第3話 ダンジョン見学
「――テッド先輩ッ!」
それは、賢者の塔を後にして、ギルド本館に戻ってきた時の事。
知り合いを見付けたらしいサテラが、ここで待っていて下さい、と言い置いて
アレンは言われた通りその場で待ちながら目で彼女の背を追う。
サテラに『テッド先輩』と呼ばれていたのは、受付で何やら手続きをしていたらしいヒューマンの男性で、鞘を兼ねる盾に剣を納めてそれを背負い、金属製の部分鎧を装備しているところを見ると冒険者なのだろう。
振り返って自分を呼んだのが誰か確認すると、気さくな笑みを浮かべて軽く手を上げた。
サテラは表情を変えず淡々と、男性はフレンドリーに言葉を交わし…………程なくして何やら話が付いたらしい。男性が笑って頷き、サテラが頭を下げた。
二人がこちらを向いたので自分が行ったほうが良いのかと考えていると、二人のほうがこちらにやってきて、
「アレン様、こちらは冒険者のテッド様です。これから冒険者養成学校の学生を引率してダンジョンに向かわれるのですが、アレン様も同行させてもらえる事になりました」
「はい?」
アレンが、相談ではなく唐突に決定事項を伝えられて困惑していると、男性冒険者が、テッドだ、と名乗りながら右手を差し出してきたので、アレンです、と反射的に名乗り返しながら握手に応じる。そして、
「担当アドバイザーが安全にダンジョンとそこで行われる戦闘を見学できる機会を用意してくれた。――これを生かすも殺すもお前さん次第だぜ?」
何故か妙に乗り気な男性冒険者――『テッド』の言葉に、アレンは、なるほど、と頷き、
「では、よろしくお願いします」
姿勢を正してから頭を下げ、
「よしよし、そうこなくっちゃな!」
「ご武運を」
サテラに見送られ、アレンはテッドについて行く。
「なぁ、アレン」
テッドがそう声をかけてきたのは、通路を曲がってサテラの目が自分達に届かなくなってからの事。
「聞いてるんだろ? あいつが担当した冒険者達は全員一ヶ月以内に……、ってやつを」
はい、と頷き、それなのに何故担当を変えなかったのかという質問がくるのだろうと予想していたのだが、
「あいつが、見当違いなアドバイスをして冒険者を死なせるような奴だと思うか?」
そんな質問がきた。
迷う事なく、いいえ、と答えると、テッドは、だよな、と同意すると共に笑みを浮かべ、そこから一転して
「どいつもこいつも、あいつのアドバイスを聞かず自分勝手にやっておっ
強い
アレンがそんな男性冒険者を不思議そうに見ていると、その視線に気付いたテッドは、勝手に熱くなっていた事を恥じるように、すまない、と謝罪してから、
「兎にも角にも、まずは一ヶ月だ! 自分のためにも、そして、あいつのためにも生き抜いてくれ。そのために必要な事はこれからレクチャーしてやるからよ!」
そう言って、テッドはアレンの肩を、ガシッ、と掴んだ。
冒険者ギルド直営の酒場兼宿屋、通称『ギルド酒場』から転移門で冒険者ギルドに移動したように、冒険者ギルドにある別の転移門、通称『第1ゲート』を潜れば、そこはもうダンジョンの入口の前。
「これが……」
屋根を6本の柱で支えたシンプルな、それでいて荘厳な建築物。樹齢数千年の大樹に
6本の柱の中央には綺麗に舗装された円形の大穴がぽっかりと開いており、そこに1本の橋が
テッドも当然のように橋へは向かわず大穴の縁へ向かって進んでおり、その後に続きながら思った、浅いのか? というアレンの予想は見事に外れた。
「うぉおぉ~――…」
大穴の縁に立って
比較的大きな町でも一つ丸ごと納まってしまいそうな程の広大な空間が地下にあり、一つの魔法陣を中心として十字に道が通い、同心円状に無数の屋台や露店が並んでいて、その一番外側には
そんな大穴へ
「いつまでも入口の前に立っていたら通行人の邪魔になる。さっさと行くぞ」
そう言うなりニヤリと笑って先に飛び降りるテッド。
アレンは臆する事なく後に続く。墜落死を免れるための手段を幾つか持っているので、高さを恐れる理由はない。
入口から半ば程までは通常の自由落下だが、そこから徐々に減速し、最終的には階段を一段下りる程の衝撃もなく着地すると、先に魔法陣の外へ出ていたテッドに、たいしたもんだ、と
落下速度減衰の魔法陣から出て後続のために場所を空けつつ何がたいしたものなのか訊いてみると、何でも、毎年何人かの新人は、この高さに足がすくんで動けなくなっているところを先輩冒険者に突き落とされ、上げた悲鳴を地下空間中に響き渡らせてトラウマを抱えるらしい。
