第11話 上級女性冒険者の装備がエロい理由

 レトの望みは、自分と共にダンジョンへ挑む事。


 それなら――


「冒険者登録をしにギルドへ行こう」

「はいッ!」


 そんな訳で、朝食後、アレンは、平服姿でウエストポーチ型の魔法鞄ガレージバッグと愛刀のみを携え、精霊獣リルとレトだけではなくリエルもつれて冒険者ギルドへ。


 到着すると、自分の担当アドバイザーサテラにレトを紹介して事情を説明し、手続きを頼み、この段にいたって初めて100万ユニト必要だという事を知ったレトがやめると言い出し…………と既視感デジャヴかと思うようなやり取りをて、無事エメラルドタブレットを錬成し、冒険者になり、賢者の塔に寄って職種を決めた。


 そして、一行はサテラに教えてもらった店――女性用の品々を一括して扱っているという個性的な品揃えをした店セレクトショップへ。


 ギルドに用のないリエルをわざわざ連れてきたのはこのためで、予想していた通り、レトも昨日のリエル同様、これ以上自分のためにお金を使わせる訳にはいきません、と言い出し、二人とも入店を拒んだ。


 しかし、今日のアレンは一歩も引かず、


「なぁ、リエル、レト。――俺は一言でも『贅沢をしろ』とか『無駄遣いをしろ』って言ったか?」

「い、いいえ」


 真剣な表情で静かに問われ、戸惑いも露わに否定するリエル。その隣で、レトがフルフルと首を横に振る。


「生活するために、身を護るために、戦うために、必要なものを必要なだけ揃える。――それは悪い事なのか?」


 リエルはそれも否定し、レトもその隣で首を横に振る。


「リエルは、俺が手を付けずに『貯える分』と『使う分』に別けてる事を知ってるし、レトはそもそも着替えすらろくにない、――そうだよな?」


 今度は二人とも頷いた。それを見て、アレンも、ん、と頷き、


「じゃあ、行こうか」


 二人を促し、返事を待たずに店の中へ。リエルとレトは、眉をハの字にした顔を見合わせてから足早にその後を追いかけた。




 中央区の建物はどれもこれも自己主張が激しく、建物の階数たかさ、建築様式、外壁や屋根の色までバラバラで統一感がない。


 そんなどれもこれも城か砦のような高層建築物がひしめく街並みの中で、生産系クラン《プライヤ&ニッパー》が経営する店の一つ――[タリスアムレ]は、中央区にある3階建ての洋館のような瀟洒しょうしゃな外観の建物。


 オシャレ用や護身用、その他にも杖の機能を備えた指環など、様々な装身具アクセサリーを扱っている1階は男性用の商品も扱っているが、2階と3階は完全に女性専門のエリアとなっている。


 アレン達は、それを店に入ってすぐの所にある案内板で知り、


「じゃあ、俺とリルは1階をぶらぶらしてるから。今日一日使うぐらいのつもりで、自分に合った良いものを選んで――」

「――ちょっ、ちょっと待って下さいッ!」


 アレンは、女性専門のエリアなのだから女性二人リエルとレトで行ってきてもらおうと思い、現金を取り出そうとして、慌てたリエルに止められた。


 どうかしたのかと問うと、一緒に来てほしいらしい。レトもその隣でコクコク頷いている。


 ふむ、と思案し、再度案内板に目を向けて探してみたが、男子禁制という記述は見当たらない。ならば大丈夫だろう。


 2階は、下着や平服など衣類全般と履物や日用品を、3階は、防具類を扱っているらしい。


 とりあえず一緒に行く事にして、どちらから行くか二人に希望を訊くと、揃って3階に行きたいと言うので、了解したむねを伝えて階段を上がって行く。


 そして、3階に到着すると、


「いらしゃいませぇ~っ!」


 にこやかに迎えられたので、男が立ち入っても問題ないらしい。


「本日は、どのようなものをお探しですか?」


 笑顔でアレン達を迎え、肩の上にいるリルの事を気にしつつもそう訊いてきたのは、人に近い姿の獣人族の女性で、年の頃は二十歳はたち前後。黒髪黒瞳、同じ色の猫耳尻尾、褐色の肌の美人で、グラビアアイドルのようにスタイルがよく、黒く艶のあるボンデージっぽいホルターネックのボディスーツに、二の腕に届くロンググローブとオーバーニーソックスを合わせ、上下揃いのいわゆるビキニアーマー、それに、それぞれ金属で補強された篭手とロングブーツを装備している。


