第7話 空前絶後のダンジョン・デビュー

 朝食を終え、お弁当が用意されていた事に驚きつつありがたく受け取り、リエルに見送られて家を出たアレンは、その足でダンジョンへ――ではなく、修理屋[バーンハード]へ。


 それは店主のカイトとそう約束していたからで、家の裏にある工房を訪ねると、専用のホルスターと、握りやすいよう銃把グリップを大きくした結果、用心鉄トリガーガードの前で銃身を切り落とした自動式拳銃のような見た目になった聖法専用魔砲機〔回復銃リキュペレーター〕を受け取った。


 そして、ダンジョンへ挑む前に、もう一度装備を確認する。


 自分の足に合わせた特注品のブーツと何着も同じ替えがある平服の上に、なめした革の表面を張り合わせた薄い金属のプレートで補強したすね当て、胸と背中を保護する胴鎧。〔回復銃〕を納めたホルスターを右太腿の外側に固定し、両腕には特殊な魔導機巧を搭載した甲拳ガントレット――〔砲撃拳マグナブラスト〕。


 〔砲撃拳〕は、手動で操作するための機巧も備わっているが、霊力を通わせた状態なら思念で操作する事ができ、まずは右手の〔砲撃拳〕の親指側と小指側、両サイドから、ジャキンッ、と飛び出してきた装填口にそれぞれ大口径力晶弾を装填し、同時に、ジャコンッ、と閉じた。左手も同じように弾を込める。


 最後に、左腰にいた愛刀の位置を調節し、準備完了。


 アレンは、カイトに感謝を伝えて[バーンハード]を後にし、その足で今度こそダンジョンへ向かった。




 アレンの目的は、ダンジョン攻略ではない。


 この大迷宮都市ラビュリントスにきたのは、趣味と実益と友達探しのため。


 ゆえに、急ぎ足で下の階層へ向かうつもりはない。


 いや、なかった、と言うべきだろう。今は少し、行ってしまおうか、と考えている。


 それは、他の何をおいても真っ先に取得しておきたい【技術スキル】を見付けてしまったからだ。


 賢者の石は、この世のありとあらゆる情報を無限に収集・蓄積するという特質を持つ石。そして、賢者の塔とエメラルドタブレットは、賢者の石から情報を引き出すための施設であり道具。


 賢者の石から転送された情報はエメラルドタブレットに刻印され、そのエメラルドタブレットと融合する事で、冒険者はそこに刻印された知識、技術、能力を己のものとする事ができる。


 だが、当然と言うべきか、楽をして際限なく、という訳にはいかない。


 実は、知識だけなら、賢者の塔の施設、あの部屋を利用し、対価として情報に見合うだけの霊力を支払う事で、賢者の石に蓄積されている霊薬のレシピや武術の秘伝書の内容をディスプレイに表示させる事ができる。


 しかし、霊薬のレシピを知ったから、秘伝書を読んだからと言って、霊薬を製作できたり奥義を会得できたりするのかというと、答えはいなだ。


 例えば、霊薬を製作するには『霊力を込める』という工程が必要不可欠なのだが、それは個人の感覚にるものであって、小匙こさじや計量カップのような基準がない。その過程がなかったとしても、数十年にも及ぶ職人としてつちかった経験と勘が物を言うような作業を、レシピと製造方法を知ったからといって素人しろうとにすぐ作れるはずがない。


 武術の秘伝書にしても、素人が読んでその通りに実践したとしても、それは奥義と呼べるものではない。何故なら、その秘伝書を記した人物と同じレベルの肉体と精神を備えていなければ、真にその内容を理解する事ができないからだ。


 要するに、職人の勘や達人の感覚を、言語で表現する事はできない。


 その問題を克服こくふくさせるのが、エメラルドタブレットだ。


 冒険者の霊力によって錬成された唯一無二のエメラルドタブレットは、その者と融合して紋章へ変化する。その状態でモンスターを倒すと、壊れた肉体うつわから漏出した霊力を紋章が吸収し、エメラルドタブレットに蓄積される。その蓄積された霊力を用いて、賢者の石から引き出された言語表現を超えた領域の知識と技能をエメラルドタブレットに定着させ、それと融合する事で、冒険者はその技能を己のものとする。


