第26話 師匠と老師の最高傑作
円形闘技場には、無数の
その映像が、舞台全体から一方へ――《群竜騎士団》のほうへ寄って行った。
扇型の布陣で、前列が黒竜隊、中列が赤竜隊、後列が白竜隊。
その陣容から推測される作戦は、猟犬を使う猟師の
奴隷
それぞれをもう少し細かく見ていくと――
黒竜隊の隊員達は、全員の首に奴隷の証である呪印がある事と、装備が黒一色という以外に統一性はなく、比較的獣人が多いようで、盾を持っている者は少なく、軽装の者が多いように見受けられるが、種族も体格も武器や防具もバラバラ。
それを
赤竜隊の隊員達は、隊長である〝絶対王者〟のアンガスを始め、主に鬼人族で構成されていて、全員が、大柄で、赤い重厚な全身甲冑を纏って大盾を背負い、大剣型や長柄の戦斧型、戦鎚型、
そして、白竜隊は、《群竜騎士団》の代表にしてリエルに固執するフェルディナンドと、サテラにしつこく言い寄っている〝閃華の騎士〟と呼ばれていた美丈夫、それに、〔超魔導重甲冑【雷電】〕の所有者で〝聖殲の雷〟と呼ばれていた優男の3名が兜を装備せず頭部を
そんな豪壮な一団に対して、次にカメラが向けられた先にいたのは、たった一人の少年。
その名は、人呼んで
武器も、防具も、身に纏っている旅人のマントで
そんな一見ごく普通の少年が、ラビュリントスで五本の指に入る大規模クラン《群竜騎士団》の精鋭100名と対峙して、泰然自若とした態度で
その様子を、観客席から直接、またはテレビ越しに見て、これは何かある、と直感し、
それは、この戦力差では、見所もなくあっさり決着がついてしまうと考えた人々の声。安くない
あるいは、
その少年に向かって声援を送っていたのは、
そんな中、アナウンスが流れ、ついに、クラン対抗戦の開始が宣言された。
実況担当者によって、今回行われるのは決闘であるが
その間に、姿を現した審判が舞台中央へ。
そして――
「双方、開始位置についてぇッ!!」
先程までとは打って変わってしんと静まり返った円形闘技場の中央で、姿勢を正し直立した壮年の男性審判が、左右へ顔を向け、双方の間に十分な距離がある事をしっかり確認してから、大きく一歩、右足を前へ進めつつ、右手を上げて前へ真っ直ぐ水平に伸ばし、
「――構えてぇッ!!」
《群竜騎士団》の精鋭100名が、一斉に、
アレンは、相手側に向かって一礼してから、右足を半歩前へ進めつつ、鞘を
「――始めぇええええええええぇッッッ!!!!」
審判が、進めた右足を引き戻しつつ右手を振り上げながらそう宣言した――その直後、
「みゅぅ――~っ!」
アレンの肩の上から黒竜隊を率いる〝
開始直後に起きた突然の出来事に、騒然となる場内。いったい何が起こったんだ、消えた彼らはどこへ行ってしまったんだ……、などと席から立ち上がって叫ぶ実況担当者。
事前に時空魔法で亜空間に構築しておいた直方体の空間――床も壁も天井も白い通称『白い部屋』の中の何もない空間と、黒竜隊がいたこちら側の空間、二つの全く同じ範囲をリルがそっくりそのまま【
「奴隷であるが
ただでさえ不思議なほどよく通るその声は、集音機に
「抜かば斬れ、斬らずば抜くな
そう
「――抜かば斬らずに
右手を愛刀の
「こちらが欲するは、大将の
禍々しいまでに美しい刀身が陽光を反射して
「
アレンは、一見ただ悠然と歩きながら、その実、重心の操法である〝
相手は仮にも騎士団を名乗る
ちなみに、黒竜隊と共に『白い部屋』へ移動したリルは、そこから【空間転位】して、今は控室で観戦しているレトの膝の上にいる。
実況担当者は、決闘を盛り上げようと
そして、《群竜騎士団》の面々は――
「どうするか、だと? ――問われるまでもないッ!!」
まるで初めからいなかったかのように、忽然と消えた黒竜隊の事など気にする様子もなく、
またの
「敵を前にして成すべき事は一つッ!!」
隊長に続いてそう声を張り上げたのは、赤竜隊の切り込み隊長で、
『
白竜隊は、動かない。
『…………』
戦いの
悠然と歩を進めるアレン。
隊列を乱さず整然と前進する赤竜隊。
舞台中央へ向かう双方の距離が徐々に
「――
切り込み隊長の号令で赤竜隊が仕掛け――一瞬にしてアレンを包囲した。
散開から盾を構えて包囲するまで、まさに
(これが、【
そんな事を頭の片隅で思いながら、見るとはなしに見るのは、正面に立ちはだかる切り込み隊長。
二つ名は〝紅蓮の波濤〟。個人ランキングは第4位。頭部に図太く尖端が鋭利な水牛の如き双角を備える、
ちなみに、事前にこういう相手側の主力メンバーに関する情報を教えてくれたのは、主に元ギルド職員のサテラで、ラシャンとカイトは、噂や闘技場で観た事がある戦闘の様子などを話してくれた。
それによると、高温の炎を
「まずは、この俺が相手をしてやるッ! 死なないようせいぜい
そう
(まずは、か……)
現在、赤い甲冑の隊員達は、まるで、広く平坦な舞台の中央に自分達で
ひょっとして、入れ代わり立ち代わり、この円形のリングで1対1を繰り返すつもりなのだろうか?
