第16話 家族(ファミリー)になりたくて
「アレン様は、どうしてまだ生きているんですか?」
「えぇ~――…」
それは、一日中よく晴れた日の
これまでも何度かそうしたように、窓口で彼女を呼んでもらい、一緒にいつもの簡素な応接間のような個室へ。そして、そのままでは座れないので、左腰に
そして、サテラは、アレンの反応を見て言葉が足りなかったようだと気付いたらしく、
「私がアレン様の担当になってから一ヶ月が過ぎました。アレン様は、どうして生き
そう言い直した。
「あぁ~……、そうか……、もう
そう呟くように言って、少し遠い目をするアレンと、その肩の上でご主人の真似をするリル。
趣味と実益と友達探しのため
趣味の修行は、順調と言って良いだろう。実益については、有り余る程の
「……あの、アレン様?」
呼ばれて、はっ、と我に返ったアレンは、頭を振って気持ちを切り替える。
言われて失念していた事を思い出し、落ち込みかけもしたが、おかげで
担当が
――それはさておき。
何を問われたのだったかを思い出し、考えてみたのだが……
「二人の先生の教えを守り、サテラさんの
よほど意外だったのか、それとも期待外れで
「……そ、そんな……、では、どうして……」
まぁ、彼女が何を期待していたのか、分からないでもない。
なので、サテラさん、と呼びかけ、顔を上げた日頃からお世話になっているアドバイザーさんに語り掛ける。
「俺も、どうして、と思ったので考えてみました。どうして、サテラさんに助言してもらったにもかかわらず、俺以外は全員命を落としたのか?」
冒険者になる――そのために必要なのは、冒険者養成学校の学生証と許可状か、Aランク以上の冒険者の推薦状、または登録料100万ユニト。そして、エメラルドタブレットを錬成し得るだけの
それ故に、冒険者になる事ができた者なら、相応の実力が備わっているか、既にパーティを組んでいるか、金銭で護衛を
だというのに、担当した全員が、一ヶ月以内に命を落としているという。
それで不思議に思い、考えてみた。その結果、
「それは、その冒険者達が、サテラさんの助言を無視したからです」
まさにテッドが言っていた通り、自分勝手にやっておっ
「…………」
それを聞くなり、目に見えて意気消沈するサテラ。
おそらく、そんな感じの言葉で
「では、どうして助言を無視したのか? その理由についても考えてみました」
サテラは、また俯きかけた顔を再度上げ、アレンは、あくまで俺の想像ですけど、と前置きしてから、
「冒険者の間では、第1から第3階層に出現するのはデカい害虫や害獣で、第4階層から出現するゴブリンこそが『最弱のモンスター』だと言われている、という事をご存知ですか?」
「はい」
「でも、サテラさんは、第1から第3階層に出現するモンスターについて
ラットマン、ジャイアントモス、ウィールワーム…………ボス部屋に出現するものだけではなく、各階層に出現するものまで、その1体1体について事細かに教えてくれた。そして、そのたびに、危険なモンスターであるという事を強調し、くれぐれも注意するよう口を
「でも、サテラさんのアドバイス通りに注意して戦うと、第1から第3階層のモンスターなら案外あっさり倒せてしまう」
攻撃系の【
「だから、たぶんこう考えたんだと思います。『あの人にとっての危険はこの程度なのか。なら、この
ダンジョンで油断すればどうなるか、それは言うまでもない。
サテラは目を見開き、しばらく言葉を失っていたが……
「……そ、それなら……やっぱり私の――」
「――違います」
アレンは、断定的な否定に目を
「サテラさんの
それに、と一拍おいてから、
「最初に言った通り、これはあくまで俺の想像であって、考えられる可能性の一つ。当人に確認した訳ではないので、本当のところは分かりません」
そして、とまた一拍おいて話を区切ってから、
「考え得る可能性、その一つをどうすれば潰せるか、という今後の話をしている最中であって、責任の所在について話している訳ではありません」
アレンは、本題を続けて構いませんか? と
「これからは、モンスターについて解説する際に、『危険なモンスターです』という
それを聞いてぽかんとしたサテラだったが、直後、はっ、と何に気付いたのかと思えば、制服の上着のポケットから手帳を取り出し、胸ポケットに差し込んでいたギルド職員に支給される万年筆を手に取ると、ものすごいスピードでメモを取り始めた。
「…………」
そんな自分の担当アドバイザーを見守りながら、アレンはふと思った。彼女は何故この仕事を続けているのだろう、と。
ダンジョン
毎日、あれほどの冒険者達が、傷を負い、命を落としている。であれば、受け持った冒険者に死なれた
それに、サテラは、まず間違いなく、自分が陰で何と呼ばれているか知っている。
それなのに
それは、仮にこの仕事が好きなのだとしても、ただそれだけで続けられるとは思えない。何か、辞めたくても辞められない理由、あるいは、どうしても辞めたくない理由でもなければ……
「――アレン様!」
万年筆を
自分達の関係が冒険者と担当アドバイザーである以上、彼女個人の事情にまで踏み込むのは
そう考えるのは、
「他にはありませんか? あるのなら、お願いします。
前のめりな感じで欲しがるサテラ。
その後、アレンは、そう
「アレン様は、何のために仲間を探しているのですか?」
可愛く小首を
もっともっとと意見を求めてくる担当アドバイザーからようやく解放されたアレンは、今から帰る
そして、食後。リエルが
それに対して、アレンは、
「何のために?」
それは、返せる答えがなかったからだ。
冒険者は、ダンジョンを攻略するために、
では、自分は?
