第14話 進化

 ――『戦種ポジション


 それは、パーティを組んだ際にになう役割の事で――


 敵陣に斬り込んだり最前線で防衛ラインを守ったりする『前衛パワーフロント


 後方より、攻撃・回復を行い、前衛を支援する『後衛ハーフバック


 仲間の状態や戦闘の状況を常に見渡して指揮する『中衛センターガード


 自由に動いて敵を攻撃、または仲間を支援する『遊撃サイドウイング


 戦闘には参加せず、荷物持ちや地図作成などで仲間を支援する『支援フルバック


 ――大きくこの五つに分けられる。


 アレンは、アドバイザーさんサテラにこの話を聞いた時、無限流と時空魔法が使えて〔回復銃〕を所有し、精霊獣カーバンクルのリルと契約している自分は、前衛、後衛、支援のどの役割もつとめる事ができ、中でも最も適しているのは遊撃で、ただ一つ、仲間と協力して戦った経験がないため中衛だけは無理だろうと考えていた。


 それなのに今、遊撃と支援を兼ねる中衛として、二人の仲間を見守っている。


 前衛を担当するのは、レト。


 適性属性は【生命】。

 職種は、なんと、【魔法使い】系最上級職の【祈るものインヴォーカー】。


 流石はフェアリーの一族、その全員のむべき戦うための力を集約されて誕生した特殊個体――戦闘妖精ヴァナディースというべきか、最初から選択する事が可能だったそれは、他の種族ではいたれない、妖精族のみがく事ができる【魔法使い】系の最高峰。


 だが、担当は前衛で、しかも、戦い方スタイルは、圧倒的な速力スピード膂力パワーで敵を爆砕する肉弾戦型。


 真の姿に戻った事で、存在をゆがめられて封じられていた力が使えるようになったそうで、誰かに教わった訳ではないという、抜群の戦闘勘に任せた天衣無縫な戦い方で、天を翔け、地を駆け、一瞬で距離を詰め、あわれな獲物に襲い掛かる。


 攻撃は基本的に、アイススケートのジャンプのような横回転、体操競技の前方宙返りやバック宙のような縦回転など、回転から始まり、足技が主体で、手技は、拳を作らず、裏拳か張り手のような掌打、まれに肘打ち。いわゆる正拳突きや右ストレートのような打ち方はせず、肘を伸ばしたまま腕を振り回して一撃の威力に遠心力を上乗せし、自身を抱き締めるように腕を躰に巻き付けてから鞭のように繰り出して甲拳を叩きつける。


 フェアリーの特殊個体であるレトは、背中にはねがなくとも飛翔するとぶ事ができるため、空中での姿勢制御が完璧で、軸が安定した高速回転から、たっぷりと遠心力を乗せて繰り出される飛び後ろ回し蹴り、浴びせ蹴り、胴回し蹴り……などなど多彩な足技は、浅い階層に出現するモンスターを一撃で魔石ごと木っ端微塵に打ち砕いた。


 柔軟な肢体を最大限に生かし、しなやかな手足を大きく振り回し……そんな高速アクロバットのような躍動する戦い方ができるのは、レト自身が選択セレクトした、頭部には彫刻が施されたプレートが頭部前面を保護する環状兜、両腕には二の腕に届くロンググローブと肘まで可動式の装甲で覆われた甲拳、両脚にはオーバーニーソックスと膝まで可動式の装甲で覆われた脚甲を装着しているのに、胴体からだは、宝石が象嵌された首環とつながるホルターネックのハーフトップとビキニのような、布鎧クロスタイプの胸当てと貞操帯を素肌に直接身に付けているだけの〔戦乙女の鎧ヴァルキリーアーマー〕だからこそ。革製であれ魔法金属製であれ、胸甲や背甲や腰部装甲などを装備していてはそれが邪魔になってとてもできない動きだ。


 そして、その小柄でちっちゃくて可憐な容姿と豪快な戦いぶりのギャップが凄まじく、モンスターを発見するとまっしぐらで、戦闘が終了するとすぐ側に駆けて戻ってくる様子がわんこっぽくて可愛い。


