第31話 アレンの勧め

 現在、アレン一行は、ダンジョンの第7階層で修行しつつ探索中。


 そのメンバーは、5名。パーティの構成は、『前衛パワーフロント』2名、『遊撃サイドウイング』1名、『後衛ハーフバック』1名、『中衛センターガード』1名となかなかバランスが良い。


 『前衛』の2名は、ラシャンとリエル。


 中級職【魔闘士】のラシャンは、新装備の性能を確認中。


 巨大なこぶしまでふくめれば跳び箱の一段目ほどもある魔導機巧を搭載した左右一対の甲拳ガントレット――〔巨殴拳マグナストライク〕は、指先からひじ下までをおおう常識的なサイズの甲拳と、それをそのまま大きくした甲拳型外装、この二つで構成されており、腕をばす感覚で、甲拳型外装をロケットパンチのように発射する事ができる。しかも――


なぐった手応てごたえはもちろん、つかんでる感覚もあるんだから不思議よねぇ」


 甲拳を装着している右手を、透明な野球のボールをつかんでいるような形で前に突き出していたラシャンが、そう言いつつ、グッ、とにぎつぶすような動作で拳を作る。


 すると、その腕の延長線上――5メートルほど先で、動く骸骨スケルトンの頭部を鷲掴わしづかみにしていた甲拳型外装の巨大な手が、ラシャンの手の動きを再現して、頭蓋骨を中の魔石ごと握り潰した。


 その後、甲拳型外装は空中をすべるように後退し、ラシャンのひじから先をおおう定位置に戻る。


 この際、甲拳と甲拳型外装が接続されるような音はしない。それは、甲拳型外装が浮遊していて甲拳と接触していないから。そして、それゆえに、装着者は直接身に着けている甲拳以外の重さを感じる事がない。


 更に、この〔巨殴拳〕は、大口径力晶弾カートリッジに封入された霊力を運動エネルギーに変換する事で、発射した甲拳型外装を爆発的に加速させる事ができるらしい。


 だが、今回はカートリッジの用意がないため、使い勝手を確認した後は、この巨大な甲拳を装備したままこれまで通り【魔闘士】系の【技術スキル】が使えるかどうかを確認する事につとめた。


 もう一人の前衛、中級職【魔法戦士】のリエルは、剣術の修行中。


 彼女が目指しているのは、魔法使いりの大剣使い。


 そこで、武芸の達人にして時空魔術師でもあるご主人様アレンにアドバイスを求め、結果、【魔法使い】系は適性属性のスキルを全て修得すると決め、基礎中の基礎、一般的な冒険者は見向きもしない、飲む事もできる水を創り出すだけの【水生成】から順番に取得してきている。


 その一方、取得している【戦士】系のスキルは、たった三つ。


 一つは、散々さんざん繰り返し使用してその動作を躰に刻み込んできた【斬撃スラッシュ】。


 あとの二つは、どちらも初級スキルの【受け崩しパリィ】と【翻身ターン】。


 【受け崩し】は、武器・素手で、自分に向けられた攻撃を、受け流す、弾く、打ち落とす、なすなどして相手の体勢を崩す防御技。


 【翻身】は、その場で素早く身をひるがえし、一番近い敵と正対する体術。


 リエルの得物は、水を自在に操る〔水操の短杖アクアワンド〕であり、その能力で数十万トンもの水を圧縮して剣身を形作った水の大剣。それを、やはり〔水操の短杖〕の能力で、木剣のように軽々と振り回す。


 そして、スケルトンは動きが遅い。


 ゆえに、間合いの広さリーチと速度を生かして一方的に攻撃する事ができるのだが、今はあえて、剣や槍で武装しているスケルトンの攻撃を【受け崩し】でさばいてから攻撃している。


 それは何故なぜかと言えば、もちろん、修行のため。


 動きが遅く、それでいて、生前身に付けた技術、しっかり訓練された兵士の動作で襲い掛かって来るスケルトンは、防御や返し技を会得するための修行相手としてってこい。


 ちなみに、ゴブリンも武器を使ってはいたが、良く言えば我流、事実ただ力任せに振り回しているだけ。なので、まともにやり合うと、間合いの取り方や攻撃のタイミングがかみ合わず自分のほうが崩れてしまいかねないため、体格の違いや武器の長さを活かして一方的に叩き潰すのが正解。


