第20話 引き継ぎの儀式

 動く腐乱死体ゾンビは嫌われている。


 それは不死系モンスター全般に言える事なのだが、特にゾンビが嫌われている理由は、主に三つ。


 一つは、見た目がグロいグロテスクだから。


 一つは、屍肉の悪臭がひどいから。


 そして、その最大の理由が、魔石を砕かないと倒せないから。


 恐怖や痛みにひるむ事がないとはいえ、動作はのろく、うめき声を上げながら迫って来るだけのゾンビ。その攻撃で厄介なのは、つかんだり抱き着いてからのみつきではなく、接触による【中毒】【呪怨】【疾病】や装備の【腐食】など状態異常付与。


 外で自然発生した後、この大陸の大結界によってダンジョン内へ強制転送されたものはその限りではないが、〔迷宮核ダンジョン・コア〕によって再生されたゾンビは、体内のどこか、頭部や胴体に限らず、腐肉のどこかに埋もれている魔石を砕かない限り倒した事にはならず、切り離された部位がうごめき続ける。


 それ故に、アレンのような浄眼持ちか、【気配感知】に習熟した者でないと、魔石の位置を特定するのが困難で、霊力には限りがあるため遠距離からの魔法攻撃だけに頼る訳にはいかず、そうなると大多数の者達が何度も攻撃を加える事になり、打撃や斬撃、射撃などの衝撃で腐肉や悪臭をばらく事になる。その際、躰に付着した屍肉をぬぐい取っただけで洗浄せず放置したり、悪臭を嗅ぎ続けても、【中毒】や【疾病】の状態異常におかされてしまう。


 更に、魔石は、大きいほど用途が多く価値が上がり、小さいほど価値が下がるため、元々上層に出現するモンスターの小さな魔石を更に砕いて小さくすれば、その価値は無料タダ同然。そうなる事を嫌って砕かずにえぐり取ったりすると、死体ほかのぶぶんが消滅せずどこまでも後を追ってくる上、その魔石にれた事で【呪怨】や【腐食】の状態異常をもらってしまう。


 ……などなどの理由でゾンビは嫌われており、そんなゾンビしか出ない第6階層も不人気で、冒険者達はろくにこの階層を探索せず、安いとは言えない額の攻略地図を購入して下の階層さきへ向かう。


 そんな事情を知っていれば、この階層を探索するアレンが、時空魔法の【空間探査】を使った結果、隠し部屋モンスターハウスを発見した、と聞いてもして驚かないだろう。


 あの後、アレンは、気を失ったラシャンをかかえて、リル、リエルと共に適当な人気ひとけのない路地から【空間転位】で拠点ホームへ戻り、来客を迎えるための建物――通称『前の家』の客室にラシャンを寝かせ、介抱を申し出てくれたリエルにたくしてから、リルと共にダンジョンへ。


 不人気な階層だけあって冒険者の姿がなく、冒険者の姿がないという事はモンスターを倒す者がいないという事で、魔石があるものも、無いもの――外で自然発生して中へ強制転送された個体――も関係なく、ひしめくゾンビ共の間をすり抜け様に片っ端から斬って捨てた。


 途中で昼食休憩を挟み、今のはうまく斬れた、とか、今のはもっと巧くできるはずだ、とか、こうしたほうが良いか……などと、修行の成果を実感したり、反省したり、改めたりしつつ探索を続け、


「今日はここで最後だな」


 ほぼ一筆書きのように第6階層を足早にめぐり、ボス部屋攻略は明日にする事にして隠し部屋の前で足を止めたのは、夕食に遅れないよう帰るにはちょうど良い頃合い。


「みゅうっ」


 それに同意したリルがいるのは、アレンのかたわらに浮いている〔念動球〕の上。器用に乗ってお座りしている〔念動球〕を起点とした球形の結界――アレンが時空魔法で展開した浄化空間の中にいるため、今日は元気で尻尾をふりふりするだけの余裕まである。


 そんな可愛い相棒の様子になごみつつ愛刀をさやに納め、両腕に装備している〔砲撃拳〕から未使用の大口径力晶弾カートリッジを抜き取った。そして、わりに装填するのは、クリスタが用意してくれた【冷熱】属性の霊力が過剰充填されているカートリッジ4発。


 何でも、昨夜の内に2発、一夜明けて、睡眠で回復した分に加え〔霊力回復液エーテル〕を使用してまで残りの2発を用意してくれたらしい。


 アレンの役に立ちたいから――そう言って、朝からぐったりしつつも笑みを浮かべてそれらを手渡してくれたクリスタの事を思い出し、感謝しつつ準備を整え、隠されていた出入口を開放し、リルと共に部屋の中へ。


