第23話 クランを結成しよう

「あぁ……~ッ!! なんて事だ……~ッ!?」


 住宅を兼ねる店舗が放火によって焼失してしまった修理屋[バーンハード]の店主――カイトは、頭を抱えた。どうやら、感動し過ぎて喜びを上手く言葉にできないらしい。


 彼と、彼の娘のエリーゼは、住宅兼店舗が立て直されるまで、アレンの拠点ホームで生活する事になった。そこで話をした結果、それなりの期間滞在する事になるため、来客用の建物である前の家ではなく、〔拠点核ホーム・コア〕に命じて父娘が生活する家を一軒用意する事に。


 その際、工房は焼け残っているので必要ありませんよね? とアレンが確認すると、可能なら用意してほしいとの事。誘拐事件あんなことがあった後だという事もあって、できる限り娘の側にいたいらしい。


 そんな訳で、クリスタの工房のとなりに、可能な限り要望を取り入れて住居兼工房を建て、現在、その工房部分にいる。


 アレンは、受けた要望をそのまま〔拠点核〕に伝えただけで、鍛冶かじや錬金術に関しては門外漢もんがいかん。なので、よく分からなかったが、専門家にとってはたまらないものが完成したらしい。


 ――何はともあれ。


 拠点敷地内の住居兼工房を一通り確認し、エリーゼが目覚めたら報告するよう〔拠点核〕に命じた後、アレンと精霊獣の相棒リル、カイトは、【空間転位】で便宜上べんぎじょう『旧工房』と呼ぶ事になった焼け残ったほうの工房へ。


 道具、素材、製造中の作品、焼け跡から回収する事ができた商品…………などなどをアレンの【異空間収納】で回収すると、不在の間に荒らされないよう旧工房をしっかりと閉鎖し、【空間転位】で拠点に戻り、それらを新たな工房に移した。


「片付けはあとでやるとして、先にお前の仲間に会わせてくれ。《群竜騎士団》との問題を解決する方法に関して提案がある」


 カイトがそんな事を言い出したので、アレンは、時空魔法の【超空間通信】で自分の工房にこもっているクリスタに声をかけ、共に、他の仲間達がそろっている自宅――自分達が生活している後ろの家へ。


「ただい…ま……」


 アレンの顔が引きつり、帰宅の挨拶あいさつが尻すぼみになっていったのは、ドアを開けて玄関に入ると、そこで、午前様を待ち構える鬼嫁のごとく、一緒に[バーンハード]へ行くと言ったのにリルが自宅へ強制転送してしまったけんでたいそうご立腹りっぷくらしいラシャンが待ち構えていたからで――


「ん? お前は……〝鉄拳鋼女〟?」


 その一言で、苛立いらだちの矛先はそんな発言をした後続のカイトのほうへ。


「その二つ名で呼ばないでッ! きらいなの」


 柳眉りゅうびを逆立てて不機嫌だという事を隠そうとせず、両手を上げた降参のポーズをとるカイトから視線をアレンへうつし、誰この人? と問うラシャン。


「紹介するし、事情も説明するけど、《群竜騎士団》との問題を解決する方法も提案してくれるらしいから、みんなが集まってからにしよう」


 アレンは、そう言って家の奥へ進むよう、ラシャンとカイトをうながした。




 それから程なくして、前の家の客間で眠っているエリーゼを除いた全員が、広々としたリビングとへだてる物のないとなり食堂ダイニングへ。


 ひざの上で丸まっているリルをでているアレンは、いわゆる家長の席に着き、片側には、クリスタとラシャンが、その対面にはカイトが席に着いており、リエルとレトは、ご主人様の左右斜め後ろで立ったままひかえている。


 この場が整ってから、まず口を開いたのはアレン。


 主にカイトへの説明として、事ここに至るまでのざっくりとした経緯とラシャンの金銭問題が解決した事を報告してから、既に面識がある者がほとんどだが、改めてみなにカイトを紹介し、住宅兼店舗が放火された事、エリーゼを誘拐された事、しかし、既に奪還した事、父娘の身柄を保護すると決め住宅兼工房を用意した事などを説明した。