 『遊撃サイドウイング』は、最上級職【祈るものインヴォーカー】のレト。


 彼女が、紋章に蓄えた霊力で取得したのは、たった四つの【能力アビリティ】。


 それは、【火の祈り】【水の祈り】【天の祈り】【地の祈り】。


 他の種族ではいたれない、妖精族のみがく事ができる【魔法使い】系の最高峰の職種である【祈るもの】のみが取得可能な、自身の適性属性を増やす、という特殊過ぎる【能力】で、世に知られている『四大属性』や『四の主属性』とは違うが、レトはこの四つを取得した事で、全属性をあつかえるようになった。


 しかし、それは、適性属性が増えただけで、新たに魔法を取得した訳ではない。


 普通なら、広くあさく、全て中途半端になってしまうとけるべき選択。


 だが、それがレトだと話が変わる。


 レトは、フェアリーの一族、その守護者となるべく全員のむべき戦うための力を集約されて誕生した特殊個体――戦闘妖精ヴァナディースであり、そうなった時から、望めば望んだだけ空中から忽然こつぜんあらわれる、鳳仙花のように破裂して種をばらく木の実が霊木の樹液に閉じ込められて琥珀こはく化した魔法的な爆弾、通称〔琥珀爆弾〕が彼女の専用武器。


 〔琥珀爆弾〕とは、爆裂手榴弾のような爆風で殺傷するタイプの爆弾で、基本的な殺傷範囲は直径5メートルほどだが、霊力を込める事で範囲を拡大する事が可能。破片や種が飛ぶ事はなく、空中で破裂すると、炎をともなわない物理的作用をおよぼす霊的衝撃波が周囲を薙ぎ払う。また、攻撃対象にくっつける事ができ、その場合は接触している部分に爆発力が集中する。


 そして、レトは、その四つの【能力】を会得した事で、焼夷弾のように範囲内を焼き尽くす〔琥珀爆弾・火〕や、範囲内に存在するものを凍結させる〔琥珀爆弾・氷雪〕、威力を調節する事が可能で麻痺または感電死させる〔琥珀爆弾・雷電〕のように、〔琥珀爆弾〕に全属性を付与する事ができるようになった。


 それはつまり、〔琥珀爆弾〕から弾薬を生成する〔超魔導重甲冑【生命】メルク〕の専用武装、多目的突撃小銃マルチパーパスアサルトライフルの弾丸や榴弾の種類バリエーションが増えた――全属性の特殊弾を生成する事ができるようになったという事でもある。


 スケルトン部隊の中央に、霊的衝撃波の威力と有効範囲を倍以上に増幅させた〔琥珀爆弾・風〕を投げ込み、それ一発で木っ端微塵に爆散させて全滅させると、てってってってっ、と駆け寄ってきて見上げてくるので、アレンは、何となくめて頭をでる。すると、嬉しそうにはにかみながら、人の耳と同じ位置にあってエルフ耳のような形のやわふわ獣耳を垂らし、馬のようなサラサラでふさふさの尻尾をふりふりする。


 その子犬のように愛らしい仕草しぐさと実際にやっている事のギャップがひどい。


 『後衛ハーフバック』は、戦闘職を取得していない上級職【錬丹術師】のクリスタ。


 彼女は、主武装である〔力晶銃〕のカートリッジの数がある程度そろうまで使用をひかえる事にしているため、休憩をはさみつつ、唯一の攻撃手段である初級魔術の【魔法の矢マナボルト】を使い続けた。


 その結果、もう【技術スキル】の補助なしに、みずからの力だけで術式を展開して行使する事ができるようになり――


「どこに魔石があるか分かってる、――ならっ!!」


 アレンジをくわえ、一本に収束させ槍のようにして放ち、一撃で1体のスケルトンの頭部ごと中の魔石を粉砕した。


「ねぇアレンっ、今の見たッ!? あれってもう別の魔法だよねッ!?」


 いい笑顔を浮かべてはしゃいでいるクリスタに対して、アレンは感心するような笑みを浮かべつつも首を横に振り、


「形や威力、本数が変わっても、あれは【魔法の矢マナボルト】だよ」


 そう言いつつ、数歩移動して位置につき、手をスケルトンのほうへ突き出して魔術を行使。出現した一本の光の矢が閃光のような速度で放たれ、一体目のスケルトンの眉間、頭部の中の魔石、後頭部を貫通し、更に二体目の眉間を貫いて中の魔石に直撃した瞬間、炸裂してその上半身を消し飛ばした。


