第27話 試合に勝って勝負にも勝つ
戦意を残す《群竜騎士団》側の戦力は、白竜隊の20名のみ。
だが、まだ向こうには切り札が残っている。
盾を前面に並べた防御陣形が中央で左右に割れ、その後ろから姿を現し、堂々と前へ進み出たのは、その切り札――
それを装備している者の名は、人呼んで〝聖殲の雷〟。
ならば当然、得意とするのは雷撃系だろう。
とはいえ、勝手な思い込みは禁物だ。
予測は、前提を覆された時点で想定した結果には至らない。
雷撃系の魔術や複合技で来ると備えていて、全く別の手段での攻撃を受けたなら、対処が遅れて取り返しがつかない事態に
〔勇将の下に弱卒無し。――貴様らは《群竜騎士団》ではない〕
〝聖殲の雷〟が唐突に言い、虚空から〔超魔導重甲冑【雷電】〕の右手の中に出現した――【格納庫】から取り出した――かなり
「――――っ!」
〝聖殲の雷〟と自分、そして、斬られて地に伏したまま動けない赤竜隊隊員達との位置関係から、アレンが相手の意図を察した――次の瞬間、それは、ほんの一瞬の間の出来事。
〝聖殲の雷〟が、前方を直線的に
時空魔法で防御しようとしたアレンの肩の上に突如【空間転位】してきた小さくて可愛い
――〔超魔導重甲冑【雷電】〕の前に展開された魔法陣から、アレンとその後ろで倒れ伏す赤竜隊隊員達を巻き込んで貫かんと
射線上の全てを消滅させながら戦場を
それが晴れると、そこにあったのは、
そして、それに正面から歩み寄る、肩に精霊獣を乗せたアレンの勇姿。
〔……い、いったい、何が……?〕
〝聖殲の雷〟はまるで分っていないようだが、〔
〔超魔導重甲冑【雷電】〕が無傷なのは、自動防御機能が作動したから。危険を察知して〝聖殲の雷〟の意思とは無関係に【障壁】が展開され、【サンダーブラスト】を防いのだ。
ただ、この自動防御機能は非常に燃費が悪く、防ぐ攻撃の威力に比例して消費するエネルギー量が増える。
そして、エネルギーが減れば、活動可能時間が減り、残量が
――それはさておき。
「お前さんの魔術を、そっくりそのままお返しした」
〔――――~ッ!?〕
「【時空】を
左肩の上にいるリルが、こちらの頬に頭を寄せて頬ずりしてきたので、時と場所を
それに対する〝聖殲の雷〟の回答は――
〔〔
そう叫びつつ杖を投げ捨ててから右腕を振り上げ、【格納庫】から取り出して空中に出現させた大剣の
生身では絶対に不可能な速度で繰り出された剣身が、生意気な小僧の脳天から股間までぶった切ってその勢いのまま地面まで叩き割り、轟音が響き渡る。
〔――
〝聖殲の雷〟は勝利を確信した――が、
実際は――
そう叫びつつ杖を投げ捨ててから右腕を振り上げ――それと同時に、アレンは、リルを左肩の上でマントにしがみつかせたまま、右手のみで振っていた愛刀の柄頭を左手で握りつつ、吸い寄せられるように踏み込むなり右手を放して左手一本で振り抜き、〔超魔導重甲冑【雷電】〕の自動防御機能が展開した【障壁】を斬り裂いて胴を横一文字に薙ぎ払い、
【格納庫】から取り出して空中に出現させた大剣の柄を右手で掴むなり振り下ろした――その直前、アレンは、滑るように左へ回避し、
生身では絶対に不可能な速度で繰り出された剣身が、生意気な小僧の残像を脳天から股間までぶった切って地面まで叩き割り――その直後、左手一本で振り上げた愛刀、その柄、鍔のすぐ下に右手を
轟音が響き渡る――その中、アレンは、一足飛びに後退して間合いを切った。
〝聖殲の雷〟が見ていたのは、目の前の現実ではなく、脳裏に想い描いた
〔――ん? なッ!? そ、そんな……ッ!?〕
自身の確信が錯覚だった事には気付いても、まだ斬られた事には気付いていない〝聖殲の雷〟が自分を捜している。アレンは、油断せず周囲に気を配りながらも、破壊された〔超魔導重甲冑〕がいったいどうなるのか、見逃さないようその様子を注意深く観察し……
〔――なッ!? なんだッ!? いったい何が――〕
唐突に、ガクッ、と機体の全ての関節部が
「な、なんでッ!? ――はぁっ!? 自己修復? 再起動まで……ふざけるなッ!! くそッ、くそッ、くそ……~ッ!!」
「お前さんには、斬ってやる価値もない」
上級攻撃魔術【サンダーブラスト】が使えるという事は、一流の魔術師だという何よりの
機体が破壊されても搭乗者は無事。それが分かっただけでも良しとする。欲を言えば、第1形態を装着している状態で撃破したかったのだが……
(まさか、初期形態から進化していないのか?)
