第10話 古代の兵器 と 妖精の戦士
「アレン様にお願いがあります」
リエルが真剣な
「お願い?」
初めての事にちょっと驚きつつアレンが訊き返すと、リエルは、はい、と頷き、
「私に、この〔
カイトに言われた通り壁際に並べて飾ってある二つの内、群青色の〔超魔導重甲冑〕の前に立ってそう言い、
「そして、私をアレン様のパーティに入れて下さい!」
そんな事を願い、更に、
「私は、命を惜しまず、身も心も捧げてアレン様にお仕えすると決めました。この〔超魔導重甲冑〕があれば自分の身は守れるでしょう。――戦い方を覚えます! 強くなります! どうか、どこまでもお供させて下さい!」
決意の表情でそう続けた。
リエルは、仲間探しが上手くいっていない事を知っている。だが、真っ直ぐこちらを見詰めてくるその目を見る限り、それ
「ん、分かった」
確かに、共にダンジョン探索に
それに、〔超魔導重甲冑〕のほうも、やはりこうして飾っておくだけでは宝の持ち腐れ。使いたいというなら使ってくれて構わない。
ちなみに、なんとなく、かつて師匠と共に戦場を駆けたという愛馬の名を頂戴して『シグルーン』と名付けた〔
アレンはあっさりOKし、
「じゃあ、今日はまず、冒険者登録をしにギルドへ行こう」
「はいッ!」
リエルは、心から嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
――そのおよそ1時間後。
「……すみません……すみません……本当に申し訳ありません……」
他人が怖く、人目に付きたくないから、とアレンに借りた風雨除けのマントを着込み、目深にフードを被っているリエルは、身を縮めて
この状況は何なのか?
リエルは知らなかったのだ。この
奴隷のリエルがそんな大金を持っている訳がない。
だが、リエルの左手には紋章がある。それは、余裕でエメラルドタブレットの錬成に成功し、冒険者になったからだ。
では、誰が100万ユニトを支払ったのか?
それはもちろん、主人であるアレンだ。
つまり、リエルは、己が無知だったせいで100万ユニトもの大金を主人に出させてしまった事を後悔し、自らを責めているのだ。
「申し訳なく思う必要なんてないよ。結局、俺の命令で冒険者になったようなもんだし」
冒険者ギルドに着くと、アレンは自分の
サテラの話によると、実際に昔は、Aランク以上の冒険者の推薦が得られない場合、『見習い冒険者』として雑用系の依頼をこなしたり、荷物持ちとして冒険者に雇ってもらったりしてお金を貯めて冒険者になる者がほとんどで、冒険者でなくとも魔石をギルドで換金できるのはそのための
だが、三つの
「なぁ、リエル。俺はリエルに相談せずに、〔
落ち込んでいるリエルをどうにかしようと少し考えてからそう訊くと、とんでもない、という
「こういう言い方は好きじゃないんだけど、――リエルは俺の
そうだよな? と確認すると、ぽっ、と頬を赤らめ、もじもじしつつ頷くリエル。物扱いされるなんて真っ平御免なアレンは、なんでそんな反応? と内心首を傾げたが、とにかく、
「俺が、俺の物であるリエルのためにお金を使う。これに文句とか苦情とかある?」
そう尋ねると、リエルは、赤くなっている顔を前髪で隠すように俯いたまま、首を横に振った。
この一幕で、こう言えば良いんだな、と学んだ気になっていたアレン。だがしかし、賢者の塔に寄って職種を決めた後、リエルの衣類や日用品を買うため、サテラに教えてもらった店に寄ろうとすると、これ以上自分のためにお金を使わせる訳にはいきません、と断固たる態度で固辞され、己の考えの甘さを思い知った。
帰宅したアレン達は、早速〔超魔導重甲冑〕の所へ。
リエルは基本的に他の人の目に付くのを嫌う。手段を選ばずこの古代級のアイテムを手に入れようとする者が現れるかもしれない。ダンジョンへ潜る前にまず慣れる必要がある……などの理由で、〔超魔導重甲冑〕を所有している事は可能な限り秘密にすると決め、他にすべき事を先に片付けてからにしようと後回しにしたが、いよいよ装備してみる事に。
「…………?」
とはいえ、どうすれば良いのか分からない。
改めてご主人様の許可を得てから、群青色の〔超魔導重甲冑〕に触れた――その瞬間、リエルの左手の紋章と、鼻も口もない無機質な仮面の目に相当する部分が光を放った。そして、驚いて