 左手の甲には紋章があり、装備も着慣れている印象があるため来店した冒険者のような風情ふぜいだが、左腕には店員である事を示す腕章が。


 ならばと、二人リエルとレトの装備を整えるために来たのだと伝えるアレン。それに対して店員さんは、今日もまたアレンに借りた風雨除けのマントを着込んで目深にフードを被っているリエルと、貫頭衣のような粗末な服を着ているレトを見て、


「それなら、こちらへどうぞ」


 どうやら案内してくれるらしい。


 くるりとターンし、颯爽と歩を進める店員さん。


 1階は、男性客と女性客でなかなか賑わっていて、2階も、冒険者であるなしを問わず女性達でなかなかの客入りだったが、3階になるとぐっと人数が減った。それは、客層が女性の冒険者に限られるからだろう。


 三角形の小さな布地とゆらゆら揺れる猫尻尾の根元を下から支えるような金属製のTバックが張り付いている引き締まったお尻に引き寄せられそうになる視線を引き剥がし、周囲に目を向けて店内を眺めつつそんな事を考えながら店員さんの後について行き…………


「お客様、これなどいかがでしょう? 当店の一押しです!」


 足を止めてそう言う店員さん。その隣に立っている等身大人型模型マネキンが装着しているのは、店員さんが装備しているものと同種の防具――ビキニアーマーだった。




「まぁまぁ、落ち着いて」


 大胆というか破廉恥というか露出過多な防具を勧められて自分が装備している姿を想像したのか、顔を真っ赤にして拒絶反応を示すリエルとレトをなだめる店員さん。そして、そんな恥じらう二人を眺めて、可愛いなぁ~、と和んでいるアレンをよそに、真剣な表情で語り始めた。


「ダンジョンに潜るんでしょ? それなら絶対に装備しておくべき。――何故なら、男は最悪でも、生きながら喰われて死んだり、死後死体をもてあそばれる程度。でも、女は、犯されて殺されたり、売られたりなんてのはまだいいほう。最悪、他の冒険者に殺してもらうまで、生かさず殺さずの状態でモンスターの子供を産まされ続ける事になるんだから」

『…………ッ!?』


 その内容に、リエルとレトはもちろん、アレンもまた表情を変えた。


「魔石しか残さないダンジョンのモンスターでも、自然発生したモンスターと同じ能力や習性を持ってる。だから、異種交配可能なモンスターに捕まったら最後、私たち女の冒険者はなかなか殺してもらえない」


 営業用に猫を被っていたらしい先輩冒険者は、それに、と話を続ける。


「ダンジョンには迷賊……迷宮内に潜伏する盗賊っていう、ある意味モンスターよりも性質タチの悪いのが出る。襲って、殺す、犯す、奪うなんて当たり前。過去最悪の事件なんて――」


