勇者は魔王を倒す前にやるべきことがある

むぎ

勇者は魔王を倒す前にやるべきことがある

魔王最終決戦前夜。勇者である俺は仲間を宿屋の一室へと招いた。最終決戦前ということもあり仲間ふたりの顔は決意に満ちた表情を見せている。本来ならば月明かりが入るはずの部屋は魔王が星のエネルギーを吸収しているために朝も夜もなく、暗くまだら色の空が広がり太陽も月も星も見えなくなってしまっている。ただ揺らめく蝋燭だけが俺たち3人を照していた。


「お前たちふたりに大切な話がある」


木製の椅子に腰掛けたまま俺はゆっくりとしっかりと言葉を紡いだ。ふたりの視線は俺に向き。緊張感で空気がぴりついた。


「魔王城はすぐ目の前だが、その前にやるべきことがある」


ここで一度言葉を切って仲間をしっかりと見据えた。


「俺たちの名前を改名することだ!!」


椅子から立ち上がり右手を前に突き出す。一カメ、二カメ、三カメと、様々なアングルから俺を映し出す勢い。仲間のふたりは固まる。


「は?」


初めに硬直が取れたのは後方支援をしてくれている、アーチャーの男。長身に黒髪のイケメン。正直主人公の俺よりも彼のほうが人気がある。そのせいもあり主人公なのに俺の影が薄いという現象が起こっている。


「どういうこと?何で??」


次にようやく現状を飲み込めた、魔法で助けてくれているエルフの少女が声あげる。金髪のふわふわ髪、小さな身長に似合わない豊満な胸の美少女。男性人気は彼女が勝ち取るかと思いきや、狙いすぎて好きになれない。という理由から彼女のライバルに当たる敵キャラに人気が集中してしまった。


「いいか!お前たち、自分の名前を言ってみろ!」


ひとりずつしっかりと指を指す。人を指で指しちゃいけません。とばあちゃんに言われていたが今はそんなことを気にしていられない。一大事だ。


「オレはアーチャーの"好き"だ。弓矢はもちろん得意だが剣だって扱うことも出来る。遠距離から近接までカバー出来る」


そう、この男の名前、何故そんな名前にしたのか謎であるが"好き"という。何故この男の名前を呼ぶ度に男に好きだなんて言わなきゃならないのか!!ずっと、ずっと、不満だった!!これはごく普通の健全なRPGなのに!!誰得なんだよ!!俺が次!とエルフの少女に名前を言うように促す。


「わたしは、ソーサラーの"くぇrちゅいおp"。攻撃魔法から補助魔法、回復だって扱うことも出来るわ。正直あなた達の攻撃力なんかよりわたしの攻撃力が一番よ」


そう、この少女の名前、何て読むのかわからない!!適当すぎるにもほどがある!!このエルフの名前を呼ぶたびにこの発音で合っているのかと毎回戸惑う。というか自分がきちんと呼べているのかすら定かではない。えへんと胸を張っているがおまえ自分の名前に疑問持ってないの?


「どうしたの?いきなり名前を言わせるなんて。あああああ。あなた何処かぶったのではなくて?」

「あああああ!」

「自分の名前を叫んでどうした!?」


心配する少女と、名前を呼ばれ唸った俺に対し驚いた声を出すアーチャー。そう、俺の名前は"あああああ"。何故だ。何故こんな適当な名前にした!冒険の冒頭に「あああああ、これは今は亡き爺さんがつけてくれた由緒正しい名前なんだ」なんて婆ちゃんが言っていたけれどそんなの嘘だ!俺は信じない!!絶対に、ユーザーが名前付けるの面倒くさいしこれでいいや。って適当につけた名前に決まっている!!面倒だったら、デフォルト名使ってよ!!


