第27話 試合に勝って勝負にも勝つ

 戦意を残す《群竜騎士団》側の戦力は、白竜隊の20名のみ。


 だが、まだ向こうには切り札が残っている。


 盾を前面に並べた防御陣形が中央で左右に割れ、その後ろから姿を現し、堂々と前へ進み出たのは、その切り札――かぶとの飾りまで入れれば2メートルの半ばを超える純白を基調として黄金が彩る重厚な【雷電】の〔超魔導重甲冑カタフラクト〕。


 それを装備している者の名は、人呼んで〝聖殲の雷〟。


 ならば当然、得意とするのは雷撃系だろう。


 とはいえ、勝手な思い込みは禁物だ。


 予測は、前提を覆された時点で想定した結果には至らない。


 雷撃系の魔術や複合技で来ると備えていて、全く別の手段での攻撃を受けたなら、対処が遅れて取り返しがつかない事態におちいりかねない。


 ゆえに、アレンは、臨機応変に対処できるよう、抜き身の愛刀を手にしている以外は常日頃と同じように自然体で歩を進め――


〔勇将の下に弱卒無し。――貴様らは《群竜騎士団》ではない〕


 〝聖殲の雷〟が唐突に言い、虚空から〔超魔導重甲冑【雷電】〕の右手の中に出現した――【格納庫】から取り出した――かなり等級ランクが高そうな長い杖ロッドの杖頭をアレンに向かって突き出し、


「――――っ!」


 〝聖殲の雷〟と自分、そして、斬られて地に伏したまま動けない赤竜隊隊員達との位置関係から、アレンが相手の意図を察した――次の瞬間、それは、ほんの一瞬の間の出来事。


 〝聖殲の雷〟が、前方を直線的につらぬとおす上級攻撃魔術【サンダーブラスト】を威力と効果範囲を犠牲にして高速発動し、それを〔超魔導重甲冑【雷電】〕に備わっている機能と古代級エンシェントの魔法の杖の効果で二重に増幅。直径およそ8メートルもの巨大な魔法陣が出現し――


 時空魔法で防御しようとしたアレンの肩の上に突如【空間転位】してきた小さくて可愛い相棒リルが出現。キリッ、とした眼差しで〔超魔導重甲冑【雷電】〕を見据える精霊獣カーバンクルの額の角が光を放つと、自分達の前と白竜隊の直上、二箇所に全く同じ直径およそ10メートルの魔法陣が出現し――


 ――〔超魔導重甲冑【雷電】〕の前に展開された魔法陣から、アレンとその後ろで倒れ伏す赤竜隊隊員達を巻き込んで貫かんとほとばしった数十条もの雷が束ねられた極太の雷撃が、アレンとリルの前の【転位門ゲート】の魔法陣いりぐちに吸い込まれると同時に白竜隊の直上の魔法陣でぐちから飛び出し、〔超魔導重甲冑【雷電】〕に直撃――する寸前に展開された【障壁】に激突した。


 射線上の全てを消滅させながら戦場をつらぬくとうたわれる大魔術が炸裂し、瞬間的に視界を白く染め上げた閃光に次いで轟音が響き渡り、大爆発によって生じた衝撃波が砂塵を舞い上げる。


 それが晴れると、そこにあったのは、円形闘技場コロシアム全体を震撼させるほどのすさまじい衝撃波によって方々へ吹っ飛ばされ無様に倒れ伏す白い甲冑を纏う者達と、擂鉢すりばち状にくぼんだ爆心地の中央で起き上がろうとしている〔超魔導重甲冑【雷電】〕の姿すがた


 そして、それに正面から歩み寄る、肩に精霊獣を乗せたアレンの勇姿。


〔……い、いったい、何が……?〕


 〝聖殲の雷〟はまるで分っていないようだが、〔超魔導重甲冑【時空】ランドグリーズ〕の適格者であるアレンには分かる。


 〔超魔導重甲冑【雷電】〕が無傷なのは、自動防御機能が作動したから。危険を察知して〝聖殲の雷〟の意思とは無関係に【障壁】が展開され、【サンダーブラスト】を防いのだ。