 これが、【技術スキル】と【能力アビリティ】取得の流れで、取得する技能は、高度であればある程、情報量が多ければ多い程、定着させるのに必要な霊力の量が増えていく。


 そして、自らのエメラルドタブレットは自身の霊力を吸収しないため、モンスターを倒してその霊力を集める必要があり、モンスターは強力な個体ほど保有霊力量が多く、階層が増すごとにモンスターは強力になっていく。


 長くなってしまったが、要するに、早く技能を取得したいなら、より下層の強力なモンスターを倒したほうが手っ取り早く必要な量の霊力を集める事ができるのだ。


 [バーンハード]からの道中、アレンはずっと悩んでいた。そして、ダンジョンの第1階層に到着して、


「よしっ! やっぱり一層ずつ、地道に探索して行こう」


 ふとした思い付きだが、そうして着実に到達階層を更新して行き、最下層に到達した時には、このダンジョンに通っていない道はない、と言えるぐらい探索し尽くそう――そう決めた。




 浅い階層の地図は購入する事ができる。そのため、新人冒険者でもほとんどの者が通り過ぎるだけのこの第1階層で、アレンは探索を開始した。


「さて、と」


 下の階層へ向かう他の冒険者達の流れから外れて適当に進み、周囲に人気ひとけがない事を確認して足を止める。そして、まぶたを閉じて使用するのは、老師に伝授してもらった時空魔法の【空間探査】。


 発動した瞬間から、アレンの脳裏に描き出される自身を中心とした世界が広がって行き、1秒未満のごく短時間で、地上の都市とこの第1階層の構造までを把握した。


(結界のたぐい、か……?)


 本来であれば、自身を中心とした球形、つまり、下方にも効果がおよぶのだが、どうやら何かにはばまれたようだ。


 とはいえ、現状では何の支障もない。


 瞼を開いたアレンは、常駐型の時空魔法【早期索敵警戒網】を発動させ、古い砦か神殿を彷彿ほうふつとさせる通路を進む。


 時空魔術師の脳内空間は、言わば機器を必要としないVRバーチャルリアリティー空間。【空間探査】で収集された情報を基に構築された現実そのものの世界を、都合の良い縮尺で、好きな角度から自由に見る事ができる。


 それ故に、ただ見るだけなら、脳内空間に構築した世界を実寸大にして自分自身を置くだけで十分。だが、アレンは実際にその場所へ足を運ぶ。


 それは当然、行ってモンスターを倒さなければ必要な霊力を溜められないからだが、それだけではなく、その場所に行かなければげない、味わえないにおいがあり、聞こえない音があり、感じられない空気があるからだ。


(おっ)


 最初に遭遇したモンスターは、中型犬ほどもある巨大なねずみ


 まだこちらの存在に気付いていない。


(それなら……)


 一番得意なのは剣術だが、例えそれがザコでも、モンスター相手に優位を捨てるべきではない。


 アレンが左腰に佩いている〔無貌の器バルトアンデルス〕を鞘ごと左手でベルトから抜き取った――次の瞬間、水銀のように形を失い、一瞬にして『刀と鞘』から『弓と1本の矢』に形態が変化した。


 これが〔無貌の器〕の能力。武器防具を問わず、使い手が欲した道具へ変化し、使い手に最も適したバランス、形状、質量、体積へ自動調節する。


 弓に変じた〔無貌の器〕で放った矢は、見事に巨大鼠を射抜き、その一射で絶命させた。


 死体は灰となって散り、子供の小指の爪ほどの魔石を後に残し、


「おぉ~」


 左手の紋章が短くほのかに発光する。巨大鼠の霊力を吸収したようだ。


 矢は空間転位のようにアレンの手に戻り、魔石は手で拾わず直接【異空間収納】で回収する。


 それからも、アレンは弓と矢を手にしたまま進み、遭遇したモンスターを片っ端から射抜いていった。


 巨大な、鼠、あり蚯蚓みみず蜘蛛くも百足むかで…………昆虫系が多く、怪物モンスターなのかデカい害獣・害虫なのか微妙なのが次々現れては灰となって散っていく。そして――


「さて、と……どうしたもんかな?」


 アレンが足を止めたのは、一見なんの変哲もない壁の前。だが、【空間探査】でその向こうに部屋がある事が分かっている。


 つまり、隠し部屋モンスターハウスだ。


 攻略されるたびに場所を変えるそうなので、第1階層にあってもおかしくはない。だが、初心者には発見する事ができず、そのために必要な技能を取得している中堅以上の冒険者達はこの階層を素通りして行く。故に、今まで発見されなかったのではないだろうか?


