第24話 ふと気付けばもう六人目

 時は、アレンが散々さんざんな目にあってひどく落ち込んだ日の翌日、よく晴れた日の朝。


 場所は、ダイニングまでへだてる物がない、自宅の広々としたリビング。


 ちなみに、『散々な目』とは、アレンが、クラン戦の同意書にサインしてそのうつしを手にギルドから帰宅し、仲間達に事情を説明した時の事で、クラン戦そんなことのためにクランを結成しようとしたんじゃねぇだろうと、勝手に何やってんだと、バカなんじゃないかと、寄ってたかって情け容赦ようしゃなく罵倒ばとうされた。


 それだけでも十分散々だと思うが、追い詰められたリビングのすみひざを抱え、プルプル震えながら助けを求めて視線をめぐらせたら、リエルとレトに目をらされ、もふもふで可愛い相棒が一緒なら耐えられると思ったのに、そのリルは、ソファーの陰でぺたんと耳を伏せ、そこから顔を半分だけ出してこちらを申し訳なさそうに見ていた。


 リルとは既に和解したが、仲間達の怒りは未だに収まっていない様子。だが、アレンは、もう気にしない事にして朝食後のお茶を頂きつつまったりし、そろそろダンジョンに潜る準備を始めようかと思い始めた頃、なんと、クラン結成が認められたというしらせがわざわざ届けられた。カイトの話では、申請してから認可されるまで数日かかるとの事だったのだが……


 そして、今、クラン《物見遊山》の認可状を手渡された後に提示されたのは、要するに、このような形で事務処理され登録されました、という事を報せるための資料で、その中には名簿リストもあり、そこには七人の名前が並んでいる。


 まず、クラン・マスターのアレン。それから、リエル、レト、クリスタ、ラシャン、カイト、そして――


「ギルドの職員である貴女あなたが、どうして?」


 リエルがたずねると、名簿に記載されているメンバーの七人目、本日の来訪者であり報せを持ってやってきた担当アドバイザー……いや、元担当アドバイザーのサテラは、ギルドの制服ではなく、ブラウスにタイを締め、膝下丈のスカートにストッキングを合わせた凛々しくも可憐な私服姿で、うつむけていた心労がうかがえる顔を上げ、


スカウトヘッドハンティングされて依願退職し、拠点ホームでの実務の取締役として迎え入れられた、という事になっています」


 表向きは――その一言で、サテラの本意ではない事、更にはそう処理した冒険者ギルドの本意ではない事がうかがえる。


 では、何者の意思が働いているのかというと――


「青竜隊だろうな」


 そう言ったのはカイトで、


袖の下を使っワイロをわたしたか、ギルドを経済的に援助している大商人に出資を止めさせるとほのめかしたか、ご家族はお元気ですか? とおどしたか……」


 目を付けられたが最後、その気になりさえすれば、対抗し得る戦力を有する大手クランの後ろ盾がないギルド職員や新人冒険者ルーキー、零細クランをおとしいれる事など、《群竜騎士団》にとっては赤子の手をひねるより簡単な事らしい。


「本当にろくでもないな」


 アレンが心底あきれ果てている一方で、


「なら事実は?」


 そう訊いたのはラシャン。だが、はなからまともな回答は期待していなかったらしく、サテラが黙ったままうつむいたのを見ると、


「取引したのね」と確信しているかのように言ってから「たぶん、その表向きの理由を受け入れる事と、ギルドが行なった不正を口外しない事を誓約させられたんだと思うけど、それをむ代わりに、貴女はどんな条件を呑ませたの? ただ唯々諾々と従った訳じゃないんでしょう?」

「…………」


 どうやら、みずからの保身のために自分達をおとしいれようとしているのではないか、と危惧きぐしているらしいラシャンが、更に追及する――その直前、


「――ありがとう」


 そんな言葉を聞いて、出かかった言葉を飲み込んだラシャンも、顔を上げて戸惑っているサテラも、他の仲間達もいぶかしんだり困惑したりする中、唐突にそう告げたアレンは、穏やかな表情で真っ直ぐサテラを見詰め、