 そして、話題は《群竜騎士団》との問題を解決する方法に移り、


「――クランを結成しよう」


 カイトはそう提案した。


「既にパーティとして登録済みのアレン達。それに、〝鉄拳――ごほんっ、ラシャンと俺でパーティを組めば、『活動の拠点となる物件を所有している事』と『二つ以上のパーティで構成された集団である事』というクランの条件が満たされる。そして、冒険者ギルドがクランの結成を認めれば――」

「――『会合』に参加する事ができる」


 ラシャンが結論を奪った形だが、カイトは嫌な顔一つせず頷き、首を傾げているアレンに説明する。


「会合ってのは、冒険者ギルドが関与しない問題……冒険者同士やクラン間で起きため事なんかを解決するための寄り合いだ」


 個々にクランをめぐっても、内容が内容だけに、門前払いをらわされるのが関の山。しかし、会合に参加すれば、直接クランの意思決定に関わる代表者に会う事ができる。


 それに対して、無駄よ、と言ったのはラシャンで、


「確かに参加する事はできる。――だから何だって言うの? 結成されたばかりで何の功績もない弱小零細クランを助けようなんて物好き、いるはずがない。100歩ゆずって仮にいたとしても、必ず見返りを求められる」


 いったい何を要求されるか……、とつぶやくように言って、ぶるっ、と躰を震わせ、


「それなら、まだラビュリントスから逃げ出すほうがましよ。アレン君の【空間転位】で脱出すれば、門で足留めを食っている間に追い付かれてつかまる恐れはない。ちょっと長めの旅行に出掛けて、《群竜騎士団あいつら》が自分達の国を手に入れてラビュリントスから出て行った後か、他のクランに潰されてから戻ってくればいい。それに、もし会合に出席して協力を求めるにしても、白竜隊がまた出稼ぎに出てあいつらの戦力が低下してからのほうが――」

「――いや、今だ」


 ラシャンの言葉をさえぎるようにそう断言したのはカイトで、


「大手クランはどこも、白竜隊が戻ってくるという情報を得た段階で、ダンジョンから戦力を引き上げ、遠征をひかえ、奴らが仕掛けてきたら逆にぶっ潰してやろうと迎撃態勢を整えている」


 この状況を利用しない手はない、とカイトは続け、


「このラビュリントスに存在する大小合わせれば優に100を超えるクラン、その大半を占める中小規模クランの中には、《群竜騎士団あいつら》に泣き寝入りさせられたり、煮え湯を飲まされたりしている奴らが少なくない。そういう奴らが声を上げられずにいるのは、裏切りや失敗した時のリスクを恐れているからだ」


 自分達だけでは勝負にならず、一緒にやると言った者達が裏切って《群竜騎士団》に密告すれば、情け容赦ようしゃなく蹂躙じゅうりんされ、約束を破って動かなければ失敗し、失敗すれば言い出しっぺは見せしめに手酷い報復を受ける。だから、誰も言い出さず、誰かが言い出すのを待っている。


「会合に出席して、その日の内に可能な限り多くのそういう奴らと接触し、欲しがっている情報を与えてき付ける。そうして燃え上がらせた小さな火をまとめ上げて大火に育てれば、上昇気流ながれができ、対《群竜騎士団》の気運が高まれば、必ず対立関係にある大手クランうえのやつらも重い腰を上げる」

