第21話 ラビュリントスを蝕むもの
冒険者ギルドを後にしたアレンと
帰還すると、まず時空魔法で展開した結界――平面状の浄化空間を通り抜ける事で、ゾンビが
クリスタの姿はなく、霊力が尽きかけただけで放っておけば回復すると分かってはいるのだが、今朝ぐったりしていた事を思い出したので、どうしているか訊いてみる。すると、
「俺に話したい事が?」
目を覚ましたのは昼前で、食欲がないと昼食はとらず、浴場を使うよう勧めると入浴し、その後、来客用の建物――前の家の客室へ戻る際にそう伝えてほしいと頼まれたのだとか。
アレンは、任せっ放しにしてしまった事への謝罪と、いろいろ世話を焼いてくれた事への感謝を伝え、まず自室へ向かい、装備一式を除装してからラシャンの
ちょこちょこ後をついてくるリルと共に前の家へ足を運び、居間や応接間を兼ねるサロンのような広間を横目に階段を上がって、2階に複数ある客間、その一つドアの前で足を止め、ノックしてから呼び掛ける。
「アレン君、一人?」
アレンが肯定すると、中へ入るよう
「ごめん。ちょっと外で待っててね」
そう言って、リルが入る前にドアを閉めた。
十分な広さがある室内には、椅子と机、
「ねぇ、ここ、座って」
リエルが貸したのだろう。見覚えがある
「俺に話したい事って?」
そう訊きつつ様子を窺うと、彼女の目の下にはまだ
そんなラシャンは、
「ねぇ、覚えてる? 私達が初めて会った時の事」
決心が
「……あの時はごめんね。仲間に紹介してあげるから、って無理に
おそらく本題に関係する事なのだろう。目を逸らして俯き、表情を
黙って耳を傾けるアレン。
それからラシャンがとつとつと語った内容を整理して簡単にまとめると――
あの後、
そうなれば当然、予定していた遠征は延期。クラン内で
そして、万全を期して実行した遠征で、クラン《暗闇に差す光輝》は壊滅した。
ラシャンが、その事実を告げただけで経緯を詳しく語らなかったのは、思い出したくなかったからだろう。
地上に生還したメンバーは20名に届かず、
クランでの、ではなく、パーティでのダンジョン攻略であるため大きく後退してしまったが、自分達は上手くいっている――ラシャンはそう思っていた。
だが……
「寝るのが怖い、って……でも、大丈夫だから心配しないで、って……」
仲間の内の二人が、
どれだけ忘れようとしても、ダンジョンで《暗闇に差す光輝》が壊滅した時の光景が、命を落とした仲間の助けを求める声や悲鳴が、死を感じた恐怖の体験が、悪夢となって
ラシャンも気にしてはいたのだが、パーティのリーダーとして他にもやるべき事があったのに加え、自分よりそのメンバーと仲の良い親友が親身になって寄り
「私が、もっと注意していれば……~ッ!!」
ラシャンは、その時の事を
そのメンバーは、ある日を
ラシャンを含むメンバー四人は、いなくなってしまった二人を懸命に
この時、二人は既に重度の慢性中毒に
『都市警察』とは、ラビュリントスでの社会公共の安全と秩序の維持に努め、それらに対する障害や危険の予防と除去に当たる組織。かつて、独立自治領を守護するために設立された騎士団、その憲兵隊を前身とし、有事の際には【技能】で強化された冒険者のパーティ・クランが協力して事態の収拾に当たる事が制定された
違法薬物の使用は罪が重く、逮捕されれば投獄されるのは間違いない。中毒者を隔離するための牢獄へ放り込まれ、徐々に薬物の使用量を減らすのではなくいきなり完全に断たれたなら、この二人は間違いなく激しい禁断症状によって精神が崩壊するだろう――悪党の頭はそう言ってラシャン達に、仲間を助けるか、見捨てるか、どちらでも好きなほうを選べと決断を
ラシャンを
眠るのが怖いと言って苦しみ、日々やつれて行く親友の姿を見ていられず、少しでも楽にしてあげたい一心で