「もっと収束させる事で疑似的は質量おもさを発生させ、それを高速で回転させながら射出する事で貫通力を持たせる。ここまでできたら【穿ち貫く槍ピアシングランス】だ」


 アレンによる実演を見た事で一転、うぬぅ~~、と不満げにうなるクリスタ――だったが、


「でも、クリスタの場合は、せっかく【冷熱】っていう珍しい適性を持ってるんだから、属性を付加して、きわめれば血液などを瞬時に沸騰させて水蒸気爆発を生じさせる【加熱の矢ヒートアロー】や、熱を奪って瞬時に凍結させる【冷却の矢フリーズアロー】を覚えたほうが良いんじゃないか?」


 そんな提案を受けると更に一転、


「どうすればいいのッ!?」


 俄然がぜんやる気になって修行に取り組んでいる。


 『中衛センターガード』は、最上級職【武術の達人】のアレン。


 自分では不向きだと思いながらも、後ろから仲間達を見守りつつ必要に応じて指示を出し、時折、幻想級の宝具〔魔弓・虚空箭〕の試射を兼ねて援護する。


 そうしている内にその性能を把握し、カイトがこの宝具を『えげつねぇもん』と評した理由が分かった。


 まず、このつるまでが透明感のある黒の金属のようにも宝石のようにも見える不思議な物質でできている弓は、とんでもない強弓ごうきゅうで、狂気の修行をおのれしているアレンであっても普通には引けない。自身を霊力で強化した上で用いるか、速射――矢をつがえた時点でねらいをさだめておき、瞬発力でいっきに引き切ってすぐさま放つ。


 次に、この魔弓は、弓に霊力を込めると矢が生成され、矢に霊力を込めると射抜いた直後にやじりを炸裂させる事ができ、込めた霊力の量に比例して威力が上がる。更に、矢を1本生成するだけの霊力を次々に込めて矢継やつばやに射るだけではなく、一度に10本分の霊力を弓に込めて生成された矢を射ると、放たれたその1本のまわりに9本の矢が出現する。つまり、一人で弓兵部隊がするような面制圧射撃を行なう事ができる。


 そして、宝具〔魔弓・虚空箭〕の固有能力が、弦を離れた矢が標的に当たるまでに掛かる時間の改竄かいざん


 具体的な例を挙げると、その時間を0秒に改竄すれば、矢が弦から離れると標的へ到達する。


 だが、それは、矢が光の速度よりも早く移動したという訳ではないし、空間転位した訳でもない。矢は普通に放たれた時と変わりない速度で飛んでいるため、矢が有する運動エネルギーは変わらないし、矢筋やすじ――矢が飛んで行く軌道上に障害物があればそこに当たって、物によっては貫通するが、矢の勢いが弱まったり、軌道がずれたり、止まってしまったりする。


 しかし、弦が弓を叩かないタイプなので、矢を放っても、ビィンッ、と弦が震えるだけで、カァンッ、や、パァンッ、といった音が鳴らず、矢筋を意識できるのは射た本人だけ。音が静かで、弦から離れた時にはもう当たっている矢など、身を隠した射手に狙われて不意をかれたなら、モンスターであれ、人であれ、防ぐ事も避ける事もできない。


 もし、超強弓を引く力と技、それに矢を当てる実力を備えている暗殺者がこの宝具を手にしたなら、狙われた者が助かる可能性は無いに等しいだろう。


 カイトが、『絶対悪用しない、正しい事に使う――そうお前が見込んだ相手にゆずるのはかまわないが、誰の手に渡るか分からないオークションには出せない』と言った訳もまたよく分かった。


 ただ、『使ってやれ』という意見には賛成する事ができない。


 何故なら、愛刀――〔無貌の器バルトアンデルス〕を『刀と鞘』から『弓と矢』に形態を変化させて使えば、霊力を消費せずいくらでも放つ事ができ、一日の終わりに霊力が残っていれば、力晶弾カートリッジに封入してたくわえる事ができるからだ。


 そんな訳で、〔魔弓・虚空箭〕は、その能力が必要になる時まで、【異空間収納】の収納用異空間で眠らせておく事にした。




「アレン君が、リエルに、【斬撃スラッシュ】、【受け崩しパリィ】、【翻身ターン】の取得をすすめたって本当?」


 ラシャンがそう訊いてきたのは、だいたい正午、アレンが広いフロアの片隅に時空魔法で空間系の結界をき、リエルとレト、それに、最近体調が好く二人に料理を習い始めたエリーゼが一緒に作ってくれたお弁当を、みんなで美味しくいただきながら休憩していた時の事。