「欲しがっている情報、って何をつかんでるの?」

「俺は何も」


 ラシャンからの質問に対して無責任にそう言い切ったカイトが目を向けたのは――


「……え? 俺ッ!?」


 アレンは自分を指差して目をき、カイトは大きく頷いて、


「もう形振なりふり構っていられる状況じゃないからな。お前の全知全能を駆使して、最善の未来をつかみ取ってくれ」


 要するに、【予知】を使って、大手と中小クランが同盟を結び、《群竜騎士団》に勝利する未来へいたるために必要な情報を千里眼や過去視を使って集めろ、という事らしい。


 アレンは、腕組みして、う~ん、と首をひねり、


「できない事はない、と思う。けど……」


 どちらかというと、ラシャンの意見に賛成だった。


 というのも、以前リエルと同様の事を、それこそ物見遊山の旅にでも出て見聞を広め、ほとぼりが冷めた頃に戻ってくれば良い、と話した事がある。それに、他人を利用してどうこうというのがどうにもしょうに合わない。


 だが、そのラシャンは、それが本当に可能なら、とカイトの意見をし、クリスタもそちらに賛成した。


 リエルとレトは、ご主人様の意見に従うとの事。


「決めるのはお前だぜ、クラン・マスター」

「……っ、はぁ~……」


 何気にカイトの仲間入りが決定しているようなのは良いものの、代表者としての立場と仕事と責任を押し付けないでほしい。だが、どうやらそれは既に決定事項らしく、みなの表情を見れば、辞退しても却下される事は【予知】を使わずとも明白。


 そもそも、今ここにリエルとレトがいるのは、修行に専念できるよう他人ひとに任せられるものは任せてしまえ、という師匠と老師の指示に従ったからなのに。クラン・マスターというのは、他人に任せられないものなのだろうか? その良し悪しの基準はよく分からないが、自分より適任者がいると思う…………などなど、思う所は多々ある。


 しかし、今そんな事を言っていては話が進まない。


 はなはだ不本意ではあるが、浮世うきよしがらみいとうなら、それこそ絶海の孤島にでももるしかないのだろう。


「じゃあ、まずはクランを結成しよう。それがらなきゃこの話は始まらないからな」


 アレンはそう告げつつ、内心では、クラン・マスターなんてがらじゃないなぁ、と思いながら、つきたいため息を我慢して相棒リルに助けを求めると、


「みゅう?」


 可愛らしく小首を傾げられた。




 パーティの結成は、冒険者達が『円卓の間』へおもむいて行ない、解散は、個々人で紋章に触れ表示させたメニュー画面を操作するだけで良く、エメラルドタブレットが変化した紋章を有する冒険者なら、他に必要とする物は何もない。


 だが、クランの結成には、活動の拠点となる物件を所有している事、二つ以上のパーティで構成された集団である事という条件を満たした上で、更に、高い登録料と、そのクランを象徴する徽章シンボルマークが必要になる。


 拠点は既にあり、登録料は問題なく、徽章のデザインは、すぐカーバンクルリルを意匠化したものにすると決まった。


 これなら今日の午後にはギルドへ登録しに行ける。アレンはそう思った――が、


「なにこの可愛いの。子供の服やかばんにつけるワッペンじゃないのよ?」

「なんだよこの格好良いの。誇張しもり過ぎてもはや別の生物じゃねぇか」

「これはもうボクので決まりだねっ! 毒や薬効がある植物の特徴を覚えるためによく写生してたから、絵は得意なんだっ!」

「構図が陳腐ちんぷ

「そもそも『意匠化する』って言葉の意味が分かってない」

「はぁッ!?」


 誰のデザインを採用するかでめに揉め、徽章がいっこうに決まらない。


 アレンは、見分けが付けば良い、という程度の考えの持ち主で、リエルとレトもそれに賛成した。


 しかし、ラシャン、カイト、クリスタは、それぞれこだわりがあるようでゆずろうとしない。


「分かってるの? 徽章シンボルマークはクランの看板なのよ? そんなのかかげて会合に参加するなんてどんな羞恥しゅうちプレイよ」

「分かっていないのはお前のほうだ。クランの名前は『物見遊山』なんだぞ? それを象徴する徽章のデザインかんばんが、何でそんなバイオレンスな魔獣なんだよ」

「やっぱり、ありのままの姿を生き生きとえがいたボクのデザインに決まりだねっ!」

「貴女はただ絵が描きたいだけでしょう?」

「お絵描きはあっちでやってろ」

「はぁッ!?」


 デザインを考えるための時間をもうけ、昼食後に始めた会議は想定外の長丁場ながちょうばとなり…………もうすぐ午後のお茶の時間になるのでそろそろ休憩にしようかとアレンが考え始めた頃、前の家の客間で眠っていたカイトの娘が目を覚ました。