 ただ、この自動防御機能は非常に燃費が悪く、防ぐ攻撃の威力に比例して消費するエネルギー量が増える。


 そして、エネルギーが減れば、活動可能時間が減り、残量がゼロになれば止まってしまう。そうなると、最低でも自動的に補給されるエネルギーが半分貯まるまで動かす事ができず、初期形態なら中にいる事もできるが、補給速度は腕環状態の時のほうが速い。


 ――それはさておき。


「お前さんの魔術を、そっくりそのままお返しした」

〔――――~ッ!?〕


 内宇宙コックピットの全周囲モニターに映っているはずだが、今まで接近に気付かなかったらしい。身を起こして片膝立ちになった〔超魔導重甲冑【雷電】〕の頭部が跳ね上がり、声が聞こえてきたほうに顔が向けられた。


 彼我ひがの距離は、およそ3メートル。


「【時空】をつかさどる精霊獣であるこの可愛い相棒がいる限り、俺に魔術に届かない」


 左肩の上にいるリルが、こちらの頬に頭を寄せて頬ずりしてきたので、時と場所をわきまえてくれよと苦笑しつつ、さぁ、どうする? と問う。


 それに対する〝聖殲の雷〟の回答は――


〔〔超魔導重甲冑カタフラクト〕に白兵戦ができないとでも思ったかッ!?  ――めるなッ!!〕


 そう叫びつつ杖を投げ捨ててから右腕を振り上げ、【格納庫】から取り出して空中に出現させた大剣のつかを右手でつかむなり振り下ろした。


 生身では絶対に不可能な速度で繰り出された剣身が、生意気な小僧の脳天から股間までぶった切ってその勢いのまま地面まで叩き割り、轟音が響き渡る。


〔――ったッ!!〕


 〝聖殲の雷〟は勝利を確信した――が、勿論もちろん、それは事実ではない。


 実際は――


 そう叫びつつ杖を投げ捨ててから右腕を振り上げ――それと同時に、アレンは、リルを左肩の上でマントにしがみつかせたまま、右手のみで振っていた愛刀の柄頭を左手で握りつつ、吸い寄せられるように踏み込むなり右手を放して左手一本で振り抜き、〔超魔導重甲冑【雷電】〕の自動防御機能が展開した【障壁】を斬り裂いて胴を横一文字に薙ぎ払い、


 【格納庫】から取り出して空中に出現させた大剣の柄を右手で掴むなり振り下ろした――その直前、アレンは、滑るように左へ回避し、


 生身では絶対に不可能な速度で繰り出された剣身が、生意気な小僧の脳天から股間までぶった切って地面まで叩き割り――その直後、左手一本で振り上げた愛刀、その柄、鍔のすぐ下に右手をえるなり繰り出したアレンの縦一文字からたけわりの一刀が、自身の正面にある〔超魔導重甲冑【雷電】〕の魔法金属製の右腕を修復が追い付かない【障壁】諸共易々やすやすと断ち斬り、


 轟音が響き渡る――その中、アレンは、一足飛びに後退して間合いを切った。


 〝聖殲の雷〟が見ていたのは、目の前の現実ではなく、脳裏に想い描いた心象イメージ。自身がそのイメージ通りに行動したため、相手もそうなっているという思い込みが見せたまぼろし


〔――ん? なッ!? そ、そんな……ッ!?〕


 自身の確信が錯覚だった事には気付いても、まだ斬られた事には気付いていない〝聖殲の雷〟が自分を捜している。アレンは、油断せず周囲に気を配りながらも、破壊された〔超魔導重甲冑〕がいったいどうなるのか、見逃さないようその様子を注意深く観察し……


〔――なッ!? なんだッ!? いったい何が――〕


 唐突に、ガクッ、と機体の全ての関節部が固定ロックされたかのように動きが止まった直後、プツッ、と動揺する搭乗者の声が途切れ――〔超魔導重甲冑【雷電】〕が消えると同時、入れ替わるように〝聖殲の雷〟の姿が現れた。


「な、なんでッ!?  ――はぁっ!? 自己修復? 再起動まで……ふざけるなッ!! くそッ、くそッ、くそ……~ッ!!」


 わめき散らしながら再度装備しようとしているが、どうやらできないらしい。それでも、己が置かれている状況を顧みようとせず、既に無駄だと分かっている事をただただ必死に繰り返している。


