第31話 アレンの勧め
現在、アレン一行は、ダンジョンの第7階層で修行しつつ探索中。
そのメンバーは、5名。パーティの構成は、『
『前衛』の2名は、ラシャンとリエル。
中級職【魔闘士】のラシャンは、新装備の性能を確認中。
巨大な
「
甲拳を装着している右手を、透明な野球のボールを
すると、その腕の延長線上――5メートルほど先で、
その後、甲拳型外装は空中を
この際、甲拳と甲拳型外装が接続されるような音はしない。それは、甲拳型外装が浮遊していて甲拳と接触していないから。そして、それ
更に、この〔巨殴拳〕は、
だが、今回はカートリッジの用意がないため、使い勝手を確認した後は、この巨大な甲拳を装備したままこれまで通り【魔闘士】系の【
もう一人の前衛、中級職【魔法戦士】のリエルは、剣術の修行中。
彼女が目指しているのは、魔法使い
そこで、武芸の達人にして時空魔術師でもある
その一方、取得している【戦士】系のスキルは、たった三つ。
一つは、
あとの二つは、どちらも初級スキルの【
【受け崩し】は、武器・素手で、自分に向けられた攻撃を、受け流す、弾く、打ち落とす、
【翻身】は、その場で素早く身を
リエルの得物は、水を自在に操る〔
そして、スケルトンは動きが遅い。
それは
動きが遅く、それでいて、生前身に付けた技術、しっかり訓練された兵士の動作で襲い掛かって来るスケルトンは、防御や返し技を会得するための修行相手として
ちなみに、ゴブリンも武器を使ってはいたが、良く言えば我流、事実ただ力任せに振り回しているだけ。なので、まともにやり合うと、間合いの取り方や攻撃のタイミングがかみ合わず自分のほうが崩れてしまいかねないため、体格の違いや武器の長さを活かして一方的に叩き潰すのが正解。
『
彼女が、紋章に蓄えた霊力で取得したのは、たった四つの【
それは、【火の祈り】【水の祈り】【天の祈り】【地の祈り】。
他の種族では
しかし、それは、適性属性が増えただけで、新たに魔法を取得した訳ではない。
普通なら、広く
だが、それがレトだと話が変わる。
レトは、フェアリーの一族、その守護者となるべく全員の
〔琥珀爆弾〕とは、爆裂手榴弾のような爆風で殺傷するタイプの爆弾で、基本的な殺傷範囲は直径5メートルほどだが、霊力を込める事で範囲を拡大する事が可能。破片や種が飛ぶ事はなく、空中で破裂すると、炎を
そして、レトは、その四つの【能力】を会得した事で、焼夷弾のように範囲内を焼き尽くす〔琥珀爆弾・火〕や、範囲内に存在するものを凍結させる〔琥珀爆弾・氷雪〕、威力を調節する事が可能で麻痺または感電死させる〔琥珀爆弾・雷電〕のように、〔琥珀爆弾〕に全属性を付与する事ができるようになった。
それはつまり、〔琥珀爆弾〕から弾薬を生成する〔
スケルトン部隊の中央に、霊的衝撃波の威力と有効範囲を倍以上に増幅させた〔琥珀爆弾・風〕を投げ込み、それ一発で木っ端微塵に爆散させて全滅させると、てってってってっ、と駆け寄ってきて見上げてくるので、アレンは、何となく
その子犬のように愛らしい
『
彼女は、主武装である〔力晶銃〕の
その結果、もう【
「どこに魔石があるか分かってる、――ならっ!!」
アレンジを
「ねぇアレンっ、今の見たッ!? あれってもう別の魔法だよねッ!?」
いい笑顔を浮かべてはしゃいでいるクリスタに対して、アレンは感心するような笑みを浮かべつつも首を横に振り、
「形や威力、本数が変わっても、あれは【
そう言いつつ、数歩移動して位置につき、手をスケルトンのほうへ突き出して魔術を行使。出現した一本の光の矢が閃光のような速度で放たれ、一体目のスケルトンの眉間、頭部の中の魔石、後頭部を貫通し、更に二体目の眉間を貫いて中の魔石に直撃した瞬間、炸裂してその上半身を消し飛ばした。
「もっと収束させる事で疑似的は
アレンによる実演を見た事で一転、うぬぅ~~、と不満げに
「でも、クリスタの場合は、せっかく【冷熱】っていう珍しい適性を持ってるんだから、属性を付加して、
そんな提案を受けると更に一転、
「どうすればいいのッ!?」
『
自分では不向きだと思いながらも、後ろから仲間達を見守りつつ必要に応じて指示を出し、時折、幻想級の宝具〔魔弓・虚空箭〕の試射を兼ねて援護する。
そうしている内にその性能を把握し、カイトがこの宝具を『えげつねぇもん』と評した理由が分かった。
まず、この
次に、この魔弓は、弓に霊力を込めると矢が生成され、矢に霊力を込めると射抜いた直後に
