第17話 『無限』の名を冠する魔法銃
「えぇッ!? ボクが女だって気付いてたのッ!?」
アレンが、対人恐怖症と男性不信を
それが、昨日の事。
その他に特筆すべき事は、当人の希望により、『クリス』こと『クリスティアン』
壁や
『前の家』から回廊で続いている奥の建物が、アレン達が住んでいる建物――通称『後ろの家』。また、ただ『家』、あるいは『自宅』と言った場合はこちらの事。
『後ろの家』から続く回廊の先にあるのが、新たに仲間になった彼女の希望を可能な限り
元は老師が所有していた物件だけあって、選択して配置できる設備の種類も豊富で、自分に与えられた工房を一通り見て回ったクリスタは狂喜乱舞していた。
それと、今はそうした理由についての説明は割愛するが、昼過ぎからアレン一人でダンジョン第5階層へ
そして、翌日――今日の朝食前。
「おーいっ、クリスタ。大丈夫か?」
そう呼びかけつつ、アレンはトイレを
家の2階のトイレは女子専用だが、1階のトイレは男子専用という訳ではないので、クリスタが使用する事自体は問題ではない。
だが、入ったきり出てこず、リエルとレトが呼び掛けても返事がないとなれば問題だ。
日課を済ませたアレンは、リルを抱っこして、広々としたリビングと隔てる物のない
「ど、どうぞっ! カギは、あいてるから……~っ!」
聞いていた話とは違って、すぐに中からそんな返事があった。
ほっ、としたのも束の間、ん? と眉根を寄せるアレン。
ここはトイレであって、クリスタの私室ではない。それなのに、鍵は開いている、とか、どうぞ、とはどういう事だ?
すると、当然といえば当然の事なのだが、ズボンを
「ど、ど、どうぞ、おっ、お、お使い下さいぃ……~ッ!」
顔は言うに
「――で?」
「で、って……だから、ボクが女だって分かった上で契約して家に連れ込んだって事は、そ、そ、そういう事なんでしょッ!?」
「そういう事って?」
「だ、だから……ボ、ボクを……その……せせせ、性欲の、
上着の裾を押さえて
アレンは、
「なんか、一晩でずいぶん伸びたな、髪」
「あっ、気付いた? 薬でちょちょっとね。やっぱりこのくらいのほうが女の子らしくて可愛いでしょ?」
クリスタは、手荷物のリュック以外に、
昨日までは短かった髪が、今は毛先が軽く肩にかかっている。女の子らしくて、と言うなら確かに、素足を晒して丈の短いワンピースを着ているような今の格好と相まって、誰が見ても
流石は超一流を目指す【錬丹術師】、と感心したアレンだったが、
「だ、だから……優しくして、ね?」
そう言って、ちょんっ、と
「なんでトイレなんだ?」
「だって、お風呂と寝室の担当はもう決まってるみたいだから、それならボクの担当は
それは誤解だが、そうさせた原因に思い当たる節があるアレンは、思わず天を仰いで目許を手で
だが、男が女の奴隷を買う理由なんて決まってる、とか、男はそういう生き物だから、とか、健全な青少年なんだから仕方がない、などと、クリスタは妙な理解を示して聞き入れようとせず……
結局、契約内容に
本日の予定は、午前中に、買い物と、クリスタを加えてのパーティ登録。ダンジョン探索は午後から。
冒険者達の中でも臨時のパーティでダンジョンへ
なので、そのままダンジョンへ向かえるようしっかり身支度を整えたアレンは、まず、浄眼の遠視で確認してから
その際、クリスタが、よくもまぁボクをこの店に連れてこれたもんだね、などと呆れたように言っていたが、品揃えが良いし、何より対立関係にあるらしいクラン《ペルブランド・ファミリー》傘下のこの店に《群竜騎士団》のメンバーがいる可能性は低い、とこの店を選んだ理由を説明して納得させた。
そして、アレンが[バーンハード]へ足を運んだのは、
「――やっと来たか。ちょっとそこで座って待ってろ」
カイトは、肩にリルを乗せたアレンが店の戸を開けた途端にそう言い放ち、意表を
そうして至福のひと時に
そして――
「ついに完成したんだ」
珍しく、新しい