 出入口が閉じ、魔法陣が出現し……そこから姿を現したのは、象よりも二回りは巨大な、全身が剛毛に覆われたいのししにも河馬カバにも見える大型モンスター。


 アレンが後になって知るそのモンスターの名前は『リトルベヒーモス』。


 巨人系ジャイアントよりも更に巨大だという伝説のモンスターであるベヒーモスの子供という訳ではなく、全く別のモンスター。攻撃は、みつきと、突進からの体当り。特殊な攻撃能力はないものの、剣であろうと鎧であろうと関係なく全てをむさぼらい、防刃繊維のような体毛は斬撃を弾き、分厚い皮と脂肪によって打撃を受け付けず、全属性の魔法に対して非常に高い耐性を有し、異常な再生能力でどんな傷でもまたたく間にいやしてしまう。


 それ故に、冒険者の間での通称は『破壊不能対象オブジェクト』。


 とはいえ、決して倒せない訳ではない。だが、撃破して手に入るのが拳サイズの魔石1個では苦労にまるで見合わない、という意見が圧倒的に多く、転がってくる大岩などと同様にダンジョン内の仕掛けの一つだと考えて回避するのが適切な対処だ、と言われている非常に強力かつ厄介なモンスター。


 だが、結果から言ってしまうと、瞬殺だった。


 属性【冷熱】の霊力が純粋な破壊力に変換された場合、極低温か超高熱が発生する事が予想される。


 それゆえに、魔法陣が出現した時点で甲拳を装着した両手を組み合わせて突き出したアレンは、モンスターが姿を現した瞬間、4発全弾を使用して〔砲撃拳マグナブラスト〕をぶっ放した。


 ドンッ、と腹に響く轟音と共に発射され、音速で飛翔した人の頭くらいの大きさの霊力弾は、剛毛でおおわれた体表で炸裂する事はなく、吸い込まれるように体内へ消え――


「――――~ッ!?」


 【冷熱】の〔超魔導重甲冑カタフラクト〕を手に入れる、という目的を達成するには、出現する可能性を少しでも上げるため、別の系統の魔法を使うべきではない――のだが、そんな事が脳裏をよぎる間をあけず、超直感にしたがって即座に時空魔法を行使。【空間断絶】で自分と〔念動球〕の上のリルを中心に、空間の連続性を球形に断つ。


 すると、その内部は光も遮断しゃだんしまうため、肉眼で外側の様子をうかがう事ができなくなってしまうのだが、アレンの浄眼なら問題なくる事ができる。


 ゆえに、一瞬にして完全凍結したリトルベヒーモスが、炸裂した衝撃波によって木っ端微塵に粉砕される様子をる事ができた。


 発生したのは、極低温、超高熱、――その両方。


「体内から体外へ、熱量を強制的かつ瞬間的に移動させた、か……」


 その結果、瞬時に絶対零度近くまで熱を奪われたリトルベヒーモスは凍結し、体外へ強制的に移動させられた奪われた分の熱が空気中の水分を瞬時に蒸発させて爆発的に膨張――水蒸気爆発が発生し、その衝撃波が隠し部屋モンスターハウスの中を薙ぎ払った。


 そして、その衝撃波によって、完全凍結してもろくなっていたリトルベヒーモスは砕け散り、その破片は灰と化して消え去り、後に残ったのは拳大こぶしサイズの魔石1個、それと――


「…………、話には聞いてたけど、見付けたのは初めてだな」


 エメラルドタブレットが14枚。


 エメラルドタブレットこれだけは回収されて宝物庫に送られる事はないそうなので、死体がダンジョンによって処理されたなら床に落ちていたはず。つまり、それらはリトルベヒーモスに喰われた冒険者達のものという事になる。


 これらを持ち帰り、ギルドに提出すれば、連絡板に張り出されている人捜しの人相書きが、その数だけ減るのかもしれない。


「明日は我が身、か……」


 まだたったの第6階層。だというのに、隠し部屋を見付けても特に喜びや驚きはなく、部屋へ足を踏み入れる際には、警戒心や慎重さが足りていなかったかもしれない。


 〝慣れほど恐ろしいものはない〟というのは師匠の言葉だが、まさに、とそれを実感しつつ、油断したつもりはないが慢心はなかったか、と自問しながら【空間断絶】を解除し、魔石とエメラルドタブレットを回収して、