そして、宝具〔魔弓・虚空箭〕の固有能力が、弦を離れた矢が標的に当たるまでに掛かる時間の
具体的な例を挙げると、その時間を0秒に改竄すれば、矢が弦から離れると同時に標的へ到達する。
だが、それは、矢が光の速度よりも早く移動したという訳ではないし、空間転位した訳でもない。矢は普通に放たれた時と変わりない速度で飛んでいるため、矢が有する運動エネルギーは変わらないし、
しかし、弦が弓を叩かないタイプなので、矢を放っても、ビィンッ、と弦が震えるだけで、カァンッ、や、パァンッ、といった音が鳴らず、矢筋を意識できるのは射た本人だけ。音が静かで、弦から離れた時にはもう当たっている矢など、身を隠した射手に狙われて不意を
もし、超強弓を引く力と技、それに矢を当てる実力を備えている暗殺者がこの宝具を手にしたなら、狙われた者が助かる可能性は無いに等しいだろう。
カイトが、『絶対悪用しない、正しい事に使う――そうお前が見込んだ相手に
ただ、『使ってやれ』という意見には賛成する事ができない。
何故なら、愛刀――〔
そんな訳で、〔魔弓・虚空箭〕は、その能力が必要になる時まで、【異空間収納】の収納用異空間で眠らせておく事にした。
「アレン君が、リエルに、【
ラシャンがそう訊いてきたのは、だいたい正午、アレンが広いフロアの片隅に時空魔法で空間系の結界を
ちなみに、蛇足かもしれないが、
アレンがそれを肯定すると、ラシャンは、やれやれと言わんばかりに首を横に振り、
「アレン君、効率的な技能の取得法、知らないでしょ?」
「効率的な取得法?」
アレンがそう訊き返すと、ラシャンは、やっぱりねと言いたげな表情を浮かべつつ、そう、と頷いた。
「技能は、
技能を取得するには紋章に蓄えた霊力が必要で、初級より中級、中級より上級のスキルのほうが、取得するために必要な霊力の量が多い。そして、初級職から中級職へ
「初級職で取得できるスキルは最小限に
強力な一撃で、敵を吹っ飛ばしたり、体勢を
得物の刃に霊力を纏わせて攻撃力を上げる強化技【
得物の刃に纏わせた霊力を撃ち出す遠距離攻撃技【
得物に纏わせた霊力を衝撃波として放つ範囲攻撃技【
この四つだけ取得したら、あとは中級職へ転職した時のために他のスキルは取得せず、霊力を
「【斬撃】や【受け崩し】を取得してる人なんて、たぶん他にいないわね。だって、剣で斬ったり受けたりなんて、スキルがなくたってできるでしょ?」
剣術を学んだ事がないリエルはできなかった。だからこそ取得したのだが、他の新人は、同じ条件でも取得していないらしい。
それを聞いたアレンは、
「まぁ、確かに、俺はできるから取得していないし、剣を振り回したり、正面から攻撃を受け止めたりは、それができるだけの
そう一理あると認めた上で、でも、と続けた。
「そう考えるのは、【
「誤解?」
そう訊いてきたラシャンに対して、アレンは、
「ラシャンは、たぶん、【
「…………、違うって言うの?」
「俺は、『お
「お手本?」
「本来であれば、師匠の実演を見て
これが
「事実、本来なら数年かけて基本となる型を躰に刻み込んでから実戦で使えるよう適応させていくところを、リエルは、自分の躰がどう動いているのかを確認しながら【斬撃】を繰り返し使い続けた結果、一週間ほどで基本を正しく身に付けて、今では【
ありがとうございます、と嬉しそうに感謝を
「ラシャンとクリスタだって、魔術の心得がなかったにもかかわらず、自分が何をしているのかを確認しながら繰り返し使う中で【
アレンは、
「要するに、アレン君は、
「そこまでは言わないけど、俺は
「どうして?」
「スキルに頼る
そう答えてから、
「その気さえあれば、基本に立ち返る事はいつでもできる。その効率的な技能の取得法を実践した後でも手遅れって訳じゃない。でも、一度それに
ラシャンは、束の間、その内容を
「どう考えても、アレン君の話は、効率的な技能の取得法を否定しているとしか思えないんだけど、それでも間違いだと言わないのは何故?」
「例えば、目的が、冒険者として、手っ取り早くモンスターと戦えるようになって少しでも早く生活できるだけ
アレンは、そう言ってから、けど、と続け、
「武を極めたいとか、武術家として身を立て、どこかの国で仕官し、いずれは貴族の指南役か道場を構えて弟子を取ろう、なんて事を考えているのなら、なしだ」
補正がなければ技を繰り出せない、頼りきりで自分が何をやっているかよく分かっていない、【技術】を使ったほうが技の完成度が高い……それでは、武を極めるなど夢のまた夢。