その中で緩衝材に埋まるようにして納められていたのは、重厚な長銃身が印象的な一丁の大型
「構想からこうして形になるまで、だいぶかかっちまったが……こいつこそが、引き金を引くだけで無限に撃ち続ける事ができる魔法銃、――その名も〔
「無限……」
銃そのものには興味がない。しかし、無限流の使い手としてその名前に親近感のようなものを
銃の良し悪しの基準は分からないが、たぶん、とてもいい銃だ。
ほれ、と言ってカイトが差し出したものを左手で受け取ると、それは、表面に螺旋状の
「俺が錬成できる中で最も重い超重魔法合金製で、底を除いた全体をオリハルコンで
「6発?」
一つで魔法銃〔無限〕自体より遥かに重いのに、それが6発も装填されているという事も驚きだが、それ以上に、無限に撃ち続ける事ができるんじゃ? という疑問を込めたアレンの呟きに対して、カイトはニヤリと笑い、
「半分の3発撃った後、
そう言った後、カイトが右手を差し出してきたので、アレンは、銃口を下に向けた銃と弾丸を返す。
それを受け取ったカイトは、見本の弾丸をテーブルの上に置いてから、
「使い終わった後には、こうやって弾丸を回収する」
銃把を握った右手の親指で撃鉄を少し起こし、回転弾倉をフリーにした状態で、ロシアンルーレットのように、シリンダーを左手で、ジャ――ッ、と回して見せた。
「ダンジョンの外でならやらなくても問題はないんだが、中でしばらく放置して宝物庫に回収されちまった場合、ちゃんと戻ってくるって保証はないからな。やっておいて損はない」
「…………」
今までの経験上、これは明らかに、使い方を説明した後に、やる、という流れだ。アレンはそう読み、自分には必要ないものだとはっきり断るべく身構えた――が、
「アレン。『拳銃』って武器はな、主に人を殺す事にしか使えないんだ。
手にした魔法銃に視線を落とし、淡々と語り始めるカイト。
アレンは、内心、あれ? と
「もちろん、普通の小動物や、ダンジョンの上層に出現するレベルのモンスターなら倒せる。だがな、中層の中盤以降に出現するモンスターには通用しない。
だから前衛には、
「対人戦……人同士の殺し合いなら恐ろしい威力を発揮する。もし戦争で使われたなら、
ダンジョン内へモンスターを強制転送するシステム――六つの巨塔を頂点とした巨大な六芒魔法陣が存在するこの大陸では、地上にモンスターが存在しない代わりに、人同士が、国同士が争っている。
この魔法銃が、事実カイトが言う通りの性能を有しているのなら、欲する者は、国は、少なくないだろう。
「俺が想い描いた使い方とは違う、別の最悪な使い道があるという事に気付いて、一度は
カイトは、右手で持っている魔法銃〔無限〕の銃身に左手で触れ、
「こいつは、発射時の衝撃音で注意を引き、弾丸のダメージで
大声を出したり、武器で盾を打ち鳴らしたりといった行為以外に、殺気を叩きつける、声に霊力を乗せるなど、俗に【挑発】系と呼ばれる技能があり、大きな音や特殊な波動を発する道具や装身具も存在する。
だが、敵に先制された場合、モンスターが攻撃対象を定めて既に行動している場合には、ほぼ効果がなく、そうでなくとも人より大きく強いモンスターには無視されるという事が珍しくない。
現役時代は深層に到った冒険者であり、盾持ちの【魔法騎士】だったカイトが、そんなモンスターの意識を強引に仲間から引き
「お前なら、こいつを使いこなせるだろうし、何より、制作者の思いを
要するに、どうしても作りたかったから作ったんだけど、大量虐殺に使われたくないし、死蔵したくないから、用法を守って使い、しっかり管理・保管してくれ、という事らしい。
話しながら魔法銃〔無限〕を鞄の中に戻したカイトは、それをテーブルの上で自分の手元からアレンの前へ。そして、
「――で、次はこれだ」
話すべき事は話して満足したのか、さっさと細長い布包みを手に取った。
正直なところ、大量虐殺を可能とする兵器など持ちたくないし、次から次にあれもこれもといったい俺をどうするつもりなんだ、という思いもあるが、仲間を守るための道具、というフレーズにはとても
