第18話 パーティ〈物見遊山〉

 本日の予定は、午前中に、買い物と、クリスタを加えてのパーティ登録。ダンジョン探索は午後から。


 それは、リエル、レト、クリスタ――女性陣にもちゃんと伝えておいたのだが、どうやら、双方の理解に齟齬そごがあったらしい。


 それが判明したのは、アレンが、修理屋[バーンハード]で店主のカイトからクラン《群竜騎士団》の動向に注意するよう忠告された後、精霊獣カーバンクル相棒リルと共に、個性的な品揃えをした店[タリスアムレ]で女性陣と合流し、それから更に数時間後の事だった。


 アレンは、衣類や日用品より、錬金術・錬丹術関連の器具や道具、素材のほうが買い物の本命だと考えていて、合流するまでに[タリスアムレ]での用事を済ませてもらうつもりだったのだが、女性陣、特にリエルとレトは、午前中一杯[タリスアムレ]で買い物を楽しんで良い、と解釈していたようなのだ。


 自分が既に到着しているのに、いっこうに急ごうとする様子が見られない。その時点で、おかしいとは思ったのだが……


 それと、自分の言葉が足りなかったようだと思い知った件が、もう一つ。


 それが発覚したのは――


「ねぇ、アレン。……どう、かな?」


 クリスタが、身に付けている防具一式をわざわざ見せにきた時の事。


 職種は【錬丹術師】で戦種ポジションは『支援フルバック』を希望している――そうクリスタ自身が言っていたのを覚えているし、リエルとレトにもそう伝えた。


 確かに、彼女は、荷物持ちでも何でもやる、とも言っていたが、アレンは時空魔法の【異空間収納】が使え、リエルとレトには〔超魔導重甲冑カタフラクト〕の【格納庫】があるため、荷物持ちは必要ないし、【錬丹術師】に戦闘力を期待してもいない。


 なので、ダンジョンではなく工房で、探索や戦闘ではなくアイテム制作で、パーティを支援してもらうつもりだったのだが……


「リエルとレトが一緒に選んでくれたんだよ」


 ほほをほんのり朱に染めているクリスタは、そう言ってもじもじしつつ返事を待ち、その後ろにいる二人は、良い返事をもらえるはずだと自信ありげで、レトの尻尾はゆらゆら揺れている。


 黒を基調として赤と青が彩るクリスタの装備は、金属製の装甲は一切ないものの、二人と同じ、様々なバリエーションの中から自分に合ったものを選択して装備する〔戦乙女の鎧ヴァルキリーアーマー〕で、水着ビキニのような布鎧クロスタイプの貞操帯アーマーをサポーターのように身に着け、その上に、前からだとワンピースのようだが後ろからだとビキニのように見える、宝石が象嵌された首環とつながるモノキニのようなボディスーツを身に纏い、両腕には指先から二の腕までを包むロンググローブ、両脚にはオーバーニーソックスとロングブーツ。それに、標準付与されている防御魔法【守護障壁フィジカルプロテクション】の効果を増幅する、髪留めバレッタ、両手首の腕環ブレスレット、両足首の足環アンクレット、――五つで1セットの装身具を身に付け、ベルトには、腰の後ろと左右にバッグ小物入れポーチが取り付けてある。


 その姿を見たら、工房でアイテム制作に専念するなら防具はいらないんじゃないか、と直前まで考えていた事を言う気は綺麗さっぱり消えせ、とてもよく似合っていると思ったのでそう伝える。


 すると、クリスタは、


「ずっと男のフリをしてたから、なんか変な感じっ!」


 照れ隠しに白い歯を見せて、にっ、と少年のように笑って見せた。


 その後、それでも、それとなく探りを入れてみたのだが、クリスタは本気でダンジョン探索に意欲を見せており、リエルとレトも、そんなクリスタを歓迎していた。


 どうやら二人は、戦えない人物をかばいながら行動しなければならない労力よりも、クリスタが、保護してもらっている上、工房に始まりあれもこれもと与えてもらっておいて、自分がしたい事だけしてればいいの? やったラッキーッ! という人物ではない、という事のほうが重要だと考えているらしい。