「お前さんには、斬ってやる価値もない」


 上級攻撃魔術【サンダーブラスト】が使えるという事は、一流の魔術師だという何よりのあかし。だというのに、自分を傷付けられる者はいない、かなう者はいないという無敵感に酔い、〔超魔導重甲冑【雷電】〕に頼り切った戦いを続けてきたのだろう。その末路まつろがこの有り様。あるのが当たり前になってしまい、もうそれなしでは不安に負けて戦えない。強者だと認めざるを得ない相手に対しては特に。


 あわれな魔術師の背後に立ったアレンは、明日は我が身ときもめいじながら愛刀を左手に持ち替え、空いた右手の手刀をその首筋に打ち込んであっさり気絶させた。


 機体が破壊されても搭乗者は無事。それが分かっただけでも良しとする。欲を言えば、第1形態を装着している状態で撃破したかったのだが……


(まさか、初期形態から進化していないのか?)


 あの大剣の扱いから見て、まず間違いなく素人しろうと。第1形態には装着者に適応した専用の武装が存在する。それなのに、初期形態のまま満足に扱えない大剣を使ったという事は、進化していない、あるいは、進化する事すら知らない可能性が高い。


 では何故、進化していないのか?


 考えられる中で最も可能性が高いのは、


支援用人造精霊テクノサーヴァントに名前を与えていないから、か?)


 名前を与えて適格者と認められなければ支援サポートを受けられず、支援なしには最適化も進化もしないのかもしれない。


 行く手をはばんでいた〝聖殲の雷〟を排除してから他に立ちはだかる者はなく、急に激しく動いてしまった事をしっかりしがみ付いていたリルに謝ってから、そんな事を考えつつ歩を進め……


「……所詮は茶番とは言え、ひどいにも程があるだろ」


 足を止めたアレンとその肩の上のリルは、地面で仰向けに倒れて気絶している《群竜騎士団》側の大将――フェルディナンドを見下ろして、呆れ果てたようにため息をついた。




 リルが返した上級攻撃魔術【サンダーブラスト】が〔超魔導重甲冑【雷電】〕の自動防御機能が展開した【障壁】と激突して大爆発した際、その全く予期できなかったらしい反撃によって、フェルディナンドと〝閃華の騎士〟は、他の白竜隊隊員達と同様に、生じた衝撃波で派手に吹っ飛ばされて地面に叩きつけられていた。


 どうやら、その時にはもう気絶していたらしい。


 浄眼の力で舞台のみならず観客席まで全て見えている。故に、その所在はつねに把握していて、全く動く気配がないのでまさかとは思っていたのだが……


 アレンは、やれやれと首を振り、それから気を取り直して、身の安全を守るため離れた場所で様子をうかがっていた審判を呼び寄せると、クラン《群竜騎士団》側の代表者が気絶している事を確認するよう要求した。


 そして、開始から、およそ15分――


「――勝負ありッ!! 勝者、――クラン《物見遊山》ッ!!」


 審判の宣言に対して、拍手はくしゅもなければ喝采かっさいもない。いや、賭け事ギャンブルで《物見遊山おおあな》にけたほんの一握ひとにぎりの者達が狂喜乱舞している。


 それをのぞけば、場内に立ち込めているのは、困惑や失望……それら以上の何とも言えないしらけた空気。


 一部の観客が早くも帰ろうと席を立ち、審判が従業員スタッフに担架を持ってくるよう指示したり、場を取りつくろおうとする実況担当者のアナウンスが流れる中――


「…………」


 アレンは、まだ納刀していなかった。


 それは妙な胸騒ぎがしたからで、抜き身の愛刀を手にしたまま不測の事態に備え……


「――チッ」


 かすかに響いた舌打ちを聞き逃さなかった。


 おそらく、それが聞こえたほうへ振り返る、という一動作が入っていたら間に合わなかっただろう。


 浄眼の力で全方位が見えているため振り返る必要がなかったアレンは、即座にしゃがんで仰向けに倒れているフェルディナンドの胸に左手で触れるなり【空間転位】した――直後、そこへ叩き込まれたのは、直線的に瞬間移動してきた〝金剛鬼神アンガス〟の一撃。