「俺はこの名前が大嫌いなんだ!!にじみ出る適当さ、ネタとしても笑えない代物、愛着のもてない名前、どうせ別の世界の主人公にも同じ名前がついているんだろう!!!」


声を荒げる、ふたりは言っている意味が分からないと首を傾げる。


「よく分からないが分かった。お前は改名したいんだな」

「でも、早く魔王を倒さないと世界が大変なことになるわ。星のエネルギーを吸収してどんどん強くなっていく、空はまだらで気味が悪い色に染まったまま。星だけじゃない、人々の魔力をどんどん吸い取っているの。悠長にしていたら人も、星も死んでしまうわ」


少女の言っていることは分かる。魔王は本気でこの星を滅ぼそうとしている、止めなくてはならない存在だ。俺はゆっくりと椅子に戻って座った。


「でもな、くぇrちゅいおp。次のイベントを進めない限りこれ以上魔王がエネルギーを吸収することはないよ」

「え?なに?イベント?」

「だから!とにかく改名をしよう!!」


戸惑う少女を無視して俺は言い切った、彼らは互いを見合わせていたが。勇者のいうことだから仕方がないと息を吐いた。


「分かったよ。お前の言っていることはよく分からないが、それほどにまで固執するんだ。何か意味があるのだろう」

「好き、ありがとう」


今のはプログラムに打ち込まれている言葉、回避不可。自分の意思で動こうとしているのにたまに曲げることの許されない世界のルールが俺たちを縛る。


「いいさ、オレとお前の仲だろう」


好きは眩しいほどの笑顔を見せた。情報収集をするにはまず酒場。俺たちは宿で一泊し、朝になってから行動を開始することにした。鳥の声で俺は目を覚ます、寝起きのいい俺は今日も朝から冴え渡っている。ベッドから降りてもシーツは皺ひとつなくぴしっと綺麗なままだ、俺の寝相がいいからではなくこれがこの世界の理だ。部屋から出て仲間と合流して宿屋の階段を降りる。


「おはよう、勇者さん。今日も朝から早いのね」


にこやかに毎朝同じことを言う宿屋の夫人に手を軽く振って挨拶をし、外へ出る。空は変わらずまだら色。じっと見ていたら気持ち悪くなってしまいそうだったので俺はそれから視線をずらして町へと向ける。大きな町だ。この世界の中心とも言われている大都市エヴァロン、石畳が敷かれて大きな建物が軒を連ねている。宿屋の正面に冒険者がギルドとして、町の人が酒場として使用している場所がある。情報収集のために入ると店内は朝からがやがやと活気があった。


「やあマスター」


カウンターへ行き、緑のバンダナに白い口ひげを蓄えた恰幅のいい親父さんに声をかけた。


「勇者の坊主。どうした、朝から酒か?」

「んーそれもいいけどさ。情報が欲しくてさ」

「情報か?今のところこんなところだな」


親父さんは丸まった半用紙をカウンターの上へ広げた。情報と、情報料が書かれている。俺はざっ止めを通す。強敵の噂、刀鍛冶の噂、闘技場の噂…等などが書かれているなか、二頁目の中腹あたりに求めていたものが書かれていた。改名屋の噂。これだ。情報料は300G。物語終盤にとっては痛くも痒くも無い値段だ。


「改名屋について教えて欲しい」


300Gを渡す。


「ああ。アルダにいるらしい。なんでも入り組んだところにあるから見つけにくいって話だ。現地の冒険者なら知っているだろう。ギルドへ行って聞いてみるといい」

「ありがとう。そうするよ」


この世界の面倒なところは、こうして情報を聞かなければ発生しないイベントがあるということだ。名前を変えたいだけなのにステップを踏まなきゃならない。


「アルダって言ったら、魔王軍に壊滅状態にさせられた町じゃないか?」


好きが言う通り、アルダは魔王軍と徹底抗戦をして壊滅された。魔王が求める秘石がここで厳重に護られていたのだが、俺たち勇者が加わり戦ってもなお強力な彼らを退けることは出来なかった。魔物だけだったら何とかなったが四天王と呼ばれる魔王の配下が強かった。ちなみにアルダを襲った四天王のひとり、魔獣使いのプリシラは既に倒している。