 クリスタの意思は尊重する。だが、アレンとしては、自分が最も得意とする事で仲間に貢献するほうが良いように思えるのだが……


意思の疎通や人付き合いコミュニケーションって、難しいなぁ……」


 アレンは、女性陣の買い物が終わるのを壁際に置かれているベンチに腰掛けて待ちながら、膝の上で丸くなっている以心伝心の相棒リルを優しく撫でつつ、無意識に小さくため息をついてそんな呟きを漏らした。




 結局、錬金術・錬丹術関連の器具や道具、素材のほうが買い物の本命だと考えていたという事は告げず、そちらはまた別の日に行けば良いさと頭を切り替え、まさに予定通りだというていで、アレンは、仲間達と共に冒険者ギルドへ。


 そして、それは、ギルド本館から賢者の塔の地下1階に存在する儀式場、通称『円卓の間』へ向かう道中での事。


「ねぇ、アレン。なんでそんなコソコソしてるの?」


 そう訊いたのは、〔戦乙女の鎧〕の上に、以前垣間見かいまみた未来で身に纏っていたものとは違う、魔法使い風のローブを着込んでフードを目深まぶかかぶっているクリスタで、


「前に、『命が惜しくば二度と我らの前に姿を現すな』って言われたんだけど、その『我ら』っていうのが、それを言った人とその仲間達に限った事なのか、それとも全てのエルフって意味なのか分からないから、一応な」


 並んで立っているリエルと肩の上にリルを乗せたレト――その後ろに隠れてエルフをやり過ごしたアレンは、答えてから重いため息をつき、それを聞いたクリスタは、そんな人間族の少年とは対照的に、


「え? じゃあ、今後もしろいののパーティ入りはないって事でいいの?」


 嬉しそうに言って笑みを浮かべた。


「『白いの』?」


 疑問の声を上げたのはリエルで、レトとリルもそっくりな仕草しぐさで首をかしげている。


 アレンも気になったのでたずねてみると、クリスタは、


「さっきの奴みたいな森エルフの事だよ」


 そうつまらなそうに答えてから、


「なんかね、ボク、ダークエルフとドワーフの混血らしくてさ。だからなのか、どうにも白いのあいつらと相性悪くって」


 『黒エルフ』または『山エルフ』とは、銀髪に褐色の肌のエルフの事。種族的には『エルフ』と呼ばれている金髪に白い肌の『森エルフ』と同じ妖精族なのだが、自然を尊ぶ森エルフ達は、火と鉄に親しみ金属を加工するために多くの木を切り倒してべる黒エルフ達を毛嫌いし、そう呼んで差別する。


 そして、エルフと、火と鉄に親しみ細工や鍛冶かじを得意とするドワーフの仲が悪いのは、よく知られた話。


 それを聞いて、アレンは、自分と両親に関する事なのに伝聞の形だという事が引っ掛かり、ふと以前に聞いた、人間族の錬丹術師おばあちゃんに育てられた、という話が脳裏を過ったが、それは今訊くべき事はではないし、他に尋ねておくべき事がある。


「じゃあ、クリスタの適性属性は、【火】とか【地】なのか?」


 それに対して、クリスタは、あれ? 言ってなかったっけ? ときょとんとしてから、


「ボクの適性属性は、生産職羨望せんぼうの【冷熱】だよっ!」


 そう言って、アレンに女だという事がバレていると知るまでさらしをきつく巻き付けていたため平らだったが、今では綺麗なおわん型のふくらみがある胸を張った。


 【冷熱】とは、火をともしたり、氷を生成したりするのではなく、熱そのものの操作・制御を得意とする属性。対象の温度を任意に変更したり、誤差1℃未満で一定に保ち続けたりする事ができ、極まれば、金属や岩盤すら熔解ようかいさせる超高温に加熱する事も、絶対零度まで冷却する事も可能になる。


「【冷熱】、か……」


 振り返ったリエル、レトと目で会話アイコンタクトするアレン。


 そして、一つ所有してしまえば、あとはもう三つも四つも大差はなく、この先ダンジョン探索を進めていけば、モンスターは強くなり、罠は種類も数も増え、難易度はどんどん上がって行く。