 怒りや嫌悪感を露わにして感情のままに語った彼女の話をまとめると――


 ダンジョンのモンスターは、魔石を残して灰になる。故に、モンスター由来の素材が手に入らない。だからこそ、この大陸、特にラビュリントスでは非常に高値で取引される。


 そして、異種交配が可能なダンジョンのモンスターが女性に産ませたモンスターには、魔石がない代わりに素材を剥ぎ取る事ができる。


 そこで、モンスターの素材を入手するため、購入した女性奴隷をダンジョンに運び込み、モンスターに与えて繁殖させていた迷賊がいたのだという。


 先輩冒険者でもある店員さんは、自分のビキニアーマー上下にそれぞれ手を当てて、


「これは、そんな最悪から女性冒険者わたしたちを護ってくれる装備なの」


 それを聞いて、その露出度の高さから一目見て拒絶反応を示していたリエルとレトのビキニアーマーを見る目が変わった。


 ある程度の理解を得られたと感じ取ったのだろう。表情を柔らかくした店員さんは、自分の胸に手を当てて、


「まぁ、最初は抵抗があるかもしれないけど、20階層を越えた女性の冒険者は、前衛後衛を問わずみんなこうよ」


 それを聞いて、アレンは、35階層に到達したと言っていたラシャンの事を思い出した。彼女はそうではなかったが……


「そうなんですか?」


 店員さんは、リエルの問いに、そうなの、と頷いて、


「だって、邪魔だし必要ないから」

「邪魔……ですか?」


 おそらく、こんな説明を何人もの女性冒険者おきゃくさまにしてきたのだろう。店員さんは、まず、と言って1本目、右手の人差し指を立てて、


「ダンジョン内では恥ずかしがってる余裕なんてない」


 次に、と言いつつ2本目、中指を立てて、


「この見た目から『ビキニアーマー』なんて呼ぶ人もいる〔戦乙女の鎧ヴァルキリーアーマー〕は、防御魔法の【守護障壁フィジカルプロテクション】が標準付与されてて、板金鎧プレートアーマー並みの防御力があって肌が露出してる部分でも攻撃を弾いてくれるから、スカートやズボンパンツ1枚分の防御力なんてあってもなくても関係ない」


 それなのに、と言いつつ3本目、薬指を立てて、


「スカートだけじゃなくて、マントとかローブとかもそうだけど、あぁいうヒラヒラしてるのって想像以上に衝撃を伝えるし」


 そこで4本目、小指を立てて、


「躰は攻撃をかわしてもすそに引っかけられたり、くっついて絡まったりしたら引っ張られて体勢を崩す原因になる」


 モンスターの爪、牙、角、とげ……そういったとがった部分は言うに及ばず、剣や槍のように見える昆虫系の脚や、触手のように動く植物系のつたは、実のところ、近くで目を凝らさなければ見えないような細かい毛がびっしりと生えていてもの凄く布や髪にくっつきやすいらしい。


 そして5本目、親指を立てると掌をリエルとレトに見せつつ、


「なくても問題ないのに、あると邪魔。――だから必要ないの」


 そう結論付けた。


 店員さんは、その手を下ろしてから、それに、と続け、


「紋章を持たない一般の人達の目には止まらないような高速移動ができるようになると実感できわかるんだけど、空気って案外重くて、まるで水の中にいるみたいにまとわりついてきてかなり邪魔なの。水の中で速く動きたい時、ゆったりした服を着たり、スカートをはいたりなんてしないでしょ? 抵抗が増えて動きにくくなるだけなんだから」


 肩の上にいるリルと共にはたから見ているアレンにも、リエルとレトの心が、ビキニアーマー――〔戦乙女の鎧〕装備に傾いてきているのが分かった。


 ならば、店員さんに分からないはずもない。


「ちなみにだけど、私は、お店にいる時やダンジョンでは脱いでるけど、地上そとを歩く時は大きめの上着を着てるよ。服の下は見えないから」


 そう言ってにっこり笑う店員さん。


 それは、勝利を確信した者の笑みだった。




 じゃあ、ラシャンもあの服の下は……、と想像しかけて、何を考えてるんだ、と頭を振るアレンをよそに、とりあえずどんなものがあるか見てみる事にしたらしいリエルとレト。


「ここのは、素肌に直接装備するタイプのやつね」


 そう説明された商品の前を素通りする二人。もう営業用の猫を被るのをやめて素でいく事にしたらしい店員さんは、その様子を見てちょっと苦笑してから、


「このタイプを愛用してるお客様って、結構多いのよ」


 それに、えッ!? と本気で驚くリエルとレト。


流石さすがに下着同然の格好で地上そとを出歩いてる人は少ないけど、この中央区でなら、ミニスカートとかホットパンツを合わせてる人は普通に見かけるでしょ?」


 それを聞いて、そうか? と思い返してみるアレン。


 確かに、この都市の若い女性はお腹や太腿を出している女性が多かった印象があるものの、そうだったのかはよく分からない。人目を恐れてほとんどうつむいていたリエルとレトにはもっと分からないのではないだろうか。