だがしかし、後日、メンバー三人が
ラビュリントス中を捜し回ったが、仲間だと思っていた三人は見付けられず、途方に暮れるラシャン。そんな彼女に声をかける者がいた。
それが、クラン《群竜騎士団》赤竜隊と、その隊長――〝金剛鬼神〟のアンガス。
彼は、ラシャン達がまとまった額を借りられなかったため方々で作った借金、その債権を全て買い取ったと告げ、利子やパーティメンバーの違法薬物使用に関する口止め料なども含め、全額耳を揃えて支払えと要求してきた。
そして、ラシャンは、姿を消した三人の捜索を一時中断し、たった一人で金策に駆けずり回り――今に至る。
「返済の期日は?」
ラシャンの話を聞いた事で、何故あの時、【空間転位】せず、無意識に雨の中を歩いて移動する事を選んで彼女と再会したのか、それについては分かった気がした。
なので、ここまで黙って耳を傾けていたアレンが口を開くと、
「
ラシャンは、既に諦め切っているらしく、もう笑うしかないと言った有り様で……
「返済するのに必要な金額は――」
「――そんな事より」
ラシャンは、今までにない強さでアレンの言葉を
「アレン君にお願いがあるの」
そう言ってベッドに
「私を抱いて」
ネグリジェを脱ぎ捨てた。
その下には何も身に着けておらず、ただ華奢で見た目が美しいだけではなく、しっかりと筋肉がついていながらも筋張る事なく柔らかな、抜群のプロポーションをアレンの前で
「大事に守ってきた訳じゃないけど、やっぱり、初めては特別だから」
唖然呆然としている少年の両肩にそれぞれ手を置くと、そのままベッドに押し倒した。
「無理矢理奪われるのはイヤ。自分で選んだ人にあげたいの……」
「ちょっと待って。俺の話を――」
「――奴隷に落とされたら、あいつに犯されて、
「――ラシャンッ! 大丈夫だから。そんな事には――」
「――なるのッ!! 分かってるのッ!!」
その語気の強さ鋭さに、ベッドの上で仰向けになっているアレンは目を見開いてからパチパチ瞬きを繰り返し、両掌と両膝をベッドについたラシャンは、覆い被さるような体勢で戸惑いを隠せない少年を見詰め、
「もう何人も犠牲になってるのッ!
まるで未来でも視たかのように、妙なほど言葉に確信が篭っていると思ったら、既に前例があったらしい。
「自分の家族や恋人が大切な捜査官は関わろうとしないし、誰だって命が惜しいから口を
人を早熟させ、更なる高みへ押し上げる継承システム――それを使うのが善人だけとは限らない。
アレンは、なるほど、と妙に納得した。それと同時に、感じてもいた。
頭が、すぅ――…、と
「だからお願い……、私の最後の
ラシャンは、目を
ぺたんっ、とアレンの
「――あっ……」
上体を起こしたアレンに、ぎゅっ、と優しく包み込むように抱き締められて、また言葉が出なくなった。
「よぉ~しよし、よぉ~しよし」
魔法適性が極めて高い体質であるが故に、幼い頃は、小さな躰に納まりきらない大量の霊力で生体機能が害され、その上、魔眼持ちだったため、老師が、見え過ぎるほど見えて視たくないものまで観えてしまう浄眼を封じ、徐々に慣れさせてくれていなければ、とうに発狂していただろう。師匠が、〝軟気功〟――医療用の気功術で体内の霊力バランスを整え、制御の仕方を教授してくれていなければ、おそらく10歳まで生きられなかっただろう。
そんな苦痛に
こうして抱き締められる事で、人がどれだけ安らぐかを。
「…………」
ラシャンは、額を抑えていた両手を下ろし、アレンの肩に顎を乗せて身を
「よぉ~しよし、よぉ~しよし」
アレンは、片腕で抱き締めつつ、片手で髪を
それから程なくして、
「落ち着いた?」
「…………うん」
縋りつくように抱き着いたまま、年端もいかない少女のように頷くラシャン。
アレンは、首筋に当たる息を少しくすぐったく思いながら、