「確かに壊滅状態にはなったけど、その後行った時におかしな爺さんいたろ」

「復興費用を恵んでくれないかって言っていたおじいさんね」


くぇrちゅいおpの言葉に俺は頷く。しかし世界の住民は何でも勇者に頼りすぎだ。なんでひとつの町の建設、復興費用を俺らが出さなくてはいけない。もちろん寄付してもいいさ。でも町へ行けば爺さんがのこのこ出てきて。「勇者あああああ様。よくぞ戻られた、だが町はこのありさま。復興費用をもらえないかの?」すぐに金の話だ。あの爺さんには勇者が金にしか見えないんじゃないか?


「行ってみない事にはどうなるか分からないな」

「ああ。行ってみよう」


好きの言葉に頷いて俺たちは酒場から出る。冒険の間随分と使い込んだカバンから笛を出す。笛は湾曲した形になっていて、音階はなく息を吹けば音が鳴る。笛に口をつけて息を軽く吹くと ピーー 高い音が鳴り響いた。少しの間を開けてばさりと羽音が聞こえ鳥が3羽降りてくる。鳥型の魔物だが、笛を吹けば仲間となってくれるという代物。戦闘中には使えないので鳥型の魔物は普通に襲って来る。鳥の背に跨り空に飛ぶ。ワープ機能は無いのでこうして進んでいくしかない。ばさばさと羽ばたかせて鳥は進む。アルダは何処だったか、地図を開いて確認する。ここから南西方向。手綱を握って方向転換をして空を飛ぶ。当初は驚きビクついたが今ではもう慣れたものだ。風を切り、景色が流れる。眼下に崩壊した町が見えて、その入口へと着地する。鳥型の魔物をひと撫でしてやると彼らはまだら色に染まった大空へと羽ばたいていった。町へ入ると直ぐに爺さんがこちらに気づいていそいそとやって来た。


「勇者あああああ様、よくぞ戻られた。だが町はこのありさま、復興費用をもらえないかの?」


正々堂々とした泥棒にしか見えない。だが俺は改名したい。世界を救った勇者として銅像が建てられた時、勇者あああああ。などという名前を残したくない。もっと素晴らしい勇者らしい名前にするのだ。


「ああ。持ってけよ泥棒」


100000Gくれてやった。札束だ。だが現在999999G持っている俺としては痛くも痒くも無い。そこいらにいる魔物を狩れば金になる。誰でも知っているロールプレイングゲームRPGお馴染みの現象のおかげで大金持ちだ。ファンタジー世界の生物学者は何故彼らが金になるのか、何故彼らが金を持っているのか、調べたほうがいいんじゃないか?


「ありがとうございます」


にかっと爺さんは笑って行ってしまった。しかしあの爺さん信用ならん。本来ならお役所とか行って寄付するんじゃないのか?こんなどこの団体に所属しているか分からない爺さんにこんな高額を渡すなんて、正気の沙汰じゃない。アルダの状態は酷い、地面が盛り上がり罅が入っていて家々は屋根が吹き飛び黒焦げになっている。嘗ての賑やかな面影はない。この町に現在つけるBGMは物悲しいものだろう。


「いつ見ても酷いわ」

「これ以上魔王の好きにさせたらダメだ」


神妙な面持ちで語る仲間ふたりに対して俺は取り敢えず金は払ったから、さっさと1泊して復興を完了させようと思った。アルダは宿屋も壊滅しているので別のところで一泊するしかない。でも別の町へ行くのも面倒くさく、テントを張ることにする。町の入り口から少し離れた場所をキャンプ地にすることにした。別に目の前に建ててもいいのだが、通り過ぎる人にじろじろ見られるのも好ましくない。たとえ迷惑千万なところをキャンプ地としたとして、ここの住民は文句は言わないのだろうが。なにせ俺は勇者で家宅侵入に宝箱からの窃盗。住民に話しかけたところで、こんにちは勇者さん。とにこやかに挨拶を返されるだけ。


