《物見遊山》のマスターの所有物になっていたため、技能の使用が禁じられていない黒竜隊だった元奴隷達とは違い、アンガスやフェルディナンド達は、大きく力をがれた状態だった。


 そして、自白を強制し、黙秘という自分の身を護る手段を奪ったのは自分。


 という事は、彼らを死に追いやったのは――


「アレン様のせいではありませんっ!」


 リエルやサテラ、仲間達は皆そう言ってくれるが……


 アレンは、本当にこれで良かったのは、間違いならどうすべきだったのか、同じ轍を踏まないために考え続けている。




 その他にも――


 傘下だった中小規模クランや青竜隊と懇意こんいにしていた商人、正式には加入していなかったメンバーの家族や愛人など、《群竜騎士団》の関係者が、今どのようなあつかいを受けているか、とか、逃げるようにラビュリントスから出て行った、などという話が耳に入ってきたり、


 都市警察や冒険者ギルド、ラビュリントス評議会など様々な組織で、《群竜騎士団》から賄賂ワイロを受け取って不正を働いていた者を対象とした粛清しゅくせいの嵐が吹き荒れている、という事を知ったり、


 《群竜騎士団》が消滅したこの機に、これまで雌伏しふくを強いられてきたクランがトップ争いを激化させているという情報を聞かされたり、


 それが原因で発生した問題を解決するため、会合への出席を要請されたり、


 警察官や捜査官だけでは手が足りず冒険者ギルドに捜査や逮捕の協力を要請する依頼が溢れているとか、


 持ち込まれた案件が多過ぎて裁判所が処理しきれていないとか、


 都市警察の本部や各署の留置所、刑務所が過密状態になっているとか……


 ――本当に、枚挙まいきょにいとまがない。


 そして、それは、五本の指に入る大規模クランの消滅がラビュリントスにおよぼす影響を甘く見過ぎていた己の浅はかさを責めつつ、未だかつてない程、やりたい事ができず、やりたくない事をやらなければならない日々を過ごしていたある日の事。


 アレンは、自分でもよく分からない精神状態におちいって、ふらふらと自宅の広大な庭の真ん中へ行き、芝生の上で寝ころぶと、


「んぁあぁ~~っ、んぁあぁあぁあぁ~~~~っ」


 自分でもよく分からない衝動に突き動かされるまま、しばらくの間、芋虫のようにゴロゴロうねうねのたうち回った。


 いったいどれくらいの時間そうしていたのか……


 ふと我に返り、仰向けになって空を眺めながら、俺はいったい何をしているんだろう、とそんな事をしばらくの間、ぼぉ~~っ、と考えていたが、不意に、こんな事をしている場合じゃない、と気付いて身を起こし、立ち上がる。すると、不思議なほど気分が楽になっていた。


 その後からだ。


 何故か、みんなが今までよりも笑顔で優しく接してくるようになり、精霊獣の小さくて可愛い相棒リルだけではなく、レトか、エリーゼか、家事などの仕事を片付けたリエルか、とにかく誰か一人が必ず側にいるようになったのは。


 アレンは知らない。


 実質的にたった一人で《群竜騎士団》を壊滅させてしまった武芸の達人が、積もりに積もったストレスでおかしくなり、奇声を上げながら芝生の上でのたうち回るという奇行を目撃してしまった仲間達が、その間中、今までの人生で感じた事のないたぐいの恐怖に打ち震えていたという事を。




 兎にも角にも、そんな2週間だったが、気が滅入るような事だけしかなかったのかというと、そういう訳でもない。


 例えば――


 朝夕の修行が楽しい。


 朝稽古の後の朝風呂がたまらない。


 リエルとレトが作ってくれる食事が毎日毎食とても美味しい。


 それに…………そう、それはつい先日の事。


「えっ? これを……わたしに?」


 エリーゼが目を丸くして見上げたのは、〔超魔導重甲冑【雷電】〕。


 没収して拠点に運び込まれていたものの、所有者は〝聖殲の雷〟のままだったので他の誰も使用できず置物と化していた。だが、先日の事件で、所有者不在に。


 エリーゼの適性属性は【風】。だが、【雷電】は、主属性である【風】の従属性。


 適格者になる資格はあるはず。


「おいおいおいおいっ、お前、どういうつもりだ?」


 父親カイトが表情を険しくして詰め寄ると、アレンはあっけらかんと、


「体調を崩した時のための備えにちょうど良いと思って。〔超魔導重甲冑カタフラクト〕には、適格者の生命を保護するための機能が備わっているから、俺がダンジョンに潜っている間に具合が悪くなったら、こいつを装備すれば良い」


 それを聞いたカイトは、かくんっ、とあごが外れたかのように口を開けて唖然とし、


「……戦力としてダンジョンに連れて行くためじゃなく、拠点ホームで留守番している時のために……体調管理のために古代級の超兵器カタフラクトを?」


 そう、と本気で頷くアレン。


 カイトは、自分ではありえない発想に度肝どぎもを抜かれ、目からうろこが落ちる思いで少年を見詰めたまま、しばらく何も言えなかった。


 その後、他の仲間達にも集まってもらい、いつ体調を崩しても大丈夫、といったメリットだけではなく、《物見遊山》が〔超魔導重甲冑【雷電】〕を所有している事は知れ渡っているため狙われるかもしれない、といったデメリットも踏まえて考え、話し合い……結局、エリーゼの希望もあって、とりあえず試してみる事に。


 その結果、エリーゼは〔超魔導重甲冑【雷電】〕の適格者となり、支援用人造精霊テクノサーヴァントに『テティル』の名を与えた。何でも、家と一緒に火事で燃えてしまったクマのぬいぐるみの名前らしい。


「ねぇ、アレン君。まだあるかもしれない〔超魔導重甲冑カタフラクト〕の属性って何?」


 両手を広げて元気にドスドス走り回る古代兵器、その姿を目で追いながらそう訊いたのはラシャンで、アレンが、確か【金属】と【力素】だったと思う、と答えると、


「私の適性属性、【力素】」


 はいっ、と手を挙げたラシャンが、アレンを真っ直ぐに見詰めながらそう言うと、


「俺の適性属性、【金属】」


 カイトまでが、はいっ、と手を挙げてそう言い、アレンを見た。




 ラビュリントスの混乱は、まだしばらく続くだろう。


 だがしかし、先日、ついに諸々の整理が済み、そして、今日からクラン《物見遊山》は、平常運転に復帰する。


「いってらっしゃ――~いっ!」


 サテラ、カイト、それに、元気よく手を振って見送ってくれるエリーゼに手を振り返し、


「よし、――行こうっ!」


 肩に小さな相棒リルを乗せたアレンは、リエル、レト、クリスタ、ラシャン――このラビュリントスで出会った仲間達と共に、意気揚々と久々のダンジョン探索へ出発した。

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