第9話 不運を招く女
「行ってきます」
「みゅうっ」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
リエルに見送られて家を出るアレン。今日からは精霊獣のリルも一緒だ。
装備一式を身に
「カーバンクル?」
「はい。その額の宝石には幸運や富をもたらす力があると言われている幻の獣。もちろん見るのは初めてですが、おそらく、そうではないかと」
期せずして、リルの正体が判明した。
それから、近日中に第2階層のボスに挑戦して、問題なければそのまま第3階層に進むつもりだと今後の予定を話し、許可とアドバイスをもらってからサテラと別れる。
そして、次に向かったのは、ギルド内の『連絡板』。
酒場と通じる転位門の手前にある長大な『掲示板』には、主にギルドから冒険者への伝達事項や仕事の依頼などが書かれた張り紙が掲示されていているのに対し、掲示板に場所を取られてそこから少し離れた場所に
これが、サテラにボス部屋挑戦の予定を『今日』ではなく『近日中』と言った理由。
パーティを組んでモンスターを倒すと、紋章に吸収される霊力は等しく分配される。つまり、一人で倒した場合より紋章に吸収・蓄積される霊力の量が減る。
故に、『【再起】を取得する』という新たにできた目的が達成されるまでは
要するに、今日からいよいよ共に冒険する仲間を探す事にしたのだ。
既に、ラシャンとスティーブが誘ってくれた。いずれ、彼らとパーティを組んで冒険をする。だが、彼らとだけでなく、もっといろいろな人達とパーティを組んで冒険をしてみたい。
一度組んでみて合わずにそれっきりという事もあるだろうし、臨時で何度も同じ人物とパーティを組むなんて事もあるだろう。
そうやって出会いと別れを繰り返し、やがて唯一無二と言える仲間達と出会い、お互いを高め合いながら冒険を繰り返し、そして、引退してからも腐れ縁だなんだと言いながらのんびり酒を
そんな訳で、自分一人での探索も続けるつもりだが、しばし中断。組んだ人達が付き合ってくれると言うなら続行するのも良いが、他のメンバーがもっと下の階層へ行きたいと言うのであればそれに付き合う所存だ。
「さて、どんな募集があるのか……な?」
どんな出会いがあるかと連絡板の前に立ったアレンだったが、そこにある張り紙をろくに確認する間もなく、不意に突き刺さるような視線を感じてそちらへ振り向いた。
すると、サテラと話していた簡素な応接間のような個室があるほうから、軽量の武器防具を装備した、長くて先端がとがった耳が特徴的な
(
思わず振り返って後ろを見てみると、人がいるにはいる。だが、視線の角度からして彼らは当て
身の危険を感じる。しかし、逃げなければならないような事をした覚えはない。
自分の被害妄想である事を祈りつつ、さりげなさを
「精霊獣をつれている者を見た、と聞いて我が耳を疑ったが……間違いない」
先頭を歩いてきたエルフの美女が唐突にそんな事を言い出し、
「貴様、――〔精霊の卵〕を
ヒシヒシと殺意を感じる眼差しに
「〔精霊の卵〕は、我らが長きにわたって探し求めてきたエルフの秘宝ッ! 人として返還して
美貌を赤く染め、怒りのあまり言葉が出てこないといった様子で、
「え? そ、そうだったんですか? 俺、知らな――」
――くて、と続くはずだった言葉は、ズガンッ、とエルフの美女が横の連絡板を叩いた音で
「見苦しい言い訳など聞きたくないッ!! 薄汚いこそ泥がッ! 命が惜しくば二度と我らの前に姿を現すなッ!!」
エルフの美女は言うだけ言うと、一瞬、肩の上で警戒している
あとに残されたアレンはしばし唖然としていたが、ふと気になって連絡板のエルフ美女が強打した場所に目を向ける。
そこは、連絡板の端。長く張り出されたままになっているらしく、少し色
色褪せた張り紙は他にもあり、かつて征服王に
この場に来た事がある者なら、必ず一度は目を通すだろう。そして、一度目を通してこういう張り紙がある事を知ったなら、それらしいものを手に入れた時、ひょっとして、と確認に来るに違いない。だが――