 後衛を担当するのは、リエル。


 適性属性は【水】。

 職種ジョブは中級職【魔法戦士ルーンウォーリア】。


 本来であれば、初級職【魔法使い】で魔術と聖法をバランスよく取得し、更に、浅く広く複数の武器の技を取得できる【戦士】で一定数以上の技能を取得し、それらをある程度以上習熟する事でようやく転職できるのだが、リエルは初めからこれを選択する事ができた。


 〔超魔導重甲冑カタフラクト〕を装備している彼女は、〔水操の短杖アクアワンド〕の中に収納されている水を操って弓と矢を作り、距離を保って遠間とおまから、巨大なねずみあり蚯蚓みみず蜘蛛くも百足むかで…………怪物モンスターなのかデカい害獣・害虫なのか微妙なのを問題なく次々と駆除くじょしていく。


 今は後衛に専念してもらうが、〔超魔導重甲冑〕と水で形作った大剣、それに、今回の探索で倒したモンスターから吸収し、紋章に蓄積された霊力で【戦士】の攻撃スキルを取得すれば、前衛としても活躍できるだろう。


 第1階層のボス部屋に到着すると、扉が閉まらないよう抑えているアレンの目の前で、2体出現したラットマンを瞬殺し、そのまま第2階層へ。


 そして、リエルが、え? と戸惑いの声を漏らしたのは、出現するモンスターが増えようとも鎧袖一触がいしゅういっしょくに蹴散らしながらボス部屋を目指していた時の事だった。




「リエル?」


 アレンが声をかけると、兜の飾りまで入れれば2メートルの半ばを超える群青色の機体が振り返り、


〔突然、目の前に文字が現れて……、累積るいせき経験値が規定値を突破した事で、最適化の実行が可能になったそうです。それで、初期形態から第1形態へ進化するか、と〕

「進化? 累積…経験値……で最適化、か………」


 どうしたらいいのかと相談されたアレンは、ふむ、と思案し……


「その『累積経験値』ってやつが、〔超魔導重甲冑カタフラクト〕を装備している時に限ったものなのか、それとも、除装して腕環ブレスレット状態だった時の経験も含まれるのか、分かる?」

〔累積経験値の内容は…………分かりません〕

「じゃあ、初期形態から第1形態への進化って、今しないと二度とできないの? それとも、保留して後回しにできる?」

〔それは…………今すぐしなければならないという訳ではないようです〕

「それならひとまず保留しよう」


 理由は、リエルが大剣を使えるようになろうと練習中だから。


 累積経験値が〔超魔導重甲冑〕を装備している時のものに限られるのなら、除装し腕環の状態で素振りした経験が含まれず、『水を扱い遠距離攻撃するリエル』に最適化した形態に進化すると予想される。


 それなら、保留して更に大剣を用いた戦闘経験を累積させ、『水を操り弓矢と大剣を使うリエル』に最適化させたほうが良い。


 そう説明すると、リエルは納得し、はい、と頷いた。


 それから、リエルは一度〔超魔導重甲冑〕を除装し、アレン達はダンジョンを出て賢者の塔へ。


 そして、利用者が少ない時間帯だったようで、空いていた個室をすぐ使用する事ができ、リエルは、【戦士】系初級の大剣スキル【斬撃スラッシュ】を取得した。


「【強撃スマッシュ】も取得できそうですが?」

「それは必要ない」

「そうなのですか?」


 アレンは、うん、と頷き、


「使い手であるリエルは重さを感じていないだろうけど、その〔水操の短杖アクアワンド〕には、既に大きな地底湖数個分、数十万トンって水が収納されているんだ。だから、【斬撃】を会得えとくし、〔水操の短杖〕の扱いに習熟すれば、それだけでリエルは『数十万tの重さで全てを叩き切る斬撃』をり出せるようになる。だから、渾身こんしんの力を乗せた強く重い一撃を繰り出すスキルである【強撃】は必要ない」


 繰り出した直後に大きなすきさらすだけだからね、と付け加えると、リエルは唖然とし、あっさり告げられたその内容とたくされた力の大きさを理解して受け入れるまでにしばしの時間を必要とした。