 ちなみに、蛇足かもしれないが、みな、食事をする時は甲拳ガントレットを外している。


 アレンがそれを肯定すると、ラシャンは、やれやれと言わんばかりに首を横に振り、


「アレン君、効率的な技能の取得法、知らないでしょ?」

「効率的な取得法?」


 アレンがそう訊き返すと、ラシャンは、やっぱりねと言いたげな表情を浮かべつつ、そう、と頷いた。


「技能は、引退まで世話になるつかえるものもあれば、取得していた事を忘れるようなつかえないものもある。だから、その系統を全て取得すればいいって訳じゃないの」


 技能を取得するには紋章に蓄えた霊力が必要で、初級より中級、中級より上級のスキルのほうが、取得するために必要な霊力の量が多い。そして、初級職から中級職へ転職クラスチェンジするのはそう難しい事ではなく、中級職のほうがより強力なスキルをおぼえる事ができる。ゆえに――


「初級職で取得できるスキルは最小限にとどめて、中級職に転職したらすぐより強力で有用なつかえるスキルを取得するために霊力を取っておくの。例えば、【剣士】や【戦士】系なら――」


 強力な一撃で、敵を吹っ飛ばしたり、体勢をくずしたり、特殊攻撃の発動を阻止する事ができる単体攻撃技【強撃スマッシュ】。


 得物の刃に霊力を纏わせて攻撃力を上げる強化技【気流斬オーラエッジ】。


 得物の刃に纏わせた霊力を撃ち出す遠距離攻撃技【裂空斬エアスラッシュ】。


 得物に纏わせた霊力を衝撃波として放つ範囲攻撃技【衝撃波ショックウェーブ】。


 この四つだけ取得したら、あとは中級職へ転職した時のために他のスキルは取得せず、霊力をたくわえておくらしい。


「【斬撃】や【受け崩し】を取得してる人なんて、たぶん他にいないわね。だって、剣で斬ったり受けたりなんて、スキルがなくたってできるでしょ?」


 剣術を学んだ事がないリエルはできなかった。だからこそ取得したのだが、他の新人は、同じ条件でも取得していないらしい。


 それを聞いたアレンは、


「まぁ、確かに、俺はできるから取得していないし、剣を振り回したり、正面から攻撃を受け止めたりは、それができるだけの膂力ちからさえあれば、素人しろうとにだってできる」


 そう一理あると認めた上で、でも、と続けた。


「そう考えるのは、【技術スキル】の事を誤解ごかいしてるからだと思うんだよなぁ……」

「誤解?」


 そう訊いてきたラシャンに対して、アレンは、胡坐あぐらいている自分のひざの上にいる小さくて可愛い精霊獣カーバンクルの相棒――リルをでながら、


「ラシャンは、たぶん、【能力アビリティ】や任意で発動する必要があるためスキルって扱いになってるものをのぞいた【技術】を、いわゆる『必殺技』だと思ってるんじゃないか?」

「…………、違うって言うの?」

「俺は、『お手本てほん』だと思ってる」

「お手本?」

「本来であれば、師匠の実演を見てならい、口頭でつたえ聞いて理解につとめ、自分では気付けない間違いを正してもらいながら、何度も何度も繰り返し練習して技を身に付ける。――けど、【技術】は、見ただけじゃ分かりづらく、口頭じゃ伝えがたい感覚的な事もふくめて、正しい技を体験し実感する事ができる。それを繰り返し使うだけで、誰の指導を受ける事もなく、正しい技を身に付ける事ができる」


 これがすごい、と感想をはさんでから、


「事実、本来なら数年かけて基本となる型を躰に刻み込んでから実戦で使えるよう適応させていくところを、リエルは、自分の躰がどう動いているのかを確認しながら【斬撃】を繰り返し使い続けた結果、一週間ほどで基本を正しく身に付けて、今では【技術スキル】を使わなくても【斬撃スラッシュ】と遜色そんしょくのない斬撃ざんげきを繰り出す事ができるようになったからな」


 ありがとうございます、と嬉しそうに感謝をのべべるリエルに一つ頷きを返してから、


「ラシャンとクリスタだって、魔術の心得がなかったにもかかわらず、自分が何をしているのかを確認しながら繰り返し使う中で【魔法の矢マナボルト】の術理を理解して、もうスキルに頼らず実戦で使える速さで術式を展開し、発動して標的に当てる事ができるようになっただろ?」