速さスピードを武器にする人達は、ほんの少しでも動きを阻害するものを嫌って可能な限り軽量化しようとするし、『体内霊力制御オド・コントロール』とか『練気』とか呼ばれる技を覚えて、五感能力を向上させる事ができるようになると実感できわかるんだけど、人の肌ってかなり高性能な感覚器官だから、可能な限り空気に触れる肌の面積を広くしようとする人達もいる。で、辿たどり着くのがこれ」


 店員さんいわく、その少数派の女性冒険者達も、始めから露出過多な姿で地上を闊歩かっぽしていた訳ではないらしい。


 なんでも、誰もが始めは羞恥心から、人目の少ないダンジョンでは脱ぎ、地上では上着なりワンピースなりを上に着る。だが、到達階層を更新して行くにしたがってダンジョンにいる時間が増え、ダンジョン内にいる時間が増えるという事はその格好でいる時間が長くなっていくという事であり、畢竟ひっきょう、その格好でいる事に慣れ、当たり前になり、ダンジョンの内か外か、人目の有無など気にしなくなる、との事。


 そう語る店員さんのボンデージ風ボディスーツも、ストラップやベルトで区切られていているが、二の腕や太腿、背中、編み上げの胸からお臍まで、両脇もそうで、露出は多い。


「そっちのいかにもって感じの装甲プレートタイプは、素肌に直接つけるか、こんな風にボディスーツの外側に装備するやつで、こっちの布鎧クロスタイプは、加護と自浄能力を宿すヴィーナスシルクと超延性の魔法合金繊維製だけど、見た目ほぼ水着でしょ? 下着感覚で身に付けて、さっき話したみたいにミニスカートやホットパンツを合わせたり、ボディスーツの下に付けるやつ」


 する事がなく、肩の上にいたリルを抱っこして撫でているアレンのもとに、そんな店員さんの説明が聞こえてくる。


「〝主人持ち〟の貴女達が選ぶならこの辺りね。一度封印ロックすると、ご主人様以外にははずせなくなるの。他にも、一定時間はずせなくなるやつとか、異性にははずせないやつとかもあるけど……」


 相手がお客様だからか、『奴隷』という言葉は使わず『主人持ち』という言葉を使った。


 という事は、相手が主人を持つ奴隷だった場合、そちらのほうが失礼のない言葉遣いという事なのだろう。アレンは、リルのっちゃな肉球をぷにぷにマッサージしながら、覚えておこうと思った。


「[タリスアムレうち]はよそのクランの職人が作ったものも置いてるけど、こういう貞操帯としての機能以外はどれも似たような性能だから、見た目の好みで選んでOKよ」

「そうなんですか?」

「使ってる素材が似たり寄ったりだから。《プライヤ&ニッパーうち》の職人達も、良質なモンスターの素材が手に入ればもっと性能を上げたり個性を出したりできるのに、って常々嘆いてる。かといって、他の大陸から取り寄せたりしたらその分の費用コストで……」


 リルがいれば退屈なはずの待ち時間が全く苦にならない。可愛い相棒をモフっていると、リエルと店員さんのそんな会話が聞こえてきて、あっ、と不意に思い出した。


「ありますよ、モンスターの素材」


 えっ、と振り返る三人。


 アレンは、もうすぐ16歳。15歳になるまで絶海の孤島で修行に明け暮れていたのだが、15になったからと言っていきなり一人で放り出された訳ではない。


 師匠、老師と共に最寄りの大陸へ渡り、モンスターを退治したり、盗賊やら山賊やら悪党の集団を壊滅させてお宝を頂戴したりして路銀をかせぎながら、およそ半年かけてその大陸における最大の都を目指し、そこで最後の試験をクリアしてから独り立ちして今に至る。


