第22話 【予知】を使わない理由

 翌朝、小さな相棒カーバンクルのリルを肩に乗せたアレンと、ラシャンが向かったのは、円形闘技場コロシアムに隣接する街区――通称『ランカー街』。


 円形闘技場で闘う上位ランカーには様々な特典が与えられる。その中には住居も含まれており、100位から51位までの選手には高級集合住宅マンションの1室が、50位から11位までの選手には庭付きの一戸建てが、10位から1位の選手には大豪邸が無料で貸し与えられる。


 ランカー街とは、その名の通り、上位100位以内の闘技選手ランカー達が住む高級住宅街の事――なのだが、実のところ、そこに住んでいるのは選手だけではない。


 選手は貸し与えられた住居に住まなければならない、という決まりはなく、自由に使って良い事になっている。そのため、他人に又貸またがしして不動産収入を得る者もいれば、ランキングバトルの第1位、〝金剛鬼神〟のアンガスが、本部とは別の拠点として配下の赤竜隊隊員達を自分の大豪邸に住まわせているように、クランやパーティの拠点ホームとしてランカー以外のメンバーが利用している場合もある。


 ――それはさておき。


 アレンとしては、〝にじる赤竜〟や〝金剛鬼神〟、〝絶対王者〟などと呼ばれるアンガス、その人相風体を確認しておきたかったのだが、ラシャンは、顔を合わせるなど論外、視界に入れるのも嫌、との事。


 そんな訳で、朝、それも割と早い時間にこのランカー街にやってきた。


 あいつが早寝早起きなんて健康的な生活を送っている訳がない、とはラシャンの弁で、事実その通りだったらしく、たずねた大豪邸で姿を現さない主に代わって応対したのは、〝絶対王者の世話役マネージャー〟と称される男性――赤竜隊の副隊長。


 無表情、無愛想、無関心を絵に描いたような副隊長は、アレン達を応接間へ案内すると、用件を聞き、関連する書類を部下に持ってこさせ、現金を受け取り、金額を確認し…………と実に事務的かつ粛々しゅくしゅくと手続きを完了させ、ラシャンが抱えていた金銭問題は実にあっさりと解決してしまった――が、


「――〝なまくら〟のアレン」


 それは、拍子抜けした感がいなめないアレン達が大豪邸を後にしようとした時の事。


 見送り、という訳ではなく、邸内で部外者が妙な真似をしないか見張るためだと思われるが、玄関先まで同行してきた無表情の仮面をめているかのような副隊長が、今まで存在を無視するかのように目も向けようとしなかった無関心な態度から一転、唐突にそう話しかけ、


「まさか、貴方がここに姿を現すとは思いもしませんでした」


 足を止めて振り返ったアレンに向かってそんな事を言い、


「貴方が向かうべき場所は、ここではない」


 意味深な台詞せりふを告げた後、返事も待たずにきびすを返し、邸内へ姿を消した。


「アレン君……」


 不安をおぼえたのは自分だけではなかったようで、アレンは、ラシャンに頷きで応じてから共に身をひるがえした。


 超直感が働いていない――その事実が、回避しようのない悲劇を、受け入れて耐えるしかない一つの結果を予感させる。


 ラシャンと共に歩みを速めながら、アレンは、本来見えないものを見せる魔眼――浄眼の力で拠点ホームの様子をうかがう。


 全員無事。〔拠点核ホーム・コア〕が展開している結界を許可なく越えるのはまず不可能であり、結界を破ろうとするなど外部から何らかの干渉を受けたなら〔拠点核〕から報告があるはず。それがなかったので当然といえば当然なのだが、ほっ、と一安心。


 ならば、と冒険者ギルドのほうへ浄眼を向ける。


 自分の担当アドバイザーであるサテラも無事。粛々と実務デスクワークはげんでいる。


 それで、まさか、と思いつつ修理屋[バーンハード]のほうへ浄眼を向けて――


「……~っ!? アレン君?」


 まだ浄眼の事を知らないラシャンは、始めて見た少年冒険者のけわしい表情に思わず息を飲み、急にどうしたのかと問いかけた。すると、アレンは、すぐ普段の飄々ひょうひょうとした表情に戻って、


