第15話 武術の才能がない?

「――やっと来たか。ちょっとそこで座って待ってろ」


 修理屋[バーンハード]の店主であるカイトがそう言い放ったのは、肩に精霊獣カーバンクル相棒リルを乗せたアレンが店内に足を踏み入れた、その瞬間の事だった。


 そして、意表をかれて然とするアレンのとなりをすり抜けるように店を出て行くと、そのまま工房のほうへ。今日来た用向きを伝えるどころか挨拶をするひまもない。


 いたかたなく、言われた通り会計カウンターの前に置かれているテーブルの席に着くと、このひまな時間を有意義なものにするため、栗鼠りすっぽくもあるがやはり猫っぽい、嫌がらずにむしろじゃれついてきてくれる可愛い相棒をでる事にして、頭やのどで、肉球をぷにぷにし、ふわふわの背中やお腹や四肢をモフる。


 そうして至福のひと時にひたっていると、程なくして、カイトがスーツケースのような大きなかばんを手に戻ってきた。


 カイトがそれをテーブルの上に置くと、リルが逃げるようにテーブルの上から契約者の肩へ戻り、好奇心からアレンが相棒と共に開け放たれた鞄の中をのぞき込むと、そこには緩衝材に埋まるようにして複数の武器が。


「まずはこいつからだ」


 何の説明もなくそう言い放ったカイトがアレンの前に置いたのは、1本の刀剣。


 それは、脇差わきざし代わりになるサイズの大型ナイフで、本来取り付けられているべき部品の類は一切なく、鋭いきっさきのみ諸刃で柄頭グリップエンドまで一体形成。刀身は長く、グリップは短く、見た目はアンバランスだが、うながされて手に取ってみると、重心バランスは良い。


 良いナイフだと思うが、いったい何を期待されているのかが分からず困惑していると、カイトは、そんなアレンの内心を読み取ったかのように、


「それもふくめ、これらは全て〔念動球〕を成形したものだ」


 そう説明して、今度は、霊力を込めるよううながした。


 言われた通りにするアレン。その手から、形は変わっても〔念動球〕のように大型ナイフが浮かび上がったのを見ると、カイトは、よしッ! と小さくガッツポーズし、


「次はこれだ」


 そう言ってアレンの前に置いたのは、鋭利な4枚の刃を備えた風車のような大型手裏剣。


 それもまた、アレンの手から浮かび上がったのを見ると、


「時計回りや反時計回りに回転させられるか?」


 アレンが、電動回転丸のこのように高速回転させ、次に高速反転させると、よしよし、と満足げに頷くカイト。


 ただ回転させられるかを確認するだけならナイフで良かったはず。それなのに、あえて手裏剣を用意して試させたのは、ナイフと手裏剣を同時に操作し、また、それらに別々の動きをさせられるかどうかを確認したかったのだろうか?


 アレンはふとそんな風に考えたが、それを確認する間もなく、


「次はこいつらだ。一つの〔念動球〕を半分に割ってそれぞれ成形したものなんだが、どうだ?」


 前に並べて置かれたのは、2本の苦無くないのような投擲剣スローイングナイフ


 もう流れで何も考えず霊力を込めて試してみると、


「これは……どっちも反応がにぶいです。それに、動きも遅い」


 指示してから動き出すまでに遅延タイムラグがあり、速く動かそうとしても指示通りの速度で移動しない。


「ちょっと貸してくれ。…………、これならどうだ?」


 空中を移動させようとすると時間がかかるので、2本の投擲剣をひょいとつかみ取って差し出すと、カイトは、その2本の柄頭を合わせ、螺子ネジのようにじってしっかり結合させて、1本の柄の両端に剣身がある双身剣ダブルブレードに。


 だが、結果は変わらなかった。


「つなげてもダメ、か……」


 そうつぶやきつつ双身剣だけ返却させ、そのまま鞄に戻すと、今度は緩衝材の下から、大小2枚の金属板を取り出し、大きい方を手に取ってアレンに見せながら、


「こいつは、二つの〔念動球〕を融合させたものだ」


 その後、『一つ分の板』と『二つ分の板』を使って実験してみた結果、双方の性能に差はなく、持てるだけの商品おもりを抱えたカイトを宙に浮かぶ金属板の上に乗せた状態で低い位置から上へ移動させてみても、一つ分のほうが二つ分より遅れるといった事もなかった。