「でも、これには慣れる、というか、飽きが来る気がしないんだよなぁ~」


 ドキドキ、わくわくしながら、部屋の中央に出現していた黄金の鍵が差し込まれている宝箱ガチャの許へ。


 ガチャガチャ、ガチャガチャ、――ガチャッ


 黄金の鍵をつかんだ瞬間、宝箱が置かれた祭壇の後ろの床に魔法陣が出現し、噛み合った金属の歯車が回るような音を響かせて鍵を回すと、それに呼応して魔法陣の内側の円と外側の円が逆方向へ回転し、鍵が止まると同時に魔法陣の回転も止まる。


 そして、アレンが黄金の鍵から手を離すと、祭壇と宝箱はその場から消え去って魔法陣が発光し…………その光と魔法陣が消えた後には、古代金貨や金銀財宝などのいわゆる換金アイテムと――


「でも、流石にもう、これには慣れたな」


 クリスタが『生産職羨望せんぼうの……』と言っていた通り、【火】系、【水】系、【氷雪】系と違って直接的な攻撃魔法が存在しない【冷熱】属性だけに可能性は高いと思っていたが、案の定、アレンは、兜の飾りまで入れれば2メートルの半ばを超える、白を基調として高温と低温を象徴するかのような赤と青で彩られた重厚な〔超魔導重甲冑〕を眺めてから、リルと顔を見合わせて苦笑した。




 エメラルドタブレットがあれば、賢者の塔で、錬成した冒険者の、つまり、亡くなった冒険者の身元を照会する事ができる――そう聞いていたので、ギルドに行って提出したらそれで終わりだと思っていたのだが、そうではなかった。


 まず、ギルドに持って行って自分の担当アドバイザーであるサテラさんに渡すと、平静を保とうとしつつも驚きを隠しきれない様子で、何故かつとめて事務的にどの階層で回収したものかと問われたので、第6階層で、と答えた。


 その後、一緒に来てほしいと言われて、共に賢者の塔へ。


 サテラさんがその受付で亡くなった冒険者の照会を行なっている間、抱っこしたリルの肉球をぷにぷにマッサージしたりしつつ構いながら、回収した経緯をくわしく訊こうとしないのは、ダンジョンが事実上の無法地帯である事と何か関係があるのだろうか、などといった事を何とはなしに考えて時間を潰し…………次に向かったのは、賢者の塔の地下2階、エメラルドタブレットを錬成した儀式場。


 そこで行なわれたのは、エメラルドタブレットに蓄積されていた霊力の引き継ぎ。


 腰の高さほどの立方体の台の上、そこに描かれた魔法陣の中央に置かれているのは見るからに年代物のさかずきで、それの中にはが繁殖した池のようなドロッとした緑色の液体が満たされている。


 サテラは、まず、行方不明だった冒険者の生死が判明した事について感謝をべてから、次に、その緑色の液体の中にエメラルドタブレットをそっと入れた。すると、その中でほどけるようにして分解され、その際に立ち昇った霊力が吸収されたらしく、アレンの左手にある紋章がほのかな光を放つ。


 これが『引き継ぎの儀式』。


 とは言っても、それはそこに蓄積されていた霊力だけで、エメラルドタブレットに刻印されていた【技能】は引き継がれない。


 このたび死亡が確認された冒険者に親類縁者がいるようであれば、ギルドのほうからそれが伝えられ、連絡板の張り紙に謝礼金の記載があるものに関しては、ギルドが受け取って後日引き渡される、との事。


 このしらせは悲報である事に違いはない。だが同時に、帰りを待ち続けていた者にとっては、止まっていた時間を動かすために、前へ進むために、必要な朗報ともなり得るのだと言うサテラ。


 彼女の様子が、受け取ってから賢者の塔の受付で照会する前までとは違い、今は緊張が解けて普段通りに戻っているのは、ひょっとすると、あのエメラルドタブレットの錬成者が、クラン《群竜騎士団》のメンバーではない事が分かったからだろうか?


 アレンがそんな事を考えているとは露知らず、サテラは、もう一度エメラルドタブレットを回収してきた事に対する感謝を伝えた。


 そして、


「アレン様は、必ず生きて帰って来て下さい」


 そうこいねがう。


 それに対して、アレンは、


「大丈夫ですよ。俺には幸運をもたらしてくれる相棒がいるので」


 肩の上にいて、こちらの頬に小さな躰をすり寄せてきたリルをで、


「それに、『必ず』とか『絶対』って言葉は好きじゃないんで、『自分だけは絶対に死なない』なんて思う事もありませんし、そもそも、一応、冒険者にはなりましたけど、俺の目的は、趣味と実益と友達探し。仲間達とする冒険にあこがれはありますけど、あえて危険をおかそうという気はないので、心配は無用ですよ」


 そう言って、にっ、と見る者を安心させる笑みを浮かべた。

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