「これは……」
歩み寄ってしゃがんだアレンとその肩の上のリルが、顔を並べてその魔法陣を興味深げに調べ……
「アレン様?」
ちょっと不安げにリエルが呼び掛けると、アレンは立ち上がって振り返り、他者を安心させる微笑みを浮かべて、
「これは、独自の工夫が見られるけど【
ご主人様に、大丈夫、と促され、意を決して魔法陣の中に足を踏み入れるリエル。すると、一呼吸ほどの間を置いてその姿が掻き消え、同時に魔法陣も消える。
そして、肩にリルを乗せたアレンが、急に動き出しても大丈夫なよう〔超魔導重甲冑〕から距離を取って様子を
〔アレン様〕
〔超魔導重甲冑〕から、リエルの声が聞こえてきた。
「どんな感じ?」
アレンが興味津々に訊くと、
〔……不思議です。私は今、球形の不思議な空間にいて、椅子に座っているような体勢でその中心に浮かんでいるんですけど……〕
そこは『内宇宙』と呼ばれる
「動かせそう?」
〔はい。どうしてかは分かりませんが、――分かります〕
「じゃあ、外に行こう」
はい、という返事の後、〔超魔導重甲冑〕が滑らかに動き出した。
一歩一歩、確かな足取りで、庭へ続く戸を壊す事なく開けて外へ。
その
アレンは、観察しつつのその後に続いて、広大な庭にある露天道場へ。
「はい、これがリエルの武器だ」
そう言ってアレンが差し出したのは、剣身も鍔もなく、妙に軽い、長さ30センチ程の鈍い銀色の剣の柄のようなもの――〔
エメラルドタブレットの錬成に成功し、職種を定める際にリエルの適正属性が【水】だと分かった時、〔超魔導重甲冑〕と共にこれも譲渡すると決めていた。
〔これが、私の武器……〕
手に取り、感慨深げに呟くリエルに、それがどういうものか簡単に説明する。
〔水を自在に操る事ができる武器……〕
「もうその中に大量の水が収納されているから、試してごらんよ」
もし操り切れず、炎獅子戦の時ように大放出してしまった場合に備え、〔
しかし、結果から言ってしまうと、それは
はい、と返事をして早速試すリエル。
その見た目から、アレンは剣の柄だと思ったため剣身を作ろうとしたが、リエルは〔水操の短杖〕と名前を聞いて、後衛用の武器だと思ったのか、それを左手に持って真っ直ぐに腕を突き出し――溢れ出した水が弓を形成した。
おそらく、奴隷に身を
アレンのほうは、それまで機械的だった〔超魔導重甲冑〕の動作が、突然人間的になったような気がしたからで、リエルのほうは――
「どうかした?」
その問いかけに対して、はい、と返してから、水の弓を構えたり、歩き回ったりして……
〔移動している時は、椅子に座っているような楽な体勢で浮かんでいて、考えただけでその通り動くんです。でも、弓を引こうとすると勝手に体勢が立っている状態になって、その途端に視野が切り替わって、自分自身が〔超魔導重甲冑〕になったみたいな感じになるんです〕
乗り物に乗っている状態から、全身鎧を装着したような状態になったという事だろうか、と想像し、それで気配が変化したのかと納得して頷くアレン。
その後は、アレンが〔拠点核〕に
そして、〔超魔導重甲冑〕を脱ぐというか、降りるというか、除装する際は、〔超魔導重甲冑〕が掻き消えるとほぼ同時、入れ替わるようにリエルの姿が出現し、その左手首には装飾品のようなブレスレットが。〔超魔導重甲冑〕を装着するというか、搭乗するというか、装備する際には、そのブレスレットに何かするのではなく、紋章のメニュー画面を操作するらしい。
除装する際、自動的に【異空間収納】のような〔超魔導重甲冑〕に備わっている機能の一つ――【格納庫】に収納された〔水操の短杖〕も、メニュー画面での操作で出し入れができるとの事。
〔超魔導重甲冑〕を装備している時、弓と大剣の扱いが初心者とは思えないほど様になっていたので、一応確認のため除装した状態で同じ事をやってもらった結果、鎧に備わっている機能で動作が補正されていたのだという事が分かった。
午後になって昼食と休憩を挟み、早速ダンジョンへ向かおうと進言するリエル。
確かに、〔超魔導重甲冑〕の性能は想像を遥かに超えていた。これなら大丈夫だろう。しかし――
「俺は、奴隷商館に行ってくるから、リエルは〔超魔導重甲冑〕と〔水操の短杖〕の扱いに慣れるための練習を続けてて」