 複合技【流星撃シューティングスター】――移動系スキル【瞬動】で自身を爆発的に加速させた直後、刃を通さない防御系スキル【金剛身】で身を護る事でみずからを砲弾と化さしめ、進路上の全てを弾き飛ばしながら突撃した後、渾身の【衝破撃インパクトブレイク】を叩き込む突進技。


 それを各種【能力アビリティ】で超強化されているアンガスが繰り出した結果、誕生したのは、地面に穿うがたれていた【サンダーブラスト】の痕跡、それを上書きするように出現した巨大な窪地クレーター


「――チッ」


 手応えのなさから再度舌打ちし、巨剣を肩に担ぎ上げるなり大跳躍。一っ飛びで窪地の底からその外側のたいらな地面へ。


 そこで素早く視線をめぐらせ――


小僧こぞうッ!? 貴様、予期してよんでやがったかッ!?」


 アンガスは、発見したアレンが審判のとなりにいるのを見て目をみはり、


「いいや、お前さんのあさはかな行動のおかげで見えてきた」


 そう返しつつ素早く愛刀を鞘に納めたアレンは、審判が手にしていた例の誓約書を右手でなかばばひったくるように受け取ると片膝立ちになり、左側に転がしていたフェルディナンドの腕を掴む。


 あの瞬間、アレンとリルは同時に、だが別々の場所へ【空間転位】し、リルは、控室にいる仲間達のもとへ。


 そして、たった今、頼りになる相棒が仲間達と拠点ホームへ【空間転位】した事を以心伝心でさとり、その安全が確保された事に安堵あんどして口許をやや緩めつつ、


「お前さんがねらったのは、俺じゃなく、そちらの大将だった」


 決闘終了後、審判は怪我人への対処を優先させたが、本来であれば、勝者に誓約書が手渡され、敗者側の代表者が、死亡している場合はそのまま退場。生存していた場合は要求を伝えた後に退場、という流れになるはずだった。


 では、代表者が死亡していた場合、要求を聞くのは誰か?


 《物見遊山》のほうは、代表者でありクラン・マスターであるアレンが死亡していたなら、生存しているメンバーの中から新たにマスターとなった者。


 《群竜騎士団》のほうは、代表者であり白竜隊の隊長であるフェルディナンドが死亡していたなら、この場にいないクラン・マスター――《群竜騎士団》の団長。


 つまり――


「この大将に死なれたら、俺は、そちらの団長さんマスターに要求を伝えに行かなければならないんだよな? 拠点の最も奥まった場所にいるであろう団長さんのもとまで、100名ではすまない、――迎撃態勢を整えて待ち構えている数千名の団員達メンバーを突破して」


 それそこが、《群竜騎士団》がくわだてた敗北した場合の備え。負けても全てを失わずに済ます算段。


 それなら、決着の方法を、『気絶または死亡』ではなく、『代表者の死亡』に限定すべきだった。そうしていれば、アレンが勝利するには、必ずフェルディナンドを討たなければならなかったのだから。


 しかし、そうはなっていない。


 それはおそらく、フェルディナンドの独断。祖国が滅ぶ際、リエルを――ネレイア・リーン・エルティシアを含む王族を見捨てて自分だけ逃げ延びた男が、今回も、万が一勝てなかった場合に備えて生き延びるために掛けた保険だったのだろう。


クラン戦あそびは終わりだ、小僧。覚悟を決めろ、――ここからが本物の戦争だッ!!」


 闘争本能をあらわにしたような獰猛どうもうきわまりない笑みを浮かべて牙をくアンガス。


 だが――


「それって、そちらの大将が死亡していたらの話だろ?」


 誓約書もある。あとは、フェルディナンドに活を入れて起こし、誓約書これを眼前に突きつけて要求を伝えればそれで終わりだ。


「――逃げるつもりかッ!? この俺という敵を前にして、戦わずにッ!! 貴様、それでも剣士の端くれかッ!?」


 アレンは、ずいぶん安い挑発だなぁ、と内心あきれつつ、


「俺は剣士じゃない。――武芸者だ」


 そう告げてから、それに、と続けて、


「逃げたのは俺じゃない。――お前さんだろ?」


 1度目は、1対1で相対した時。


 部下が死んでいない事に、一人も殺していない事に気付き、代表者フェルディナンドまでも殺さない可能性が高いとんだ。その場合は、前述した理由から始末しなければならない。上の者から命令されていた可能性もあるが、結局、戦って殺すのではなく、それを口実に戦闘を避ける道を選んだ。