「俺、ここに来たの初めてで、本当に知らなかったんですけど……」
そんな眉をハの字にして呟くアレンの声を聞いていたのは、肩の上で相棒を気遣うように見詰めるリルだけだった。
その後、アレンは、同じ
すると、連絡板の右端に張り出されているのは、捜し人の人相書きだった。
こちらは多過ぎて、似顔絵だけは見えるように重なっていたり、構わず古いものの上に張られていたりと雑然としていて、似顔絵の他に、瞳や髪や肌の色、角や尻尾や翼の有無などの特徴、その人物が行方不明になった時期や状況、見付けた場合に報せてもらうための連絡先などが書き込まれている。
それらにも目を通してみると、ダンジョンに向かいその後行方不明だという冒険者、奴隷としてこの都市に連れてこられた可能性があるという敗戦国の民、戦争で生き別れになった家族、この三つが多い。
アレンは、その中に一つ、気になるものを見付けた。
「『ネレイア・リーン・エルティシア』……」
しっかりと着色された似顔絵は少なく、その中でも1、2を争うほどできが良い。それもかなり色
という事は、ここに張り出して終わりではなく、確認しにくる者がいて、上に張られて隠れてしまっていたら、はがして一番上に張り直しているのだろう。
それは、十代前半の可憐な少女の似顔絵、というか、肖像画で、
「ん~……、これ、リエルに似てないか?」
肩の上の相棒に訊いてみると、リルは、みゅう? と小首を傾げた。
絵の出来に自信があるからか、色が褪せる事を想定して、髪、瞳、肌の色の他には、本人を見付けて連れてきた者、居場所を報せた者には1000万ユニトの謝礼金を贈呈する
アレンは、一瞬、この張り紙の事をリエルに教えようかと思ったが、その連絡先を見てやめた。
その連絡先は、クラン《群竜騎士団》の
この
違うなら良い。だがもし、この肖像画の少女がリエルだったら……
そんな《群竜騎士団》が自分の事を捜していると知ったリエルはどう思う?
そして、リエルの存在を知った《群竜騎士団》はどう動く?
一つ息をつき、頭を振って気持ちを切り替えるアレン。
どうにも、嫌な予感しかしなかった。
――後日。
場所は、修理屋[バーンハード]の店内。
アレンが、カイトに、【鑑定】した際に何故エルフの秘宝だという事を教えてくれなかったのかと問うと、そうだったか? と首を
カイトは、【鑑定】あるあるだ、と言って笑っていたが、アレンは全く笑えずがっくりと
「そんな事より、仲間探しのほうはどうなんだ?」
カイトにそう問われ、更に深く項垂れるアレン。なんだか立っているのも辛くなり、店内の椅子に座ってカウンター前のテーブルに突っ伏した。肩の上からテーブルに移ったリルが、ぷにぷにの肉球で頭を撫でて
そんなアレンの様子を見て察したカイトは、一つため息をつき、
「まさか、お前のアドバイザーが、あの〝
冒険者は、存在を認知され、名が通り始めると、いつの間に二つ名が付けられる。
だが、アレンの担当アドバイザーであるサテラは、冒険者ではないのにもかかわらず、陰で、担当した冒険者が全員一ヶ月以内に命を落としているのはあの女が運を吸い取って死を招いているからだ、とそんな二つ名で呼ばれているらしい。
そして、いつの間にかアレンの担当がサテラであるという事が冒険者達の間で知れ渡っており、現在、連絡板で見付けた募集に応募しても、それを理由に断られ続けている。
挙句の果てには、偶然、ゴブリン・キング攻略を見学させてくれたスティーブに再会して声をかけたのだが、気まずげに目を逸らして、あの後パーティに入らないかと誘われて、俺たち今いい感じなんだよ、と一度組んでみようという話を遠回しになかった事にされてしまった。
「はぁ~……、――あっ! 募集に応募して断られるなら、俺がメンバーを募集すれば――」
「――応募してくる奴がいると思うか?」
「みゅう?」
「……あぁ、大丈夫。俺にはリルがいてくれるからな」
「まぁ、とりあえず一ヶ月生き延びる事だな」
ほらよ、と言ってカイトがテーブルの上に置いたのは、〔
今日は、リルと共に第2階層のボス部屋を攻略し、そのまま第3階層を探索したのだが、事件はそのボス部屋で起こった。