「まだ日は明るいぞ?」


テントを用意しようという俺に声がかかる。


「たとえ過剰睡眠になったとしても、他のことで時間を潰すのは面倒臭い」


つまり寝るのが一番手っ取り早い。


「まあまあ。偶にはいいじゃない」


そんなので一泊。



早朝になって、アルダに入るとたった一夜でかなりの復興が進んでいた。最早勇者から金をぼったくるために復興に着手していなかったとしか思えないほどだ。めりあがった地面は平らになり焼け焦げた家は本来の木の色になっている。屋根もあり、ぱっと見完全に元に戻ったかのように見える。そこへあの爺さんが再びやって来る。


「勇者あああああ様。よくぞ戻られた。だが町はこのありさま、復興費用をもらえないかの?」


…え?バグ?これだけ綺麗になっておいて台詞変わらないの?にこやかに笑っている爺さんが怖い。俺が固まって、爺さんも笑顔で固まっている。仕方がないのでもう一度金を払うことにした。


「持ってけ、泥棒!」


これでバグだったら泣く。同じ値段を払ってやった。


同じように一泊してアルダへ入り、ん?と首をひねった。初めてこの町に訪れた時には無かった噴水がきらきらとした水を吹き上げていて、明らかに宿屋がでかくなっている。金が余ってるじゃないか!!これはあれだ。よくある光景だ。国から補助金が出てるけれど、今回も余ったなあ。でも使い切らないと来年に値下げさせられるし、せや!あの道路掘り起こして綺麗に均しとこ!これで余ったお金を使い切るんや!ていうノリだ。世の中余った金なんて表現はおかしいんだよ!国民の血税をなんだと思ってやがる!!…いや。ここで別世界の話をしても仕方がない。俺が呆然と見回していると、かの爺さんがてくてく向かってきた。俺は身構える。


「勇者あああああ様。よくぞ戻られた。だが町はこのありさま、復興費用をもらえないかの?」

「クソゲーかな!?!」


思わず叫んだ。


「ほっほっほ。冗談じゃ。勇者あああああ様のお陰でこの町は以前よりも活気を取り戻した。礼を言う」


なんだか上から目線が気になったが、ひとまず町が復興したことにほっと息を吐いた。


「しかしのう。勇者あああああ様。そう何でもかんでもクソゲー認定は良くない。いいか。制作スタッフは自分が楽しく、みんなも楽しく、を目指して作っておる。クソは言う方は易しだが言われたほうは傷ついているんじゃ。そう思うたなら何処がクソだったのかをきちんと伝えるべきじゃ。そうでなくただクソといっているならば。ウ○コと言って喜んでいる幼稚園児と同じじゃよ」


何だろう。爺さんが急に熱く語り出した。


「だが世の中には本当のクソゲーが存在するのも確かじゃ。それは、製作陣の愛がなく、言われるから作ったけどつまらんな。と製作スタッフが言い出すのはクソじゃ!!」


とりあえず爺さんがクソクソ言っているのは伝わった。この爺さんのことはどうでもいいのだ。俺は改名がしたい。爺さんに別れを告げギルドへと向かった。(爺さんには復興のお礼だと俺の1/8フィギアを寄越した。装備すると体力が上がる。何でだ。しかし要らないので店に行ったら売り払おうと思う)前よりも随分とご立派になってと悪態を付けたくなる気持ちを抑える。酒場は冒険者で賑わっていた。こんなに冒険者がいるのなら自分たち以外の誰かが魔王討伐の意思を見せてもいいはずだがそんな素振りを見せるものなどいない。ドア付近に居た冒険者らしき男に声をかける。