あの大剣の扱いから見て、まず間違いなく
では何故、進化していないのか?
考えられる中で最も可能性が高いのは、
(
名前を与えて適格者と認められなければ
行く手を
「……所詮は茶番とは言え、ひどいにも程があるだろ」
足を止めたアレンとその肩の上のリルは、地面で仰向けに倒れて気絶している《群竜騎士団》側の大将――フェルディナンドを見下ろして、呆れ果てたようにため息をついた。
リルが返した上級攻撃魔術【サンダーブラスト】が〔超魔導重甲冑【雷電】〕の自動防御機能が展開した【障壁】と激突して大爆発した際、その全く予期できなかったらしい反撃によって、フェルディナンドと〝閃華の騎士〟は、他の白竜隊隊員達と同様に、生じた衝撃波で派手に吹っ飛ばされて地面に叩きつけられていた。
どうやら、その時にはもう気絶していたらしい。
浄眼の力で舞台のみならず観客席まで全て見えている。故に、その所在は
アレンは、やれやれと首を振り、それから気を取り直して、身の安全を守るため離れた場所で様子を
そして、開始から、およそ15分――
「――勝負ありッ!! 勝者、――クラン《物見遊山》ッ!!」
審判の宣言に対して、
それを
一部の観客が早くも帰ろうと席を立ち、審判が
「…………」
アレンは、まだ納刀していなかった。
それは妙な胸騒ぎがしたからで、抜き身の愛刀を手にしたまま不測の事態に備え……
「――チッ」
かすかに響いた舌打ちを聞き逃さなかった。
おそらく、それが聞こえたほうへ振り返る、という一動作が入っていたら間に合わなかっただろう。
浄眼の力で全方位が見えているため振り返る必要がなかったアレンは、即座にしゃがんで仰向けに倒れているフェルディナンドの胸に左手で触れるなり【空間転位】した――直後、そこへ叩き込まれたのは、直線的に瞬間移動してきた〝
複合技【
それを各種【
「――チッ」
手応えのなさから再度舌打ちし、巨剣を肩に担ぎ上げるなり大跳躍。一っ飛びで窪地の底からその外側の
そこで素早く視線を
「
アンガスは、発見したアレンが審判の
「いいや、お前さんの
そう返しつつ素早く愛刀を鞘に納めたアレンは、審判が手にしていた例の誓約書を右手で
あの瞬間、アレンとリルは同時に、だが別々の場所へ【空間転位】し、リルは、控室にいる仲間達の
そして、たった今、頼りになる相棒が仲間達と
「お前さんが
決闘終了後、審判は怪我人への対処を優先させたが、本来であれば、勝者に誓約書が手渡され、敗者側の代表者が、死亡している場合はそのまま退場。生存していた場合は要求を伝えた後に退場、という流れになるはずだった。
では、代表者が死亡していた場合、要求を聞くのは誰か?