 〔拠点核〕からの報告でそれを知ったアレンは、ちょうど良いと休憩にする事を決め、デザインを見直した上で再度持ち寄る事にして一時解散。そして、父から娘へ事情の説明が行われた後、ほぼ議論に参加していなかったアレンとリル、リエル、レトは、誘拐された挙句あげく、身一つで焼け出されたエリーゼの着替えや日用品をそろえるため、共に買い物へ。


 魔法適性の高さを原因とする虚弱体質のせいで、ほとんど外出した事がなかったそうだが、今日は、体調を崩しても気功術で回復させる事ができる上、何かあってもすぐ【空間転位】で帰還する事ができるアレンがついている。


 そんな訳で、女子三人は個性的な品揃えをした店セレクトショップ[タリスアムレ]でたっぷりショッピングを楽しみ、アレンは、2度ほどふらりと姿を消したもののすぐ戻ってきて、フロアの隅のベンチで相棒と親睦しんぼくを深め…………結局、帰宅は夕方になったのだが、徽章のデザインはまだ決まっていなかった。


「こんな事もあろうかと」


 アレンがそう言って仲間達に提示したのは、クラン《物見遊山》の徽章候補。


 以前、[タリスアムレ]で大量のモンスター素材を買い取ってもらった事がある。アレンは、ふとした思いつきから、その時にお邪魔した店の地下1階にある工房をたずね、その際に面識を得た職人にダメ元で徽章のデザインを頼んでみた。すると、同僚のデザインを担当する専門の職人を紹介してもらう事ができ、このこリルをモデルにクランの徽章をデザインして下さい、と依頼してみたところ、二つ返事で引き受けてくれたただけではなく、女子達の買い物が終わるまでに三つも用意してくれた。


「話し合いでは決まらないようなので、投票で決めたいと思います」


 候補は、カイト、ラシャン、クリスタ、それぞれのデザイン案に、その三つを加えた計六つ。


 そして、厳正な投票の結果、クラン《物見遊山》の徽章は、[タリスアムレ]の職人が用意してくれた三つのデザイン案の中の一つに決定した。




 結局、クラン結成の認可を得るために冒険者ギルドへ向かったのは、翌日の朝。


 日課の朝稽古と朝食の後、アレンがリルだけをともなって冒険者ギルドをたずね、いつも通り自分の担当アドバイザーを呼んでもらおうとすると、


「申し訳ありません。こちらの都合でまこと恐縮きょうしゅくながら、担当を交代させていただきました」


 現れたのは、サテラではなく、初対面の男性職員だった。


 彼は名乗っていたが、アレンは構わずそうとさとられないよう注意しつつ、一度以上相対あいたいして詳細な情報を取得した個人を探し出す時空魔法――【個人捜索】を行使。その直後には、【空間探査】で収集された情報を基に構築された現実そのものの脳内世界で、サテラの位置が表示される。