 ――何はともあれ。


 ハウスに出現するモンスターはランダムらしい。という事は、上級職の冒険者で構成されたパーティが苦戦をいられるようなモンスターが出現する可能性もあるという事だろう。


 ダンジョンには魔法の効果がき消される場所、つまり、魔法が使えない場所があるらしい。危なくなれば【空間転位】で逃げれば良いと思うのは危険だ、と老師が言っていた。


 もし、この隠し部屋がそういった場所で、今の自分では到底敵わないモンスターが出現したら……


「リエルとの契約を変更しておいて良かった」


 本来であれば、奴隷の首にある呪印は、主人が死亡すれば殉死じゅんしいるのだが、それを『奴隷からの解放』に変更してある。


 冒険には必要なかろうと、有り金は全て置いてきたし、〔拠点核ホーム・コア〕の所有権は、主との霊的なつながりパスが断たれると自動的に順位が次に高い者へ引き継がれる。なので、しばらくは生活に困る事はないだろう。


 つまり、もしそうだったとしても、自分が死ぬだけだ。


 壁の一部を押し込むと、ゴゴゴゴゴゴ……、と重々しい音を響かせて、幅1メートル程の壁が持ち上がっていく。それが止まると、アレンは平然とした足取りで隠し部屋へ足を踏み入れた。




 そこは、天井までの高さはおよそ10メートル、広さは縦と横が50メートルほどもある何もないガランとした大部屋。


 アレンがそのなかばまで進むと、唯一の出入口で、持ち上がっていた壁があっと言う間もなく落下して轟音を響かせ、退路が断たれると同時に部屋の奥、突当り前の床に魔法陣が出現した。


(はてさて、どんなモンスターが出てくるのかな?)


 特に身構える事なく、それでも瞬時に距離を詰める、または距離をとる事ができるように備えつつ、ちょっとドキドキしながら眺め……


(あっ、こりゃダメなやつだ)


 一足飛びに出入口があった壁付近まで後退する。


 出現したのは大柄な獅子ライオン。ただし、炎のようなたてがみ、ではなく、鬣のように轟々音を立てる炎をまとっていて、それが背中をて尻尾の先まで続いている。


 アレンが後になって知るそのモンスターの名前は『炎獅子フレイムレオ』。


 熟練の冒険者パーティでも、耐火の装備と能力アビリティ、それに氷属性の武器や付与ができる術者がいなければ勝負にならないと言われている凶悪なモンスター。


「ゴォアァアアアア――ガッ!」


 とりあえず、えた瞬間、口の中に矢を撃ち込んでみたが、首を振るようにして、ガシッ、とくわえて止められた。


(やっぱ無理か)


 出現してから数秒でもうここまで熱い。とても近付けない。


(さて、どう倒そうか……、あっ!)


 手元に戻った矢をつがえつつ、火を消すものはと考えて水を連想し、それで〝あれ〟の事を思い出した。


 幸いな事に、常駐させている【早期索敵警戒網】が無効化されていない。つまり、魔法が使える。


 〔無貌の器〕を弓矢から鞘に収まった刀に戻して左腰にき、時空魔法で最低限の大きさの【転位門ゲート】を開いて、旅の途中にあった水が出たせいで封鎖された鉱山の内部とつなげ、そこに手を突っ込み……引き戻した手が掴んでいるのは、〝あれ〟――剣身も鍔もなく、妙に軽い、長さ30センチ程の鈍い銀色の剣の柄のようなもの。


