第8話 相棒はもふもふ

「…………うっ、ぬぅ……~っ」


 アレンはふと我に返った。


 どうやら集中力が切れて、無我の境地ゾーンから出てしまったらしい。


 閉じてしまった唯一の出入口を背にして、自然体から右足を半歩前へ送り、軽く重心を落として膝と腰に余裕を持たせた居合腰いあいごしと呼ばれる姿勢で、左手を鞘にえ、右手をつかに置いているアレンがふと足元に目を向けると、大量の魔石が三日月形に積もっている。


 この状況から察するに、剣の結界まあいに入った動き回る食肉植物――つたが絡まり合って四足獣の形を成した狼ほどの大きさの猛獣草ウルフプラントを、居合いで斬って斬って斬りまくっていたようだ。


 始めた頃は、家で待つリエルに時空魔法の【超空間通信】で定時連絡を入れ、のどが渇いたり腹が減れば魔法で収納用異空間にしまっていた食料を飲み食いし、尿意や便意は、自分以外の物体を空間転位させる【空間輸送転位トランスポート】で体外へ排出するという荒業で克服し、魔石を【異空間収納】で回収しつつ足を止めずに動き続けていたのだが……


(流石に潮時しおどき、か……)


 体外へ発する事なく、練り上げた霊力を体内で循環・充溢じゅういつさせているため、肉体の疲労は感じず、むしろ何でもできると全能感を覚えるほど軽いが、流石に精神のほうの限界が近く、頭が重い。


 アレンは、ついに、飽きもせず猛獣草を生み落とし続ける、血のように赤い九つのつぼみを付け、肉厚な葉をしげらせた天井に迫るほど巨大な草花――悪魔草デビルプラントを仕留める事にした。


 そのための方法は、もう決めている。


 抜刀するぬくという意識もなく、もはや反射と言うより、敵がいて自分がいる空間の必然――現象に近いレベルの居合いで最後のウルフプラントを両断したアレンは、鞘と柄から離した両手を組み合わせデビルプラントに向かって突き出した。その瞬間、カチッ、と拳銃の撃鉄ハンマーを起こしたような音が四つ重なって響き、


「――破ッ」


 両手を組み合わせて前へ突き出した特殊な魔導機巧カートリッジ・システムを搭載した指先から肘までを覆う甲拳ガントレット――〔砲撃拳マグナブラスト〕をぶっ放す。


 ドンッ、と腹に響く轟音と共に人の頭の大きさくらいの透明な水晶玉のような霊力弾が発射され、音速で飛翔し、また猛獣草を生み落とそうとしていた悪魔草に直撃。無音の衝撃が空間そのものを激震させ、純白の閃光が世界を一色に染め上げる。


 そして、とてつもなく長く感じた数秒が過ぎて……


「んぁあぁ~…………」


 組み合わせていた両手をいて突き出していた両腕を、だらん、と両脇に垂らし、開いたままふさがらないアレンの口から妙な声が漏れた。


 それは何故か?


 悪魔草デビルプラントが存在していた場所を中心に、直径約20メートルの球形の範囲が完全に消滅していたからだ。


 悪魔草とその魔石は言うにおよばず、床、壁、天井まで綺麗にダンジョンがえぐり取られている。


「これは……」


 空間には修復力が備わっていて、瞬間的な空間の破壊と修復に巻き込まれた物質は、原子レベルで崩壊し、消滅する。


 その光景は、アレンに時空系統攻撃魔術【空間破壊砲】を想起させた。


 おそらく、自分の適性属性が【時空】だからだろう。カイトは、弾に込められた霊力を純粋な破壊力に変換する、と言っていた。だから、同じ結果に至ったのだと思われる。


 カートリッジには最低限の霊力しか封入していなかった。故に、万全を期して4発全弾使用したのだが……


「…………まぁいいか」


 気にしない事にしたのは、開き直るというより、精神的な疲労から考えるのが億劫おっくうになったからだったのだが、


「――あっ!」


 思わず笑みを浮かべるアレン。


 それは、隠し部屋モンスターハウスを攻略した特典――宝箱ガチャがそこに出現していたからだ。


 ドキドキとワクワクで疲れを忘れて歩み寄り、宝箱に既に刺さっている黄金の鍵を回す。


 ガチャガチャ、ガチャガチャ、――ガチャッ。


 宝箱とそれが乗っていた祭壇が消え、その後ろの魔法陣から出現したのは、換金アイテムの古代金貨や金銀財宝の山と、その中にあって奇妙な存在感を放っているソフトボール大の真珠のような光沢を帯びた綺麗な玉。そして――