「俺の身を案じて守ろうとしてくれたんですよね?」


 確信を持って言った。


「サテラさんは、俺の担当アドバイザーですから」

「~~~~ッ!?」


 サテラは、口を引き結ぶと顔をらし…………数度の呼吸で息を整えてから、顔をアレンのほうへ戻して、


「……仕事を、しただけです。ギルドの職員として……アレン様の担当アドバイザーとして……、本当にお役に立てたのか分かりませんが、無力な私に何かできる事はないかと、必死に考えて……」


 それが何なのかを語るつもりはないらしい。


 気にはなる。だが、アレンは、いずれ分かるだろうと、今それを追及しようとはせず、サテラの目がうるんでいる事にも、声が少し震えている事にもれず、率先して嫌な役を引き受けてくれた仲間に目を向けた。


 すると――


「……仕方ないわね」


 どうやら、自分は、自分で想像していたよりもはるかに信頼されていたらしく、ラシャンは、そうつぶやくように言って苦笑してから、君が信じるなら私も信じてあげる、と言わんばかりに肩をすくめた。




「今は私などの事より……」


 気を取り直し、サテラがそう言いつつ書類ケースから新たに取り出したのは、一枚の文書。


 現在、クラン《物見遊山》のメンバーは、自宅のリビングに集合していて、アレンとサテラがテーブルに向かってソファーに座り、他のメンバーは立ったままひかえていたり、ダイニングのほうから椅子をもってきて座っていたりする。


 珍しくご主人様の側に姿がないリルは、シグルーンと共に、体調がいいからと家の外に出ているエリーゼに付きって広大な庭をお散歩中。歩き疲れたら機械仕掛けの馬――〔高機動重戦騎ドラグーン〕のシグルーンに乗って家に戻る事になっており、もしエリーゼの体調が急変したら、リルが【空間転位】ですぐ連れ帰る事になっている。


「クラン戦の開催が公式発表されました」


 それを聞いて、早いな、とつぶやくように言ったのはカイトで、


「日々ランキングバトルが行なわれている円形闘技場コロシアムでは、数週間先まで個人や団体での対戦が組まれている。予定外の決闘が行なわれる場合は、そのどこに割り込ませるかを決めて調整が済んでから公表されるもんだってのに…………やつら、円形闘技場の運営委員会まで抱き込んでるのか?」

「当然でしょう」


 そう言ったのはラシャンで、


「忘れたの? あっちにはランキング1位の〝絶対王者〟、闘技場のぬしがいるのよ」


 そうだったな、とカイトは天井てんじょうあおいで目許を手でおおった。


 そうこうしている内に、サテラから受け取った文書に目を通し終えたアレンは、それを自分の後ろでひかえていたリエルに手渡し、そこへ、レト、クリスタ、ラシャンが集まって一緒にのぞき込む。


 そして――


「――え?」

「なにこれッ!?」


 程なくして、困惑の声を上げた。


 それは何故か?


 そこには、クラン戦が開催される時と場所、ルールなどが記載されており、当然、先日アレンが持ち帰った同意書の写しと同じ――と思いきや、


 ――試合形式は、決闘。両クランから代表者を1名ずつ選出して戦闘を行ない、一方の気絶または死亡によって決着とする。


 ここまでは同じなのだが、その後に、


 ――同クランメンバーに限り、最大で100名まで加勢を認める。


 そんな一文が付け加えられていたからだった。


 それ自体は、円形闘技場で行なわれる決闘ではよく採用されるルール。明らかに力量や員数でおとる側にも勝利し得る可能性を生み、自分達の代表者を守りつつどう攻めるかが見所となる、観戦客をかせて賭け事ギャンブルを盛り上げるための仕掛け。