 彼女は、誘拐されたり監禁されていたりする訳ではなく、ギルド内の自分の席に着いていた。机の上には書類があるものの、仕事が手につかないらしくうつむいたまま動かない。


 その様子から察するに、彼女の意思とは無関係に交代させられたようだ。


 男性職員は、交代した理由を説明すると言うので、アレンは、きびすを返した彼の後について行く。


 そして、入ったのは、いつもの簡素な応接間のような個室。


「単刀直入にお願いします」


 テーブルを挟んで向かい合って席に着くなりそう要求するアレン。


 対する男性職員にとってもそれは望むところだったらしく、承知致しました、と頷くと、


「彼女は、上司の命令に逆らった。それが、交代させられた理由です」


 そう告げると、手にしていたファイルから取り出した2枚の書類をテーブルの上に置き、アレンの前に並べてから言った。


「その命令というのが、貴方にクランを結成させ、クラン戦を行なう事に同意させろ、というものです」

「クラン戦?」

「簡単に申し上げますと、関係のないものを巻き込まないよう、ルールを設定し、場所を限定した上で行なう、言わばクラン同士の戦争です」


 2枚の書類はそのために必要なもので、一枚は、クラン結成の認可を得るための申請書、もう一枚はその同意書、との事。


「先日、民家の一部を改装して営業していた店が一軒、火事で全焼しました」


 それは、修理屋[バーンハード]の事だろう。唐突にそんな事を持ち出してきた男性職員の話はそれで終わりではなく、


「他にもう一件、とある生産系クランの拠点ホームが火事で全焼しました」


 それは、覚醒剤の製造所の事だろう。しかも、燃えたのはその建物や設備だけではなく、そこで保管されていた大量の覚醒剤も一緒に、だ。


 誘拐されたエリーゼを奪還した時とは逆。浄眼の過去視でクリスタを助けたあの日にさかのぼり、そこから更に脱走してきた彼女の行動を遡れば、所属していた生産系クランの拠点をつきとめるなど容易たやすい事。職人に徽章のデザインを頼んだ後、ひまで何もする事がない時間が1分もあれば、浄眼で様子をうかがい、【空間転位】で誰もいなかった倉庫にしのび込み、【空間輸送転位】で製造所にあった可燃物や燃焼促進剤を取り寄せてき、それに火を点けるなど造作ぞうさもない。


 更に補足すると、そこで一緒に保管されていた、覚醒剤の売り上げと思しき多額の現金も失われている。それがどこに行ったのかというと、薬物中毒患者の治療と更生のために使って下さい、と一筆いっぴつえて、ラシャンの元仲間が入院している[セルリアナ記念病院]に匿名とくめいで寄付しておいた。


「そのどちらも、火の不始末による事故だという話なのですが、《群竜騎士団》からギルドへ妙な進言があったそうです。――〝なまくら〟がクラン戦を行なう事に同意すれば今後このような事故が起きる事はないだろう、と」


 目撃者はなく、証拠も残さなかった。だが、全く火の気のない大切な倉庫からの出火となれば不審に思い、拉致監禁していたはずが忽然こつぜんと姿を消して行方ゆくえが知れなかった修理屋の娘と連れ立って歩いていた事を知れば、当て推量でも朧気おぼろげに犯人の姿が浮かび上がる。更に、男装少女のけん、リエルの件、ラシャンの件をまえれば、敵意や悪意などが手伝って、確証はなくとも確信するに至っている事だろう。


 師匠が言っていた。〝復讐には何の意味もない。だが、報復には意味がある〟と。


 それは、何をしても相手がやり返してこなければに乗るが、手酷い報復を受けると分かっていれば躊躇ちゅうちょし、躊躇すればこそやめようという気にもなるからだ。


 その進言とやらも、修理屋を一軒燃やした代償が大き過ぎたからこそ出されたものだろう。これ以上の損害を出さず、確実かつ早期に片を付けたいという思惑がけて見える。同時に、これ以上他人を巻き込みたくなければ受けろ、とこちらを強迫しているのだという事も。


 そして、冒険者ギルドは、ラビュリントスを騒がせる人喰い竜の群れをしずめるために生贄いけにえささげると決め、サテラはそれを良しとしなかった。ゆえに、上司の命令に逆らい、担当からはずされた。