 ならば、無くて困る事はあっても、有って困る事はない。


 アレンは、その機会チャンスに恵まれたなら【冷熱】の〔超魔導重甲冑カタフラクト〕の入手を狙ってみようと決め、急がないから過剰充填しておいてほしいと頼み、購入したばかりの大口径力晶弾4発をクリスタに手渡した。




「ねぇ、パーティ名は何て言うの?」


 クリスタがそんな質問を発したのは、『円卓の間』で無事にパーティ登録が完了し、エメラルドタブレットを左手に戻して紋章化した直後の事。


 それに対して、リエルとレトは顔を見合わせ、そろって視線をご主人様のほうへ。つられるようにして、クリスタもアレンに目を向けた。


「パーティ名か……」


 それは、リエルとレトにも訊かれた事がある質問で、アドバイザーさんからも決まったら教えてほしいと言われている。


 だが、いろいろな人達とパーティを組んで冒険をしてみたいと思っていたアレンは、臨時でパーティを組んだり、人数が足りていないパーティに加えてもらったりするつもりでいたので、自分がひきいるパーティの名前など考えた事がなかった。


 それに、そもそもパーティ名の良し悪しの基準が分からない。


 それでも、問われたからにはと考え、いくつか思い付きはしたものの決められずに今日までずるずる来てしまったが……


「『物見遊山』――なんてどうかな?」


 アレンは、仲間達の反応をうかがいながら、


「『物見ものみ』には、見物けんぶつや観光みたいな意味と共に、偵察や探索といった意味もある。で、『遊山ゆさん』には、遊び歩くという意味以外にも、遊歴ゆうれき――教えを授かり一人前と認められた者が修行のために諸国をめぐるって意味もあるんだ」


 そうパーティ名としてこの言葉を選んだ理由を説明し、


「〝なまくら〟のアレン率いるパーティ〈物見遊山〉――どうかな?」


 自分では、諧謔的でユーモアがあって良いと思う。


 はてさて、採用か、再考か、――仲間達の反応は?


「いいと思います」


 リエルはそう言ってくれたが、ちょっと苦笑気味。


 レトは、こくこく頷いて賛成してくれている。


 そして、クリスタは、


「いいんじゃない? ただの、観光して遊び歩く、じゃどうかと思うけど、仰々ぎょうぎょうしいのや肩肘張ったのよりずっといいよ!」


 レトの肩から、ぴょんっ、とこちらの肩の上に飛び移ってきたリルも、頬に頭をすり寄せて賛意を示してくれた。


 そんな訳でパーティ名も決まり、アドバイザーさんへの報告を、前にするか、あとで良いかで少し迷ったが、何となく、後で本日の成果と共に報告する事にして、アレン達パーティ〈物見遊山〉は、意気揚々とダンジョンへ向かった。




 新メンバーであるクリスタをふくめて話し合った結果、アレン達は、現在の到達階層である5層へ。そして、第4階層を探索時に話し合って決めた通り、5層の探索は一人で済ませたので、さっさと第6階層へ進むためボス部屋を目指す事に。


 何故、アレンは一人で探索を済ませたのか?


 それは、着実に到達階層を更新して行き、最下層に到達した時には、このダンジョンに通っていない道はない、と言えるぐらい探索し尽くそう――そう決めたからであり、自分とレトはもちろん、リエルの修行にもならないから。


 害虫駆除は冒険者の仕事ではない、という考えが蔓延まんえんしている昨今さっこん新人ルーキー達ですら第1~第3階層を素通りするため、『最弱のモンスター』という事になっているゴブリンが出現するようになる第4階層から途端に冒険者達の数が増える。


 特に、第5階層のボス部屋攻略が冒険者養成学校の卒業試験になっており、在校生はその先へ進む事が許されていないため、そこの生徒達が、第4と第5階層で実技訓練や自主練を行なっているのが混雑に拍車をかけている。


 そして、人口密度が上がる事で起きるのが、モンスターの奪い合いと出現待ち。


 モンスターはいくら倒しても、〔迷宮核ダンジョン・コア〕によって追加されるため、えるという事はない。だが、その追加されるタイミングや出現場所は不規則。


 ゆえに、最悪の場合、モンスターに遭遇しないまま、何時間もただただ歩き回る事になる。


 実力が足りていないためボス部屋を攻略できない新人冒険者や、禁じられていてさきへ進めない冒険者養成学校の生徒達は致し方ないにしても、アレン達がこの階層で無駄に歩き回って時間を潰さなければならない理由はない。