修行に専念するため、今のところ依頼を請け負う予定はない。
ダンジョンの完全攻略には興味がなく、探索するにも誰かの助けを必要としてはいない。それどころか、〔
つまり、今の自分には仲間を必要とする理由がない。
それなのに何故、仲間を探すのか?
それは…………仲間が欲しいから。『仲間』と呼べる間柄の他者を求めているから。ただそれだけ。
そこでふと気付いたのだが、それはおそらく、友達が欲しい、というのと根っこは同じだ。
では、どうすれば良い?
いまだ遠巻きに見られている、はっきり言ってしまうと避けられている現状、他人との接点がなく、それ以前に友達の作り方が分からない。
ギルドの連絡板でパーティメンバーを募集するにしても、
「アレン様?」
思考の
レトは答えを待っており、その隣の席ではリエルが不思議そうにこちらを見ていて…………ふと気付いた。気付いてしまった。
リエルとレトは、仮の姿で過ごした長い奴隷生活のせいで対人恐怖症を
という事は、募集するなら、メンバーは女性限定にしなければならないのだろうか?
現状で既に
そんな事があった翌日。
予定していた午前中のダンジョン探索を中止し、リエルとレトには心身を休めつつ自由に過ごしてもらう事にして、リルと共に家を出たアレンは、防具は身に付けず、大小二刀――愛刀〔
昨夜、さんざん
なので、今日、ギルドにやってきたのはそのためではない。
では、何のためかというと、人に会うため。
その期日というのが今日で、その人物が名乗った『クリス』という名前に覚えはないが、面会を希望している理由や、人相、風体からして、思い当たるのは一人だけ。
例によって窓口でサテラを呼んでもらって到着した事を報せると、もう来ていて待っているというので、いつもの簡素な応接間のような個室へ向かい、ノックしてからドアを開ける。
すると、席に着いて待っていたのは――
「――ありがとうございましたッ! 助けてくれただけじゃなくて、あの病院に運んでくれた事も! そうじゃなかったら、たぶん殺されてました。あの時は伝えられなかったけど、どうしてもお礼が言いたくて!」
アレンの姿を認めるなり席を立ち、深々と頭を下げて感謝の言葉を
アレンはそれに応じつつ、おそらくそれだけではないだろうな、と思っていたが案の定、
「……それで、君に直接会いたかったのは、もちろんお礼を言いたかったからなんだけど、それだけじゃなくて……」
個室のドアこそ閉めたが、まだお互いに立ったまま、席に着くよう
リルは退屈すると、ドアをカリカリ引っ掻いて外に行きたいと
「――ボクを君のパーティに入れて下さいッ!」
そんな事を言い出した。
「ボクの名は『クリスティアン』、『クリス』って呼んで下さい。
賢者の塔で選択する事ができる職種にあるのは【錬金術師】で、【錬丹術師】という職種は存在しない。だが、〔
しかし、そんな事より、今、重要なのは、
「俺の……
その言葉は、まるで
喜びのあまり思わず手放しで迎え入れそうになってしまったが、訊くべき事はしっかり訊かなければならない。
アレンは、自分も名乗ってから、
「【錬丹術師】で『支援』希望って事は、それが
「いずれはそのつもりだけど、今はそのための道具も設備も素材もないから、荷物持ちでも何でもやります!」
「いずれは、って、俺や他のメンバーの事をよく知らない内から固定でやっていくつもりなのか?」
「もちろん。試しに組んでみてなんか合わない気がするから解消、なんていい加減な事をするつもりはないよ」
その当然だと言わんばかりの様子に、え? と小さく戸惑いの声を漏らすアレン。
男性名を名乗った男装少女――『クリス』は、更に続けて、
「始めは合わない気がしても、付き合いが続いていく内に相手のいろいろな部分が見えてきて悪くないと思えてくる、なんてよくある話だろ? 始めはみんな、強がったり、警戒したり、遠慮したりするから、一度や二度ダンジョンに潜ったり依頼をこなしたりした程度じゃ、その
クリスの言葉が、グサッ、と胸に突き刺さり、そのあまりの
(お、俺は、間違っていたのか……ッ!?)