 だが――


「ほらっ、やっぱりそんなのこっちには書いてないよッ!」


 クリスタが持ってきて、そう言いつつテーブルへ叩きつけるように置いたのは、アレンが持ち帰ってきた同意書の写し。


 思い違いではなく、確かに、何度よく見直してみても、そんな一文は存在しない。


「典型的な詐欺さぎの手口だ」

「要するに、められたのよ……~っ」


 通常であれば、写しにも本物と同様にサインと拇印ぼいんが押されるのだが、それを知らない相手に法的効力のない写しを渡し、あとで本物のほうに好きな事を書き足すという手口。不正だとうったえようにも、法的効力があるのはサインと拇印があるほうなので、どうしようもない。


 修理屋を経営し書類仕事などの実務も自分で行ない不備がないよう気を付けているカイトや、冒険者になるためラビュリントスに来た素人しろうとをクソッ垂れな新人狩りから護るボランティアをしていたラシャンは、それを知っていた。


 ゆえに、クラン・マスターアレンが持ち帰ってきた書類に目を通した時点で嵌められたのだと察していた二人は、こうきたか、と苦虫をつぶしたように顔をしかめた――が、


「お前……まさか、こうなる事を【予知】していたのか?」


 アレンにはまるで動揺する素振そぶりがない。それを見てカイトがたずねると、


「いいえ」と首を横に振り「ただ、サインした同意書に誓約の儀式魔術ゲッシュが用いられていなかった時点で、この程度の改竄かいざんしてました」


 不正を行なわない、行なわせない、そのための誓約の儀式魔術。


 それを実行するための知識や技術がないのならいたし方ないが、少なくとも、冒険者ギルドの職員が知らないという事はあり得ない。それに加えて、こちらから視えていると知らずに浮かべたあの男性職員の笑みの形にゆがんだ表情。何かするつもりだという事は、火を見るよりも明らかだった。


「なら、これはお前の望むところだって言うのか?」

「まぁ、そうですね。裏でコソコソされるより余程良い」


 アレンは、それに、と続けて、


「たぶん、あちらさんは知らないと思うんですよ。魔法銃〔無限〕インフィニティや、の事」


 そう言って右手で指差したのは、持ち上げた自分の左手の手首――そこにまっている腕環状態の〔超魔導重甲冑【時空】ランドグリーズ〕。


 それを見て、サテラを除く仲間達が、あっ、と声をそろえた。


 冷静になってよく考えてみれば、こちらには【時空】【水】【生命】【冷熱】――4機もの〔超魔導重甲冑カタフラクト〕に加えて〔高機動重戦騎ドラグーン〕、更には、十数万トンの水を圧縮してたくわえている〔水操の短杖アクアワンド〕、魔法銃〔無限〕や〔砲撃拳マグナブラスト〕…………などなどを所有している。敵はそれを知らないはずで、それらの驚異的な性能をもってすれば決して勝ち目のない戦いではない。


「そうだよッ! よく考えたらこのルール、ボク達もアレンと一緒に戦えるって事じゃんッ!!」


 真っ先にそう声を上げたのはクリスタで、リエルとレトも大きく頷き、


「なるほど……。決闘の日までにどれだけ腕が立つメンバーを集められるか、伝手つてを頼って一時的にうちに移籍してもらえないかとも考えたが、知られていない事が最大の強みとなると、情報が漏洩ろうえいしないよう下手に人数を増やさないほうが得策か……」

「あっちにも【電気】の〔超魔導重甲冑カタフラクト〕があって、伝説級レジェンド以上の魔剣や聖剣を使う奴もいるけど、〔超魔導重甲冑〕の性能がうわさに聞く通りなら、少なくとも数の不利はくつがえせる。そして、アレン君が〔ランドグリーズ〕を装備すれば…………アンガスあいつにだって……ッ!」


 精鋭の中の精鋭から選抜されるであろう《群竜騎士団》100名を相手に本気で勝てると、諦めずに奇跡を起こそうとするのではなく、実力で勝利をつかみ取れると思っている――雰囲気からそれを感じ取ってサテラは唖然とし…………不意に、ぽんっ、と肩に手を置かれて振り返った。