 その旅路で、悪党から取り上げたお宝は、師匠と老師の伝手つてですぐ換金していたのに、モンスターを退治して得た素材は、いいから持っとけ、今はまだ〝その時〟ではない、と言われて素直にしまったまま【異空間収納】のやしになっている。


 すっかり失念していたが、〝その時〟とはおそらく今。師匠と老師がそう言っていた理由がようやく分かった。


「例えば……こんなのとか」


 アレンが、左手でリルを抱っこしたまま、右手で腰の後ろのウエストポーチ型の魔法鞄から取り出すていで、収納用異空間からずるりと半分ほど引っ張り出したのは、紅や朱、緋といった様々な赤で彩られた『ブラッディパンサー』の毛皮。


「うそうそうそうそ……えッ、本当ッ!?」


 駆けてきた店員さんが毛皮を掴み、手を離したアレンの代わりに残り半分を引っ張り出した。


「まだまだありますけど」

「たぶん、全部ほしい、って言うと思うッ!」


 そんな訳で、急遽きゅうきょ、【鑑定】できる職人がいるという店の地下へ向かう事に。


 アレンは、ブラッディパンサーの毛皮を大事そうに抱えて先導する店員さんについて行き――


「――あっ! ちょっと待って下さい!」


 そう声をかけてからきびすを返し、事の成り行きについて行けず唖然としているリエルとレトのもとへ。


「そんな訳でちょっと行ってくるから、予備も含めて選んでおいて。――あっ! 腕用の装備は左右一対で良い。たぶんそれが予備になるから」


 と言うのも、〔水操の短杖アクアワンド〕を主武装とするリエルと、武器は必要ないと言っているレトは、魔導機巧カートリッジ・システムを搭載した篭手か甲拳を買い求める事になるからだ。


「値段を気にせず好きなのを選んで良いよ。たぶん、持ってきた現金使わなくて済むと思うから」

「でも、私は……」


 リエルは、〔超魔導重甲冑カタフラクト〕があるから必要ない、と言わんとしているのだろうが、アレンは声量を落として、


「持っている事を隠すって決めただろ? って事は、他のパーティと合同で冒険する時は使えない」


 それに、延期しているが、仲間探しを諦めた訳ではない。現在のパーティメンバーは自分を含めて三人。あと三人のメンバーを選ぶ際、信頼できるかどうかを見極めるまで、やはり使えない。だから、


「自分の力で戦えるよう、しっかり備えるんだ」


 そう言うアレンに対し、リエルは躊躇ためらいを捨て、決然とした表情で頷いた。




 個性的な品揃えをした店セレクトショップ[タリスアムレ]の地下1階には、職人達の仕事場である工房が存在し、地下2階は一つのフロア全体が倉庫として使われている。


 現在、アレンがいるのは地下1階。その下の倉庫へと続く階段の手前にある、学校の教室よりは少し狭いくらい空間。


 そこに運び込まれたダイニングテーブルのような長方形の机を縦横に二つずつ、計四つ並べたその上には、丁寧に処理されたモンスターの素材――皮革、鱗、牙、爪、角、翼……などなどが所狭しと並べられ、既に【鑑定】が済んだものや、テーブルの上が一杯でせられない分は、床に敷かれたシートの上に並べられていたり重ねられていたりしている。


 アレンは、どうぞ、と用意された背凭れのない椅子スツールを壁際に置いて座り、作業の邪魔にならないようおとなしく待っているのだが、【鑑定】や査定を職人4名と女性の店長の五人で行なっているのに時間が掛かっていた。