 アレンは、あきれと感心が半々といった様子で、本来なら、術理や術式の展開以前に、体内霊力制御オド・コントロール体外霊気操作マナ・オペレーションの習得から始めなきゃならないってのに、と続け、ラシャンと、何気なにげなく話に耳を傾けていたクリスタが顔を見合わせた。


「要するに、アレン君は、ラビュリントスの冒険者わたし達が間違ってる、って言ってるの?」

「そこまでは言わないけど、俺はすすめない」

「どうして?」

「スキルに頼るくせがつくからだ」


 そう答えてから、


「その気さえあれば、基本に立ち返る事はいつでもできる。その効率的な技能の取得法を実践した後でも手遅れって訳じゃない。でも、一度それにれてしまうと、頭は反射的にどの【技術】を選択するのが最適かを判断し、どのタイミングで実行するかを考えるようになっているはずだし、間合いをはかるのが未熟で上手うまとらえられなかったり、威力が安定しなかったり、スキルを使ったほうが早く繰り出せたりする内は、咄嗟とっさに頼ってしまうはずだからな」


 ラシャンは、束の間、その内容を吟味ぎんみしてから、


「どう考えても、アレン君の話は、効率的な技能の取得法を否定しているとしか思えないんだけど、それでも間違いだと言わないのは何故?」

「例えば、目的が、冒険者として、手っ取り早くモンスターと戦えるようになって少しでも早く生活できるだけかせげるようになる、とかなら、その方法はありだと思うからだ」


 アレンは、そう言ってから、けど、と続け、


「武を極めたいとか、武術家として身を立て、どこかの国で仕官し、いずれは貴族の指南役か道場を構えて弟子を取ろう、なんて事を考えているのなら、なしだ」


 補正がなければ技を繰り出せない、頼りきりで自分が何をやっているかよく分かっていない、【技術】を使ったほうが技の完成度が高い……それでは、武を極めるなど夢のまた夢。他人ひとに教えるなど論外。


「ラシャンは、初めて会った時、ダンジョンに潜るのは身に付けた力を思う存分に振るうためだ、って言ってたよな?」

「覚えててくれたんだ」


 ちょっと嬉しそうなラシャン。しかし、アレンはそれに構わず、


「それなら、【技術】を手本てほんにしてちゃんと技を身に付ける事をお勧めするよ」


 リエルにも、自分のアドバイスが絶対という訳ではないと告げた上で、一応、効率的な技能の取得法を試してみるかと尋ねてみる。すると、予想した通り答えが返ってきた。


 ただ、その方針に従う事に迷いはなくとも、疑問はおぼえたようで、


「アレン様が、深層にいたったほどの冒険者であるラシャンにまでそれを勧めるのは何故ですか?」

「【技術スキル】に頼るって、そんなにダメな事なの?」


 リエルに続いてクリスタがそう問い、同じ疑問を抱いたらしいレトも目で問い掛けてくる。


「別に、ダメって訳じゃない。ただ、先が見えてるし、危ないからな」

『先が見えてる?』

「危ない、って何が?」


 リエルとラシャンが声を揃え、クリスタが眉根を寄せ、レトとリルはそっくりな仕草で小首を傾げている。


 それに対するアレンの回答は、


「その方法で強くなろうとしても、〝絶対王者アンガス〟止まりが関の山。で、危ないってのは…………少し長くなりそうだから、続きは家に帰ってからにしよう」


 えぇ~~っ、と不服の声を上げるクリスタとラシャン。


 しかし、ここはダンジョン。腰をえて話をする場所ではないという事で、結局、昼休憩を終えた一行は、修行と探索を再開した。




 時は、その日の夜、夕食後。


 場所は、拠点ホーム敷地内にある自宅、その広々としたリビングとへだてる物のないとなり食堂ダイニングでの事。


 既に片付けは済んでおり、アレンとリル、リエル、レト、クリスタ、ラシャンだけではなく、カイト、エリーゼ、サテラ――クラン《物見遊山》のメンバー全員がそろって食後のお茶を頂きつつまったりしていると、