ちょうどそんな話をしていたその時――
「ひぃいぃやぁああああああああああぁ――――~ッッッ!!!?」
突如上から降ってきた凄まじい悲鳴に、ビクッ、としつつ振り仰ぐと、小柄な人物が落ちてきた。
髪は短く、服装もゆったりとしていて見た目からは男か女か分からないその人物は、どうやら落下速度の減衰に気付いていないらしく、それはもう必死に手足をばたつかせていて――
「――見てやるな。それがせめてもの優しさってもんだ」
テッドに言われて、アレンはそっと落下中の誰かさんから顔を
――何はともあれ。
「ここがダンジョンの第1階層……?」
照明のような光源は見当たらないものの不思議と暗くはなく、地上の商店街に負けず劣らず賑わっている。ざっと見た限り、料理を出している屋台と、保存食や薬品、道具類などの消耗品を扱っている店が多い。武器や防具を扱っている店もないではないが、『点検、整備、
そんな地下空間の様子をキョロキョロ眺めつつアレンが呟くと、テッドが、いや、とそれを否定し、
「ここはまだダンジョンじゃない。向こうにあるトンネルを抜けた先、――そこからがダンジョンだ」
それを聞いて、指し示されたほうを向くアレン。
「だが、今回は入口から入らない。転送屋に頼んで第5階層へ送ってもらう。お前さんの正式なデビューは次回だ」
何でも、今日引率する冒険者養成学校の学生達で構成されたパーティは、実習で既に第5階層のボス部屋の前まで探索を終えており、本日、実技の卒業試験としてゴブリン・キングに挑むとの事。
つまり、ボス戦を見学させてもらえるらしい。
それを聞いて、アレンは、左手で
「おいおい、今日は見学するだけだからな」
そんなアレンを見て始めこそ苦笑するだけだったが、はい、と返事こそ良いものの今すぐにでも抜刀しそうなその様子に嫌な予感を覚えたのか、テッドは、本当に見学するだけだぞ? 良いな? と何度も繰り返し念を押してしっかり約束させた。
テッドとアレンが立ち寄ったのは、目立つように『転送屋』の看板が掛けられている大きな
事前に話は付いていたらしく、彼と同年代の男性術者は、一人増えるなら、と始めこそ料金の追加を求めていたが、ニヤニヤ笑うテッドが何事かを術者の耳元で囁くと、絶対ですよッ! 約束しましたからねッ! と喜色を浮かべ、それ以降、直前になって人数を増やした事に対する文句や追加料金について口にする事はなかった。
そして、アレンは、テッドと転送屋の術者の後に続いて、ダンジョンの地下5階層へ転位するための魔法陣へ。
そこには、先に来て待っていたらしい8名の男女の姿が。
その内、6名は冒険者養成学校のものと思しき
「――遅いッ!」
その姿を見付けるなり声を張り上げたのは、制服の上にローブを
「どこで道草食ってたんだよッ!」
そう文句を言ったのは、
「そこで昔世話になった人に会ってな。こいつは『アレン』、その人の弟子だ。突然で申し訳ないんだが、ボス戦を見学させてやる事になった」
事前に口裏を合わせていたので、動揺する事なく姿勢を正し、よろしくお願いします、と頭を下げるアレン。それに反対する声も上がったが、結局、何かあったら責任は俺が取る、というテッドの発言で同行が決定した。
「じゃあ、今回の主役達から紹介するか」
そう言って、テッドがまず紹介したのは、冒険者養成学校の生徒6名。全員10代の半ばで、
人間族の【
鬼人族の【
人間族の【
人間族の【魔法使い】『ニーナ』。
その後が、引率する3名。
人間族の【
獣人族の【
半妖精族の【
今までの人生で一度にこんなに多くの人を紹介された事がないため、ちゃんと皆の名前を覚えられるだろうか、とアレンが不安に思っていると、
「おいおい、そんな
ライリーが
「骨董品?」
「貴方、今時『
「レミィ、やめろ。法武機や
そう二人を
彼はおもむろに自分の鞘を兼ねる盾から片手剣を引き抜くと、その切先を下に向けてアレンに差し出し、
「俺の法武機を見せるから、俺にも君の剣を見せてくれないか?」
興味があったので了解した
「これが法武機……?」
それは片刃の直剣で、
〔
その一方で、
「これは……凄いな……」
スティーブは、緩やかな反りを有する、研ぎ澄まされた
「綺麗……」
「……特に力は感じないな」
「えぇ、魔剣や聖剣の類ではないようですね」
スティーブが手にしている刀を
「俺も見せてもらって良いか?」
アレンにそう訊いたのはエレガン。刀剣に興味がないのはライリーだけで、エレガンは皆と一緒にではなく手に取って
