第19話 ネレイア・リーン・エルティシア
時は、朝。今にも雨が降り出しそうな
場所は、クラン《群竜騎士団》の
今、アレンは、肩の上にいる
何故そんな事になっているのか?
その
「《群竜騎士団》との問題にきっちりけりを付けようと思う」
アレンが、仲間達にそう宣言したのは今朝、食後のお茶の席での事。
その後、アレンは、朝からぐったりしていたクリスタから過剰充填済みの
ダンジョンへ潜る訳ではないので、平服で良いだろうと思っていたアレンだったが、リエルは、外出する時はこれが一番落ち着くから、といつのも完全武装の上に仮面とポンチョ風ケープを装備し、それならと自分も合わせていつもの装備を身に着け、向かった先はギルド内の連絡板。
「アレン様っ! こ、これは……その……~っ」
そこで、アレンが見るよう
それを見た途端、リエルは取り乱し、
「――リエル」
アレンは、やはり、と思いつつ、仮面越しにその瞳を真っ直ぐ見詰めながら言葉の続きを
「俺は、これからもそう呼んで良いんだよな?」
そう問いつつ微笑みかける。
すると、リエルは、安堵したように、ほっ、息をついてから、はいっ! と頷いた。
「よしっ! じゃあ、行こうか」
「行く?」
「あぁ、ここへ行って、話をしよう」
アレンが指差したのは、その張り紙に
「じゃないと、あちらさんはいつまでも捜し続けるだろうし、リエルはいつまでも気が休まらない」
だろ? と問われたリエルは、すぐには答えを出せず、戸惑い、逡巡し…………やがて覚悟を決めた。
そして、アレン、リル、リエルは、クラン《群竜騎士団》の
正面出入口の両脇には、兵士風の男性2名が
程なくして拠点の中から姿を現したのは、張り紙を持って上の者に伝えに行った歩哨の一人を含む四人で、歩哨以外の3名は、白を基調とした甲冑とマントを装備して帯剣している騎士のような
その中の一人は、
面識がある美丈夫は、アレンの姿を認めるなり
彼は、
「ネレイア様ッ!?」
アレンに
その後、アレンは、自分の足元に投げ捨てられた小袋を拾い上げ、いったい何かと中を確認すると、入っていたのは100万ユニト大金貨が10枚。つまり、張り紙に書いてあった謝礼金の1000万ユニト。どうやら、それを持ってさっさと失せろ、という事らしいが、とりあえず、くれるというならもらっておく事にして、リエルはまだ話をしているのでおとなしく黙って待ち――今に至る。
「何故分かって下さらないのですかッ!?」
「殿下こそ、何故理解しようとして下さらないのですッ!?」
話を聞く気はあるので、リエルが話したい時に彼女から聞くのが筋だとは思う。だが、そんな風に言い合いをしているため、盗み聞きするつもりなどなくても聞こえてしまう。それで、事情はおおまかに察せられた。
それを自分の中で簡単にまとめると――
今は『リエル』と名乗っている『ネレイア・リーン・エルティシア』は、血に特殊な力を宿すエルティシア王家唯一の生き残り。
一方、今は《群竜騎士団》白竜隊の隊長を務める『フェルディナンド』は、元エルティシア王国近衛騎士団親衛隊の一員。
そして、フェルディナンドは、血に特殊な力を宿しているが
だが、リエルは、フェルディナンドの申し出を拒絶し、説得にも応じず断り続けている。
それは何故かというと――
「国力の差は明らかであり、
「――ならば貴女も死ぬべきだったッ!!」
「…………~ッ!?」
「王統が絶えていたなら、祖国の奪還など考えなかったでしょう。――ですが、再興の芽が、貴女が残ったッ! これこそ陛下の御遺志であり、王国の再興を望まれた何よりの証ッ!」
「ち、
「――では何故
「そ、それは……」
今まで黙って見守っていたが、リエルが
「――そんなの、娘に生きていてほしい、幸せになってほしい、そう願ったからに決まってるだろ」
その瞬間、一同の視線がアレンに向けられ、白竜隊の面々は、まだいたのか、と言わんばかりの表情を浮かべた――が、
「リエル。雨が降ってきそうだし、そろそろ帰ろう」
アレンが、自分の仲間であり家族でもある乙女に向かって手を差し出したのを見た途端、一転して視線で殺そうとするかのように
「貴様、どういうつもりだ。金は渡したぞ」
だが、アレンは、叩きつけられる殺気など、どこ吹く風といった様子で、
「張り紙に
そう言い放ち、更に、
「それに、そもそも、そちらさんやリエルがどう思っていようと関係ないんですよ。だって、ここにいるのは、ネレイア
それは、ここに来る前にお互いの意思を確認し合った事。故に、だろ? と言いつつ
「貴っ、様ァ……~ッ!」
その様子を見て、精悍な
しかし、そんな我欲で
「リエルを必要としているようなのに、良いのかい? 俺を斬って死なせちまっても」
リエルを
それは何故か?