「同意していただけますか?」


 そう問われたアレンは、腰の後ろのウエストポーチ型魔法鞄ガレージバッグから、紙に描かれたクラン《物見遊山》の徽章のデザイン案を取り出してテーブルの上に置き、


「今日はクラン結成の認可をもらうために来たので、それについては望むところなんですけど……」


 そう言いつつ、同意書のほうを手に取って目を通す。そこにはルールも記されており……


 クラン戦を行なう場所は、円形闘技場コロシアム


 試合形式は、決闘。両クランから代表者を1名ずつ選出して戦闘を行ない、一方の気絶または死亡によって決着とする。


 敗者側は、勝者側のあらゆる要求を受け入れる。ただし、勝者側には、敗者側に自殺や犯罪行為を要求する事を禁じる。


 その他には、使用する武器の種類や数は自由とか、全【技術スキル】の使用は可とか、回復や身代わりアイテムの持ち込みは不可…………などなど、細々としるされており、一番下には既に《群竜騎士団》白竜隊の隊長をつとめるフェルディナンドのサインと拇印ぼいんがあり、そのとなりにはもう一人分のサインを書き込むための空欄くうらんが。


 ちなみに、精霊獣をともなってはならない、と解釈できる禁則はなかった。


(こんな若輩じゃくはいるために、よくもまぁここまでえさを奮発したもんだなぁ……)


 呆れを通り越してなかば感動しつつ内心でひとちるアレン。


 1対1、と、個人対《群竜騎士団》。


 戦って勝ち目があるのは前者――普通はそう考える。衝突が不可避であるなら、誰でも前者を選ぶだろう。


 この条件での決闘が成立した場合、あちらが勝利すれば、円形闘技場という事は観客がいるという事だろうし、相手が気絶で許してくれるとは思えないので、気に入らない小僧一匹を衆人環視の中でなぶり殺しにして鬱憤うっぷんを晴らした上で、他は全て無傷で手に入れる事ができ、リエルやラシャンは、フェルディナンドやアンガスからの要求に逆らえない。


 だが、あちらが敗北した場合、例えば、紋章を封印する、とか、全財産を没収した上でクラン《群竜騎士団》は解散、とか、ラビュリントスからの永久追放などといった事をこちらが要求すれば、今日まで積み上げてきたもの全てが失われ、自分達の国を手に入れるという夢も水泡にす。


(絶対に勝つ自信があるのか、それとも、絶対に負けないと確信するに足る何かがあるのか……)


 少なくとも、敗北する可能性を考えていれば絶対にしない申し入れだ。結成されたばかりの零細クランと、ラビュリントスで五本の指に入るトップクランでは、勝敗によって得るものと失うものの質と量が違い過ぎる。


 要するに、罠だ。


 例えフェルディナンドが、正々堂々の果し合いで勝利する自信があると豪語していたとしても、他の《群竜騎士団》幹部がただ黙って静観しているとは思えない。勝てるならよし、だが、負けが濃厚になれば必ず何か仕掛けてくる。いや、決闘を受けさせ、それまで襲撃はないと思わせておいて、決闘の日を待たず仕留めるつもりか……


 ――何はともあれ。


「どう思う?」


 アレンは、自分の肩の上で一緒に真似して書面をのぞき込んでいるリルに尋ね――


「みゅうっ」

「そうか。じゃあ――」


 ペンを借りて同意書にサインし、左手で腰の脇差わきざしさやつかみ、親指でつばを押して、カチッ、と鯉口こいくちを切り、わずかにのぞいた刃を親指の腹ででるようにして浅く切って血をにじませ、同意書に拇印を押す。


 その様子をつとめて冷静にうかがっていた男性職員は、書類を受け取り、サインと拇印をよく確認すると、確かに、と頷いてから、


「では、こちらがルールなどを確認するためのうつしになります」


 おあらための上でお受け取り下さい、と言って、本物とあらかじめ用意されていた写し、二枚を並べてアレンの前に置いた。


 一通り書面に目を通す。そして、相手と自分のサインと拇印がない以外は一言一句同じで、後でルールなどを確認するためのものだというなら、何の問題もない事を確認してから写しを受け取った。


 その後、リルを肩に乗せて応接間のような個室から退室するアレン。


 男性職員はその背を見送り…………口元を笑みの形にゆがめた。


 浄眼の力で、アレンには上下を含む全方位がつねに視えているとも知らずに。

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