いろいろな人達とパーティを組んで冒険をしてみたい。一度組んでみて合わずにそれっきりという事もあるだろうし、臨時で何度も同じ人物とパーティを組むなんて事もあるだろう。そうやって出会いと別れを繰り返し、やがて唯一無二と言える仲間達と出会い…………そんな風に考えていた。
それがいい加減な気持ちだというのなら、
(それが相手に伝わって……ッ!?)
とりあえず一ヶ月生き延びて……、という目標を
そして、そうなった原因は、自分の担当アドバイザーが不吉な二つ名を持つサテラだからだと思っていたのだが……
「みゅうっ みゅうぅっ」
「何なのッ!? ねぇっ! アレンっ! アレンってばッ!」
悪いのは自分なのに、それをサテラのせいにしていた事に対する申し訳なさで激しく落ち込むアレン。その肩の上にいるリルは、正気に戻そうと前足でぺちぺちご主人の頬をたたき、クリスもまた大いに戸惑いつつ名前を呼び続けた。
「取り乱してしまって申し訳ない」
愛刀を手が届く場所に立てかけ、椅子に座ってひとまず落ち着きを取り戻したアレンは、テーブルを挟んで正面の席に座っているクリスに向かって頭を下げ、リルにも感謝を伝えて指先でその首を優しく
「それより……答えを聞かせてもらえる?」
緊張の面持ちで問うクリス。それに対して、アレンは、
「俺達がダンジョンに潜るのは修行のためで、完全攻略には興味がない。だから、ダンジョン探索が主体で、今のところ
そう簡単に活動方針を話してから、それに、と続け、
「クリスの言う事にも一理あると思う。けど、一度でも一緒に冒険すれば分かる事もあって、その時点で無理だと思ったなら、我慢してまで付き合っていきたいとは思わない」
だから、と更に続けて、
「正式な仲間入りを認めるかどうかは何度か一緒に冒険をしてみた後で決める、って事で良ければ」
そう言って、右手を差し出した。
その手を見て、ほっ、と息をつくクリス。緊張に
「うん、それで構わないよ」
一つ頷いてから同じように右手を差し出し、二人は握手した。
こうして、どこからが友達でどこまでが友達ではないのか、その基準が分からないアレンに、初めて奴隷ではない仲間ができた――かと思われたが……
「それじゃあ、早速
足元に置いていたリュックを背負い、意気揚々と言うクリス。――だが、
「拠点って、俺の?」
アレンは、
「それはダメだ」
きっぱりと拒否した。
「今、俺が活動の拠点にしているのは自宅なんだ。だから、パーティを組む事になったとはいえ、まだよく知らない
土地は広く、部屋も、家自体すら、〔
だが、独り立ちするに際して、師匠と老師から、〝家の鍵はしっかり掛けろ〟〝友達は選べ〟〝よく知らない他人を家に上げるな〟と、耳に
故に、呪印で隷属する奴隷でもない赤の他人を家に上げる事はできない。
「心機一転するために、今まで世話になってた宿舎を引き払ってきたんだ。だから、そんな事言わずに
始めからそのつもりだったらしいクリスは、アレンが何度断ってもなおしつこく食い下がり――
「ダメなものはダメだ。その引き払ってきた宿舎に戻れないなら、とりあえず次の拠点を見付けて落ち着くまで、ギルド酒場の――」
「――それこそダメだ」
アレンに
「あんな所に泊まったらすぐ
途中で口を
しかし、表情を見る限り本人も理解しているようだが、もう遅い。
「〝
アレンが席に戻るよう促すと、リュックを背負ってドアのほうへ向かいかけていたクリスは、顔を
アレンが、クリスに向かって発したのは、たった二言、
「話すつもりがあるなら聴く。ないなら帰る」
それだけ。
それからは一言も発さずに反応を
その内容を、整理して簡潔にまとめると――
クリスは、実の両親を知らず、血のつながらない
聡明で、優しくて、
一人で葬儀を
そして、言葉
その後、回復したクリスは、[セルリアナ記念病院]の医術師でもある《アカデミア》の幹部に事情を話し、入院中から引き続き
「ボクは運命なんて信じない。でも、あの時は……あいつらに吹っ飛ばされて、アレンが受け止めてくれた時だけは思ったんだ。――この出会いは運命だ、って」
クリスは、最後にそう言って俯いた。
アレンは、膝の上で寝てしまったリルを起こさないよう優しく撫でつつ、聴き終えた話を頭の中で整理して……
「《群竜騎士団》との問題が
「
中立という立場を守るため、《アカデミア》にできるのは、理由の
「《アカデミア》にいれば安全。でも、安心して自由に外を出歩けず、いつまで
ダンジョン内は、事実上の無法地帯。その中であれば、人を斬り殺しても、バレなければ、誰に
(……まさか)