「このサイズが、試行錯誤の末の最適解、って事か……」


 おもりとして抱えていた商品を元の場所に戻したカイトは、そんな事をブツブツ呟きつつ大小2枚の金属板を鞄にしまう。


 そして、その代わりに鞄から取り出して、ほらよっ、とアレンに向かって放ったのは、大型ナイフのスリーブで、


「その二つはやる。実験に付き合ってもらった手間賃だと思ってもらってくれ」


 鞄を持ったカイトは、ありがとよ、と言い置くと、はやる気持ちをおさえきれないといった様子でいそいそと店を出て工房のほうへ行ってしまった。


 こうして、せず、手裏剣に成形された〔念動球〕――〔念動風車かざぐるま〕と、刀剣型に成形された〔念動球〕――脇差〔念動飛刀ひとう〕がアレンの装備に加わり、


「――あッ!? 大口径力晶弾カートリッジッ!」


 今日はそれを買い足すために来たのだという事を思い出し、アレンは慌ててカイトを追いかけた。




 一つ所有してしまえば、あとはもう二つも三つも大差はなく、この先ダンジョン探索を進めていけば、モンスターは強くなり、罠は種類も数も増え、難易度はどんどん上がって行く。


 ならば、無くて困る事はあっても、有って困る事はない。


 そんな訳で、その機会チャンスめぐまれたなら、レトの分――【生命】の〔超魔導重甲冑カタフラクト〕の入手をねらってみようと決め、そうそうないだろうと思いつつも、備えあれば憂いなし、と必要なものをそろえた。


 そして、今日もダンジョンに潜り、時空魔法の【空間探査】を使って――


「おぉっ? 思いのほか早くめぐってきたな、チャンス」


 第2階層に隠し部屋モンスターハウスがあるのを発見した。


 隠し部屋は、攻略されるたびに場所を変える。昨日、探索を切り上げた時にはなかったので、第4階層よりさきでどこかのパーティが発見し、攻略したのだろう。


 第1~第3階層は新人冒険者ルーキーすら素通りして行く。故に、他の冒険者達に先を越される心配はない。アレンとリル、リエル、レトは、悠々とモンスターを駆逐しつつ進み…………一見なんの変哲もない壁の前で立ち止まった。


「本当に、アレン様お一人でいどまれるのですか?」


 そう訊いたのは、第1形態の〔超魔導重甲冑【水】アズライト〕を装着しているリエル。


 それに対して、〔超魔導重甲冑【時空】ランドグリーズ〕は腕環状態で、いつもの装備に脇差〔念動飛刀〕を加え、左腰に大小二本差しのアレンは、両腕に装備している〔砲撃拳マグナブラスト〕から既に装填してあったカートリッジを全て抜き取りつつ、おう、と頷き、


「目的は、〔超魔導重甲冑カタフラクト〕の入手。だから、まずは2機を手に入れた時と同じような感じでやってみるよ」


 〔超魔導重甲冑【時空】〕を第1形態で装着しないのもそのためで、【異空間収納】で収納用異空間から取り出した四つの力晶弾――レトに用意してもらった【生命】の霊力が過剰充填されているカートリッジを両方に2発ずつ装填した。


「俺の推測通りならこれでいけるはずだけど、入手できてもできなくても、次からは一緒に挑戦しよう」


 そう言って、心配そうな顔を自分に向けるリエルとレトに、気負いのない微笑みを浮かべて見せるアレン。


 そして、身をひるがえすと仕掛けを起動して出入口を開放し、床でお座りして心配など欠片かけらもしていないリルと二人に見送られ、一人、颯爽さっそう隠し部屋モンスターハウスの中へ。


 そのままなかばまで進むと、唯一の出入口で持ち上がっていた壁があっと言う間もなく落下し、響き渡る轟音と共に退路が断たれ、同時に部屋の奥、突当り前の床に魔法陣が出現した。


 そこから現れたのは、巨大な四足獣。四肢を床についた状態の体高で3メートルにせまり、頭部は虎に似て、鋭利な牙と爪を有し、全身がごつごつした岩のような赤黒いうろこおおわれ、背中にはたてがみというより魚の背びれのような無数の鋭いとげが図太い尻尾の付け根まで並んでいる。