「ラシャンは、初めて会った時、ダンジョンに潜るのは身に付けた力を思う存分に振るうためだ、って言ってたよな?」
「覚えててくれたんだ」
ちょっと嬉しそうなラシャン。しかし、アレンはそれに構わず、
「それなら、【技術】を
リエルにも、自分のアドバイスが絶対という訳ではないと告げた上で、一応、効率的な技能の取得法を試してみるかと尋ねてみる。すると、予想した通り答えが返ってきた。
ただ、その方針に従う事に迷いはなくとも、疑問は
「アレン様が、深層に
「【
リエルに続いてクリスタがそう問い、同じ疑問を抱いたらしいレトも目で問い掛けてくる。
「別に、ダメって訳じゃない。ただ、先が見えてるし、危ないからな」
『先が見えてる?』
「危ない、って何が?」
リエルとラシャンが声を揃え、クリスタが眉根を寄せ、レトとリルはそっくりな仕草で小首を傾げている。
それに対するアレンの回答は、
「その方法で強くなろうとしても、〝
えぇ~~っ、と不服の声を上げるクリスタとラシャン。
しかし、ここはダンジョン。腰を
時は、その日の夜、夕食後。
場所は、
既に片付けは済んでおり、アレンとリル、リエル、レト、クリスタ、ラシャンだけではなく、カイト、エリーゼ、サテラ――クラン《物見遊山》のメンバー全員が
「そろそろ聞かせてくれる? 【技術】に頼るのが危ないって言うのは、どういう事?」
おもむろに、ラシャンがそう話を切りだした。
あの後から帰宅して今まで、その話題に触れなかったので、失念しているのかと思っていたのだが、ちゃんと覚えていたらしい。
そして、アレンが、その場にいなかったカイト達に、何故そんな話題が出てきたのかを簡単に説明すると、
「それは、『
思い当たったらしいカイトがそう言うと、次いでそれを聞いたラシャンが、
「危ないって、『
カイトの言う『前隙』と、ラシャンが言った『溜め』は同じ事で、攻撃技や魔法を放つ前、その【技術】を行使するのに必要な量の霊力を手や得物に集めて
もう一方の『後隙』、『技後硬直』とは、攻撃技や魔法を放った直後、武術系スキルに組み込まれている武術のいわゆる『残心』、魔法系スキルに組み込まれている自分が放った魔術の爆風や破片から身を護るため自動的に展開される障壁が解除されるまでの間の事。
そのどちらも、動作に補正がある【技術】の影響下にあるせいで、
その言葉から想像はついたものの、一応、二人から専門用語についての解説を受けたアレンが、そう、と頷くと、拍子抜けしたらしいラシャンが、なんだ、と
「つまるところ、冒険者がパーティやレイドを組むのは、連携して前隙と後隙を
カイトが、
ちなみに、『レイド』とは、本来『強襲』『急襲』を意味する言葉であり、人里付近で強力なモンスターが発見される、といった緊急事態に際して、実力ある冒険者達が協力して強襲し退治する事をそう呼んだが、現在では意味が
それは、冒険者達にとって周知の事であり、ラシャンは、アレンも当然知っていて、その上で他に何か危険があると言っているのだと思っていたらしい。
そんな二人に対して、アレンは、不思議でならないという表情で、
「危ないと分かってて、なんでスキルを使い続けるんだ? 自分で〝練気〟できれば足を止める必要なんてないし、そもそも、『残心』は、油断や
「そりゃあ、
日々の宿代や食事代、武装が破損すれば修理しなければならず、また壊れていなくても万全の状態を維持するため整備しなければならないし、攻略が進めばより高性能な武装が必要になって、買い替えたり、手持ちの武具を強化・改造したりする事になり、矢や回復薬など使用した消耗品の補充もしなければならず…………とにかく、冒険者を続けるには
ダンジョンに潜ってモンスターを倒し、手に入れた魔石を売る――それが最も手早く金銭を得る方法で、モンスターが強ければ強いほど、高値が付く大きくて質が良い魔石を手に入れる事ができる。それはつまり、自身が強くなればなるほど、強力なモンスターを倒して稼ぐ事ができるようになるという事。
そして、武の技は
よって、ほとんどの冒険者が、ダンジョンの完全攻略や
アレンは、なるほど、と頷いた――が、
「じゃあ、仲間が負傷して戦闘不能になったら……前隙と後隙をカバーしてもらえなくなったらどうするんだ?」
そうカイトに疑問をぶつけた瞬間――
「――――ッ!?」
ラシャンが小さく息を
「そりゃあ……」
チラッ、とラシャンのほうを見て言い