 2度目は、審判が代表者の気絶を確認して勝者を宣言した後。


 【流星撃】で狙ったのが自分だったなら、剣で応じていただろう。だが違った。


 そして、3度目。つまり、今。


 四の五の言わずにさっさとかかってこれば、あるいは、果し合いを申し込んで来れば受けてやるというのに、こちらのすきを窺いながら挑発し、自分をフェルディナンドの側から離れさせようとしている。


 そう、このおよんでなお、殺そうとしているのは、相対している敵ではなく、そのかたわらで気絶している味方。


「この俺が……逃げただと?」


 アンガスは強い。剣聖と大魔導師が最高傑作と称したアレンと自分、彼我の実力差を程に。一流程度の使い手では無理な芸当だ。


 以前は、遥かなる高みを目指して努力し続けていたのだという事は想像に難くない。


 しかし、今はもう、上を見る事をやめ、円形闘技場の頂点で胡坐あぐらき、格下を見下してえつに入り、やりたい放題のしたい放題。それが許される地位を守る事に必死で、勝てるかどうか分からない相手とは戦わない。


「……分かったよ。――そこまで言うのなら」


 アレンは、思念で〔拠点核ホーム・コア〕に部外者を送るむねを通達してから、【空間輸送転位】で誓約書と気絶しているフェルディナンドを拠点の仲間達のもとへと転送し、


「俺は、無益な殺生を好まない」


 そう言いつつ、おもむろに居合いの構えをとり、


「来る者は斬る。去る者は追わぬ」


 そう告げながら、鞘を保持する左手の親指で鍔を押し上げて、カチッ、と鯉口を切り、わずかに白刃をのぞかせた愛刀の柄に右手を乗せて、


「よく考えて、自分で選びな」


 誓約書を奪う事も、署名した代表者を始末する事もできなくなった。


 後はもう、ただただ、勝つか負けるか、生きるか死ぬか。


 そんな状況に立たされて、アンガスは……


「…………俺は、それで良いと思うがね」


 やはり、命あっての物種だ。死ねば、そこで全てが無に帰す。生きていればこそ、今の生き方をあらためる事も、心身を鍛え直す事もできる。そうすれば、いずれ勝ち目だって見えてくるだろう。


 アレンは、それだけ言って右手をつかから下ろすと、鍔に掛けた左手親指で愛刀を引き戻し、カチッ、と納刀して構えを解いてから鞘の位置を整える。


 それから、【位置交換型空間転位トランスポジション】で自分の背後の空間と亜空間に構築した『白い部屋』を入れ替えると、【空間転位】でその場から忽然と姿を消した。


 異空間『白い部屋』内部は、通常空間とは時間の流れ方が違うため、その中に閉じ込められていた者達にとっては、ほんの十数秒間の出来事。


 白一色ではなく見覚えのある景色が戻ってきた事に安堵あんどしたのも束の間、いったい何が起こったのか、決闘はどうなったのか、分からない事だらけで右往左往する黒竜隊の50名だったが、その人物の存在に気付いて、まさに悪鬼のごと形相ぎょうそうを目の当たりにして、息をみ、躰を強張らせた。


 しかし、その場から一歩も動けなかったアンガスが見ていたのは、そんな隊長を含む黒竜隊の面々ではなく、巨剣の柄を力の限り握り締めたまま、かつては、いずれ自分も、と目指した地平、本物の達人の姿があった空間を血走った目で睨み続け……


「うぉおぁああああああああああぁ――――~ッッッ!!!!!」


 長きに渡り絶対的な王者が君臨していた円形闘技場に、その刀身が鞘から抜き放たれる前に負けを悟ってしまった敗者の叫びが、長く長く響き渡った。

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