第2階層のボス部屋に出現したのは、幼児ほどの本体に左右それぞれ布団一枚ほどもある
そして、まず弓矢に変化させた〔
そして、リルがけほけほ
精霊獣と契約者は言葉を介さず意思を通わせる事ができる。その能力で、2体のモンスターが魔石を残して消滅した後、状態異常のせいではなくただ咳き込んでいただけだったという事が判って心底ほっとし、胸を撫で下ろしたのだが、使用したからには約束通り
それが、現在、アレンとリルが[バーンハード]にいる理由。
「……そうですね。そうします」
サテラは良い人だ。相談すれば親身になって応じてくれ、ためになる
それに、独り立ちする日が近付くにつれて、
〔回復銃〕と魔法弾を受け取ったアレンは、自分のためだけではなく、サテラのためにも、まずは一ヶ月生き延びようと心に決め、必ず悪い噂を
「あっ! ――おいっ、アレンッ!」
店から一歩出た所で呼び止められ、肩にリルを乗せているアレンが振り返ると、
「連絡板に張り出してはいないんだが、ダンジョンで銃を手に入れたら俺に売ってくれないか? モノにもよるが、他のどこよりも高く買い取るぞ」
それを聞いたアレンは、銃ですか? と返しつつ店内に戻り、
「例えば、こんなのとか?」
そう言って、テーブルの上に【異空間収納】でしまっていた銃――
カイトはそれを見た途端、ギョッ、と目を
「おいおいおいおいッ! お前なにやってんだこの野郎ッ! こういうのこそ俺に【鑑定】させるべきだろうがッ!?」
「えッ!? いや、今お金が有り余ってるから、必要になって売る時で良いかなって――」
「――つべこべ言ってないで他にもあるならさっさと出せッ!」
「えぇ~――…」
その剣幕に圧倒されて眉尻を下げたアレンが、言われる
「金貨や宝石類を除くと、後はこれだけです」
ビリヤードの玉より少し小さいくらいの鏡のように磨き上げられた銀色の球体。
この二つと金貨や宝石類などの換金アイテムが、今日、第3階層を探索して見付けた
ちなみに、その時出現したモンスターの名は『
岩を食らって体内に取り込み、俗に『ふんどし』などと呼ばれる頭胸部の下面に付着している小型の腹部から、球形に成形された石弾を発射する軽自動車ほどもある甲殻類型モンスター。
アレンは、ゴルフボール程の石弾を危なげなく回避しつつ、鉄よりも固く斬りにくい甲殻を有する巨大な蟹に肉薄すると、
「おっ、こいつは〔念動球〕だ」
「〔念動球〕?」
「杖のように魔法の増幅機能がある〔
空間把握能力で、時空魔術師に勝る者がいるだろうか? いや、いない。
アレンは、カイトに使い方を
試してみると、縦横無尽かつ緩急自在に操作する事ができる。リルがずっとその動きを目で追っていたので、テーブルの上に下ろしてみると、その途端に飛び付き、前足で転がして遊び始めた。これは思った以上に使えそうだ。
「で、こいつは〔精霊銃〕。その名の通り、精霊の力が結晶化したものだと
「精霊……って、それもエルフの秘宝なんですか?」
連絡板の前での事が軽くトラウマになっているアレンは、届けるべきだろうか、でも二度と姿を見せるなって言われてるし……、と苦悩したが、それも束の間。
「エルフが銃なんて使う訳ないだろ。――んな事より、こいつを試してみたのか?」
「はい、一応」
「
「前二つはそうです」
「遅延はなしか?」
「そうではなくて、
「なるほど……。で、お前はこいつを使うつもりはないんだな?」
「はい」
「じゃあ、俺にくれ」
他のどこよりも高く買い取ると言っていたのに、『くれ』って……、とアレンが唖然としていると、
「今後一生〔
「じゃあそれで」
アレンが
「自分で言っておいてなんだが、まずは〔
「普通はそうでも、今回の条件なら迷う必要ないでしょ?
「なるほど……、こりゃあ、安売りしたのは俺のほうだったか?」
カイトはそう言って口の端を吊り上げ、アレンも笑みを返し、仲間探しが上手くいかず落ち込んでいた相棒の笑顔を見て、リルも嬉しそうに尻尾を揺らした。
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