「やあ。アデルがこんなにも大きくなったのは君のおかげなんだってな。ありがとう」

「あーうん。そういうのは良いんだ。この町に改名屋がいると聞いているんだけれど知らないか?」


聞くと男は不思議そうに首をかしげた。知らないらしい。他の人にも聞こうと思ったが、流行りマスターに聞くのがいちばんだ。


「やあマスター」


声をかける。


「これはこれは勇者様。どんな御用で」


手揉みしながら恰幅のいい赤いバンダナをした髭の親父さんが笑顔で応えた。


「改名屋がこの町にいることを聞いたんだ知らないか?」

「ああ!それなら、うちの娘が知っているよ!プポポ!」


マスターが自分の娘を呼ぶと奥の厨房から女の子がやって来た。褐色の肌で金髪のショートカットに吊り目。ボーイッシュな女の子だ。果たしてこの子は別の名前からプポポに変えたのか、プポポを変えたいから改名屋のことを知っているのか。


「なに」

「勇者様が改名屋に行きたいんだと」

「改名屋?あああああなんてかっこいい名前があるのに、なんで改名なんてするのさ」


君。本当にそう思ってる?そうだとしたらセンスを疑う。


「人には事情があるもんだ」


マスターが言うと、彼女はしょうがないな。と言いながら俺たちのところへやって来た。


「いいよ。案内したげる」

「ありがとう」


礼を言うと、彼女は手をひらひら降ってこっちと酒場を出た。


彼女の後ろをついて行く、住宅の合間を縫って歩きさらに細い道を通っていく。その路地の奥に鉄製の扉があり鍵がかかっていた。何故か彼女はその鍵を持っていて、開くとその扉を抜けてさらに奥へ進む。猫くらいしか普段通らないのでは無いかと思う道。


「しっ。止まって」


彼女の言葉にピタリと止まる。恐る恐る見てみると小さな家の周りに魔物がうろうろしては家の中を覗き込んでいた。いや。何でだよ。


「魔王軍が改名屋を狙ってるの」


だから何でだよ。


「どうする。あああああ」


そりゃ倒すに決まっている、俺は当然のように飛び出した。この町へと初めて訪れるのは物語の中盤、レベルは30程度、今の俺が50レベルなので。まあ余裕だ。武器も売っている中では1番強いものだし。


「ひとりじゃ危険よ!」


くぇrちゅいおpも続いて飛び出した、豊満な胸を揺れ動かしながら走ってくる。そういう男性サービスって欲しいかな?


「ぐお?」


振り向く魔物に剣に風を纏わせながら後ろに引いて前へ突き出す。竜巻が起こって魔物を上空へと吹き飛ばされた、風は少しすると消えて魔物が落下、戦闘不能に陥ったのちに金だけを残して消えた。まあ。雑魚だ。


「さすが魔王軍…そこらにいる魔物とは違うな」


何もしていないはずの好きが息を乱しながら眉を顰める。


「危機一髪ってところね」


取り出してもいない杖をいつの間にか持っていたくぇrちゅいおpが、ふうと息を吐いて汗を拭った。何でだろう。もう人生2回目(2周目のデータ)だというのに、何故彼らはこうもプログラムに従順なのだろう。あれか。1週目このイベント起こさなかったから?俺ばかりが知っているふうで寂しいのだけれど。いや。もしかしたら本当に俺しか知らないの?え?そうなの?


「取り敢えず。改名屋に会おう」


その思考を振り払って小さな家へと入る。ノック?なにそれ、しないよ。俺は勇者だもの。部屋は簡素だった。中央にテーブルがひとつ、椅子がひとつ。棚があって。窓がふたつ。キッチンもある。うん、生活は出来る。この人はテーブルもベッドとして使っている人だ、きっと。でも大切なものが見当たらない。目的の改名屋だ。テーブルの下、棚の後ろ、キッチンのドア、ありとあらゆる場所を探したが居ない。…どゆうこと?