そんなラシャンの反応と、カイトが送った視線から、最悪の場合どうなってしまうのか、アレンにも想像がついた。
「隙の少ないスキルを使って戦ったり、モンスターの足を止めて後衛が魔法を使うための前隙をカバーしたり……できる事を全てやってどうにかするんだよ。そもそも、連携の訓練ってのは、全員でってのはもちろんだが、一人二人抜けても機能するようにしておくものだからな」
アレンは、まぁ、そうなんだろうな、と一応の理解を示しつつも、
「でも、俺の
それには、カイトとラシャンも反論の言葉を持たなかった。
解散後、アレン、リエル、レト、ラシャンは夜の稽古を始め、リルを抱っこしたエリーゼとクリスタ、サテラは、一緒にお風呂に入るのだと言って浴場へ向かい、カイトは先に自宅兼工房へ。
風呂が大き
今日はリルも一緒で、風呂から上がると、リルは一足先に
そして、ラシャンは、アレン、リエル、レトが広大な庭へ向かう一方で、一人、射撃場へ。
それは、【
「確かに、【
撃破した的を
(今更、【
他にも【
攻略失敗、壊滅、解散、再起したものの友人に裏切られ……絶望に打ちひしがれていた自分を受け入れ、救ってくれたこのクランで同じ
そのために、より上位の【技術】に派生するものや、上級職への転職につながるものを取得しようと思っていた。
それなのに、
(……先が見えてる、か……)
〝
(でも、基本に立ち返る事はいつでもできる、手遅れって訳じゃないなら……)
このまま可能な限り早く行けるところまで行ってからでも、なれるだけ強くなってからでも良いのではないだろうか? ――どうしてもそう考えてしまうのは、今までのやり方が間違っていたと思いたくないからなのかもしれない。
(仲間が負傷し戦闘不能になって前隙と後隙をカバーしてもらえなくなったら……)
あの時、その状況で、自分は深層のモンスターに対して、
自分は、【
だが、もしあの時、アレンが言うような方法で技を会得していたなら、スキルに頼らず戦えるだけの実力を身に付けていたなら…………そう考えて、ラシャンは首を振る。
それは、今更言っても
しかし、それでも……
(同じ轍を踏まない……なら、やり方も変えなきゃダメなんじゃ……)
そうも思う――が、〔巨殴拳〕を得て更に攻撃力が上がった今、せっかく紋章に溜めた霊力を消費してまで今更役に立つとは思えないジャブやストレートといった初級スキルを取得する必要があるのだろうか、という最初に
結局、迷いは晴れず、修行に全く身が入らない。なので、今日はもう切り上げる事にして、汗を流しゆったりと湯に浸かって気分転換すべく浴場へと足を向け……
「…………あっ!」
ふと思いついた。アレンがどんな修行をしているのか見に行ってみよう、と。
朝は、正直なところ意味があるのか分からない瞑想や、それ程の腕があればもう必要ないんじゃないかと思える剣術の型らしきものを繰り返している姿を見た事がある。しかし、夜は、肉体的鍛錬を重点的にしているとは聞いたが、見た事はない。
それは、今でこそ【魔法の矢】を会得するための修行を始めたが、最近まで、軽いランニングとトレーニングで
それ以前、《物見遊山》に加入してこの拠点で暮らすようになるまでは、ほぼ毎日ダンジョンに潜って実戦を重ねていたため、
――何はともあれ。
「…………」
ラシャンは、高重力環境下で行なわれるアレンの修行を、その筋骨が
今やラビュリントスで最強と目される武芸の達人が何故そこまで、と思ったが言葉にならず……
「ちょっ、何してるのッ!?」
夜の稽古を終えて浴場へ移動し、
ぐったりしているアレンは、返事をする余裕すらない様子で先に浴場へ。リエルとレトも、腕を上げる事すら
「……なんでラシャンまで入ってくるんだ?」
「早く汗を流してさっぱりしたいし……それに、二人はいいのに私はダメなの?」
一糸
ラシャンは、何をやっているんだと自分の行動に
「――ラシャン」
アレンは、脱衣所の手前で足を止め、
「必要なら俺がカバーする。だから、ラシャンは自分が正しいと思う方法で強くなっていけば良い」
振り返る事なくそう言い置いて、返事を待たずに浴場から出て行った。
ラシャンは、自分の内心を見透かしたかのようなその言葉に目を
そして、顔を上げ、濡れた前髪を
今見送ったあの背中に追い付くためなら、なんだってやってやろう、と。
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