 アレンが後になって知るそのモンスターの名前は『デーモニックビースト』。


 交戦して生き残った者がほとんどいないため、未だ多くの謎に包まれている凶悪極まりないモンスター。


 だが――


「――破ッ」


 炎獅子フレイムレオのような、近寄っただけでダメージを負うタイプではないと洞察した瞬間、【短距離空間転位ジャンプ】でデーモニックビーストの正面、鼻先から約2メートルの近距離に出現したアレンは、両手の親指と親指、人差し指と人差し指を合わせて三角形を作るように両てのひらを前へ突き出し、カチッ、と四つ重なって響いた拳銃の撃鉄を起こしたような音の余韻が消えるよりも先に〔砲撃拳〕をぶっ放した。


 ドゴォンッ、と腹に響く轟音と共に霊的衝撃波が前方・おおぎ型の範囲を吹っ飛ばす――が、デーモニックビーストは、左右や上への回避は不可能と咄嗟とっさに判断したらしく、重心を落とし、四肢を突っ張った耐衝撃姿勢を取り、直撃を受けながらもなんとその場で踏み止まった。


(マジかッ!?)


 内心で強敵に対する称賛をおししまず、【空間転位テレポート】より移動可能距離が短いが、その分発動までに必要な時間も短い【短距離空間転位ジャンプ】で部屋の反対側、出入口付近へ一瞬とも言えぬ間に移動する。


 それは、魔導機巧カートリッジ・システムを使用した直後から数秒間は、発射の反動に耐えるための仕掛けなのか、甲拳の関節部が固定ロックされてしまって動かせないからだ。


 できる事なら、後退すさがるのではなく、前に出て抜刀から一気呵成いっきかせいに仕留め切りたかったが、致し方ない。


 アレンは、デーモニックビーストから目を離さず、関節部の固定が解除されるなり左手で愛刀の鞘をつかんでつばを親指で押し上げ、カチッ、と鯉口こいくちを切り、右手を柄頭から滑らせるようにして鍔元つばもとえ……


「…………ん?」


 デーモニックビーストが全く動かない。その事に怪訝けげんな顔をした直後、バフッ、とあっと言う間もなくその姿が崩壊した。


 後に残ったのは、拳サイズの魔石。そして、部屋の中央に出現した、腰の高さ程の祭壇と黄金の鍵が既に差し込まれている宝箱ガチャ


 無傷ノーダメージで耐え切ったかのように見えたが……。それとも、外傷は与えず生命力を消し飛ばして死に至らしめる――それが【生命】の霊力を純粋な破壊力に変換した結果なのだろうか?


 アレンはそんな事を考えて、ぶるっ、と身震いしてから、結局、鯉口を切ったものの抜かずに終わった愛刀、その鍔に左手の親指を掛けて引き戻し、柄頭がへその前にくるよう動かしていた鞘を、ぐっ、と元の位置に戻した。


「さて、と……」


 結局、交戦したが、新たな情報を得る前に倒してしまったアレンは、何となくそれが礼儀のような気がして、デーモニックビーストの魔石を回収してから宝箱へ。


 何度やっても、このドキドキやワクワク感は変わらない。


 黄金の鍵をつかんだ瞬間、宝箱が置かれた祭壇の後ろの床に魔法陣が出現し、ガチャガチャ、ガチャガチャ、と噛み合った金属の歯車が回るような音を響かせて鍵を回すと、それに呼応して魔法陣の内側の円と外側の円が逆方向へ回転し、ガチャッ、と鍵が止まると同時に魔法陣の回転も止まる。


 そして、アレンが黄金の鍵から手を離すと、祭壇と宝箱はその場から消え去って魔法陣が発光し…………その光と魔法陣が消えた後には、古代金貨や金銀財宝などのいわゆる換金アイテムと――


「――ぃよしッ!!」


 アレンは、兜の飾りまで入れれば2メートルの半ばを超える、生と死を象徴するかのような白と黒で彩られた重厚な〔超魔導重甲冑〕を見詰め、右手で小さくガッツポーズしつつ、にやり、と口角を吊り上げた。




 激レア装備だとされている〔超魔導重甲冑〕が、何故こうもポコポコ出てくるのか?