 ちなみに、カーバンクルのリルは、自分の額の宝石つのを凝視する職人達の視線が嫌だったらしく姿を隠している。


「あれ? まだ終わってないの?」


 その声は、あの猫耳尻尾の女性店員さん。


 アレンを店長に引き合わせた後、二人のほうを見てくる、と言って戻って行ったのだが、どうやらリエルとレトが自分の装備を選び終わるほうが早かったようだ。


 階段を下りてきた店員さんの後ろには、よそおいを一変させて見違えるほど凛々しくなった二人の姿が。


「はい、これ伝票」


 アレンは、店員さんから受け取った縦長の紙片に目を通す。商品名、個数、値段が書き連ねてあり、一番下に合計金額が記されている。希少な魔法金属の合金や特殊繊維をふんだんに使用しているからだろう。そこそこの土地と家具付きの邸宅が買えそうな額になっている。


「アレン様」


 呼ばれて伝票から顔を上げると、側まできて呼び掛けてきたリエルだけではなく、その隣のレトまで表情が優れない。おそらく、合計金額を既に知っていて心苦しく思っているのだろう。


 気にするなと言っても二人は気にする。ならば、とアレンは笑顔で、


「綺麗だ。それに、格好いいなッ!」


 すると、二人は、完全に心苦しさが拭えた訳ではないようだが、それでもちょっと照れてはにかんだ。


 結局、二人が選んだのは、様々なバリエーションの中から自分に合った組み合わせを選ぶ〔戦乙女の鎧ヴァルキリーアーマー〕。


 白を基調として青系が彩っているリエルの装備は、水着ビキニのような布鎧クロスタイプの貞操帯をサポーターのようにはき、その上にハイネックでノースリーブのレオタードのようなボディスーツを身に付け、頭部には、被って頭全体を覆うのではなく、鉢金はちがねのように彫刻が施されたプレートが額から頭頂部までの頭部前面を保護する環状兜サークルヘルム、胴には胸元に宝石が象嵌されたビスチェのような魔法金属製の胴鎧と戦旗を彷彿とさせる巻きスカートを合わせ、両手には手の甲側が魔法金属のプレートで補強された手袋、両前腕には手首から肘までを保護する魔法金属製の篭手、脚にはオーバーニーソックスと装甲で補強されたロングブーツを装着している。


 〔戦乙女の鎧〕に標準付与されている防御魔法【守護障壁】に頼り切らない、防御力と敏捷性を両立させたバランスの良い装備で、いざと言う時はすぐに脱ぎ捨てられるだろう巻きスカートに乙女の恥じらいが感じられる。


「あの……これもいいでしょうか?」


 躊躇ためらいつつ後ろ手に持っていたものを差し出すリエル。


 それは眼鼻や口がない顔全体を覆う無機質な仮面で、そんなものを被ったら前が見えないのではと思ったが、マジックミラーのように裏側からは透けて見え視界をさえぎらないらしい。


 アレンが許可すると、リエルは早速仮面を装着した。


 その一方、白を基調として艶消しされた銀と黒が彩るレトの装備は、宝石が象嵌された首環とつながるホルターネックのハーフトップとビキニのような、布鎧タイプの胸当てと貞操帯アーマーを素肌に直接身に付け、頭部には彫刻が施されたプレートが頭部前面を保護する環状兜、両腕には二の腕に届くロンググローブと肘まで可動式の装甲で覆われた甲拳、両脚にはオーバーニーソックスと膝まで可動式の装甲で覆われた脚甲を装着している。


 両手足の甲拳と脚甲は、防御力を上げるために装甲で補強したものではなく魔法金属のかたまりで、愛らしい美貌、程よく豊かで美しい丸みを帯びた胸、薄い背中、すっきりとしたお腹と可愛いおへそ、細い腰、キュッと引き締まったお尻……そんなまさに妖精のような可憐さとはかなさ、それと完全に凶器と化している露出した二の腕と太腿から先のギャップが凄まじい。