アレンの了解を得たエレガンは、スティーブから受け取った刀を査定するかのような真剣な眼差しで見詰め……
「斬る事に特化した東方の剣、か……、こちらでは観賞用の美術品として扱われる類の刀剣だな。こんなものが本当に実戦で役に立つのか?」
アレンは、スティーブに剣を返し、エレガンから刀を受け取り、それを洗練された
「師匠は言っていました。『正しく使ってやれば、この世に斬れない物はない』と」
「ほう……腕に相当な自信があるようだな」
アレンは内心、あれ? と困惑した。本当にただ師匠の言葉を引用しただけなのだが、何故か挑発と取られたらしい。エレガンがこちらを
それにどう対応すれば良いのか分からず内心弱り切っていると、思わぬところから助けがきた。
「なぁ! 早く行こうぜ!」
ライリーだ。新人にも刀剣にも興味がない彼に急かされたのをきっかけに、一同の意識がダンジョンアタックに切り替わり、
「よし! 全員〝弾〟を込めろ!」
テッドの号令で、アレンと転送屋の術者を除いた全員が何やら作業を始め、
「アレン、説明してやるからこっちに来い」
手招きするテッド。
アレンは素直に従いつつ、内心でエレガンから逃げる口実を作ってくれた事を感謝しながら、ほっ、と安堵の息をついた。
「それぞれを一言で言っちまうと、力晶石製の
テッドは、自分の鞘を兼ねる盾からスティーブのものと似た片刃の片手用直剣を引き抜き、
「法武機は、剣に霊力を
ベルトのマガジンポーチから取り出した弾倉を剣にセットし、初弾を装填した。
「とはいえ、ライリーが使ってる
その視線を追って目を向けると、ハルバードの斧と
「で、魔砲機ってのは、弾に封じ込めた魔法を弾丸のように発射する装置で、発射できる魔法は攻撃に限らず、回復、防御、行動阻害、状態異常、何でもあり。しかも、術者じゃなくても使う事ができる」
そう言って、テッドは盾の裏、持ち手の脇にある機関部に、防御魔法の【
「こいつは、属性が異なる弾を複数込めると発射時に干渉し合って不具合が生じる場合がある。だから、基本的に単発の
学生のニーナと引率のシャーリーも、それぞれ
「そんな訳で、たいていは日に何発も撃てないような大技をストックしとくもんなんだが、最近になって新たなスタイルが注目され始めた」
そう言うテッドの視線の先にいるのは、学生のレミィ。
その手にあるのは杖ではなく、拳銃型の魔砲機で――
「同属性の初級攻撃魔法を封じ込めた弾を大量に用意し、自身の霊力を温存しつつ積極的に戦闘に参加する。選択できる
六連装の
ちなみに、『魔法』とは、魔術や聖法などの総称で、『魔術』は、改変、破壊、呪縛、移動、攻撃や状態異常を得意とし、『聖法』は、治療、加護、浄化、封印、防御や戦闘補助を得意とし、更にそこから派生または特化した錬金術や呪術などなどが存在する。神官や僧侶、悪魔崇拝者や死霊術士などは、魔術と聖法を区別したがるが、たいていは気にしない。また、アレンが修得した時空系統のように、魔術と聖法、どちらの要素も含むが故に分類できないものも魔法と呼ばれる。
更に、レミィとニーナは共に初級職の【魔法使い】だが、それはいわゆる総称で、選択できる職種にはないが、魔術を集中的に取得しているレミィは【
「で、アレン、お前さんならどっちを選ぶ?」
最低でもどちらか一方は必ず持っておくべきだと推奨され、アレンは、ふむ、と思案する。
二者択一なら、魔砲機だろう。
狙っている技能を取得したなら法武機のほうが何かと都合が良いのだが、師匠にもらった得物を手放すつもりも改造するつもりもない。となると自動的に魔砲機という事になる。
「その剣をそのまま使い続けたいなら、
「甲拳、か……」
「それと、霊力弾、魔法弾は、ギルドや生産系クランで買う事ができるぞ」
「そうなんですか?」
「あぁ、引退した冒険者の貴重な収入源だ。――ただし、霊力弾はお勧めしない。自分の霊力を込めた弾を使い続けていると法武機に霊力が馴染み、
それなら同じ事が魔砲機にも言えるのでは、と思ったが、発射台を強化しても弾に込められた魔法の威力が上がる訳ではないのだろう。だからあまり気にする必要がないのだ。
選択肢が増えてアレンが思案していると、テッドが周囲の目を気にしながら声を潜め、
「まぁ、あとでアドバイザーに相談しな。あいつはその手の仕事に
そう言って、にっ、と笑った。
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