《物見遊山》のほうは、代表者でありクラン・マスターであるアレンが死亡していたなら、生存しているメンバーの中から新たにマスターとなった者。
《群竜騎士団》のほうは、代表者であり白竜隊の隊長であるフェルディナンドが死亡していたなら、この場にいないクラン・マスター――《群竜騎士団》の団長。
つまり――
「この大将に死なれたら、俺は、そちらの
それそこが、《群竜騎士団》が
それなら、決着の方法を、『気絶または死亡』ではなく、『代表者の死亡』に限定すべきだった。そうしていれば、アレンが勝利するには、必ずフェルディナンドを討たなければならなかったのだから。
しかし、そうはなっていない。
それはおそらく、フェルディナンドの独断。祖国が滅ぶ際、リエルを――ネレイア・リーン・エルティシアを含む王族を見捨てて自分だけ逃げ延びた男が、今回も、万が一勝てなかった場合に備えて生き延びるために掛けた保険だったのだろう。
「
闘争本能を
だが――
「それって、そちらの大将が死亡していたらの話だろ?」
誓約書もある。あとは、フェルディナンドに活を入れて起こし、
「――逃げるつもりかッ!? この俺という敵を前にして、戦わずにッ!! 貴様、それでも剣士の端くれかッ!?」
アレンは、ずいぶん安い挑発だなぁ、と内心
「俺は剣士じゃない。――武芸者だ」
そう告げてから、それに、と続けて、
「逃げたのは俺じゃない。――お前さんだろ?」
1度目は、1対1で相対した時。
部下が死んでいない事に、一人も殺していない事に気付き、
2度目は、審判が代表者の気絶を確認して勝者を宣言した後。
【流星撃】で狙ったのが自分だったなら、剣で応じていただろう。だが違った。
そして、3度目。つまり、今。
四の五の言わずにさっさとかかってこれば、あるいは、果し合いを申し込んで来れば受けてやるというのに、こちらの
そう、この
「この俺が……逃げただと?」
アンガスは強い。剣聖と大魔導師が最高傑作と称したアレンと自分、彼我の実力差を推し量れてしまう程に。一流程度の使い手では無理な芸当だ。
以前は、遥かなる高みを目指して努力し続けていたのだという事は想像に難くない。
しかし、今はもう、上を見る事をやめ、円形闘技場の頂点で
「……分かったよ。――そこまで言うのなら」
アレンは、思念で〔
「俺は、無益な殺生を好まない」
そう言いつつ、おもむろに居合いの構えをとり、
「来る者は斬る。去る者は追わぬ」
そう告げながら、鞘を保持する左手の親指で鍔を押し上げて、カチッ、と鯉口を切り、わずかに白刃を
「よく考えて、自分で選びな」
誓約書を奪う事も、署名した代表者を始末する事もできなくなった。
後はもう、ただただ、勝つか負けるか、生きるか死ぬか。
そんな状況に立たされて、アンガスは……
「…………俺は、それで良いと思うがね」
やはり、命あっての物種だ。死ねば、そこで全てが無に帰す。生きていればこそ、今の生き方を
アレンは、それだけ言って右手を
それから、【
異空間『白い部屋』内部は、通常空間とは時間の流れ方が違うため、その中に閉じ込められていた者達にとっては、ほんの十数秒間の出来事。
白一色ではなく見覚えのある景色が戻ってきた事に
しかし、その場から一歩も動けなかったアンガスが見ていたのは、そんな隊長を含む黒竜隊の面々ではなく、巨剣の柄を力の限り握り締めたまま、かつては、いずれ自分も、と目指した地平、本物の達人の姿があった空間を血走った目で睨み続け……
「うぉおぁああああああああああぁ――――~ッッッ!!!!!」
長きに渡り絶対的な王者が君臨していた円形闘技場に、その刀身が鞘から抜き放たれる前に負けを悟ってしまった敗者の叫びが、長く長く響き渡った。
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