 そこにいたのは、追及しようとしていた時とは打って変わって、同情するような眉尻を少し下げた笑みを浮かべているラシャンで、


「私も成り行きで仲間に入れてもらうまで知らなかったんだけど、――ここはおかしい」

「おかしい?」

「この拠点ホームもそうだけど、それ以上に装備の質が異常なの」

「異常?」

「それに、アレン君も普通じゃない」

「普通じゃない?」

「貴女にもじき分かるわよ。少なくとも、今日の夜と明日の朝、アレン君の日課だっていう朝稽古と夜稽古を見れば、うちのクラン・マスターのすさまじさがよく分かるから」

「凄まじさが?」


 ひどく混乱しているらしく、鸚鵡おうむ返しを繰り返してパチパチ瞬きするサテラ。


 そんな彼女がいつもの冷静さを取り戻すのを待つ事なく、アレン達は打倒《群竜騎士団》の作戦を練り始めた。




 ――その後。


 経緯はどうあれ、クラン《物見遊山》のメンバーは、サテラを仲間に迎え入れた。


 そして、ギルドを辞めさせられた事で生活していた女子寮から出て行かなければならなくなり、しばらくは宿屋住まいだという話を聞いたアレンは、すぐさま自宅に彼女の部屋を用意し、【空間転位】と【異空間収納】でさっさと引っ越しを済ませると、全員で決闘の日まで拠点ホームに篭って修行するのに必要な物資を調達するため、リル、エリーゼ、サテラと共に買い出しへ。


 その一方で、仲間達は早くも決闘に向けて動き始めていた。


 リエルとレトは、〔超魔導重甲冑〕を第1形態で装備して、先日アレンから受け取ったばかりでまだ初期形態のクリスタは、除装した腕環状態のまま〔力晶銃〕を手に、射撃場で慣熟するための訓練を開始。


 ラシャンは、元仲間の借金を返済するために、最低限の防具を残してほとんどの装備を売ってしまったそうだが、普段は嫌いな二つ名で呼ばれないようローブを纏って後衛っぽい雰囲気を出してはいても、その正体は、【技術スキル】、【能力アビリティ】、魔法で自身を強化して無手で撲殺する中級職【魔闘士エンフォーサー】。不本意ながら〝鉄拳鋼女〟の名は伊達だてではなく、己が身一つで戦える、と豪語しつつ、いい機会だと初心に返って体内霊力制御の基礎訓練を始めた。


 カイトは、仲間達の装備を完璧に整備する事こそ己のつとめと自任し、そのために新たな工房で仕事を行なえるよう片付けを始めながら、冒険者を引退して長らく戦闘から離れていたせいでにぶっているであろう勘を取り戻そうとも考えていた。


 その日以降も、各々おのおのが、今、何を成すべきかを考え、意欲的に取り組んでいる。


 それは、とても好ましい事だ。


 ついこの間まで、友達や仲間ができないと思いなやんでは相棒リルなぐさめてもらっていたのに、ふと気付けば六人もの仲間が、一緒に買い物に行って友達になったエリーゼを入れれば七人もの仲間がいる。できる事なら、クランメンバー全員で力を合わせて戦いたい。


 だが、やはり、師匠や老師から昔話で聞いたような、以心伝心や阿吽あうんの呼吸、そんな実戦で通用するレベルでの連携は一朝一夕で成るものではない。


 特に問題なのは、そもそも戦闘経験が少ないリエルとクリスタ、それに、銃器のあつかいに慣れていないレト。彼女達は、使用する武器が強力過ぎるので、連携を失敗ミスした際の誤射・誤爆が怖過ぎる。かといって、使うのをやめたり手加減して勝てるような相手ではないだろう。


 つまり、連携は、まだまだ本番では使えない。


 しかし、それを言って仲間達のやる気に水を差したくはない。


 そこで、アレンは、負けじと修行にはげみつつ、クラン戦には自分と相棒リルのみでのぞもうと心に決めながら、皆には誰かに訊かれるまで黙っておく事にした。

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