「居ないんだけれど、どういうこと?」


恐る恐る、プポポに聞く。


「ここが改名屋の家よ」


え。嘘だろ。


「ちょ。居ないだろ、俺は改名屋の家に行きたいんじゃなくて、その人に会いたいの」

「ここが改名屋の家よ」

「プログラムされた以外の台詞が欲しいな!!」

「こ こ が 改 名 屋 の 家 よ」


一語一句はっきりと言われた!何てことだ!この子はプログラムに従順すぎる!他の台詞を絶対に口にしないつもりだ!


「お前たちはどう思う?」


辟易して仲間に問う。


「ここが改名屋のいるところでしょう?」

「改名しないのか?」


不思議そうな顔をされた。何てことだ!!こいつらには俺が見えない何かが見えているのか!?視線の先を追うが何処にもいない。怖い!!どういうこと!外に出て探してみたがひとっこひとりいやしない。家に入るとさっきいたプポポは姿を消していた。どんな魔術だよ!仕方がないので酒場に戻ることにした。何かのバグが生じているのかもしれない、もういちど同じ手順を踏もう。ぐったり疲れながらも先ほどの酒場へと向かう。プポポは当然のように酒場で酒を配っていた。


「プポポ」


声をかけると彼女がこちらに気づいた。


「あなたたち。改名屋さんのこと知っていたよね」


お。台詞が変わったぞ。


「ああ。うん。ついさっき一緒にその家に行ったばかりだろう」


疲れた表情でいう。そんな俺を気にせず彼女は眉を下げた。


「魔王軍が襲ったことがあったでしょう」


嫌な予感がする。俺は神妙な面持ちで頷いた。


「あの時改名屋さん逃げられずに殺されてしまったみたいなの。お墓を建てたからよってあげて」

「それを先に言って!」


叫んだ。そうすれば面倒な手順を踏まなかったのに。そんな俺にやれやれとプポポは肩を竦めた。


「物事には順序ってものがあるの。改名屋と会ったことのないあなたに。急に改名屋の話をするわけがないでしょ?」

「!?」


プログラムされた意外の言葉を発した。順序立てればつまりこういうことだ。アデルに初めて訪れた時に改名屋と出会っておく。のちに魔王軍により壊滅させられるが、この時に市民を助けるイベントが発生、改名屋に会っておけば彼を助けるか、諦めるか、のフラグが発生するが、この時点で改名屋と出会っていなければ彼は魔王軍の手にかかりいなくなってしまう。だが、これを知らなかった俺は、魔王軍により壊滅させられた後に改名屋のイベントを開始。もう死んでいるので会うことは不可能なのに、会ったことがない人物の話題は話に登場せず死んでいたことを知らなかった。ということ。


「完全なる無駄足!」


詰んだ!詰みだ!勇者あああああなんて名前で魔王を撃破したくない!


「もう魔王倒すのやめた!」


地団駄を踏んだ後にその場に座り込む。魔王なんてもう知らない。


「何を言い出すんだ。折角ここまで来たのに」

「そうよ。後は魔王を倒すだけなのよ」


好きとくぇrちゅいおpが言う。あーラスボス直前になって急にやる気無くして詰むことあるよねーやろうと思っていたイベントが終了していた時、急にやる気無くなることあるよねーその心境だよねーその場で嫌になってその場で寝転んだ。


「また魔王を倒してはじめからをすればいいじゃないか!」

「そうよ。私たちには来世が約束されてるのよ!」


お前たちも前世の記憶(前のセーブデータ)があったのか!なら分かるだろよ!


「同じ物語をもう1回経験するのはしんどいんだよ!」


仕方がないので改名は諦め、魔王を倒すのを先延ばしにして他のサブイベントを回ろうと思う。

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勇者は魔王を倒す前にやるべきことがある むぎ @mugi252

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