「俺はちょっと知り合いの店に寄って行くので、ラシャンは先に拠点ホームに帰って――」

「――私も行く。一緒に行くから!」


 それでも構わないと言えば構わないのだが、ラシャンは、巻き込んでしまったと自分を責めるだろうし、あちらも、初対面の相手と話をする心境ではないだろう。


 アレンは、さてどうしたものか、と思案し……


「みゅうぅ――~っ!」


 不意に角を光らせたリルが一声あげた――直後、アレン達の姿がランカー街の通りから忽然こつぜんと消え去り、同時刻、肩にリルを乗せているアレンは、修理屋[バーンハード]の前の通りで、ラシャンは、拠点の前の家の玄関先で、パチパチと瞬きを繰り返す。


 どうやら、リルが精霊獣としての力の一端いったんを――【空間転位】を使ったらしい。


 アレンは、ふぅ、と一息ついた後、表情をやわらげて、


「確かに、悠長に考えている場合じゃなかったな」


 ありがとう、と声をかけつつ可愛い相棒をでる。


 そして、肩の上のリルと共に振り返り、修理屋[バーンハード]、その店舗が場所へ目を向けた。




 近隣に飛び火する事はなかったようだが、店舗を兼ねていた家屋はかなりの勢いで燃えたらしく、完全に焼け落ちていて原形を留めておらず、無事だと言えるのは、中で何かが爆発しても家やご近所に被害を出さないよう強固に造られていた工房のみ。


 そんな外壁が焦げるだけで事なきを得ている工房の出入口の脇に、家主であり店主でもあるカイトの姿があった。


 地面に直接腰を下ろして両膝を立てて座り、壁に背を預けてうつむいているその姿は、いつもと同じ、ライトグレーの作業着ツナギの上を脱いで両袖を腰の前で結んでいる。だが、今日はそのかたわらに、現役時代のものと思しき武装――さやとしての機能を備えた大盾とそこに納められた両手持ちの長剣バスタードソードが立てかけられている。


「なかなか耳が早いな。お前が来る前に片を付けとくつもりだったんだが……」


 アレンが歩み寄ると、それに気付いたカイトが口を開き――


「――何も言うな」


 機先を制してそう言われ、アレンは開きかけた口を閉じる。


「お前が装備している甲拳ガントレットは、視る奴が視れば、俺が作ったものだって事が分かる。だから、お前に警告するだけじゃなく、俺も気を付けていたつもりだったんだが、工房で作業に集中しちまって……ざまはねぇ」


 という事は、この有り様は《群竜騎士団》の仕業だと確信しているのだろう。


 おそらく、その根拠は、右手でにぎり締めている小さな布切れ。いったいそこになんとしるされているのか……


「で、ご覧の通り、開く店がなくなっちまったもんでな。本日は臨時休業だ」


 だから今日は帰ってくれ、というカイト。


 どうやら、先程の『何も言うな』というのは、謝罪は不要、というだけではなく、何も訊くな、という意味でもあるようだ。そして、助けは無用、という事でもあるのだろう。


 だが――


「申し訳ないんですけど、ここで、はい分かりました、って帰るような素直な性質たちじゃないんですよ、俺は」


 飄々ひょうひょうのたまい、アレンが浄眼を向けたのは、――過去。


「おいっ、お前は余計な事を……」


 するな、と続くはずだった言葉が途切れたのは、何もない空中を見詰めるアレンの瞳が不思議な輝きを放っているのに気付いたからで……


誘拐ゆうかいされたのは、娘さんですか?」

「なッ!?」


 言い当てられてカイトはしばし絶句した。


 それからもアレンは何もない空中を見詰め続け……


「…………お前、何してるんだ?」


 怪訝けげんそうにしているカイトの当然といえば当然な疑問に対して、アレンは、どう答えたものかと束の間思案し……


「リル、頼む」


 みゅっ、と返事をした精霊獣カーバンクルの角が光を放った――直後、カイトの正面、顔の高さで、空間がまるで風で波打つ水面のように揺れ、やがて像を結ぶ。


 それは、未明の暗がりを移動する3名の人物。全員フードを目深に被ってマントを纏っていて、縦に三人並んで細い路地を足早に進んでおり、真ん中の人物のシルエットから、マントの下で小脇に何かを抱えているのがうかがえる。