「それで、足りないのはいくら?」
「…………だいたい1000万」
バカげた額にもはや笑うしかないらしく、ラシャンは、
「そいつは
そう言って、アレンが、ラシャンの顔の高さまで持ち上げて見せたのは、ズボンのポケットから取り出す
「
中身を確認するよう促されたラシャンは、
「これ、大金貨? が…………10枚ッ!? どうしたのこれッ!?」
バッ、と躰を離し、それを二人の間、胸の前に持ってきて問うラシャン。
その位置に持ってこられて小袋に目を向けると、程よく豊かで形が綺麗な
アレンは、【空間輸送転位】で、脱ぎ捨てられたままだった
「そんなつもりは全くないんだけど、《群竜騎士団》白竜隊の隊長は、俺に巻き上げられたと思っているかもな」
ラシャンが手にしている小袋とその中身――『ネレイア・リーン・エルティシア』本人を見付けて連れてきた者に支払われた謝礼金にちらりと目を向けてから、
「は? 白竜隊の隊長? から、巻き上げた?」
ラシャンは、目を白黒させて困惑の声を漏らし、
「今さ、俺や仲間や知り合いと《群竜騎士団》を結ぶ因縁を、一つに
あっけらかんと
部屋の外に締め出されてすっかり
そして、それは、ギルドでの引き継ぎの儀式やラシャンの話を聞いたりで遅れた夕食の後の事。
アレンが、ラシャンの了解を得て仲間達――リエル、レト、クリスタに彼女の事情を説明すると、思わぬ反応を示した者がいた。
「――――~ッ!?」
バンッ、と音を立ててテーブルに両手をつき、ガタンッ、と椅子を
何かを言おうとしては口を
「アレンには話したよね、ボクが、前に属してたクランから脱走してきたって」
そう確認してから、
「
そう前置きして、
「それまで従ってたのに、脱走するって決めたのは、〝ある薬〟を作れって強要されたからなんだ」
この話の流れで〝ある薬〟――それはつまり、《群竜騎士団》傘下の生産系クランが覚醒剤を製造している、という事なのだろう。
それを聞いたラシャンも、同じような推測をして――
「……じゃあ、あの
更に発想を飛ばしたらしい。まるで、この世の終わりが来る事を知ってしまったかのような、思いつめた表情で俯いてしまった。
リエル、レト、クリスタは掛ける言葉が見付からないらしく顔を見合わせ、
「俺はそうは思わない」
アレンは、きっぱりとそう伝える。そして、膝の上で丸くなっているリルを撫でつつ、
「師匠が言ってたよ。〝悪いのは、作ったり売ったりした奴、そして、買う奴。その他は
そう言ってから、その時はどうしてそんな話になったんだっけ? とふと天井へ目を向けて記憶を探り……
「……あぁ~、確か、戦争の話を聞いてた時だ。国が、
「戦略物資?」
そう訊いてきたのは、戦争で国と家族を失ったリエルで、アレンは頷いてから、
「ドラッグは、依存性が強く慢性中毒に
そう言ってから、いや、たぶん今もあるんだろうな、と言い直し、
「傭兵として戦争に参加している《群竜騎士団》は、実際にそれをやってるのかもしれない。そして、このラビュリントスでも、金儲けをすると同時に他のクランを弱体化させて、逆らう者は潰し、従う者は傘下に収めて、実質的に支配――」
「――そんな事絶対に許せないッ!!」
テーブルに、バンッ、と手をついて立ち上がったのはラシャンで、リエル、レト、クリスタも、表情を見る限り同じ気持ちらしい。
その後、大きな音に驚いて跳ね起きた不機嫌なリルを撫でてなだめつつ、アレンは逸れてしまった話を本題に戻し、悪夢に悩まされていた仲間とその親友が覚醒剤に手を出した、というあたりから話を再開してラシャンの現状を知ってもらい、自分の考えを伝えた。
そして、それぞれに意思を確認する。
その結果、反対した者は、一人もいなかった。
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