 ――何はともあれ。


 その後、アレン達はダンジョンに戻り、リエルは〔超魔導重甲冑〕を装備し、水で作り出した大剣でひたすら【斬撃】【斬撃】【斬撃】【斬撃】【斬撃】…………上段に構えてスキルを発動すると唐竹割りや袈裟けさ斬り、逆袈裟になり、左や右の脇に構えるとはらいになる【斬撃】を、延々と――時々休憩を挟みつつ――ただただ繰り返し使い続けた。


 そして、頃合いを見計らってその日の探索を終了すると、帰宅してみんなで美味しく夕飯を頂く。それから、いつも通り夜の稽古を始め、リエルは〔超魔導重甲冑〕を除装した状態で素振すぶりをし………


「じゃあ、今日の締めに、〔超魔導重甲冑〕を進化させてみようか」


 アレンは、リエルに稽古の終了を告げると、続けてそう提案した。


「よろしいのですか?」

「あぁ、良いと思う」


 その理由は、


「装備した状態での戦闘経験は、弓矢と大剣で倒したモンスターの数がほぼ同数。除装した腕環の状態での修行も経験値として累積されるなら、射撃と剣術の練習量はとんとんってところ。それに、ただの最適化じゃなく、初期形態から形態へ進化するなら、第2、第3の形態へ進化する可能性があるような気がする。それなら、初期のままだらだらやり続けるより、第1形態での戦闘経験を累積したほうが良いと思うんだ」


 それでも、リエルの機体なのだから、と最終的な判断は任せると、


「では、最適化を実行し、初期形態から第1形態へ進化させたいと思います」


 リエルは決然と頷き、〔超魔導重甲冑〕を装備した。


〔では……行きます!〕


 その宣言の直後、アレン、リル、レトが見守る目の前で機体がまばゆい光に包まれ――2メートルの半ばを超えていたシルエットが、シュッ、とちぢむ。そして、光が消えた後には、蒼、碧、藍、紺……様々な青でいろどられた機械的な武装を身にまとうリエルの姿が。


 手足の指先からあごの下とうなじの髪の生え際まで全身をおおう、極薄で伸縮性に富む躰にフィットしたパイロットスーツを基礎ベースに、布鎧クロス装甲プレートが装備され、その印象は元々装備していた〔戦乙女の鎧〕に近く、環状兜サークルヘルム仮面フルフェイスマスク、胸甲、脚甲、形が似ているだけではなく〔超振拳マグナクラッシュ〕の機能を備えた甲拳、前は短く後ろは長い布鎧のスカート。盾のような肩当て付きのマントは非固定武装アンロックユニットで、躰からわずかな隙間を開けて浮いている。


「へぇ~っ、進化したらそんなふうになるのか」


 その姿を目の当たりにして、素直に驚きの言葉を口にするアレン。


 今までなかった武器が現れたり、敏捷性や精密操作性など、装着者に適した性能が向上したりするのではないかと予想していたのだが、ここまで外観が変わるとは思ってもみなかった。


 更に予想外だったのは武器で、右手に現れたのは、【格納庫】から取り出された〔水操の短杖〕。そして、左手に現れたのは、弓ではなく、銃把グリップがない銃身が上下二連式の戦闘用散弾銃コンバット・ショットガン


 左手で持ったそれの後部の差込口に〔水操の短杖〕を装填そうてんすると、カチッ、とまってしっかり固定され、〔水操の短杖〕がショットガンの銃把になる。


「どうして弓ではないんでしょう?」


 リエルが疑問を口にすると、アレンは、ふむ、と思案し、


「考えられる理由の中で可能性が高いのは、リエルが弓の【技術スキル】を取得していないから、と、戦闘を行なったのがダンジョンのみだったから、だな。それで、〔超魔導重甲冑〕が推奨すいしょうする、より取り回しの良い遠距離用の武器が選択されたんじゃないかな」