 アレンは、まず過去に手に入れた時の事を思い出してみた。


 〔超魔導重甲冑【水】〕を手に入れた時は、〔水操の短杖アクアワンド〕を使いこなせず、隠し部屋を水没させて唖然とし、〔超魔導重甲冑【時空】〕を手に入れた時は、延々と猛獣草ウルフプラントを斬り刻んだ後、悪魔草デビルプラントを〔砲撃拳〕で吹っ飛ばし、想像を超えた結果とその威力に愕然とした。


 そして、実際に初期形態に搭乗し、第1形態を装着した経験から、こう考えた。


 カイトが言っていた『装着者の能力を増幅する』という世間が認識している機能はおまけのようもので、そのじつ、〔超魔導重甲冑〕とは、剣や弓の初心者だったリエルの動作を補正してみせたように、持っていても扱いきれていない力を引き出しつつ制御し、有効利用するために造られた道具ツールなのではないか、と。


 そこで、今回は、他の要素を排除して、〔砲撃拳〕での攻撃に限定してみた。


 〔砲撃拳〕での砲撃は、純粋な破壊力に変換する、などと言っても、結局のところは莫大な霊力をただ放出しているだけ。術式を構築して魔法を行使すれば、十分の一以下の霊力で同じ結果を出せる、言わば、霊力の盛大な無駄遣い。


 それ故に、この推測が的を射ているなら、〔超魔導重甲冑【生命】〕を獲得できるはずだと考え、結果はご覧の通り。


 アレンは、同じ方法で残りの3機――【冷熱】【金属】【力素】の〔超魔導重甲冑〕も獲得できるだろうと確信に近いものを得たが、使う者がいないので、今のところそのつもりはない。


 ――それはさておき。


 妖精族のレトは、人が造った金属の塊に、忌避感や拒絶反応という程ではないが、苦手意識と言うか、エルフ耳に似た長い獣耳を垂らしてちょっと怖がるような素振そぶりを見せたものの、アレンが勧めると、大人しく従って機体に触れ、搭乗した。


 そして、〔超魔導重甲冑【生命】〕の支援用人造精霊テクノサーヴァントに与えた名は『メルク』。今はもうないという、彼女の故郷があった森の名前。


 実際に搭乗して確認してみると、やはり、思い通りに動かせるものの初期形態では自分本来の戦い方ができない。そこで、アレンと同じく腕環状態で経験値を累積させる事にして、第3階層での修行を続行し…………〔超魔導重甲冑【生命】メルク〕が第1形態へ進化したのは、それから二日後の事。


 その間、リエルがひたすら【斬撃】【斬撃】【斬撃】……また【斬撃】を繰り返す一方で、レトは、いつも通りの豪快にして華麗な肉弾戦闘以外に、自分の〝武器〟を意図的に多用した。


 戦闘妖精ヴァナディースであるレト専用の〝武器〟――それは琥珀こはくたま


 梅の種ほどの木の実が中心に閉じ込められた梅の実ほどの大きさの球体――それを一言で説明するなら、魔法的な『爆弾』。


 レトいわく、彼女の故郷の森ではして珍しくもない、鳳仙花のように破裂して種をばらく木の実が霊木の樹液に閉じ込められて琥珀化したもので、何故かは分からないが、戦闘妖精になった時から、望んだら望んだだけ出てくるらしい。


 特に名前はないそうなので、仮に分かりやすく〔琥珀爆弾〕または単に〔琥珀こはく〕と呼ぶ事にしたそれは、爆裂手榴弾のような爆風で殺傷するタイプの爆弾。基本的な殺傷範囲は直径5メートルほどだが、霊力を込める事で範囲を拡大する事が可能。破片や種が飛ぶ事はなく、空中で破裂すると、炎をともなわない物理的作用を及ぼす霊的衝撃波が周囲を吹っ飛ばし、また、攻撃対象にくっつける事ができ、その場合は接触している部分に爆発力が集中する。


 放り投げて空中で起爆させると、ダンジョンという空間が限定されている場所ではえげつない威力を発揮し、敵に近くまで接近された時には、その圧倒的な速力スピードでモンスターの背後へ一瞬にして周り込んで、またはかわし様にくっつけて爆殺した。


 そうして経験値を累積した結果である〔メルク〕の第1形態は、手足の指先からあごの下とうなじの髪の生え際まで全身を覆う、極薄で伸縮性に富む躰にフィットしたパイロットスーツを基礎ベースに、装備されているのは、仮面フルフェイスマスク付きの環状兜サークルヘルム、形が似ているだけではなく〔斥力拳マグナスラスト〕の機能を備えた甲拳、脚甲――以上。程よく豊かで美しい丸みを帯びた胸、薄い背中、すっきりとしたお腹、細い腰、キュッと引き締まったお尻……美しい躰のラインが露わなところも含め、その印象は元々装備していた〔戦乙女の鎧〕に近い。