「なんじゃこりゃ……」


 それを一言で言い表すなら、機械仕掛けの馬。体高は3メートルに達し、馬用の全身甲冑を装備したような洗練された形状の重装甲で全体が覆われた姿は物々しくも勇壮で、背中にはくらがあってあぶみがあり、その鞍の前部中央にはグリップホーンがあって手綱はなく、その前後と左右に計四つ、ポメルバッグとサドルバッグのような金属製の箱コンテナが取り付けられている。


 まず間違いなく、馬車や荷車を引くためのものではない。明らかに戦闘用だ。


 更に、その隣には――


「えぇ~――…、いらねぇ~――…」


 ラシャンは、これまでに6機しか発見されていない激レア装備だと言っていたが、これで8機目という事になる、別名『動く儀式場』というらしい、兜の飾りまで入れれば2メートルの半ばを超える透明感のある黒を基調とした重厚な〔超魔導重甲冑カタフラクト〕を眺めつつ、アレンは、思わず心の底からそう呟いた。




「はぁ~ッ!? 五日間モンスターハウスにこもってた?」


 カイトは疑いの目を向けてくるが、それが事実。


 第2階層の隠し部屋モンスターハウスを出た後、なんだかどっと疲れてしまったので【空間転位テレポート】で帰宅し、心配させてしまったらしく目に涙をにじませたリエルに迎えられたのが昨日の昼過ぎ。


 そして、今日。いつも通りに朝稽古を行ない、リエルの美味しい朝食をじっくり味わって頂いた後、購入時に交わした約束通り、こうして整備してもらうため修理屋[バーンハード]にやってきている。


「いかれてるな」


 家屋の裏の店舗、そのカウンターに置かれた〔砲撃拳〕を点検しながら、理解できないと言わんばかりに首を横に振るカイト。


 アレンはそれに反論しようとしたが、その機先を制したカイトが、


「ハウスに足を踏み入れて戻ってきたって事は、特典を手に入れたんだろ? うちは修理屋だが【鑑定】もするぞ」


 それはまさに『渡りに船』の申し入れ。


 アレンは、魔法鞄から取り出すていで、カウンター前のテーブルの上に換金アイテムのたぐいをごっそり乗せ、それから、ここじゃ出せないから、と言って怪訝けげんそうな顔をしたカイトと共に店の外へ。そして、2機の〔超魔導重甲冑〕と機械仕掛けの馬を並べて立たせた。


「おっ、おまっ、これ……~ッ!?」


 カイトは目玉が飛び出しそうなほど驚き、恐る恐る触れて、調べて……


「これッ、〔超魔導重甲冑カタフラクト〕と〔高機動重戦騎ドラグーン〕じゃねぇかッ!?」

「〔ドラグーン〕……っていうのを見たのはこれが初めてですけど、〔カタフラクト〕のほうは、ラビュリントスに着いた日に街中で青味がかった銀色のを見かけて、その時一緒にいた人が激レア装備だって言ってたんですけど、本当ですか? なんかポコポコ出てくるんですけど」

「ポコポコってお前……」


 カイトは未知の生命体を発見したような目をアレンに向けたが、きょとんとされてしばらく頭痛を覚えたかのように目許を押さえ…………やがて何かを諦めたかのように首を横に振ってから、


「〔超魔導重甲冑〕は、装着者の能力を増幅する。だから、どれだけの性能を発揮させられるかは使う奴次第。〔高機動重戦騎〕は、誰が使っても同程度の性能を発揮する。どっちも間違いなく激レア装備だ。古代級の兵器だぞ?」