 その推測は、どうやら納得がいくものだったらしく、リエルは手にした新たな武器を見詰めながら、なるほど、と頷いた。


 それから早速、リエルは試射するために、アレン達はそれを見学するために、先日造った射撃場へ。


 リエルいわく、ショットガンを構えると、全身を包んでいるパイロットスーツが正しい射撃姿勢を取らせ、視覚に情報が割り込んで視界に表示される紋章のメニュー画面ウィンドウと同じように、着弾点を示す十字レティクルやレーダー、残弾数などが自動的に表示されるとの事。


 発射されたのは、魔術の【水弾アクアバレット】のような液体ではなく、氷とは違って冷たくない特殊な凝縮状態の透明な水の弾丸で、上下2本ある銃身の上からは、弾頭がするどとがっていて螺旋らせん状の溝がある単体弾、下からは、一つ一つが直径9ミリ程の12粒をいっぺんに発射する散弾。


 発射された弾の初速は亜音速で、発射音は減音器サウンドサプレッサー付きの拳銃のように静か。銃口の前に出現する魔法陣の効果で最大音速の7倍まで【加速】させる事が可能だが、音速を超えると衝撃波が発生するため相応の大きさの音が響く。


 どちらも半自動セミオートでの連射が可能で、現在、残弾数の表示はどちらも『むげん』。1000発以上発射可能だとそうなるらしい。


 その後、リエルは、銃器部分を外して【格納庫】に収納し、〔水操の短杖〕で水を操り作り出した大剣を振ってみた結果、スカートや肩当て付きマントが動きを妨げる事はなく――


(『人を早熟させ、更なる高みへ押し上げる継承システム』だって話だったけど、まさかこれ程のものとは……)


 多くの冒険者は気にする事も深く考える事もないが、一部の者達は、賢者の塔で取得できる【技術スキル】の事を、相応の霊力を代償として過去の達人が行使した技を自分の身に降ろす、降霊術の一種ではないかと考えている。


 故に、【スキル】を発動させると、自分の意思とは関係なしに躰が動き、頭で理解していなくとも、繰り返し使う内に躰がその技を覚えていく。


 剣術の初心者は、拳を作るようにつかにぎり締めてしまって正しい持ち方ができていなかったり、腕だけで振り回したり、振り下ろした時に前のめりになってしまったり、わきを締められていなかったり、腰が入っていなかったり、爪先や膝の向きに気が回っていなかったりするものなのだが……


 アレンは、【斬撃スキル】の補正を受けていない初心者リエルのその動きを見て――全身を連動させ手足を同時に動かし、剣身をブレさせる事なく正しい姿勢で真っ直ぐに振り、しっかり刃筋を立てる『斬撃』が早くも身に付いてきているのを見て、内心で舌を巻いた。




 夜稽古の終了を告げ、〔超魔導重甲冑〕を除装したリエルとレトに有無を言わせず先に汗を流すよう命じて浴場へ向かわせた後、アレンは、通常の8倍という高重力環境下で肉体をいじめ抜くため鍛錬場へ。


 だが、その前に――


「興味はあったんだよな」


 現在、アレンがいるのは屋内、自宅のリビング。


 そして、その前にあるのは、壁際に飾られている、兜の飾りまで入れれば2メートルの半ばを超える透明感のある黒を基調とした重厚な〔超魔導重甲冑〕。


 こんなデカくて重厚な鎧を着込んでいては身動きが制限されてしまう。それでは師匠に伝授してもらった技を振るえない。修行にならない。――それ故に、カイトに言われた通りかざっていたのだが、最適化によってあんなふうに形態が変化すると知った今、ただの置物にしておく理由はなくなった。


「もっとも、最適化されたお前さんが、リエルの〔超魔導重甲冑カタフラクト〕のようになってくれる保証はないんだけどな」


 アレンは、そう語りかけながら、今まで【異空間収納】で運んだり出し入れしていたためれる機会がなかった〔超魔導重甲冑〕に向かって左手を伸ばし……触れた瞬間、その甲にある紋章と、鼻も口もない無機質な仮面の目に相当する部分が光を放つ。