カイトは、そんなふうにアレンが迷っている間にさっさと巻いていた布を取り去り、中から現れたのは、ボルトアクションライフルのような魔法銃。
「お前に
そこまで話してから、唐突に内容が飛び、
「霊力はギリギリまで使えば使っただけ超回復によって総量がわずかに増える。お前は、修行の一環で、残った霊力のありったけをこいつにブッ込んでるんだろ?」
そう言いつつ、カイトがどこからともなく取り出したのは、アレンの〔
「で、ブッ込んだ量が量だけに使う機会がなく……いや、危なくて使おうにも使えず、か? 結局、次から次に買い足してる。――そうだな?」
確信を込めたカイトの問いかけに対して、アレンは、魔法銃〔無限〕をどうするかについての思考を中断し、まさにその通りなので素直に頷いた。
「そんな事だろうと思って作ったのがこいつだ」
カイトの説明によると、単発のボルトアクションライフルと同様、『ボルトハンドル』と呼ばれる
これで発射できる状態になり、〔精霊銃〕同様、引き金を引いて放すと霊力弾が発射され、引き金を引きっぱなしにする事で霊力弾の威力が上がっていく。だが、〔精霊銃〕は、最大威力になると引き金を放さなくても勝手に発射されたが、その点は異なり、引き金を引いている間はその状態が維持され、放さなければ発射されないとの事。
「精霊石を用いた銃で〔精霊銃〕なんだから、こいつは〔力晶銃〕ってところか」
そう言いつつ、ボルトハンドルを90度上に起こして後ろに引き、薬室から力晶弾を引っ張り出して取り出し、ボルトを元の状態へ。
「どうせ、今日も買い足しに来たんだろ? お前みたいに亜空間の収納用異空間にしまってるなら
カイトが、ほれ、と差し出した〔力晶銃〕を反射的に受け取るアレン。
「そいつもやる。
結局、アレンは、なし崩し的に魔法銃〔無限〕と〔力晶銃〕をもらい受ける事となり、4発の大口径力晶弾を買い足した。
そして――
「気を付けろよ。〝なまくら〟のアレン」
カイトが唐突にそんな事を言い出したのは、錬金術・錬丹術関連の器具や道具、素材などを扱っているおすすめの専門店を幾つか教えてもらった後、肩にリルを乗せたアレンがお
「小耳に
本当なら口にするのも嫌だと言わんばかりに顔をしかめ、
「早ければ今日中にも〝白竜〟が戻ってくるらしい」
以前、
何でも、
『赤竜隊』は、赤い甲冑を纏う者達で、力こそ法という荒くれ者の集団。その隊長は、
『青竜隊』は、青い甲冑を纏う者達で、護衛などの
『黒竜隊』は、奴隷で構成された部隊で、ダンジョン攻略を強制され、迷宮内で手に入れた魔石やアイテムと引き換えに青竜隊から必要な物資の供給を受け、地上に戻ってくる事は滅多にない。
そして、『白竜隊』は、白い甲冑を纏う者達で、自分達の領地を、あわよくば小さくとも国を持つという野望のため、積極的に傭兵として戦争に参加している対人を専門とする戦闘集団。
カイトが言うには、その白竜隊が、約3ヶ月ぶりにラビュリントスへ戻ってくるらしい。
話は少し飛ぶが、パーティ登録をすると、倒したモンスターの霊力がメンバーへ均等に分配されるのだが、この
どういう事かというと、例えば、アレン、リエル、レトがダンジョンに潜り、クリスタが
白竜隊の騎士達は、黒竜隊の奴隷達とパーティ登録しており、遠く離れた場所で戦争をしていても、黒竜隊が倒したモンスターの霊力が白竜隊の騎士達にも分配され、紋章に蓄積される。
だが、貯めてもそのままでは意味がない。故に、賢者の塔で【技能】を取得するため、定期的に戻ってくるのだとか。
そして、これまでも、白竜隊がいない間、他3隊がクランの地位を守りつつ力を
それ故に、カイトは言った。
いざこざを起こして〝なまくら〟という二つ名をもらったアレンに向かって――
「《
――と。
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