 それにしても、始めに店員さんが素肌に直接装備するタイプを紹介した時は、リエルと共にスルーしていたはずだが、別行動している間に何か心境に変化をもたらす出来事があったのだろうか? それとも、人の肌はかなり高性能な感覚器官だから……、という猫耳尻尾の女性店員さんの話に頷いていたからそれで考えを変えたのか、もしかしたら、あれは下腹部を最小限保護する装甲プレートタイプでお尻が丸出しになるTバックだったから受け入れられなかったのか……


 ――何はともあれ。


 麗しくも勇ましい二人の姿は、まさに戦乙女と呼ぶに相応ふさわしい。


 だが、確認しておかなければならない事がある。


 アレンは、二人に伝票を見せつつ、


「リエル、レト。これ、ほぼぴったり手持ちで支払える額なんだけど、予算内に納めようと思って、本当に欲しいのを我慢したりしてない?」


 とんでもないとブンブン首を横に振るリエルとレト。言われた通り、予備の装備もしっかり選んで、リエルが持ってきた大きめのショルダーバッグ型の魔法鞄の中に入っているとの事。


 アレンは、リエルの、レトの瞳を見詰めて、ならば良し、と頷いた。


 そして、【鑑定】と査定にまだ時間がかかるようなら、伝票がある事だし、二人はそのまま店の2階へ行って下着や平服、日用品などを選んでくるよう言おうかと考え始めたその時、


「お待たせ致しました」


 年齢は30代と思しき身形の良い女性――店長がやってきてそう告げた。


 席を立とうとしたアレンを、そのままで、と制止し、部下が運んできたテーブルとスツールを素早くセットし、席に着いてお客様と向かい合う。


「本日はご利用頂きありがとうございます。どの素材も非常に状態の良いものばかりで……」


 当たり障りのない前置きから入り、伝票を渡すのではなく、口頭で金額を伝えてきた。


 アレンは、相場など知らないし、交渉は専門外。


 だが、師匠に認められた達人の端くれ。


 注意深く気を読めば、おおよそ何を考えているか察する事ができる。


 それに、店長はやる気満々で営業スマイルを張り付けているが、その後ろ――自分達が交渉する訳ではないからと油断している職人達がその金額を聞いた瞬間に浮かべた表情を見れば、値段交渉を前提としたものであってもふざけた事を言っているのだという事が分かる。


 ならば――


「そうですか。では、金額はそれで良いので、おまけにこれを付けて下さい」


 アレンはそう言って、リエル達が選んだ装備の伝票をテーブルの上に置き、店長の前まで滑らせた。


 それを手に取り、目を通して、はぁッ!? と思わず声を上げる店長。


「それはいくら何でも――」

「――では、この話はなかった事にして下さい」


 アレンがそう言って立ち上がると、職人達が悲鳴のような驚きの声を上げた。


「幸い予算内なので、今売らなければならない理由も、このお店で買い取ってもらわなければならない理由もありません」

「ちょっ、ちょっと待って――」

「――今後は、手間ですが、幾つかの店舗で査定してもらい、一番高い額を付けてくれたお店で買い取ってもらう事にします」


 そう言って、アレンがテーブルの上にある毛皮に手を伸ばした途端、待ったッ!! と叫んだのは、後ろにいた職人の一人で、それを皮切りに、【鑑定】を取得している4名だけではなく、他の職人達までが待ったの声を上げつつ店長のもとに押し寄せた。


 口々に訴えている彼らの言い分をまとめると、ただ一言。


 ――絶対に欲しいッ!!


 それは店長も同じらしく、分かったからとなだめ、押し戻し、再度アレンと向き合った――が、機先を制したのはアレンで、店長が言葉を発するよりわずかに速く、


「俺は相場を知りません。交渉も専門外です。そして、それを察して安く買い叩こうとした貴女を信用する事ができません」

「~~~~ッ!?」


 結局、アレンは、『自分では使い道のない【異空間収納】の肥やしモンスターのそざい』と『予備も含めた二人の装備と口頭で伝えられた額の端数を切り捨てた大金』を交換した。

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