 あの時、リエルは咄嗟とっさ後退あとずさったが、そのままたたずんでいたアレンの足元に魔法陣が出現し、その姿が掻き消え――


「おぉ~~っ」


 まぶたを開くと、ゆったり椅子に座っているような体勢で、不思議な球形の空間――内宇宙の中心で浮かんでいた。


「リエルが言ってた通りだな」


 内宇宙コックピットで、アレンの姿はいつの間にか、手足の指先からあごの下とうなじの髪の生え際まで全身を覆う、極薄で伸縮性に富みズボンストレッチパンツ穿いたような男性用パイロットスーツ姿になっていて、前に表示されているウィンドウには前後左右上下――全方位が映し出されている。


 グルリと周囲を見回してから視線を下げると、そこには、庭からここまであとをトコトコついてきていたリルの姿が。


 内宇宙なかからの呼び掛けは外に伝わり、お座りしていたリルは、みゅうっ、と嬉しそうに一鳴きしてから立ち上がって飛び付き、スルスルとよじ登って〔超魔導重甲冑〕の肩の上へ。


 そして、家の外へ出ようと考え、そちらへ視線を向けると、それだけで機体が歩き出した。


「…………」


 自分は動いていないのに、こちらの意思に感応して歩く〔超魔導重甲冑〕。


 その中にいるアレンには、〔高機動重戦騎ドラグーン〕のシグルーンに騎乗した時にもおぼえた、意志のようなものが感じられる。


 ならば――


「名前があったほうが良いよな」


 他の〔超魔導重甲冑〕とは違う、自分専用で唯一無二、装備して共に戦う相棒の名前は……


「…………よしっ! お前さんの名前は――」


 老師が、みずからと共にる事を誓約した守護精霊に与えた名を拝借はいしゃくして、


「――『ランドグリーズ』だ」


 満足げにそう告げた――次の瞬間、


「ぬぉおぁッ!?」


 突然、アレンは圧力を感じる程の眩い光に包まれた。


 瞼越しでも強い光を感じ、顔の前で交差させた腕で目をかばい…………収まったのを感じて両腕をどけ、ゆっくりと瞼を開く。


 すると、同じ場所にいるとは思えないほど、コックピット内の光景が一変していた。


 それまでは、内宇宙――宇宙のような空間に浮かぶ透明な球体の中にいて、前方に投影されていた仮想画面ウィンドウに外の様子が映し出されていた。


 それが今は、まるで透明な球体ごと外へ放り出されたかのように、宇宙のような空間の代わりに周囲全てがモニターとして外の様子を映し出している。


 そして、それまで外の様子を映し出していた半透明の仮想画面には、


 ―― 名称登録完了 ――

 ―― 宣誓せんせい ――

 ―― 支援用人造精霊テクノサーヴァント『 ランドグリーズ 』は、この名、この機体にけて、適格者『 アレン 』の目的遂行のために尽力する事をここにちかいます ――


 光の文字でそんな文章が。


 そして、一定時間経過したからか、それとも読み終わったのを察したのか、仮想画面ごとそれが消えると、今度は、複数の仮想画面が同時に投影され、それぞれに、現在使用可能な兵装や活動継続可能時間、【格納庫】内の状態、機体の状態コンディション…………などなど、様々な情報が表示された。


「………、リエルは何も言ってなかったな」


 それはおそらく、〔超魔導重甲冑〕の意識と言うべき支援用人造精霊に名前を付けていないからだ。


「風呂から上がってきたら教えてあげよう」


 そんな事をつぶやきつつ、驚きの余韻よいんが抜けきらないまま、とりあえず投影されている複数の仮想画面それらに目を通していく。


 次へうつるたびに一つ一つ消えて行き、最終的にその全てが消えて目の前に余計なものがなくなると、ふと何をしようとしていたのかを思い出して家の外へ。


 リルを肩から降ろしてから、無手で幾つかの型を試し、動作を確認する。


 それで分かったのだが、リエルが言っていた通り、自分の躰のように動かす事ができるものの、当然と言えば当然なのだが、やはり自分の躰そのものではない。


 特に、〔超魔導重甲冑〕の姿勢制御能力の完璧さがあだとなり、無限流の極意――十種秘法とくさのひほうの、重心の操法である〝生玉イクタマ〟と、意図的にバランスを崩す事で重心を操作して移動する〝足玉タルタマ〟を行なおうとすると邪魔される。