冒険者になる事ができた者なら、第4階層までに出現するモンスターと戦って死ぬ方が難しい。それにサテラのアドバイスが加わればなお更に。そうであるにもかかわらず、担当した冒険者達は、自分を除き、全員が一ヶ月以内に命を落としている。
その理由として今まで考えもしなかったが、特定のアドバイザーに悪意を
(……いや、
少なくとも、自分は今日までダンジョン内でモンスター以外に襲われた事は一度もない。
ギルドに来た時などは
――何はともあれ。
だからこそ、クリスはパーティを組んでダンジョンへ潜ると言っているのだろう。
アレンに
(運命、か……)
己の直感を信じて行動し、本当に他意がないのだとすると、ずいぶんとまた思い切った
「アレンだけだったんだ。危険を
「本当の仲間……
その素晴らしい響きに感動しているアレンをよそに、クリスは、自分の隣に降ろしたリュックを開けて……
「本当はすぐにでも会いに行きたかったんだけど、受けた恩は返さないといけないから……」
その話を信じるなら、面会に指定した日が一ヶ月生き延びた翌日なのはたまたまで、〝不運を招く女〟のジンクスを破れたから会いに来た、という訳ではないようだ。
「その間に考える時間はあった。――だから、これを用意したんだ」
そう言いつつ、クリスは、リュックの一番取り出しやすい所に入れられていた円筒形の書類入れの
「あの時、ボクの居場所はここだ、って確信した。でも、ボクはもう、逃げ出したり、見限ったり、自分の都合で二つのクランを後にしてる。だから、状況が悪くなったら自分だけ逃げだすんじゃないか、と思われても仕方ないと思って……」
一枚の巻物を、テーブルの上、アレンの前に置いた。
「厄介事に巻き込んでしまうかもしれない……、そのせいで命を落としてしまうかもしれない……、もちろん考えたよ。でも……」
それだけ必死という事なのだろう。取り留めもなく真情を
その一方で、アレンは、それを
それは羊皮紙で、そこに
しかも――
(これは、
クリスが円筒形の書類入れの蓋を開けると同時に目を覚まし、ご主人の膝の上から肩へ移動したリルが、書面を
この羊皮紙から漂う力からして間違いない。
署名欄に相当する二つの魔法陣の一方には、既に血で
「ボクは必ず
どうやら、言いたい事は言い尽くしたらしい。ズボンの膝の上あたりを強く握り締めているクリスは、まるで、裁判官の判決を待つ被告人のような緊張感を漂わせていて……
「みゅう?」
どうするの? と顔を
本来見えないものを見せるその浄眼には、
しかし、好き好んで危険に飛び込もうとは思わないし、
何より、《アカデミア》に戻れば、気まずさや不便、不自由はあっても、クリスの身の安全は保障される。ならば――
アレンは、この申し出を断るため、契約書に向かって手を伸ば
――〝約束したの、ちゃんと覚えていてくれたんだ〟――
――そう言って、長い髪を背に流し、女性用のローブを纏った妙齢の乙女が、頬をほんのり桜色に染めて可憐な微笑みを浮かべ――
「――アレン?」
名を呼ばれて、はっ、と我に返り、テーブルの上の契約書から正面の人物へ視線を移す。すると、髪は短く、服装もゆったりとしていて見た目では男か女か判然としない男装の少女が、こちらを
「…………いや、何でもない」
そう言いつつも、上向くと右手で
(久しぶりだな……この感覚……)
まるで白昼夢のように
切り捨てられそうになった可能性が上げた悲鳴か、選択した、または選択しなかった未来にいる自分からの警告か、はたまた神の啓示か……
何にせよ、確かなのは、この申し出を断ると、あの微笑みが自分に向けられる未来は決してこないという事だけ。
(はてさて、どうしたものか……)
この申し出を受け入れたとしても、あの微笑みに
そして、まず《群竜騎士団》との衝突は避けられない。
「ん~……」
アレンは、両目を覆っていた右手、その中指と薬指の間から片目でクリスの様子を何とはなしに
「…………まぁいいか」
未来を視る事ができる魔眼持ちの時空魔術師は、あえてその力を使わず直感に任せ、カチッ、と
「これからよろしく」
「……うん……うんっ! ――こちらこそよろしくお願いしますッ!!」
その後、吸血嗜好があるのではとちょっと心配になってしまう程、リルが拇印を押すためにつけた親指の傷を心配してぺろぺろ舐めてくれた、というのは余談で、アレンは、個室を出て用が済んだ事をサテラに伝えてから、クリスが人目に付かないよう【空間転位】で自宅に連れ帰り、
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