通常、奴隷は、首にある呪印によって、主が死亡すると殉死を
つまり、アレンを斬り殺せば、リエルが殉死する、
「必ずこの選択を……いや、この世に生まれてきた事を、後悔させてやる」
悪意と憎悪に塗れた捨て
「ふむ……」
それなのに、契約を変更させるために
(
本当は盛大にため息をつきたいところだが、心配そうな顔で見詰めてくるリエルをこれ以上不安にさせないために、ぐっ、と堪え、
「じゃあ、帰ろうか」
「え?」
「え?」
リエルは、ご主人様が何事もなかったかのように帰ろうとするので驚きの声を上げ、アレンは驚かれた事に驚き、どうかしたのかと問う。すると、
「このまま帰るのですか?」
「うん」
アレンは頷き、リエルを促して一緒に歩き出す。
「でも、今朝、『《群竜騎士団》との問題にきっちりけりを付けようと思う』って……」
「言った」
「……それなのにこのまま帰るのですか?」
「うん」
この後はダンジョンに潜るつもりだが、
「アレン様は、どんな方法でけりを付けるつもりだったのですか?」
「話し合い」
「……は? 話し合い、で……?」
「うん」
嘘ではない。本当にそれで事が丸く収まれば良いと思っていた。
もっとも、同時に同じくらい、無理だろうなぁ、とも思っていたが。
「でも、もう話し合うって感じじゃないから、あとはあちらさんの
これも嘘ではない。あの副隊長が
こちらは、アンデッド相手に修行しつつ探索しながら待っていれば良い。
そんな内心をおくびにも出さないアレンに対して、リエルはしばし唖然とし、正気を疑っているような、何と言えば良いのか分からないような有様だったが、ふと何か名案を思いついたらしく、口にしたのは、
「こういう時、アレン様のお師匠様や老師様なら、どうなさると思いますか?」
「
問われたアレンは、
「そういう事が得意な友人を頼って任せる。自分達で解決しなければならない場合なら、まずはどちらも話し合おうとすると思う。で、老師なら、時間をかけて落し所を探るだろうし、師匠なら、ダメそうだと思ったら早々に切り上げて、
15歳になるまで、師匠と老師と自分、三人しかいない島で育ったが
だが、それを言ったら、話を聞いて絶句しているリエルが心配しそうなので、
「大丈夫だよ。いざとなったら逃げちまえば良いんだから」
アレンは、あっけらかんと言って笑い、
「しばらく路銀に困らないだけの
嘘ではない。本当にそれも悪くないと思っている。
もっとも、同時に同じくらい、そうはならないだろうなぁ、とも思っているが。
「だから、事が済むまで用心はしてもらいたいけど、心配はいらないよ」
力みのない表情で言うアレン。その様子を見て、その言葉を聞いて、リエルが表情を
降り始めた雨は徐々に勢いを増し、アレンは、腰の後ろのウエストポーチ型魔法鞄から取り出す
被ったフードの中に入ってきたリルの
「…………?」
ふと疑問に思った。何故自分はこんな雨の中を歩いているのだろうか、と。
雨に
だがそれは、心身を休める以外に目的も予定もない休日であれば、の話。
今日はこの後ダンジョンに潜るという予定があり、その前にリエルを自宅へ送り届けるという目的がある。
それなのに何故、わざわざマントを取り出して纏ってまで、こうして濡れながら雨の中を歩いているのだろう? 適当にそこらの
「みゅっ」
自分の場合、無意識での不可解な行動もまた超直感に起因するもの――それに思い至った時、そうだよ、と言わんばかりのタイミングでリルがこちらを
ならば、この道の先で自分の今後に関わる出来事が待っているのだろう。アレンは、そんな事を思いつつ、視線を、頬ずりしてくる可愛い相棒から正面に向けて、
「……ラシャン?」
本降りの雨の中、袖口が広がったローブのフードも被らず濡れるに任せ、
「…………アレン君?」
名前を呼ばれた途端、ビクッ、と躰を震わせて足を止めるラシャン。そして、恐る恐るといった様子で
「おっと」
アレンは、すっ、と間合いを詰め、気を失ったラシャンの躰から力が抜けて崩れ落ちる寸前に抱きとめた。
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