「やっぱり、初期形態このままじゃだめだな」


 支援用人造精霊ランドグリーズに聞かせようとした訳ではないが、第1形態に期待しよう、と呟いて〔超魔導重甲冑〕を除装し、適格者と認められた証である左手首にめられた腕環をしげしげと眺めてから鍛錬場へ向かうアレン。


 結局、〔ランドグリーズ〕が第1形態へ進化したのは、三日後の事だった。




 朝の稽古、ダンジョン探索、夜の稽古。


 ダンジョンへ向かう前に、賢者の塔へ寄って技能を取得したりもしたが、基本的にその繰り返し。


 その間、リエルは〔超魔導重甲冑〕を第1形態で装着して探索していたが、アレンは腕環状態のまま、一度も〔ランドグリーズ〕を装備する事はなかった。


 それは、初期形態だと修行にならないからだが、同時に、装備せずに稽古や戦闘を行なった結果、最適化が可能になり第1形態へ進化したなら、腕環の状態でも経験値が累積されるのだという事が証明されるから。もしダメだったとしても、やっている事はこれまで通りなので損にはならない。


 ちなみに、リエルは、自分の〔超魔導重甲冑〕の支援用人造精霊に、その機体の色から『アズライト』と名付けた。


 第2階層のボス部屋は、攻略済みのアレンに見守られながらリエルとレトだけで攻略し、第1階層ボス部屋の宝箱ガチャは、譲り合って決まらないのを見かねたアレンの指名でリエルがやったので、今度はレト。


 そして、第3階層のボス部屋は、アレンも未攻略だったため、ついに三人とリルパーティで攻略した。


 とはいっても、リエルが後方から先制攻撃を仕掛け、距離を詰めてきたモンスターをアレンとレトで片付ける、というざっくりとした作戦を立ててはいたものの、結局、ボス部屋に出現した5体の怪物モンスター――胴体部分だけで卓袱台ちゃぶだいほどもある分厚い鎧のような甲殻でおおわれたデカいさそりの群れは、リエルが一人で全て、連射した散弾5発で吹っ飛ばしまったのだが……


 ――それはさておき。


 第4階層から、ゴブリンが出現するようになる。


 一般的な冒険者の認識では、第1~第3階層に出現するのはデカい害虫や害獣で、ゴブリンこそが『最弱のモンスター』という事になっている。


 そのせいで、害虫駆除は冒険者の仕事ではない、という考えが蔓延まんえんしている昨今さっこん新人ルーキー達ですら第1~第3階層を素通りするため、第4階層から途端に冒険者達の数が増える。


 上級トップのクランがのどから手が出るほどほっし、喜んで国を丸ごと買えるような財宝を支払うという〔超魔導重甲冑カタフラクト〕――それを自分達が持っていると知られてしまった場合の事を考えると、もう厄介事に巻き込まれるような気しかしない。


 それゆえに、所有している事実を隠すと決めているのだが、地下にある空間だという事を考えると広いものの、中層以下と比べるとそれ程でもない浅い階層では、他の冒険者達と遭遇する事が比較的多く、そのたびに装備・除装を繰り返すのは面倒。だからと言って、リエルにはまだ〔超魔導重甲冑アズライト〕の支援なしでの戦闘は早い。


 そんな訳で、アレン達は、第3階層でリエルのレベルアップをはかっていた。


 そして、それは、〔念動球〕を使って罠を解除した時の事。


 宙に浮かべた金属球を意のままに操り、それで床に隠蔽されているスイッチを押し、リエルとレトにその存在を教えると同時に、作動させる事で罠を潰す。この〔念動球〕は、リルと遊ぶ以外にもこんな使い方ができる。


「――ん?」


 十分離れた場所で天井てんじょうから噴霧ふんむされた麻痺まひ性の毒ガスが散るのを待っていると、ふと左手にかすかな違和感を覚えた。それで目を向けてみると、紋章がうっすらと光を放っている。