「古代級?」

「主に、ダンジョンで発見されたアイテムのランクだ。下はガラクタの『粗雑級インフェリアー』から『通常級ノーマル』『希少級レア』『秘宝級レガシー』『伝説級レジェンド』『古代級エンシェント』『幻想級ファンタズマ』『神話級ミソロジー』」


 確か、テッドもそんな事を言っていた気がする。


 古代級は上から3番目。いまいち価値が分からない。そんなアレンの胸中を見透みすかしたかのように、


他国よそなら伝説級の剣を1本売れば一生食うに困らない。古代級はもう金で売り買いできる代物じゃねぇ」

「売れないんですか?」

「…………、ラビュリントスここでトップ争いをしているようなクランに話を持って行けば、喜んで国を丸ごと買えるような財宝か、同等のアイテムとの交換トレードを申し出てくるだろうが、頼むからそれだけはやめてくれ」

「どうしてですか?」

「――治安が乱れる。大勢が不幸になるだろうし、死人も出るだろう。これ以上、奴らに戦力を持たせるな」

「それってどういう――」

「――担当アドバイザーにけ」


 気にはなったが、それがありありと分かるほど話したくなさそうだったので、アレンは、分かりました、と頷いた。


「こいつは拠点ホームにでもかざっておけ。後になって必要になっても、一度譲れば二度と戻ってこないのは確実だからな」


 カイトは、そうぶっきらぼうに言ってから〔超魔導重甲冑〕を眺めつつ、


「……あと4機、出るかもな」


 ふとそんな事を呟いた。


 アレンが、どういう事かとたずねると、


「この大迷宮都市ラビュリントスは、本の巨塔を線で結ぶと現れる巨大な芒魔法陣の中心にあり、冒険者の紋章も芒星でパーティメンバーの上限も名と数字の『6』に関連するものが多い。で、同じものが発見されていない事から、オリジナルは【地】【水】【風】【火】の四大属性に加えて、科学文明を象徴する【電気】、魔法文明を象徴する【霊気】、この機のみだと考えられていた」


 カイトは、だが、と話を続け、


「この色合いからして、こいつが【水】の機体で、既に発見されていたのがおそらく【氷雪】。でそっちが【時空】。それなら、古代の文献に見られる『四の主属性』と『八の従属性』、その十二属性に対応した12機が存在すると考えるのが道理だろ」


 『四の主属性』とは、四大属性とも言われる【地】【水】【風】【火】。


 『八の従属性』とは、【氷雪】【雷電】【冷熱】【金属】【霊気】【力素】【生命】【時空】。


 つまり、カイトの言うようにあと4機存在するなら、それらは【冷熱】【金属】【力素】【生命】の機体という事になる。


 ちなみに、〔高機動重戦騎〕に搭載されている動力炉は、【霊気】と【力素】のハイブリッドらしい。


「ん? こいつは……」


 【異空間収納】で〔超魔導重甲冑〕と〔高機動重戦騎〕をしまったアレンよりも先に店内へ戻っていたカイトは、テーブルの上に目を向け、換金アイテムの山の中にあったソフトボール大の真珠のような光沢を帯びた綺麗な玉を手に取り、それをしげしげと眺めて……


「……驚いたな。こいつはおそらく〔精霊の卵〕だ」

「〔精霊の卵〕?」

「契約を望む者が霊力を注ぎ込む事で、並の使い魔とは比較にならないほど強力で従順な精霊獣が誕生するとわれている、本来は実体を持たない精霊を受肉させる幻想級のアイテムだ」


 それを聞いて、アレンは、――雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。


 テッドが言っていた。ボス部屋のような先へ進むには必ず通らなければならないチェックポイントや隠し部屋モンスターハウスでの戦闘は、〔迷宮核〕が監視していてMVPを選出するらしい、と。