それも良いかもしれない――そんな思いが脳裏を過った直後、
「行くぞッ!!」
そう叫んだ〝紅蓮の波濤〟が、前へ飛び出すため両足で地面を踏みしめ、柄を握る両手、両腕に力を込めた事でわずかに大剣が持ち上がった――その瞬間、『玉が触れ合って
まだ斬られた事に気付いていない〝紅蓮の波濤〟が、常人の目では捉えられない速度で大剣を振り下ろした――その時、左脇をすり抜け様に胴を薙ぎ払ったアレンは、愛刀を右手に巨漢の背後で
ドゴォオォンッッッ!!!! と大剣が地面を叩き割った轟音が響き渡る中、その反動で開いた傷口から、ブシュッ、と勢いよく血が
「――~ッ!? ……な……にが……っ?」
好戦的な笑みが一転、驚愕によって強張り、取り落とした大剣が、ガランッ、と音を立てた。ドスッ、と崩れ落ちるように
「死にはせん。血はじっとしていれば
そう、アレンは斬った。それなのに甲冑に傷がない――ように見えるのは、断面が綺麗過ぎて人の目にはそうと認識できないだけ。
縫合するなどの処置をしなくとも血が止まるのは、二枚のガラスや下敷きに水を
「――【
いち早く我に返った隊員が、盾を構えたまま聖法で傷を
「無駄だ。傷口に残留する俺の勁力が、聖法の効果を阻害し、
アレンが口にした通り、聖法は確かに発動したのに〝紅蓮の波濤〟の傷は一向に癒えず、巨体は徐々に前へ
予期せぬランキング4位の敗北に、率先して騒ぎ立てる実況担当者。早速、観客席と舞台を
そして、身内であるが故にその実力をよく知っているからこそ、《群竜騎士団》メンバーの動揺は生半可なものではなく――
「――盛り上げてくれるじゃねぇかッ!!」
それら全てを吹き飛ばすかのように、竜の
「予定変更だ。――全員で遊んでやれ」
それに対して、指揮官であるフェルディナンドが文句を言っていたが、アンガスは意に
「――
隊長の号令で、赤竜隊が一斉に襲い掛かった。
ある者は、大盾を前に突き出し、ある者は、大盾を投げ捨てて両手で得物を構え、
そして、アレンは――
砲弾のような速度での【
大跳躍から全体重を乗せて繰り出された長柄の戦斧をふわりと躱し、
【
味方の陰から飛び出してきた隊員の【
まるで一指しの舞を舞うかの如き洗練された身のこなしで、攻撃を回避した直後を狙って間断なく仕掛けてきた赤い甲冑の隊員達の合間をすり抜け――
「なん…だと……」
「嘘、だろ……」
「そんな……」
「ば、馬鹿な……」
攻撃を難なく躱されて振り返った隊員達は、まるで白昼に悪夢を見たかのような顔で
アレンは、ただ
誰一人としてアレンが刀を繰り出した瞬間を目撃した者はなかった。
高速で移動する巨漢達の中でただ一人、夢か幻のようにすら感じられる緩やかな動作ですり抜けただけのはずだった。
しかし、現実として、甲冑には傷一つ見付けられないというのに、鍛え上げられた肉体は、胴払い、右切上、逆袈裟、胴薙ぎ……その他、腕や脚の傷口から血が
ラビュリントスでも屈指の
『ウォオオオオオオオオオオォッッッ!!!!』
それを目の当たりにした結果、無意識に口をついて出た咆哮は、相手を威圧する以上に、己を鼓舞するためのもの。
生存本能が発した警鐘に従って
「速く、強く……だが
そして、まさに平常心を体現するアレンは、まるで時間と空間が
2分と掛からずに赤竜隊を壊滅させ、ただ一人、超然と
その光景は、奇跡か、悪夢か。――否。微塵の誤差も許さぬ絶対的な身体制御によって顕現した、凄絶なまでの武芸の妙技。
達人の域に至っているアレンは、速さと刀身の重さで斬る『刀』という武器を完璧に使いこなし、得物を手にした自然体――『
つまり、相手は、いつどんな攻撃が来るか予測する事ができず、それ故に実際の速度より更に速く感じる斬撃に対して防御する事も回避する事もできず、仕舞には、血が流れ滴っているのを見てようやく自分が斬られたのだという事に気付いく、という状況に
それに、誰一人として気付いていないが、実のところ、アレンが何気なく繰り出している一太刀一太刀の全てが無限流の秘奥義。
得物に霊気を通す事で意思を通わせる気功術である〝疏通〟を突き詰める事で、霊力を練り上げて昇華させた純粋な破壊の力――勁力を刃に収束させる。すると、刃そのものではなく、極めて薄い刃先に収束された勁力が分子間力を分断する事で、物理特性にかかわらずあらゆるものを切断する事ができる。