 それで、いったい何事か確認するため、一撫ひとなででしてメニュー画面を表示させると、もう一枚、自動的に仮想画面が出現し、


 ―― 累積経験値が規定値を突破しました ――

 ―― 最適化の実行が可能です ――

 ―― 初期形態から第1形態への進化を実行しますか? ――

 ――【 肯定 / 否定 】――


 そこにはそんな文字列が。


「おぉ~っ! やってみるもんだな」


 〔アズライト〕が第1形態へ進化するまでにかかった時間をとっくに越えていたので、なかば諦め、どの辺りで見切りをつけようかと考えていたのだが、経験値は腕環状態でもしっかり累積されるようだ。


 ひょっとすると、時間がかかっていたのは、〔ランドグリーズ〕に見せるつもりで、【技術スキル】としては取得していないが使える老師直伝の時空魔法と、剣、弓、投擲剣……など師匠から伝授して頂いた無限流の技を一通り、それに加えて〔砲撃拳マグナブラスト〕や〔念動球〕などを使用したのが影響しているのかもしれない。


「第1形態へ進化させるんですね?」


 そう訊いてきたリエルに向かって頷くアレン。


 周囲にモンスターや他の冒険者がいない事を確認し、興味津々の眼差しを向けてくるリエルとリルを抱っこしているレトに、いくよ、と告げて、アレンは【肯定】を選択した。


 すると、まず自動的に、き消えたアレンと入れ替わるように、兜の飾りまで入れれば2メートルの半ばを超える透明感のある黒を基調とした重厚な〔超魔導重甲冑〕が出現し、次に機体がまばゆい光に包まれ――2メートルの半ばを超えていたシルエットが、シュッ、と縮む。そして、光が消えた後には、光を吸収するような漆黒、宇宙のような奥行きを感じさせる透明感のある黒、漆塗うるしぬりのような光沢のある黒……無数の黒で彩られた機械的な武装を身にまとうアレンの姿が。


 手足の指先からあごの下とうなじの髪の生え際まで全身を覆う、極薄で伸縮性に富む躰にフィットしたパイロットスーツを基礎ベースに、布鎧クロス装甲プレートが装備され、重点的に装甲が施されている下半身、特に脚部は、はかますそ脚絆きゃはんでまとめてすね当てを装備したようなシルエットで、背骨を保護する外骨格が腰から背を経てロボットの頭部のようなフルフェイスのヘルメットとつながっている。胴体の前半分には装甲がなく、両腕には形が似ているだけではなく〔砲撃拳〕の機能を備えた甲拳、左腰には鞘に収まった刀剣型の〔無貌の器バルトアンデルス〕、そして、最も印象的なのが、左肩に掛けられ半身を包む漆黒のマント。


「おぉ~っ、これが〔ランドグリーズ〕の第1形態か……」


 自分の姿をしげしげと眺めるアレン。


 爪先から足首、膝、股関節、腰、背筋、首がしっかり補強されているのは、高重力環境下での鍛錬で負荷がかかったからだと推測できるが、両脚がこれ程の重装甲で覆われるとは思いもしなかった。


「それにしても……」


 見慣れない形状の全身鎧に対して感想の言葉が出てこない二人をよそに、片足のももを上げ、コンコン、とノックするように装甲を叩いて確認するアレン。


 視覚的には、関節部まで可動式の装甲で覆われていて金属の塊のようだが、感覚的には、初期形態の内宇宙でパイロットスーツだけだった時と変わらず、装着感はなく、重さも感じず、〝生玉〟と〝足玉〟を行なうにも支障はない。


 そして、満足するまで動きを確かめると、


「腕環のままでも進化させる事ができてこれなら……ねらってみても良いかもな」


 [バーンハード]の店主、カイトの推測が的を射ていた場合、まだ存在する可能性がある〔超魔導重甲冑〕は、【冷熱】【金属】【力素】、そして、【生命】の4機。


「え?」


 ご主人様アレンの視線を感じて、しかし、その意味は分からず、レトはきょとんとした。

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