 そんな訳で、アレン達は第5階層のボス部屋へ。


 時空魔法の【空間探査】で既に構造を把握しているため、モンスターではなく、くだんの理由で苛立いらだっている事が多い冒険者達を避けて進み…………途中、ゴブリンと遭遇した。


 余談になるが、第4階層に出現するモンスターは、体長が人の子供ほどの小鬼ゴブリンだけではなく、第1~第3階層にも現れるデカい害虫や害獣も出てくる。


 だが、出現頻度が一番多いのはやはりゴブリンで、1体から3体ほどで行動し、ほとんどがボロボロの布を腰に巻いて棍棒を手にしており、中には先端がとがった長い棒を持っている個体や、石を投げてくる個体がいる。


 ボス部屋に出現したのは、『ゴブリン・メイジ』に率いられた『ゴブリン・リーダー』とゴブリン達。


 そして、第5階層に出現するモンスターは、ほぼゴブリンで、まれにライダーが騎乗する猪が突進してくる。


 この階層のゴブリンは、リーダーを含めて5体前後で行動し、ボロボロとはいえ革の鎧を身に付け、粗雑級に分類されるであろうびた短剣ナイフ小剣ショートソード、粗末な槍、弓矢を装備した個体が出現し、まれ杖を携えた個体メイジが混ざっている。


 アレン達が遭遇したゴブリンの群れは、リーダーが1体、アーチャーが2体、ソルジャーが3体の計5体というありふれた構成。


 アレンは、常駐型の時空魔法【早期索敵警戒網】で、レトは高い感知能力で、まだ見えていない、10メートル以上先にある通路の突当り、曲がり角の向こうから近付いてくるモンスターの存在を察知し、先制攻撃を仕掛けるべく準備する。


「もうすぐ見える。見えたら自分のタイミングで撃って良いぞ」


 アレンにそう話し掛けられて、


「うん、分かった」


 そう返したのは、預けられたボルトアクションライフル型の魔法銃――〔力晶銃〕を、立射姿勢で構えているクリスタ。


 ライフルをあつかった事がないアレンがカイトにおそわり、教わったままをクリスタにおしえただけなので、本職の方からすれば至らぬ点が多々あるかもしれないが、はたから見た感じはなかなか堂々としたもので……


「――――っ」


 通路の突当り、曲がり角の向こうから姿を現したのは、錆びた剣をたずさえたゴブリン・ソルジャー。


 クリスタは、その全身が視界に入ってから引き金トリガーを引き、そして、放し――発射された光弾がソルジャーの頭部に直撃、水風船のように、パンッ、と破裂させた。


 1発目から当てて見せた事に、アレン、リエル、レト、それにリルまで目をみはり、その後も淡々と撃ち続け、2発はずしたが、彼我ひがの距離を半分も詰めさせる事なく一人で全滅させた。


「器用に使うもんだなぁ」


 アレンがそう声をかけても、興奮の面持ちで〔力晶銃〕を見詰めるクリスタには届かなかったようで、リエル、レトと顔を見合わせて苦笑してからもう一度声をかける――直前、


「アレンッ! これ凄いよッ! これがあればボクも一緒にモンスターと戦えるよッ!」


 唐突に振り返ってまくし立てるクリスタの勢いに、アレンは目をパチパチさせた。


 共にダンジョンへ潜るのなら、無手は論外。なら護身用の武器は何が良いかという話になり、戦闘はおろか狩りをした事もないというのでなやみ、生産系の上級職である【錬丹術師】なら器用なのではないか、というふとした思い付きから預けてみたのだが、相性は良さそうだ。


 当人も相当気に入ったらしく、〔力晶銃〕を抱き締めるようにして持っているので、そのまま預けておく事に。


 その〔力晶銃〕から発射される光弾は、威力、速度共に、無属性の初級攻撃魔法【魔法の矢マナボルト】より上で、7発撃ってもまだ薬室チェンバーの横に20ある目盛めもりの光が一つも減っていない。それは、アレンが霊力を過剰充填した大口径力晶弾一つで、まだ20発以上撃てるという事を示している。