「そろそろ聞かせてくれる? 【技術】に頼るのが危ないって言うのは、どういう事?」


 おもむろに、ラシャンがそう話を切りだした。


 あの後から帰宅して今まで、その話題に触れなかったので、失念しているのかと思っていたのだが、ちゃんと覚えていたらしい。


 そして、アレンが、その場にいなかったカイト達に、何故そんな話題が出てきたのかを簡単に説明すると、


「それは、『前隙まえすき』と『後隙あとすき』の事か?」


 思い当たったらしいカイトがそう言うと、次いでそれを聞いたラシャンが、


「危ないって、『め』と『技後硬直ぎごこうちょく』の事だったの?」


 カイトの言う『前隙』と、ラシャンが言った『溜め』は同じ事で、攻撃技や魔法を放つ前、その【技術】を行使するのに必要な量の霊力を手や得物に集めてとどめる事であり、多くの流派で『練気』と呼ばれる技術の事。


 もう一方の『後隙』、『技後硬直』とは、攻撃技や魔法を放った直後、武術系スキルに組み込まれている武術のいわゆる『残心』、魔法系スキルに組み込まれている自分が放った魔術の爆風や破片から身を護るため自動的に展開される障壁が解除されるまでの間の事。


 そのどちらも、動作に補正がある【技術】の影響下にあるせいで、おのれの躰をみずからの意思で動かす事ができないため、そう呼ばれている。


 その言葉から想像はついたものの、一応、二人から専門用語についての解説を受けたアレンが、そう、と頷くと、拍子抜けしたらしいラシャンが、なんだ、と吐息といきじりに呟きもらし


「つまるところ、冒険者がパーティやレイドを組むのは、連携して前隙と後隙を補いカバーし合うためだからな」


 カイトが、くくるようにそう言った。


 ちなみに、『レイド』とは、本来『強襲』『急襲』を意味する言葉であり、人里付近で強力なモンスターが発見される、といった緊急事態に際して、実力ある冒険者達が協力して強襲し退治する事をそう呼んだが、現在では意味が変遷へんせんし、複数のパーティが協力する事を『レイド』と呼ぶようになった。


 それは、冒険者達にとって周知の事であり、ラシャンは、アレンも当然知っていて、その上で他に何か危険があると言っているのだと思っていたらしい。


 そんな二人に対して、アレンは、不思議でならないという表情で、


「危ないと分かってて、なんでスキルを使い続けるんだ? 自分で〝練気〟できれば足を止める必要なんてないし、そもそも、『残心』は、油断やすきを生まないために必要なのに、それが致命的な隙になってるなんて本末転倒だろ」

「そりゃあ、危険でリスクがあっても、得られるものリターンのほうが多けりゃ、そっちを選ぶさ」


 日々の宿代や食事代、武装が破損すれば修理しなければならず、また壊れていなくても万全の状態を維持するため整備しなければならないし、攻略が進めばより高性能な武装が必要になって、買い替えたり、手持ちの武具を強化・改造したりする事になり、矢や回復薬など使用した消耗品の補充もしなければならず…………とにかく、冒険者を続けるにはかねがかかる。


 依頼クエストを受けるにせよ、ダンジョンに潜るにせよ、単独ソロなら稼ぎは全て自分のものだが、一人でできる事には限りがあり、少しでも成功率・生還率を上げるためにパーティやレイド組めば、当然、頭数で割る事になって一人当たりの取り分は減る。


 ダンジョンに潜ってモンスターを倒し、手に入れた魔石を売る――それが最も手早く金銭を得る方法で、モンスターが強ければ強いほど、高値が付く大きくて質が良い魔石を手に入れる事ができる。それはつまり、自身が強くなればなるほど、強力なモンスターを倒して稼ぐ事ができるようになるという事。


 そして、武の技は一朝一夕いっちょういっせきで会得できるものではなく、修行に専念すれば、その期間の稼ぎは無しゼロ


 よって、ほとんどの冒険者が、ダンジョンの完全攻略や一攫千金いっかくせんきん、名誉栄達……そんな目的を達成するために、時間をかけて修行を積む事より、少しでも早く一つでも多く強力かつ有用な【技術スキル】【能力アビリティ】を取得するほうを選び、頭数で割っても儲けが出る少人数パーティでダンジョンに潜り、連携してカバーし合う事で危険リスクを可能な限り減らす努力をする。


 アレンは、なるほど、と頷いた――が、


「じゃあ、仲間が負傷して戦闘不能になったら……前隙と後隙をカバーしてもらえなくなったらどうするんだ?」


 そうカイトに疑問をぶつけた瞬間――


「――――ッ!?」


 ラシャンが小さく息をんだ。


「そりゃあ……」


 チラッ、とラシャンのほうを見て言いよどむカイト。


 そんなラシャンの反応と、カイトが送った視線から、最悪の場合どうなってしまうのか、アレンにも想像がついた。


「隙の少ないスキルを使って戦ったり、モンスターの足を止めて後衛が魔法を使うための前隙をカバーしたり……できる事を全てやってどうにかするんだよ。そもそも、連携の訓練ってのは、全員でってのはもちろんだが、一人二人抜けても機能するようにしておくものだからな」