 こんな事も言っていた。MVPに選出されると、全滅させた後に出現する宝箱ガチャに、その者に適合したアイテムが追加される、という話がある、と。


 ひとりで戦っていたのだから、MVPは自分しかいない。そして、自分に適合したアイテムとして〔精霊の卵〕が追加されたのだとしたら、それは……


「俺に必要なのは、精霊獣……仲間だって、そういう事なのか……?」


 〔精霊の卵〕を手に入れたのは、悪魔草デビルプラントを倒して出現した宝箱ガチャ。延々と猛獣草を斬り続け、たった一人で戦い続けた結果、獲得した特典。


 もし、本当にそうなのだとしたら……


「ダンジョン……~ッ!  ――お前はなんて良い奴なんだ……~ッ!!」


 床にくずおれ、涙ぐむアレン。


 カイトは、突然訳の分からない事を言い出したアレンにギョッとし、唐突に泣き出すのを見て心を病んだ人を憐れむような目を向け、ついには、それが優しさだと言わんばかりにそっと顔を背けた。


 ちなみに、その後、ずっと気になっていた〝あれ〟――剣身もつばもなく、妙に軽い、長さ30センチ程の鈍い銀色の剣の柄のようなものを見せると、始めは、〔恩赦の木剣〕じゃないのか? と言っていたが、【鑑定】してもらった結果、剣の柄ではなく、〔水操の短杖アクアワンド〕という希少級のアイテムだという事が分かった。




 カイトの主職は、初級職【騎士】から中級職【魔法騎士】へ、副職は、初級職【技師】から中級職【魔導技師マギテック】を経て上級職【錬金術師】へと転職クラスチェンジしたため、取得した【鑑定】のスキルは、それらの職種に関係あるものしかその価値を判定できないらしい。


 つまり、金銀財宝など換金アイテムの価値は分かっても、正確な価格査定は専門外。


 とはいえ、魔石も大量にあり、大金が手に入ったのは間違いないので、〔砲撃拳〕専用の大口径力晶弾を4発買い足して修理屋[バーンハード]を後にしたアレンは、その足でギルドへ向かった。


 まずは、担当アドバイザーのサテラに無事な姿を見せてから、カイトに言われた通り、トップ争いをしているクランについて訊いてみたのだが……それは非常に不愉快な話だった。


 その後、気を取り直してギルドの買取所へ。大量の魔石とそれ用のアイテムを換金する。


 そうして一通り用事を済ませてから、いよいよ技能を取得するため賢者の塔へ。


 出入口の正面にある受付カウンターで職員に指示されていた部屋に入り、左手から紋章化しているエメラルドタブレットを取り出してセットし、投影されたディスプレイを操作する。そして、


「――よしッ!」


 他の何をおいても真っ先に取得しておきたいと思っていた、最上級職の一つである【武術の達人フィジカルアデプト】の【技術スキル】――【再起】を取得した。


 これは、本来、大精霊の加護を受けた勇者、英雄のみが使えたと語り継がれる、敗れてもより強くなって立ち上がるための力で、『一度の睡眠で全快し、ダメージを受ければ受けるほど、霊力を消耗すれば消耗するほど回復時に強化される』というもの。


 つまり、夜、限界を超えた鍛錬で肉体をいじめ抜き、枯渇こかつして意識を失う直前まで霊力を絞り尽くして力晶弾に封入しても、このスキルをちゃんと発動させて寝れば、翌朝起きた時には全快していて、なおかつ、肉体は強化され、霊力量が増えている。


 もし本当なら、最高だ。他に言いようがない。


 これを取得しても、まだ紋章に吸収させて貯めた霊力で他に取得できそうだったので、次に選んだのは、【不羈自由】。


 これは、『何ものにも縛られない』という能力アビリティで、行動阻害や封印などの影響を受けなくなるらしい。


 ダンジョン内にあるという魔法の効果が掻き消される場所というのが、結界や封印、呪縛の類なら、この能力で影響を受けなくなるはず。


 まだ取得できるようだ。


 そこで、【毒物耐性】【石化耐性】【呪怨耐性】【疾病耐性】【混乱耐性】【昏睡耐性】【魅了耐性】【邪眼耐性】【激痛耐性】【恐怖耐性】【薬物耐性】…………などなど、耐性系能力アビリティを取得できるだけ取得してしまおうと次々選択していったら、結局、全て取得できてしまい、最終的には統合されて【状態異常完全耐性】になった。