 【異空間収納】でゴブリン共の魔石を回収し、その後は、モンスターにも、冒険者にも遭遇する事なくボス部屋の前に到着した。


 そして、アレンは、ボス部屋へと進もうとしたその時、ふと〔力晶銃〕を携えているクリスタが撃ちたそうにうずうずしているのに気付いて足を止め、ふと思案し……


「アレン様?」


 リエル、レト、クリスタ、足元から見上げてくるリル――仲間達の視線が自分に集まったところで、


「俺もちょうど試し撃ちをしたいと思ってたんだ。そこでどうだろう? 射撃の腕を競ってみるっていうのは」


 ニヤリと笑い、【異空間収納】で収納用の異空間から魔法銃〔無限インフィニティ〕を出して見せるアレン。


 探索中、〔超魔導重甲冑〕を装着しないのは、所有している事を隠すためで、ボス部屋は、一度扉が閉まってしまうと戦闘が終了するまで開かない。つまり、アレンのような浄眼持ちでもなければ、他人に見られる事はまずない。


 そこで、第1形態にも慣れていったほうが良いという事もあり、ボス部屋では〔超魔導重甲冑〕とその武装を解禁し、積極的に使う事にしている。


 なので、リエルとレトもまた笑みを返し、気兼ねなく、それぞれ【格納庫】から、〔超魔導重甲冑カタフラクト〕を第1形態で装着していなくても使用可能な、〔水操の短杖アクアワンド〕を装填した戦闘用散弾銃コンバット・ショットガンと、多目的突撃小銃マルチパーパスアサルトライフルを掲げて見せ、クリスタを唖然とさせた。




 第5階層のボス部屋で行なわれた惨劇の後、クリスタは初宝箱ガチャを経験してその魅力を知り、一行はそのまま第6階層へ。


 相手がキングを頂点とするゴブリン軍団モンスターとはいえ、その無慈悲な虐殺行為は描写する事が躊躇ためらわれるため割愛するが、特筆すべき事があるとすれば一つ。


 それは、アレンがカイトから託された魔法銃〔無限インフィニティ〕について。


 それを一言で言ってしまうと、とてもひどい銃だった。


 重厚な長銃身から弾丸が超音速で発射される際、【防御力場バリア】が自動的に展開されるため、射手は衝撃波から守られるものの、ダンジョン内の狭い通路で発砲しようものなら、とどろく衝撃音で仲間の鼓膜を破りかねない。


 威力も過剰で、肉体的強度が最も高そうだったゴブリン・チャンピオンは、着弾の衝撃で木っ端微塵に砕けて跡形もなく飛び散り、標的を貫通、というか爆散させて直進した超重質量弾が壁に当たると、小さな隕石が直撃したようなクレーターができる。


 そんな弾丸を、本当に再装填する手間もなく、無反動ゆえに負担もなく、引き金を引くだけで延々と撃ち続ける事ができるのだから、事実、大量殺戮兵器だと言わざるを得ない。


 カイトには、音速の約7倍の速度で発射される弾丸の1発目が標的に着弾する前に4発目を発射すると、魔法銃〔無限〕の特性ゆえに、敵に弾が届く前に弾丸が回収されて弾倉に戻ってしまうため、あり得ない速度で連射するな、と注意されたが、普通に使っていればまずそんな事にはならない。


 とてもカイトが言っていたような『仲間を守るための道具』だとは思えなかったものの、中層中盤以降の探索を見越して渡された物なので、アレンは、とりあえずそれまで封印しておく事にした。


 ――何はともあれ。


 アレン達、パーティ〈物見遊山〉は、第6階層へ進出した。


 そして、リエル、レト、クリスタは、キングを頂点とするゴブリン軍団を一蹴した勢いそのままに揚々ようようと進み――その意気を、前に立ち塞がった動く腐乱死体ゾンビの群れにあっさりくじかれた。