 アレンは、まぁ、そうなんだろうな、と一応の理解を示しつつも、


「でも、俺の師匠と老師せんせいたちは言ってたよ。〝やらないなら良いが、できないでは話にならん〟って。やっぱり、始めから人任ひとまかせって良くないと思うんだけどなぁ……」


 それには、カイトとラシャンも反論の言葉を持たなかった。




 解散後、アレン、リエル、レト、ラシャンは夜の稽古を始め、リルを抱っこしたエリーゼとクリスタ、サテラは、一緒にお風呂に入るのだと言って浴場へ向かい、カイトは先に自宅兼工房へ。


 風呂が大きぎて一人で入浴しはいっていると寂しくなるらしく、エリーゼはクランの女性陣に声をかけ、サテラとクリスタがよく付き合っている。


 今日はリルも一緒で、風呂から上がると、リルは一足先にご主人アレンの寝床に潜り込み、サテラは2階の自室で就寝前に書類仕事を始め、エリーゼ、クリスタは途中まで一緒に移動してそれぞれの自宅兼工房へ。エリーゼは就寝、クリスタは【錬丹術師】としての修行けんアイテム制作に取り掛かる。


 そして、ラシャンは、アレン、リエル、レトが広大な庭へ向かう一方で、一人、射撃場へ。


 それは、【魔法の矢マナボルト】を完璧に会得するためであり、【穿ち貫く槍ピアシングランス】にも挑戦してみようと思ったからであり、何となく一人になりたかったからでもあった。


「確かに、【技術スキル】の補正たすけがなくても魔術が使える。それどころか、スキルに頼らないほうが、威力を上げられたり応用がく、か……」


 撃破した的をながめながらつぶやき…………思い出すのは、ダイニングで聞いたアレンの考え。


(今更、【牽制打ジャブ】や【本命打ストレート】を取得するって事?)


 他にも【鉤打ちフック】や【打ち上げアッパー】【回し蹴りスピンキック】…………などなど、見様見真似みようみまねでやってきた事は多々ある。


 攻略失敗、壊滅、解散、再起したものの友人に裏切られ……絶望に打ちひしがれていた自分を受け入れ、救ってくれたこのクランで同じてつを踏まないため、強くなると決めた。


 そのために、より上位の【技術】に派生するものや、上級職への転職につながるものを取得しようと思っていた。


 それなのに、クラン・マスターアレンの考えは真逆まぎゃくと言って良いもので……


(……先が見えてる、か……)


 〝絶対王者アンガス〟止まりが関の山――それはつまり、あいつとの格の違いを見せつけたアレンにはどうやっても届かない、追い付けない、達人の域には至れない、そういう事だろう。


(でも、基本に立ち返る事はいつでもできる、手遅れって訳じゃないなら……)


 このまま可能な限り早く行けるところまで行ってからでも、なれるだけ強くなってからでも良いのではないだろうか? ――どうしてもそう考えてしまうのは、今までのやり方が間違っていたと思いたくないからなのかもしれない。


(仲間が負傷し戦闘不能になって前隙と後隙をカバーしてもらえなくなったら……)


 あの時、その状況で、自分は深層のモンスターに対して、もっとも高威力のスキルを使う事ができなかった。


 矮小わいしょうな人など容易たやす蹂躙じゅうりんしてしまうモンスターが周囲に複数存在している状況で数秒間身動きが取れない――それは、致命的な隙であり、ダンジョンに潜った事のない人間の想像を絶するほどの恐怖だからだ。


 焦燥しょうそうられ、状況を打開せんと仲間の制止を振り切ってひとり突っ込み、武術系上級【技術】を使って一体のモンスターを仕留めた直後、別のモンスターに後隙を狩られて命を落とした仲間の姿を目の当たりにした後では尚更なおさらに。


 自分は、【能力アビリティ】で身体能力を強化しており、【技術】でそれを更に強化する事で、防具を装備している上、意識を失って脱力しているせいでより一層重く感じる仲間を二人かかえて走る事ができた。逃げろ、そいつらを頼む――そう言われて、それに従う事しかできなかった。