「それは、今、俺が視ている光景です」

「……まさか、『過去視の魔眼』ってやつか?」


 千里眼と時空魔法を併用しているので実は別ものなのだが、同様の事ができるので、そんなようなものです、と答えつつ、過去から現在へ向かっての経過を加速させる。すると、リルが投影している映像も3倍速早送りのように進み……


「これが現在、娘さんが置かれている状況です」


 投影されているのは、とある裏町のありふれた廃屋、その一室の様子。ラビュリントス以外ではまだ珍しいものなのだが、窓には硝子ガラスが使われており、しかし、汚れてくもっているためそこから外の様子は窺えない。だが、ある程度は光を通すため、薄暗いものの室内の様子を把握する事ができる。


「――エリーゼッ!!」


 掛布はなく布団ふとんも敷かれていないちかけた寝台ベッド、その上に横たえられている少女――上質な蜂蜜のように透き通った癖のない金髪に、見慣れた寝間着パジャマ姿のエリーゼを目にした途端、カイトが思わず声を上げた。


 投影された映像の中で、エリーゼは、目隠しをされ、猿轡さるぐつわまされ、両足首はそろえて、両手首は躰の後ろで縛られていて――


「――はぁ?」


 そんな少女に歩み寄るの姿に気付き、頓狂とんきょうな声を上げるカイト。


 咄嗟とっさかたわらへ目を向けると、そこでたたんでいたはずの店のお得意様の姿はなく、角を光らせている精霊獣だけが地面でお座りしている。それからもう一度、空中に投影されている映像のほうへ目を向けると、


「――なッ!?」


 そこには、アレンの姿も、娘の姿もなく、ベッドの上には彼女を拘束していた縄と目隠しや猿轡に使われていた布だけが残されていて、


「――カイト」


 唐突に呼ばれて、バッ、と勢いよく振り向き、――そこで、まぶたを閉じて気を失っているらしいエリーゼをお姫様抱っこして佇むアレンの姿を認めた瞬間、混乱が極まった。


 カイトは、え? や、は? といった困惑と疑問の声を繰り返しつつ視線をアレンと投影されている映像の間で右往左往させ、


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。い、いったい何が……」

「所在が分かったので、【空間転位】で行って、連れて帰ってきただけですよ」


 一方のアレンは、あっさりそう告げてから、そんな事より、と言って、


「ここには寝かせるベッドがないので、俺の拠点ホームに来ませんか? 結界があって俺の許可がないとは入れないので、たぶん、ラビュリントスで一番安全な場所だと思います」


 それとも他に身を寄せる場所に当てがありますか? と訊く。


 それに対して、カイトが思案したのは束の間。


 頼れる知り合いならいる――が、それは、厄介事に巻き込んでしまう恐れさえなければ、という条件付き。他に当てがなく、本当に切羽詰まってどうしようもない状況ならやむを得ないが……


 結局、カイトは、愛娘まなむすめ共々厄介になる事にした。




 じゃあ行きましょう、とうながされたカイトが、あぁ、と頷いて、アレンがお姫様抱っこしている娘を受け取ろうと、両手を差し出しつつ一歩近付く。そして、まばたきすると――まぶたを下ろし、瞼を上げると、そこはもう屋外の火災現場ではなく室内。より正確を期すなら、アレンの拠点、来客用の建物である前の家、その客間の一つだった。


