夢の中から
新月
第1話
海は、全ての生命の母である
いつか、どこかで、そんなことを聞いた。
子供向けのテレビ番組かビデオだろう。
最初の命は海で生まれた。だから、海は全ての命の母である
なら、海の母は誰なのか
私は河口付近で生まれた。巨大な川が海に向かって流れていくのを、毎日のように見てきた。
ならば、海の母は川なのか
では川の母は誰なのか。見たことはないが、上流に湖があると聞いている。
大きな湖があり、川はそこから始まっていると。
全ての命の母は、湖である
これが、私の出した結論だった。
「あんたはほんとに出不精でね。外で遊びなさいって言ってるのに全く聞きゃせんし、将来は引きこもりになるんじゃないかって心配したよ」
夢の中で、母は茶を飲みながらしみじみ話した。
「その上ほんのちょっと目を離した隙にいなくなっちゃうし。ほんとあんたには苦労した」
母が言っているのは私が小学生の頃の話だ。当時、母に連れられて毎日のように公園に行った。
家で本を読んでいる方が良かったが、母はそれを許さなかった。友達も作らず、外にも出ないのを不健康だと感じたらしい。
しかし人と交わるのが苦手な私は、すぐに周りから離れ、いつも1人で地面に絵を描いていた。
それまで気にも留めなかったものが、ふと目につくことがある。特に何かがあったわけでもない。
まるで初めてそこにあるのに気付いたかのように、突然気になるのだ。
私はその日、フェンスに気付いた。
公園を囲む、金属製の白いフェンス。
「外に出たいのかい?」
手を止めてじっとしていると、上から突然声が降ってきた。見上げれば、見知らぬ青年が私を見下ろして微笑んでいる。
私の体は、すっぽりと青年の影に包まれていた。
「外に出たいのかい?」
青年は二度尋ねた。
私は頷いた、ように思う。
数時間後、私は近所の大人に「保護」された。
公園から急にいなくなり、探されていたところを、近くの川で発見されたのだ。
川は連日の雨で水嵩が増しており、危なかったと彼らは言い合った。
私は母親に連れ帰られ、酷く叱られた。
親に何も言わずに勝手にどっか行った。1人で歩き回るのは危ないとあれほど言ったのに言いつけを破った、等々。
私の方にも弁明はあったが、言う機会は与えられなかった。
その時、青年がフイと私に近付いた。公園で会った時からずっと傍にいるのに、誰もが青年を無視している。
青年は両手で、私の耳を塞いだ。
「目を閉じて」
青年が囁く。
耳を塞がれているにも関わらず、その声だけはよく聞こえた。
「目を閉じて」
私は言われた通り目を閉じた。
次に目を開けると、私は青年と2人で河原にいた。
私は土手に寝転がり、青年がそれを見下ろしている。
「魘されていたよ」
青年は冷たい手で、私の額に触れた。
私達は公園を出て、気の引かれるままさ迷った。
途中で水の音が聞こえ、近付いてゆくと川を見つけた。
そうして川沿いに歩き、疲れて休んでいる間に夢を見た。
青年が言うには、そういうことらしい。
「嫌な夢を見た?」
青年は私を見下ろし、微笑んでいる。
それからずっと、私達は川を遡っている。
途中で何度も休み、その度に夢を見た。
いい夢もあれば、悪い夢もあった。
けれど悪い夢は、必ず青年に起こされて終わる。青年の言う通り目を閉じれば、必ず夢から覚めることができた。
私達はもうすぐ湖に着く。 そうしたら、全ての夢から、解放されるだろうか。
夢の中から 新月 @shinngetu
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