だが、それは理論上の話であって、実際は、十分な耐久力を持たせるのに必要不可欠な刀身の厚みが邪魔になり、刃先が入って行こうとしても刀身が引っかかって止まってしまう。
しかし、剣聖クロウは、本来、地面や床面の摩擦係数を限りなく
これこそが、『
――〝
それを、あらゆるものに存在すると
そして、殺すつもりはないのに、いわゆる『峰打ち』を使わず、急所に届かないよう浅く、または意図的にはずして斬っているのは、〝相手を殺さず無力化するのに峰打ちは適さない〟という無限流の教え
『峰打ち』とは、刀の背の部分で殴りつける事であり、常人の目には止まらない高速で動き回る者達に、金属バットよりも重く細い鉄棒を
そういった負傷は、治癒系の聖法でも回復に時間がかかり、中級以上は取得していない、または治療費を
それに対して、鋭い切り傷は治りが早い。ほぼ細胞を傷付けずに切断する刃筋を通した〝韴霊剣〟は特に。
これこそ、無限流が伝える不殺の技。
その一方、赤竜隊の隊員達は、【能力】で身体能力を底上げし、強力な【技術】を身に付けた冒険者であっても、地面を踏みしめたり、膝をたわめたり、腕に力を込めたりといった予備動作をなくすための
常人からすれば絶望するしかない相手で、冒険者同士であれば、世間の評判通りトップクラスの実力者なのだろう。
しかし、達人の端くれと自負するアレンからすれば、心得がないだけに何をしてくるか分からない
つまり、これは、上級冒険者と新人冒険者の戦いではなく、
控室のテレビで観ている《物見遊山》の仲間達は目を
だが、
残りは、赤竜隊が壊滅したのを見て開始位置から大きく後退した大将を含む白竜隊20名。それと――
「……一人も殺していないようだな」
そう言ったのは、赤竜隊唯一の生き残りであり、アレンの行く手に立ち塞がる隊長のアンガス。
まるで頭部を飾る王冠のように大中小8本の角を有する鬼人族の巨漢で、
「何故だ? これは決闘だぞ」
アンガスは、地に伏す部下達のほうへ目を向けながら問を放ち、
「無益な殺生は好まん」
アレンは、足を止める事なくそう返した。
「なるほど。欲するは大将の
そう話している間にも、傲然と見下ろすアンガスと悠然と歩を進めるアレン、双方の距離は狭まっていて…………アンガスがおもむろにその場から退き、アレンに道を譲った。
「…………?」
それは、白竜隊の面々や実況担当者、観戦者達にとって全く予想外の行動。【予知】や未来視を使っていないアレンにとってもこの展開は想定外で、思わず怪訝そうに眉根を寄せて見上げると、アンガスは、ふんッ、と口の片端を吊り上げて、
「貴様は、敵である俺の部下達の命を取らなかった。ならば、俺も、今回は貴様の命を取らずにおいてやる」
そんな、戦えば勝つのは俺だ、と言わんばかりの
「貴様がこの場を切り抜ける事ができたなら、その時は、何の
そんな事をいけしゃあしゃあと
「…………」
決闘という場において、自分の振る舞いは反感を買い、怒りと不快感を
今、実況担当者が、〝絶対王者〟の男気がどうとか、傭兵の流儀がどうとか、実力を認め合った者同士の約束がなんだとか、美談風にまとめようとしているアナウンスが聞こえてくる。
という事は、実況担当者や観客席からは見えていないのだろう。一見、堂々と
仲間達の話によると、アンガスは、魔法系には見向きもせず、強化系、耐性系、武術系の技能を多数取得する事で、【戦士】系上級職【
要するに、部下達が鎧ごと
この後、〔超魔導重甲冑【雷電】〕の所有者である〝聖殲の雷〟が勝てば良し、負けて大将の首級が取られたとしても、普段円形闘技場で行なわれている
(……いや。既に負けても失わないための算段が付いている、という事か……)
アレンが、脳裏を
先刻も告げた通り、討ち取るべきは
とはいえ、ラシャンや彼女の元仲間達の件がある。
アレンは、まるで、自分は望まずこの茶番に付き合わされているのだ、と言わんばかりの態度で佇んでいるこの首謀者の一人が、
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