 それは、テッドやスティーブ達が、ハズレの〔恩赦の木剣ルディス〕、使い道のないただの飾りだと言っていたアイテム。


 これがそれではないのだという事が分かったのは、旅の疲れを落とすなら旅の汚れも落とそうと、防具を全て水洗いした時。ついでにこれも洗ってみて、偶然、水を操る能力が備わっている事が発覚した。


「――食らえッ!」


 魔法を極めている老師との手合わせで、全属性の攻撃魔法はほぼ知っている。


 イメージするのは、超高圧縮した水を噴射し、ジェット水流で物質を切断する【切断噴水流ウォータージェットカッター】。


 アレンは、ちょっと格好つけて、右手で持った鈍い銀色の剣の柄のようなものを炎獅子のほうへ向かって突き出し――


「――うおッ!? ちょっ、ちょっとま――うぅおぁああああああああああぁッ!!!?」


 ジェット水流ではなく、堰堤ダムの放水のようにほとばしる膨大な量の水に驚いて情けない悲鳴を上げた。


 ――十数秒後。


「…………」


 部屋の9割近くが水没し、はたから見ると、まるでアレンが巨大水槽に鈍い銀色の剣の柄のようなもの押し当てているような状態に。


 一方の炎獅子はというと、たてがみのような炎が消え、雌ライオンのような姿でジタバタもがいていたが、やがて動かなくなり……


「あっ」


 水中で泥が溶けて崩れるように消え去った。


 後に残ったのは、拳サイズの魔石と、炎獅子撃破とほぼ同時に出現した、黄金の鍵が既に差し込まれている宝箱を乗せた腰の高さ程の祭壇。


 アレンは、水底に沈む魔石を観ている内に、なんだかもの凄くひどい事をしてしまった気がして……


「…………まぁいいか」


 気にしても仕方がないと開き直った。


 水は、剣の柄のようなものの中に吸い込まれるイメージで、放水の映像を3倍速早戻ししたかのような勢いで全て柄の中に納まり、それは元の場所へ戻すのではなく【異空間収納】でしまう。


 前にちゃんと水で刀身を形作れたのは、水の量が少なかったからなのかもしれない。先程回収した時には、ちょっとした地底湖ほどもあった鉱山を閉鎖に追いやった水がほぼ全てなくなっていた。おそらく、適正属性が【時空】である自分には使いこなせない代物なのだろう。とはいえ、使い道がない訳ではない。例えは……


 自宅のトイレが水洗のアレンは、通路を大便うんこのように押し流されていくモンスターの群れを想像して、ぷっ、と吹き出した。


 ――それはさておき。


 魔石も【異空間収納】で回収すると、いよいよ初の宝箱ガチャ


 ドキドキ、ワクワクしつつ、アレンが黄金の鍵をつかんだ瞬間、宝箱が置かれた祭壇の後ろの床に魔法陣が出現し、ガチャガチャ、ガチャガチャ、と噛み合った金属の歯車が回るような音を響かせて鍵を回すと、それに呼応こおうして魔法陣の内側の円と外側の円が逆方向へ回転し、ガチャッ、と鍵が止まると同時に魔法陣の回転も止まる。


 そして、アレンが黄金の鍵から手を離すと、祭壇と宝箱はその場から消え去って魔法陣が発光し……その光と魔法陣が消えた後には、古代金貨や金銀財宝などのいわゆる換金アイテムと――


「えぇ~――…、いらねぇ~――…」


 ラシャンは、これまでに6機しか発見されていない、と言っていたから、これが7機目という事になる、別名『動く儀式場』というらしい、兜の飾りまで入れれば2メートルの半ばを超える群青を基調とした重厚な〔超魔導重甲冑カタフラクト〕を眺めつつ、思わず心の底からそう呟いた。