 屍肉の悪臭が酷くてグロテスクだグロいが、動作はのろいし、うめき声を上げながら迫って来るだけ。なので、ゴブリンよりよほどぎょやすい――そう思ったのはアレンだけ。


 不浄やけがれを天敵とする種族――精霊獣のリルが、獰猛どうもううなり声を上げながら逃げ腰なのも、戦闘妖精ヴァナディースのレトが、ご主人様の背に隠れて涙目なのも、まぁ、仕方がない。


 だが、問題なく撃破できるはずのリエルとクリスタまでが完全に戦意を喪失しているのが、アレンにはどうにもせなかった。


 結局、アレンは、リエル、レト、クリスタを一足先に【空間輸送転位トランスポート】で自宅へ送る事に。


 三人とも大丈夫だと言って同行を申し出てくれたのだが、無理をしているのがバレバレだったので、第5階層同様さっさと探索して次へ行くからと説得して落ち着かせ、自分は【毒物耐性】【呪怨耐性】【疾病耐性】【恐怖耐性】…………などなど、全ての耐性系能力アビリティが統合された【状態異常完全耐性】を既に取得しているから大丈夫だと説明して安心させ、絶対離れないとしがみ付くリルだけを残して送り届けた。


 そして、時は流れ……


 それは、本日の探索を切り上げ、アドバイザーさんに、第6階層へ進出した事、メンバーが増えた事、パーティ名が決定した事などを報告するため、ぐったりしているリルを抱っこして、ダンジョンからギルドへ向かった時の事。


「――――っ」


 いつもなら窓口へ行って彼女を呼び出してもらうのだが、脳裏に光景が浮かび上がるような事はなかったものの超直感が働き、ふと足を止め……


(こっち、か……?)


 そこからいつものルートをれ、勘に任せて人気ひとけのないほうへ。


 すると、程なくして、自分の担当アドバイザーであるサテラさんが、白を基調とした甲冑とマントを装備して帯剣している、まるで騎士のような出立いでたちの男と言い争っている場面に出くわした。


(いつも通りにしていたら、あっちで待たされて、この場面に出くわす事はなかった、か……)


 超直感が働いた理由について思案したのも束の間、


「――サテラさん」


 はっきりと呼びかけ、堂々とそちらへ歩を進めるアレン。


 振り返ったサテラは驚いて目を見開き、振り向いた金髪碧眼の美丈夫は不快そうに眉根を寄せ、


「何だ貴様――」

「――私が担当している冒険者様です」


 サテラが、美丈夫の視線からアレンを守ろうとするかのように間へ割って入り、言葉をさえぎるようにそう言った。


「私には仕事があります。他に御用がないようでしたら、どうかお引き取り下さい」

「…………なるほど。そういう事ですか」


 美丈夫は、アレンを一瞥いちべつしてからサテラに微笑みかけ、


「貴女を困らせたくはない。ですので、日を改める事にします。――が、これだけは覚えておいて下さい」


 美丈夫は、そう言って真剣な表情でサテラを見詰め、


「貴女が冒険者の運を吸い取っている……、などというのは、無知蒙昧むちもうまいな下民の戯言たわごとです。しかし、人には向き不向き、分相応不相応というものがある。貴女にこの仕事は向いていない。そして、この私の隣にる事こそが相応しい。――我が妻として」

「ですからそのお話はもう何度も――」

「――では、失礼」


 今度は美丈夫がサテラの言葉を遮るように告げ、一瞬、暗い殺意の炎が燃える瞳でアレンを一瞥してから身をひるがえした。


 アレンと抱っこされているリル、そして、けわしい表情のサテラは、しばし無言でその背を見送り……


「大丈夫ですか?」


 アレンが声をかけると、サテラは、はい、と頷き、ありがとうございました、と会話中に声をかけてもらった事について感謝の言葉を述べてから、不快な思いをさせてしまって申し訳ありません、と謝罪し、


「アレン様は、どうしてこんな所へ?」

「今日の報告をしようと思って、サテラさんを捜していてここへ。それでお邪魔しちゃった訳なんですけど…………さっきの人って、《群竜騎士団》の白竜隊の人ですよね?」


 あの美丈夫が纏っていた『白』という色から、早ければ今日中にも……、というカイトの言葉と忠告を思い出し、確信を持って訊くアレン。


 すると、サテラは目を伏せ、泣きたいのを堪えているような表情で頷いた。




 ――その日の夜。


 皆で食卓を囲み、美味しい夕食を頂いた後、全員で話し合った結果、やはり、明日から不死系モンスターアンデッドが出現する階層を突破するまでは、ボス部屋を除き、アレン一人で探索する事になった。