 だが、もしあの時、アレンが言うような方法で技を会得していたなら、スキルに頼らず戦えるだけの実力を身に付けていたなら…………そう考えて、ラシャンは首を振る。


 それは、今更言ってもせんのない事であり、この方法や戦い方を教えてくれた先輩冒険者への感謝と尊敬の念が変わる事はないからだ。


 しかし、それでも……


(同じ轍を踏まない……なら、やり方も変えなきゃダメなんじゃ……)


 そうも思う――が、〔巨殴拳〕を得て更に攻撃力が上がった今、せっかく紋章に溜めた霊力を消費してまで今更役に立つとは思えないジャブやストレートといった初級スキルを取得する必要があるのだろうか、という最初におぼえた疑問に戻り…………ラシャンは、グルグルグルグル同じところでなやみ続けた。


 結局、迷いは晴れず、修行に全く身が入らない。なので、今日はもう切り上げる事にして、汗を流しゆったりと湯に浸かって気分転換すべく浴場へと足を向け……


「…………あっ!」


 ふと思いついた。アレンがどんな修行をしているのか見に行ってみよう、と。


 朝は、正直なところ意味があるのか分からない瞑想や、それ程の腕があればもう必要ないんじゃないかと思える剣術の型らしきものを繰り返している姿を見た事がある。しかし、夜は、肉体的鍛錬を重点的にしているとは聞いたが、見た事はない。


 それは、今でこそ【魔法の矢】を会得するための修行を始めたが、最近まで、軽いランニングとトレーニングで一汗掻ひとあせかいたら切り上げ、先にお風呂をもらって就寝していたから。


 それ以前、《物見遊山》に加入してこの拠点で暮らすようになるまでは、ほぼ毎日ダンジョンに潜って実戦を重ねていたため、まれの休みにひまで他にする事がなかった時にしか訓練などしていなかった。


 ――何はともあれ。


「…………」


 ラシャンは、高重力環境下で行なわれるアレンの修行を、その筋骨がきしむ音が聞こえてきそうなほど壮絶で過酷な鍛錬を目の当たりにして絶句した。


 今やラビュリントスで最強と目される武芸の達人が何故そこまで、と思ったが言葉にならず……


「ちょっ、何してるのッ!?」


 夜の稽古を終えて浴場へ移動し、脱衣所だついじょまで付きってきたリエルとレトが、精魂尽き果てボロボロになったアレンの服を全てがし、そして、自分達まではだかになったのを見て驚きの声を上げた。


 ぐったりしているアレンは、返事をする余裕すらない様子で先に浴場へ。リエルとレトも、腕を上げる事すらつらいご主人様の背中を流すためだと言ってすぐ後に続き――


「……なんでラシャンまで入ってくるんだ?」

「早く汗を流してさっぱりしたいし……それに、二人はいいのに私はダメなの?」


 一糸まとわぬラシャンがそう問うと、アレンは、話すのもしんどそうな様子でただため息をつき、リエルとレトは、ここで非常識だと批難するさわぐと自分達まで出て行けと言われそうな気がしたので、ぐっとこらえて何も言わなかった。


 ラシャンは、何をやっているんだと自分の行動に困惑こんわくしつつ、内心で、一度はいてもらうつもりで全部見せたんだからずかしくない、と言い聞かせながらさっさと汗を流して大きな湯船に満たされたお湯に裸体を沈め、私は何がしたかったんだろうと自問しつつ、リエルとレトが、諦観ていかんの表情でうつむき立ちくすアレンの躰を丁寧に洗うのを何故か面白くない気分で眺め…………まぁ、あの様子ではないだろうとは思っていたが、案の定、不謹慎な事は何もなく、隅々すみずみまで綺麗にされたアレンがシャワーだけで風呂に浸かる事なく脱衣所のほうへ向かうのを見送り――


「――ラシャン」


 アレンは、脱衣所の手前で足を止め、


「必要なら俺がカバーする。だから、ラシャンは自分が正しいと思う方法で強くなっていけば良い」


 振り返る事なくそう言い置いて、返事を待たずに浴場から出て行った。


 ラシャンは、自分の内心を見透かしたかのようなその言葉に目をみはり…………深々とため息をつきつつうつむくと、顔が、パシャンッ、と湯に浸かって吐いた息がブクブクと泡になる。


 そして、顔を上げ、濡れた前髪をき上げて、覚悟を決めた。


 今見送ったあの背中に追い付くためなら、なんだってやってやろう、と。

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