「ん~……」


 頑張った甲斐があった……と思うのだが、何の実感もないので微妙だ。


 それに、説明文を見てみると、『完全』と付いていてもあくまで耐性。耐えられるというだけで、全く効かない、完全に無効化できるという訳ではないらしい。


 まだ取得する事ができるかもしれない。


 この【武術の達人】という職種ジョブは妙なもので、ここまで転職クラスチェンジしてきたなら戦闘を極めているはず、という事なのか、取得できるものの中に攻撃や防御など直接的な戦闘スキルは一つもない。その反面、耐性系、強化系といった個人の能力をプラス補正する技能は全て取得する事ができる。


 次は、炎天や寒冷など厳しい環境に対する耐性か。それとも各属性魔法に対する耐性か。強化系も魅力的だ。適性職の技能ではないが、今日の経験から、自分で【鑑定】できれば便利だろう。知識系を取得して、既に身に付けている応急処置や生存サバイバル技能を補強するというのも捨てがたい。


 しかし、適性職のものではない技能は、適性職の技能よりも取得するのに割増しで霊力が必要になる。頑張って貯めたとはいえ、これだけの耐性スキルをまとめて取得できたのは、物心つく前から師匠と老師の英才教育を受けた自分にとって、【武術の達人】という職種が適職や天職と呼べるものだからだろう。


 アレンは、どうしようかと思案し…………あっ、とすっかり失念していた、サテラにまず真っ先に取得してほしいと言われていた冒険者用特殊技能の事を思い出した。


 アレンはそれを――【モンスター図鑑】を取得する。


 この【モンスター図鑑】は、それのみでは意味をなさず、【第1階層出現モンスター】【第2階層出現モンスター】……それらの知識系スキルを取得するごとに更新されていく。


 また、【モンスター図鑑】に載っていない初遭遇のモンスターと交戦した場合、撃破して霊力を紋章に吸収させると、自動的にその姿や属性など戦闘によって得られた情報が記載きさいされ、賢者の塔の部屋で投影されたディスプレイにウィンドウを開き、そのモンスターを選択すれば、詳細な情報を取得して更新する事ができる。


 更に、書物の図鑑で調べればその情報が自動的に加わり、この場合は初遭遇撃破の時と同様、エメラルドタブレットに蓄積された霊力は消費されない。


 サテラは、進む前にその階層のモンスターに関する知識系スキルを取得してからのぞむ事を強く推奨しているが、今回は事後になってしまった。


 自分が交戦して撃破したモンスターの情報を次々取得していくアレン。そして、【第3階層出現モンスター】の知識系スキルを取得しようとしたら、霊力不足でダメだった。


 ここでの作業を終了し、エメラルドタブレットを左手の甲へ。


「確か……」


 今日まで何の技能も取得していなかったため試していなかったが、右手で、左手の甲の紋章を、指先側から手首のほうへ向かって撫でる。すると、紋章がほのかに発光し、視界にメニュー画面ウィンドウが表示された。これは、顔の前に投影されているのではなく、視覚に情報が割り込んでいるので他者には見えないらしい。


 己の状態や取得した技能の確認、【モンスター図鑑】の閲覧はこうやってする。また、このメニュー画面でスキルを発動させる事もでき、まだ自分で術式を構築できない術者は、この画面で行使したい魔法スキルを選択して発動する。


「ん~……」


 技能はちゃんと取得できていたが、自分の何かが変わった気はまるでしなかった。




 ――その日の夜。


 いつもより軽めの鍛錬を終えたアレンは、シャワーを浴び、パジャマ代わりの部屋着を身に着け、しっかり気絶する準備を整えてから、現在、自室の床に敷いた布団の上で結跏趺坐けっかふざし、まぶたを軽く下ろして、静かに霊力を練り上げている。