 三人共、一足先に送り返されてから覚悟を決めたらしく、決死の表情で同行を申し出てくれたのだが――


 今、みずからの成長を自覚している通り、伸び盛りのリエルには、無駄な緊張感や忌避感などで躰が強張ったまま剣をって変な癖を付けてほしくないと伝え、


 生と死と眠りの属性である【生命】を適性属性とするレトには、死者を本来あるべき永眠ねむりへといざなう【技術すべ】を会得してから苦手を克服しようと説得し、


 【錬丹術師】のクリスタには、今こそ、ダンジョンで無理をしてゾンビや嫌悪感と戦う以外に、工房という真に実力を発揮できる場所でパーティに貢献する事ができるはずだと話し、


 結果、皆、渋々しぶしぶ納得してくれたという訳なのだが……これは、アレンにとって好都合だった。


 それは、三人に、安全な拠点ホームで待機してもらうための別の言い訳を考える必要がなくなったから。


(一度は考え過ぎだと思った、けど……)


 多くは訊かなかったが、しつこくサテラに言い寄っているという美丈夫――クラン《群竜騎士団》白竜隊の副隊長だという男のあの陰湿な目を見た瞬間、彼女が担当した冒険者全員が一ヶ月以内に命を落としている、その原因の最有力候補になった。


(『悪意をいだく何者か』じゃなく、『好意を抱く女性を手に入れるためなら手段を選ばない堕ちた騎士』だったか……)


 自分が襲撃を受けなかったのは、この三ヶ月間、彼がラビュリントスを留守にしていたから。また、新人冒険者の担当にいたという情報を得られる状態に、襲撃の指示を出せる状態になかったから。


 もしこの推測が的を射ていた場合、十中八九、近日中に何か仕掛けてくる。それもおそらく、ダンジョン内で。


 だとしても、仲間を守りながら、気にしながらでは不安だが、自分とリルだけならどうとでも切り抜けられる。その自信がある。


 それ故に、このタイミングで進出したのが女性に忌避されるらしいアンデッドが出現する階層だった事、単独での探索を認めてもらえた事は、非常に都合が良い。


(襲って来ないならそれに越した事はない。でも、来るのなら、はてさて、いったいどんな手で……)


 自分の手を汚すタイプには見えなかったので、おそらくは配下、命令に逆らえない奴隷で構成された黒竜隊、その中でも、暗殺に特化した技能構成の少数精鋭を差し向けるというのがもっともあり得そうに思うが……


「――アレン様」


 そうしとやかな声に呼び掛けられて、必死に集中し、深く思考に沈み込んでいたアレンの意識が引き戻された。


 そこは、湯気が立ち込める自宅の広々とした浴場。


 うつむき、目をつむっていたアレンが、億劫おっくうそうにまぶたを持ち上げると、すぐ目の前で、一糸まとわぬ姿のリエルが湯気でしっとりとうるおった白い柔肌を隠そうともせずたたずんでいて、視線を少し下げて脇へらすと、そこには、やはり一糸まとわず、何やら鼻歌を歌いながら、湯でれた石材の床に直接腰を下ろしてリルを泡だらけにしているレトの姿が。


 いつもなら、お風呂にかるのは好きでも洗われるのは嫌がるリルが、今日は大人しくしている。探索した階層には屍肉の悪臭が漂っていたので、湯に浸かるだけではなくしっかり洗い流したかったのだろう。


 そして、アレン自身も、頭はシャンプーの、躰は石鹸せっけんの泡にまみれており……


(……今日もまた、全身くまなく洗われてしまった……)


 そっとため息をついた。


 アレンの夜稽古は、日に日に厳しさを増し、現在は通常の21倍という高重力環境下で、無限流気功法をもちい、霊力で肉体を最大限に強化し続けながら鍛錬を行ない、全身に負荷をかけている。