「…………」


 アレンが全員まとめて【空間転位】させたのだが、理解が追い付かず、あんぐりと口を開けたまま硬直し、パチパチ瞬きを繰り返すカイト。


 そんな父親の前で、アレンは、娘さんをそっとベッドに横たえた。


「…………、娘さん、かなり魔法適性が高いみたいですね」


 熱があって顔が紅潮しており、呼吸は浅く速い。そして、体が小さく、華奢というより虚弱という印象の細さで、しかし、不浄やけがれと同じくらいやまいの気配を苦手とする精霊獣リルが枕元で少女の顔をのぞき込んでいるという事は、病気でせている訳ではない。それに何より、その小さな躰から漏出する霊力の量と状態からうかがえる未熟な体内霊力制御、それと比べて推定される保有霊力量の多さからして、まず間違いない。


 当時の自分を鏡で見た事はないが、おそらくこんな感じだったんだろうな、と思いつつたずねると、カイトは、はっ、と我に返り、


「分かるのか?」

「俺もそうだったんで」

「って、事は……なおるのかッ!?」

「いいえ。これは体質であって病気のたぐいではないので治りません。――でも、改善する事はできますよ」

「どうすれば良いッ!?」

「体内霊力のより精密な制御、欲を言えば気功術――武術的な霊力運用法を会得えとくすれば、この体質は重荷から恩恵に変わります」


 アレンは、そう回答しつつ片膝立ちになって姿勢を低くし、両手でそれぞれ、エリーゼの額と臍下丹田へそのしたあたりに触れる。


 それから程なくして、一見しただけでは何かをしたようには見えなかったが、少女の状態のほうは目に見えて安定し、浅く速かった呼吸はすこやかな寝息に変化して表情も穏やかになった。


「何をしたんだ?」

「ざっくり言うと、医療用の気功術で、とどこおっていた気の……霊力のめぐりを良くしました」


 アレンは、そう答えつつ脇へ退いて場所をゆずる。


 娘の手を取り、汗で額に張り付いていた髪をそっと払い、優しく頭を撫で……そんな娘への深い愛情が窺える父親カイトの仕草を眺めていたアレンだったが、遅蒔おそまききながら、無遠慮が過ぎると気付いてきびすを返し、


「なぁ、アレン」


 呼ばれてドアのほうへ向かっていた足を止め、振り返る。


「時空系統の魔法を使うお前なら、ひょっとして、【予知】も使えるんじゃないのか?」


 手の内は秘めるべきであり、悟られたなら致し方ないにしても、みずから明かすべきではない――そう教えられているのだが、


「使えますよ」


 アレンは正直に答えた。


「それなら、エリーゼが……娘が誘拐されるのも、店を焼かれるのも、未然に阻止する事ができたんじゃないのか?」

「【予知】を使っていたらなら可能だったと思います。でも、自分の行動を決定するために……都合の良い未来を選ぶために【予知】を使う事はないので、事件が起きるまで知らず、阻止できませんでした」

「何故使えるのに使わない?」

「老師に……俺の先生の一人に、〝やめておきなさい〟と言われているからです」

「何故だ? 使っていれば、何の罪もないこのが巻き込まれるのを、危険に晒されるのを、阻止する事ができたんだろう? それなのに何故……」


 アレンは、命を落としていたかもしれない愛娘を見詰めながら爆発しそうな感情を懸命に抑え込んでいる父親の背中に目を向け、


「【予知】とは、確定した未来を視るじゅつではなく、武術で言う所の〝先の先〟――先読みの延長ともいえる高精度の予測であり、何を選択するかによって変化する無数の可能性みらいを知るすべです」


 そう説明してから、


「例えば、【予知】を使った結果、『良いほう』と『悪いほう』、どちらかの未来を選ぶ事ができるとしたら、どちらを選びますか?」

「……そりゃあ、『良いほう』だろうな」


 アレンは、ですよね、と同意してから、じゃあ、と続け、


「『悪いほう』と『もっと悪いほう』、この二つの未来しかなかったら、どちらを選びますか?」

「そりゃあ…………そうか。未来には、必ずしも『良いほう』があるとは限らないのか……」


 アレンは、はい、と頷いてから、


「それに、『良いほう』や『もっと良いほう』を選択し続けた結果が、最良の未来とは限りません。師匠と老師せんせいたちの話だと、もう二度と御免ごめんだという程の最低で最悪の失敗をした事や後悔をした事があるからこそ、今の成功じぶんるのであって、それがなければ今生きていないし、この域には至れなかっただろう――そういう経験があるそうなんですけど、分かりますか?」