午前中、その様子を窺いながら考えていたアレンはそう告げ、リエルは、この段に至ってようやく自分が何を求められて買われたのだったかを思い出し、血の気が引く思いでダンジョン探索と家事を両立できると主張した。しかし、
「無理をしても仕方がない」
真剣な表情のアレンに落ち着きのある
「人が健康状態を維持するには、十分な休息が必要で、強くなっても、実力を発揮できなければ意味がない。道場で稽古して、ダンジョンで実践して、帰宅してから家事もして……そのどれも
稽古の様子を拝見しただけで相当な実力者だと察しが付くご主人様は、それが難しいと判断したからこそ
強くなりたいと思った。理不尽に抗える力が欲しいと思った。でも本当は、一番最初は、仲間が見付からないと肩を落とし、
承知した
「ただいま~っ」
「みゅ――~っ」
〔超魔導重甲冑〕を装備しての動作に慣れたので除装し、庭の露天道場で、自分でも意外なほど気に入った〔水操の短杖〕を使いこなすための練習をしていたリエルは、聞こえてきた声に手を止めて振り返る。すると、そこには、肩に精霊獣を乗せたご主人様と小柄な人影が。
リエルは、そちらへ向かって小走りに駆け寄り……息を飲んだ。
「お互いに自己紹介して」
そう促されて、自分から名乗るリエル。そして、
「……レ、レトと、申します……よ、よろしく…お願いします……」
髪と馬のような尻尾の毛の色はくすんだ灰色で、手入れの手間を惜しんだかのように後ろ髪は肩の高さでバッサリと切り落とされており、前髪だけが長い。躰のほうは、痩せており、その部分だけ体毛が生えているのか、それともそれ以外の部分が抜け落ちたのか、露出している手足には人の肌と獣の毛皮の両方が見受けられる。
長く伸ばしている前髪で顔を隠し、委縮しきって聞き取りにくい声と貫頭衣のような粗末な服を身に着けた躰を震わせながら『レト』と名乗ったのは、人間族とも、獣人族とも言えない、心ない者が『
「あの、アレン様……」
リエルは、そんな少女をまじまじと観察した後、ひょっとして気付いた上で彼女を選んだのかと尋ねようとして、
「ん?」
アレンの表情を見て頬を緩め、いいえ、何でもありません、と首を横に振る。自分の時と同様、彼にとって重要なのは能力であって、容姿ではないのだ。
「じゃあ、レトの部屋を作ってくるから」
アレンはそう言ってレトをつれて家の中へ入って行き、ご主人様と精霊獣、そして、自分同様、この上もない幸運に恵まれた少女を見送ったリエルは、練習を再開した。
二人に気を遣わせないため、そんな事はおくびにも出さないが、年頃の娘さん達と同居する事へのかすかな戸惑いや不安、自分の事は主人だからか信頼してくれているようだが、他人、特に男性に対して恐怖や不信を抱いているリエルやレトへの気遣い……それらを感知した〔拠点核〕が
リエルとレトの部屋の他に、トイレや洗面所、給湯室のような小振りなキッチンなど、独立した居住空間が2階にでき、家の中はつながっていても主な動線が分けられた事で、
そして、その日の夜。夕食が済み、アレンが夜の稽古を始めた頃。
「――呪いですね?」
「~~~~ッ!?」
1階の広い
「リエル様……」
「敬称なんて必要ありません。私達は同じくアレン様に仕える者。私の事は『リエル』と呼んで下さい」
そう言って微笑みかけるリエル。そして、その表情にも、瞳にも、既に見慣れてしまった自分へ向けられる嫌悪感がまるで見られない事に戸惑っているレトに、重ねて問いかける。
「その姿は呪いのせいなのでしょう?」
「ど、どうして……?」
「貴女からは、少し前までの私と同じ気配を感じます」
「同じ……?」
「その呪いを解きたいですか?」
「と、――解けるんですかッ!?」
「その呪いが、
「自ら受け入れる? 呪いを?」
「私に呪いをかけたのは、母でした」
「…………ッ!?」
「私を逃がすためだと言って、父が私を奴隷に
貴女はどうですか? と問われたレトは、
「わ、私は……私は、自分に与えられた役目を果たしたかった……ッ! それなのに……それなのに……~ッ!」
その様子を見たリエルは、どうやら大丈夫そうだと頷き、確認する。
「本当に解呪してしまっても良いのですか?」
「え?」