 霊力は、精神や意思の影響を受けやすい。故に、呼吸法によって安定させ、無念無想の状態で高純度の霊力を体内で循環させる。練り、高め、充溢させ…………最高潮に到達したと直感すると、【異空間収納】でしまっていたソフトボール大の真珠のような光沢を帯びた綺麗な玉――〔精霊の卵〕を取り出した。


「ふぅ―――…」


 両手で左右から包み込むように持ち、練りに練った霊力を注ぎ込む。


 最初は、得物に霊力を通すのと同じような感覚だったが、やがて、〔精霊の卵〕が霊力を吸引し始めた。徐々に徐々に、吸い上げる勢いが加速して行く。


 そして、最終的には生命の危機を感じる程の勢いで止めようもなく貪るように奪われて行き…………霊力の枯渇こかつによって意識が途切れる寸前、根性でスキル【再起】を発動させた。




 ――翌朝。


「…………」


 アレンは、いつも通り、夜明けと共に目覚めた。


 体調を確認してみる。すると、――全快していた。頭はすっきりとえていて、躰は軽く、昨夜枯渇したはずの霊力も完全に回復している。


「――すげぇッ!!」


 破壊された筋肉が修復される事で強くなる現象――超回復が、本当に肉体が強化され、保有霊力量が増えているかは実感できないが、この効果だけでも十分だ。


「――あっ!?」


 ありったけの霊力を注ぎ込んだ。あの玉が〔精霊の卵〕で話が本当なら、精霊獣が生まれているはず。


 アレンは自分の部屋を見回して――


「――みゅうっ」


 そんな鳴き声が聞こえた瞬間、バッ、と高速で振り返る。


 そして、枕元に、なんか小っちゃくて可愛い生き物がいるのを発見した。


 アレンが知る動物の中で、一番近いのは猫。だが、ふさふさの尻尾など栗鼠りすのようにも見える。大きさは、猫にしては小さく、栗鼠にしては大きい。目はぱっちりとしていて愛嬌のある顔立ちをしており、つややかな体毛は、お腹側が白くて背中側が新緑のような瑞々しい緑。そして、最も特徴的で目を引くのが額にある円錐形の角で、それは、美しい紅玉ルビー色の瞳と同じ色の宝石だった。


「お前が、俺の……精霊獣あいぼう?」

「みゅうっ!」


 お座りして尻尾を振っていた精霊獣は、そうです、と言わんばかりに鳴いて立ち上がり、四つ足でトコトコ歩み寄って、身を乗り出すようにして胡坐あぐらいているアレンの膝の上に両前足を乗せた。


「おぉ~……」


 撫でようと、恐る恐るてのひらを近付けると、精霊獣のほうから頭をすり寄せてきて、抱っこすると、その躰は、軽くて、柔らかくて、しなやかで、撫でると毛はサラサラのふかふかのもふもふで……


「可愛いなぁ~……っ!」


 頬ずりすると最高に気持ちよく、もう至福だった。


 エメラルドタブレット錬成の数倍、あるいは十数倍もの霊力を注ぎ込んだのだ。歴史上、人が契約して従える事ができた最強の存在――ドラゴンやそれに匹敵する鷹獅子グリフォン魔天狼フェンリルなどが生まれてきたらどうしようなどと考えたりもしたが、期待外れかと問われたら、とんでもないと即答する。


 ひとしきりたわむれた後、アレンは名前を付ける事にした。


 額の宝石のような角を見た瞬間に閃いたその名は、師匠と老師の昔話に出できた絶世の美姫の通り名――


「お前の名は、『光り輝く至高の宝玉シルマリル』。普段は『リル』って呼ぼうかな」

「みゅうぅ――~っ!」


 気に入ってくれたようだ。


 アレンは、甘えてじゃれついてくる精霊獣――『リル』と存分にたわむれて……

そのせいでいつもより朝稽古を始める時間が遅れてしまった。

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