 こんなデカくて重厚な鎧を着込んでいては身動きが制限されてしまう。それでは師匠に伝授してもらった技を振るえない。修行にならない。


 ラシャンは激レア装備とも言っていたが、アレンは、ハズレを引かされた気分でトボトボまた開かれた出入口へ向かい……


「……まぁいいか」


 通路へ出たのをきっかけに、きっぱり気持ちを切り替えた。


 その後、危なげなく第1階層を一通りめぐってからボス部屋へ。


 ボス部屋は、上下へ階層を移動する際に必ず通らなければならない場所。そして、未攻略者のみがボス部屋に足を踏み入れると、自動的に下へ続く階段の前の扉が閉まり、通路側の扉も一度閉まってしまうと、ボスを攻略するか冒険者が死亡またはパーティが全滅するまで開かない。つまり、未攻略者が挑戦中は、攻略者は通過する事ができない。


 故に、ボス攻略は、特に浅い階層では、他の冒険者達の通行量が少ない時間帯に行なうのがマナーらしい。


 計った訳ではないが、今はちょうどアドバイザーさんサテラが教えてくれたその時間帯。


 アレンは、躊躇ためらう事なく第1階層のボス部屋へ足を踏み入れた。


 そこは、あの隠し部屋よりもやや狭く、前後の扉が音を立てて閉じ、階下へと通じる扉の前の床に魔法陣が出現する。ボス部屋に現れるモンスターは、挑戦者の人数に応じて増えるそうなので、パーティで挑戦したいたらもっと多かったのだろうが、今回は一つ。


 そこに姿を現したのは、――人間大のねずみ


 アドバイザーさんから、第1階層のボスは『ラットマン』だと聞いていたので、もっと人間ぽいのかと思っていたのだが、ものすごくデカい鼠だった。


「ヂュウゥウウウウウゥッ!」


 耳障りな鳴き声で威嚇いかくしてきたラットマンに対し、アレンは、左腰に佩いた刀の鞘に左手を添え、つばを左手親指で押し上げて鯉口こいくちを切る。白刃がわずかにのぞき、右手をつかの上に乗せ、しかし、まだ抜かない。


 アレンに向かって突進するラットマン。なかなかの速さだが、見学させてもらった時に見た、ゴブリン・ライダーが乗っていた猪の突進よりは遅い。


 まだ抜刀していないからこそラットマンは油断し、その勢いのまま無警戒に距離を詰めて新人冒険者に襲い掛かり、アレンは、ふらっ、と横へかわす。


 そして、渾身の攻撃を回避され、直前まで新人冒険者の躰があった場所を通過したラットマンは、慌てて止まるなり振り返った――その瞬間、抜く手も見せぬ居合い一閃。


 攻撃を回避し、振り返り、間合いを詰める――それを流れるような無駄のない動作で行なったアレンの手元で、キンッ、と小さく鍔が鳴った。その直後には素早く後退して敵の間合いに留まらず…………たっぷり数呼吸分の間を費やしてようやく自分が既に斬られている事に気付いたラットマンが、灰となって散る。


 果たして、エメラルドタブレットを得て強化された冒険者が大勢いるこのラビュリントスで、いったい何人が、今、アレンが抜刀して、斬って、納刀した様子を視認できただろう。


 そう言うレベルの神業を当然かつ自然に振るうアレンは、【異空間収納】でラットマンの魔石をしまってから本日二つ目の宝箱へ。


 ガチャガチャ、ガチャガチャ、――ガチャッ。


 出現したのは、現在使用されている大陸共通通貨ユニトではなく、古代文明のものと思しき金貨1枚だった。


 それも時空魔法で亜空間に構築された専用空間に収納し、その足で第2階層へ。


 【空間探査】でこの階層の構造を把握し、〔無貌の器〕を弓矢に変化させて進む。


 出現するモンスターは、第1階層と同じような顔ぶれだが、単体でウロウロしていた上とは違って、ほとんどが2体以上の群れで行動していた。


 とはいえ、する事は変わらない。遭遇そうぐうしたモンスターをまた片っ端から射抜いて行く。途中、リエルが持たせてくれたお弁当を美味しく頂き、それ以外は、この階層でも他の冒険者と遭遇する事はなく、独りで黙々と、ただひたすら、見敵必殺、一発必中、モンスターが近付く事すら許さず撃破して進み……