「あぁ~……、分かるな」


 そうなかば独り言のようにつむがれたカイトの言葉にはひどく実感が篭っていて、


「あれは、間違いなく俺の人生最大の汚点で…………でも、あれがなければ、俺とあいつが付き合う事なんてなかっただろうし、そうだったなら当然こいつも生まれてなかった」


 そう話しながら、髪をくように眠っている愛娘の頭を撫でた。


 アレンは、そんな父娘おやこを姿を瞳に映しつつ、


「今回、【予知】を使っていたなら、『良いほう』や『もっと良いほう』の選択肢があったかもしれない。でも、同じくらいの可能性で、他には『もっと悪いほう』や『最悪なほう』しかなかったかもしれない」

「…………」

「老師は言いました。〝【予知】を使っても全員を助ける事はできない。故に、救われる命と犠牲になる命を選別する事になる。命の重さをはかりにかけて、選ばなかった人々を見捨てた、見殺しにした、と苦悩する破目はめおちいる〟と」

「だから、〝やめておきなさい〟か……」


 アレンはまた、はい、と頷いてから、


「そして、こうも言われました。〝未来などという不確かなものではなく、目の前にある確かな現実を見詰め、何が正しいのかをよく考え、大切に生きなさい〟と」

「…………」


 そう口にしてから、ふと思った。自分は、本当に、何が正しいのかよく考えて行動したのだろうか、と。


 《群竜騎士団》が、クランや個々の力を背景に、傍若無人な振舞いで顰蹙ひんしゅくを買っているという事、無法な行ないをいとわない集団だという事は知っていた。


 そして、【予知】を使うまでもなく、もう衝突は避けられない事は明白。


 ならば、自分のためではなく、仲間や数少ない知人のために、【予知】で《群竜騎士団》の行動を把握し、先手を打つべきだったのではないか?


 ラシャンの事があったとはいえ、もっとよく考えていれば、【予知】を使わなくとも未然に防ぐ事ができたのではないか?


 自分は、超直感によって、絶対に許容できないのぞまぬ未来を回避する事ができる、という確証はないものの確信はある。それ故に、他者への配慮をおこたり、結果、回避できたはずの事件を見過ごし、この父娘を不幸にしまったのではないか?


 自分の行動は正しかったのだろうか? 違うならどうすべきだったのか? それとも…………次々と疑問が湧き上がってくる。


 だが、今はそれを考える時ではない。


「ですが、そもそもの原因は、俺が《群竜騎士団》と事を構えたせい――」

「――違う。そうじゃない」


 カイトは、強い口調でアレンの言葉をさえぎると、


「悪いのは奴らであってお前じゃない。それに、そもそもと言うなら、自分の身は自分で、娘の身は親が、店は店主が守るべきものであって、金を払って護衛にやとった訳でもない、店のお得意様にどうこうしてもらおうってのが間違ってるんだ」


 そう言ってから立ち上がると、振り返ってアレンと向かい合い、


「始めにこう言うべきだった」


 そう言って右手を差し出し、


「娘を取り戻してくれて、助けてくれて、――ありがとう」


 謝罪の言葉を述べようとしていただけに、真っ直ぐな感謝の言葉を告げられて戸惑い、瞳を揺らすアレン。だが、カイトが更に、ずいっ、と突き出してきた右手に反応して半ば無意識にその手を取り…………握られた手から伝わってくる思いに応えて握り返す。


 固く握手を交わし、笑い合うアレンとカイト。


 リルは、そんなご主人様の様子を、すこやかな寝息を立てているエリーゼの枕元から見上げながら、尻尾をゆらゆらと満足げに揺らしていた。

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