 そして、そんな無茶をすれば当然、筋肉は断裂し、靱帯は損傷し、軟骨は潰れ、骨にはひびが入り…………鍛錬が終わる頃には全身がボロボロになる。


 始めは、リエルとレトが汗を流し終わった後、鍛錬を終えたアレンが一人で浴室に入り、疲労と痛みで両腕が上がらないので、天井から雨のように降り注ぐシャワー――『レインシャワー』にしばらくただ打たれ、汗だけ流して上がっていた。


 しかし、数日後には、浴室へ向かうそんな状態のご主人様を見かねたリエルとレトが、お背中をお流しします、と言い出し、そんな事しなくて良い、と断ったのだが、二人があーだこーだ言い始め、今にも倒れそうなほど疲労困憊ひろうこんぱいで、精神的にも余裕がなく、少しでも早く休みたかったアレンは、分かったからじゃあ早く済ませてくれ、と投げやりな態度で言い放ってしまった。


 その結果が、この有り様。


 ちなみに、始めの頃は二人とも全裸ではなく、それぞれ〔戦乙女の鎧〕の布鎧クロスタイプの貞操帯アーマーやボディスーツを水着のように身に着けていたのだが、濡れると分かっているのだから濡れても構わない格好で……、とか何とかもっともらしい事を言って、結局、今ではこれが当たり前になってしまっている。


 レインシャワーでシャンプーと石鹸を洗い流した後、リエルとレトはそのまま残って湯船に浸かり、アレンとリルは寝室へ。


 余談になるが、浴室と脱衣所の境には一種の結界が展開されており、そこを通過する際に余分な水分が除去されるため、身体を拭かずに上がっても脱衣所の床が水浸しになる事はなく、【異空間収納】で収納用異空間から部屋着を取り出す際、直接身に着ける事ができるので、アレンは両腕が使えなくても着替える事ができる。


 そして、今日、クリスタが〔力晶銃〕を撃ちまくってカラにしてくれた大口径力晶弾に、残っている霊力を全て注ぎ込み、意識が途絶える直前に、一度の睡眠で全快し、ダメージを受ければ受けるほど、霊力を消耗すれば消耗するほど回復時に強化される【技術スキル】――【再起】を使用し…………


「…………はぁ~」


 翌朝、空が白み始めた日の出前に目覚めると、両脇には当然のようにぴったり寄りって眠るリエルとレトの姿が。しかも、昨日[タリスアムレ]で購入したのか、二人の寝巻が、瑞々みずみずしい色香を感じさせつつも可愛らしいネグリジェになっている。


 これも、始めは、自分の部屋で眠るように言って、寝室のドアにはしっかり鍵をかけたのだが、翌朝、廊下で眠っている二人を、戸に寄り掛かるように座って肩を寄せ合っている姿を見てしまってからは、どうにもこうにも手が鍵に向かってはくれず、結局、済し崩しにこうなっている。


 クリスタが、トイレでバカな事をしたり言い出した原因は、間違いなく、このどちらか、あるいは両方だろう。


「まったく……」


 思わずそう呟くアレン。だが、その顔に浮かんでいるのは、優しい微笑みで……


 始めの頃は、触れ合う躰の柔らかさや、ふと香る女の子達の匂い、浄眼のせいで見え過ぎる程あちこち見えてしまう魅力的な乙女達の肢体に心を乱された――が、今ではもう、この心底安心しきっているすこやかな寝顔を大切に思い、護ると決めた。


 何とはなしに、このまま衝動に身を任せ、欲望のままに行動しても、二人はこばまないような気がする。


 だが、朝っぱらからそんな事をしてはいられない。


 実益と友達探し、そして、何よりも趣味――修行のためにラビュリントスここへやって来た少年は、【空間転位】で洗面所へ。同じまくらに頭を乗せて横になっている相棒リルと乙女達を起こさないようその柔らかな拘束から抜け出し、顔を洗ってさっぱりすると、


「《群竜騎士団あっち》がその気なら、こっちも備えておかないとな」


 【再起】によって完治し超回復した躰の調子を確かめ、仲間を守るために鍛錬した力を把握し、万難を排し万魔を討ち滅ぼす技を錬磨するため、愛刀を手に取ったアレンは、不思議な虹色の光沢をびた銀の瞳をきらめかせ、剛毅な笑みを浮かべた。

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