 ここはダンジョン。モンスターが現れたので、早速その白と黒で彩られた機械的な武装を身にまとった姿で戦ってみると、何の問題もなくいつも通りの戦い方ができた。


 そこで、次は武器を試してみる事に。


 【格納庫】から取り出された武器を一言で言い表すなら、――多目的突撃小銃マルチパーパスアサルトライフル


 全長およそ1メートル。減音機能サウンドサプレッサー付きで、上の突撃小銃アサルトライフルと下の榴弾射出機グレネードランチャーが一体化しており、弾倉後置ブルパップ式でサムホールストックのそれは、横から見ると長方形に近い形状で、〔ランドグリーズ〕や〔アズライト〕に比べて躰に装備されている装甲が少なく余計な機能が備わっていない分、その全てが武器こちらに回されたのだと言わんばかりにゴツくて高性能。


 引き金トリガー銃把グリップより後ろにある弾倉に相当する部分に掌をかざすと装填口が開放され、そのまま〔琥珀爆弾〕を出すと、忽然と現れた端から次々とそこに吸い込まれ、内部でそれを材料に高初速徹甲弾と破砕榴弾が自動的に錬成され蓄積されていく。


 そして、小柄なレトがそのゴツイ多目的突撃小銃を構えると、全身を包んでいるパイロットスーツが正しい射撃姿勢を取らせ、視覚に情報が割り込んで視界に表示される紋章のメニュー画面ウィンドウと同じように、着弾点を示す十字レティクルやレーダー、残弾数などが自動的に表示される。


 アサルトライフルのほうは、半自動セミオート全自動フルオートの切り替えが可能。口径およそ8ミリの高初速徹甲弾が音速の約3倍で発射され、減音機能を使うと速度が落ちるものの、最大で12倍まで【加速】させる事ができる。


 問題はグレネードランチャーのほうで、着発式、時限式、〔琥珀爆弾〕と同じ任意でと起爆させる方式を選択する事ができ、半自動セミオートで連射する事が可能な破砕榴弾は、爆発した衝撃で飛散したスパイクのような破片で殺傷するタイプの爆弾。その飛散する破片の速度と威力は拳銃弾と同程度で、それが広範囲に撒き散らされるため、曲がり角のような身を隠せる場所がないと危なくて使えない。


 もっとも、第1形態は【防御力場バリア】が標準装備なので、自分も〔ランドグリーズ〕を装備するか、防御魔法を使えば問題なのだが……


(人との出会いって、不思議だなぁ……)


 アレンはふと思った。


 修理屋[バーンハード]の店主であり発明家でもあるカイトと出会う以前の自分なら、『こんな強力な兵器、いったいどんな敵と戦うために造ったんだ?』と、倒すべき敵が存在していたからこそ、そのために必要だったからこそ造られたはずだと考えていただろう。


 それが今は、ごく自然にこう考えている。


 『知識と技術と情熱を持った変人が、何の目的もなく、ただ想像したものをどうしてもつくりたかったからつくっちゃったんだろうなぁ』と。




 第4階層からゴブリンが出現するようになる。


 一般的な冒険者の認識では、第1~第3階層に出現するのはデカい害虫や害獣で、ゴブリンこそが『最弱のモンスター』という事になっている。


 そのせいで、害虫駆除は冒険者の仕事ではない、という考えが蔓延まんえんしている昨今さっこん、新人達ですら第1~第3階層を素通りするため、第4階層から途端に冒険者達の数が増える。


 上級トップのクランが喉から手が出るほどほっし、喜んで国を丸ごと買えるような財宝を支払うという〔超魔導重甲冑カタフラクト〕――それを自分達が持っていると知られてしまった場合の事を考えると、もう厄介事に巻き込まれるような気しかしない。


 それ故に、所有している事実を隠すと決めているのだが、地下にある空間だという事を考えると広いものの、中層以下と比べるとそれ程でもない浅い階層では、他の冒険者達と遭遇する事が比較的多く、そのたびに装備・除装を繰り返すのは面倒。


 それ故に、第4階層からは、〔超魔導重甲冑〕なしで探索を進めると決め、その支援なしで戦えるよう、第3階層でリエルのレベルアップを図っていたのだが――


「リエルには剣の天稟があるな」


 〔アズライト〕を除装し、〔水操の短杖アクアワンド〕で作り出した水の大剣を携えた〔戦乙女の鎧〕姿のリエルが、【斬撃】スキルを使わず、みずからの力で不規則な動きをする大蜘蛛を捉え、見事一撃で両断したのを見て、アレンは感嘆の声を漏らした。