「やっぱり、盲点もうてんって事なんだろうな」


 一見なんの変哲もない壁の前で――隠し部屋モンスターハウスで足を止めた。


 そろそろ今日の探索を切り上げて地上を目指す冒険者達が増える時間帯。これからボス部屋に挑むのはマナー違反。故に、今日はここを攻略して終わりにしようと決めた。


 壁の一部を押し込み、ゴゴゴゴゴゴ……、と壁が持ち上がるのを待って隠し部屋の中へ。


 モンスターハウスのサイズは決まっているのか、第1階層にあった隠し部屋と同じ広さ。半ばまで進むと轟音と共に退路が断たれ、魔法陣が現れ……と流れも同じ。


 そして、そこから出現したモンスターは――血のように赤い九つのつぼみを付け、肉厚な葉をしげらせた天井に迫るほど巨大な草花だった。


 それは、魔法陣が消えた直後から見る間に石の床を砕いて根を張り、蕾をふくらませていく。


 アレンが後になって知るそのモンスターの名前は『悪魔草デビルプラント』。そして、膨らみ切った蕾が割れ、ベチョッ、と生み落とされたのは『猛獣草ウルフプラント』。


 どちらも、有効と言えるのは、斧や大剣などの重さと力で叩き切る重断撃のみで、鋭く切り裂く刀剣の斬撃と全属性の魔法に対して高い耐性を有するたちの悪いモンスター。


 アレンは、とりあえず膨らんでいる最中の蕾を射てみたが、分厚い花びらを貫けず、結局、九つの蕾から9体の猛獣草が生まれ落ちてしまった。手元に戻った矢をすぐさま立ち上がる前の猛獣草に射てみたが、突き刺さりこそすれ倒すには至らない。


「やっぱり、隠し部屋ハウスに出てくるモンスターは違うな」


 やろうと思えば射貫いぬけるが、霊力を消耗してまでそれをしなければならない理由がないため、〔無貌の器〕を弓矢から刀へ。


 左腰に佩き、鞘からすらりと抜刀する。


 つたが絡まり合って四足獣の形を成した狼ほどの大きさのウルフプラントは、本当の狼のように駆け、薔薇ばらとげのような牙が並ぶ口しかない頭部を大きく開いて新人冒険者に飛び掛かり――アレンはその勢いすら利用し、斜め前へ踏み込む事で回避しつつ剣を振るう速度と技で最初の1体を撫でるように斬り捨て、上下に一刀両断した。


 その後も攻防一体。時に、ふらりと横へ避けるなり身をひるがして、時に、すっと斜め後ろへ退きつつ、ひらめく刀身が斬撃に耐性があるはずのウルフプラントの躰をまるですり抜けるよう易々と斬り捨てる。


「さて、と……ん?」


 9体の猛獣草は全て魔石を残し灰と化して散り、しかし、デビルプラントに目を向ければ、また蕾が膨らみ始めている。


 大本を叩かねばきりがない――そう思ったまさにその時、不意に気付いた。


 紋章がほのかに発光している。倒した猛獣草の霊力を吸収しているのだ。


 そして、また、ベチョッ、ベチョッ、と猛獣草が次々に生み落とされている。


「あれ? これってひょっとして、一石二…いや、三鳥のチャンス?」


 デビルプラントを放置すれば、倒したら倒しただけ次々ウルフプラントを生み落とす。もしそうなら、修行になり、紋章に霊力が貯まり、ついでに魔石まで手に入る――まさに一石三鳥だ。


 しかも、魔石が大きい。一つ一つが単一乾電池ほどもある。という事は、このモンスターは本来かなり下の階層で出現する強力なモンスターで、それすなわち、倒して紋章に吸収・蓄積される霊力も多いという事。


 その上さらに、そんな事を考えながら様子をうかがっていると、最初のようにほぼ同時に9体ではなく、生み落とされるタイミングにずれが生じている。そして、9体がそろうのを待つ事なく、生み落とされ、立ち上がった個体から襲い掛かってくる。言うまでもない事だが、同時に襲い掛かられるより対処し易い。


「…………よしっ! 限界に挑戦してみるかッ!」


 新たに襲い掛かってきたウルフプラントを斬り捨て、剛毅ごうきな笑みを浮かべるアレン。


 こうして、ふとした思い付きから、耐久猛獣草ウルフプラント狩りが始まった。

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