「私は、他者にかけられた呪いを解く事はできても、自ら受け入れた契約を解除する事はできません」
そう言って、自らの喉にある呪印に触れながら、
「呪いを解いても、奴隷のままです」
リエルが言わんとしている事を察して息を飲むレト。
奴隷として商館にいたのだ。女の奴隷が男の主人に何を求められるか、分からないはずがない。
「ついてきて下さい」
リエルは、そんなレトを促して厨房を後にし…………足を止めたのは、共有スペースの広々としたリビング。
そこは現在、レトを迎えて改装する際、
リエルは、大きな一枚板のガラスが嵌め込まれた
その先にあったのは、黙々と稽古を続ける
「私は、命を惜しまず、身も心も捧げてアレン様にお仕えすると決めて呪いを解き、
そう言うリエルの美貌には、意識的に作ったものではない、自然に浮かび上がった微笑みがあり、
「ここにいる限り、急ぐ必要はありません。アレン様は、相手の容姿で態度を変えたりしませんから」
そうだったでしょう? と言われて、レトは、奴隷商館で出会った時、真っ直ぐに自分を見詰めるその人の目を見て、自らにかけられた呪いが解けているのではないかと思い、同じ部屋にいた女奴隷達と奴隷商人の目を見てそうではないのだと分かって愕然としたのを思い出した。
『…………』
二人の奴隷は、しばらくの間、言葉もなく並んで自分達の主の姿を見詰め……
「…………リエルさん」
「はい」
「決めました。私も――」
――翌朝。
朝稽古を終えたアレンは、
〔
これがなかなか爽快で……
――それはさておき。
シグルーンを厩舎に戻したら、今度こそ真っ直ぐ浴場へ。
お風呂大好きなリルと共に、のびのび
すると――
『おはようございます』
「おはよう。――って誰ッ!?」
朝食の準備が整えられたテーブルの横で、リエルともう一人、見目麗しい女性が佇んでいた。
「『レト』です。これが私の真の姿」
「真の姿ッ!?」
内心で、またッ!? と驚き、レトといい、リエルといい、この都市の女性は
身長はおよそ140センチ。成長途中なのではなく、頭部も、華奢な躰も、しなやかな腕や脚も……全てが小作りな、まさに妖精のような可憐で麗しい乙女。
目はぱっちりと大きく、瞳は銀色。人と同じ位置にある獣耳はエルフのものに似て長くとがっており、リエルに少し整えてもらったらしい癖のない髪と尻尾自体は短いのだが毛は長いその尻尾の毛は、共に刃にも似た美しい白銀で、
この大迷宮都市で一、二を争うと評判の奴隷商館の一方で、一番料理が上手くレパートリーが多いというリエルを買った。という事は、その店にはリエルより劣る者しかいない。故に、この大迷宮都市で一、二を争うというもう一方の奴隷商館へ
「アレン様」
ここが〔拠点核〕によって管理されている自分の領域で、その細い首の呪印がなければ自分の奴隷だと信じられたか分からない美少女――レトが前に進み出て、自分の胸に手を当て、
「私は、
「
アレンは、そう呼ばれる存在の事を、以前、師匠と老師の昔話で聞いた事があるのを思い出した。
まず、一言で『妖精』と言っても、人型のものだけでも、人に近いか、精霊に近いかで呼び名が変わり、その中で最も人に近いのが妖精族『エルフ』。次に、身長15センチほどで、背中に
そして、『
小さくか弱い印象があるフェアリーだが、その実、天地自然を操る強大な力を有している。だが、平和を好み、闘争を嫌う彼らにとっては
「私は、戦うべき時に戦えませんでした。だから、今度こそ……」
レトは、騎士のようにアレンの前で片膝をつき、
「この身を盾に、命を
大袈裟過ぎる気はするものの、その気持ちは嬉しい。だが――
「ひょっとして、レトは俺と一緒にダンジョンに潜るつもりだったりする?」
家事に専念するんじゃなくて、と続ける間もなく、バッ、と
「だ、ダメでしょうか?」
今にも泣きだしてしまいそうな顔で訊いてきた。
それに対して、内心ではため息をつきつつも首を横に振るアレン。レトが本当にそれを望むのなら反対はしない。反対はしないが……
「二度ある事は三度ある、っていうし……どうしたもんかね?」
そう問うと、肩の上にいるリルは、みゅ? と可愛く首を傾げ、似た境遇の少女を
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