 もちろん、しつこいという表現が生易しいほど繰り返し使用したスキル【斬撃】と第1形態の〔アズライト〕の動作補正が、徹底的に正しい動きを躰に教え込んだからではあるのだが、やはり、それだけではこの短い時間でこれほどまでに身に付きはしない。


 それは、自分が使っている刀でも、こちらで主流の長剣つるぎ片刃剣サーベル細剣レイピアでもなく、自ら大剣を選んだ時点で思っていた事なのだが、


うらやましいよ。俺は武の才がからっきしだから」


 しみじみ本音を吐露とろすると、リエルとレトが凄まじい勢いで振り返った。


「武術の才能がない? アレン様が?」


 レトまでもが、この人いったい何言ってんの? と言わんばかりの顔をしている。


 そんな二人に対して、アレンは、あぁ、と苦笑しつつ頷き、


「俺は、『武において一つの極みと言える心眼、それを超える空間認識能力を備えた武芸者を育てる』って目的のため、時空魔術師としての天稟で選ばれた弟子だから、武の才は全くないし、昔は躰が弱くてなぁ……」


 魔法適性が極めて高い体質であるが故に、幼い頃は、小さな躰に納まりきらない大量の霊力で生体機能が害され、その上、魔眼持ちだったため、老師が、見え過ぎるほど見えて視たくないものまで観えてしまう浄眼を封じ、徐々に慣れさせてくれていなければとうに発狂していただろうし、師匠が、〝軟気功〟――医療用の気功術で体内の霊力バランスを整え、制御の仕方を教授してくれていなければ、おそらく10歳まで生きられなかっただろう。


 昔をなつかしむように語るアレン。その一方で、卓越した剣の腕前や武神の如き屈強な肉体を目にしているだけに、敬愛するご主人様の言葉を疑う訳ではないが、どうしても信じられずに困惑顔を見合わせるリエルとレト。


「お前を天才にはしてやれん。だが、必ずにしてやる」


 アレンは、思い出の師匠のモノマネをして笑ってから、


「何十人もの弟子でしを育てた師匠には、十分な弟子育成のノウハウがある。だから、才能の有無なんて関係ないんだってさ。むしろ、自分の剣をがせるには邪魔だ、って言ってたよ」

「邪魔?」

「『剣の天稟がある』って事は、言い換えると、もう『自分の剣を持っている』って事なんだって。だからそういう奴には、目録はくれてやるが免許はやれん、って言ってたよ」


 アレンは、そう言ってから、リエルとレトが分かったような分からないような曖昧あいまいな表情をしているのを見て、


「まぁ、そんな事より――」


 話を本題に戻そうとしたのだが、


「――いえっ! もっとアレン様の話を聞かせて下さいッ!」


 ずいっ、とせまってきたリエルのとなりで、レトもこくこく頷き、尻尾までふりふり揺れている。


 アレンは、そんな二人の興味津々しんしんな様子にちょっと苦笑しつつ、また今度、ダンジョン以外の場所でな、と流して、


「そろそろ、第4階層へ進もうか」


 〔メルク〕が第1形態へ進化し、リエルが〔アズライト〕なしで戦える事が証明された。そこで、良い頃合いだろ? と仲間達に意見を求める。すると、


「みゅ~――っ!」


 ぴょんっ、と肩に飛び乗ってきたリルが真っ先に賛成の声を上げ、リエルとレトも同意した。


 こうして第4階層へ進出し、人見知りの気があるリエルとレトのために他の冒険者と遭遇しないよう気を付けつつ、ダンジョン探索を進めていくアレン達。


 しばらく封印する事にした〔超魔導重甲冑〕は言うにおよばず、この浅い階層では、【守護障壁フィジカルプロテクション】が標準付与されている〔戦乙女の鎧ヴァルキリーアーマー〕もまた過剰な装備であり、リエルは危なげなく武器を所持した人型モンスターゴブリンとの戦闘経験を重ね、アレンとレトも、単独ではなく仲間と協力してパーティで戦う事に少しずつ慣れていく。


 そんな日々を過ごしている内に、ふと気付くと、とりあえず生き延びようと決めた一ヶ月が過ぎていた。

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