第21話 最後の対決

 グループステージ敗退と云う結果を以て帰国した俺達を、日本国民は意外な程優しく受け入れてくれた。


 強豪ばかりだったグループの組み合わせ、そして俺の怪我と云うアクシデントがあったから、仕方ないと思われてる部分はあっただろう。


 更に、今大会で香田が覚醒した様な活躍を見せた。これは、今後の日本にとって明るい材料となり、早々に敗退してしまったものの、実りのある大会だったと評価されたのだ。



 点を決める事が与えられた任務であったハズの俺は、怪我を差し置いても、年代最高クラスの海外選手相手に自分のプレーが出来ず、結果無得点に終わった。


 対して香田は、日本の得点のほぼ全てに絡み、自らもゴールを決めた。


 メディアの殆んどは、ただ単に俺が怪我をし、香田が好調だっただけだと見ていたかもしれない。



 でも、俺は気付いてしまった。…この大会を通じて、香田は完全に俺の位置まで登って来た事を…。



 より強い相手と対戦して萎縮し、怪我をしてしまった俺と、より強い相手と対戦して覚醒した香田。


 俺が“早熟の天才”、香田は“本物の天才” と、一部のサッカー関係者に言われ始めたのは、この大会が終わった後からだった…。



 そして、いよいよ高校生活最後の試合、全国高校サッカー選手権決勝を迎えた。


 ここまで、香田との高校生活での対戦は、俺の全勝。


 だが、U-17で覚醒した香田は、高校三年、学生としての最後の年も、果敢に俺に立ち向かって来た。


 U-17終了後一ヶ月は安静にしていた為、左膝の痛みはもう無い。医者には念の為定期的に通院する様にとは言われたが、俺は練習を優先させてピッチに立ち続け、夏のインターハイや他の大会でも勝ち続けた。U-17で受けた屈辱を晴らす様に。



 日本サッカーの未来を担う存在として期待された、常勝の王様と不屈の皇帝のライバル関係は、数多くのメディアに取り上げられ、今や日本中の注目の的であった。


 その二人の高校生活最後の戦いは、やはり大きな注目を集めていた。



 舞台は全国高校サッカー選手権決勝。


 波に乗っている香田率いる帝都高校を迎え撃つのは、俺が入学してから無敗の東条学園高等部。


 会場のさいたまスタジアムは高校サッカーとしては異例の6万人以上の観客が詰めかけた。



 ピッチ上で、俺達は各々のチームのキャプテンとして向かい合っていた。


「遂に最後だな…。今日こそ勝つ」


「…やれるもんならやってみな」


 香田のモチベーションは何時にも増して高い様に感じられた。小・中と、俺に歯が立たなかったが、高校最後の今、実力差は殆ど無いと本人も思っているのかもしれない。


 だが俺の中では…この時既に、香田に追いつかれた事を自覚しつつあったし、その事を香田自身が気付いているのではないかと云う不安でいっぱいだった。



 負ける訳にはいかない。例え、実力は追い付かれたとしても、この試合は、俺に残された最後の意地なんだ。



『さあ!いよいよこの時を迎えました!全国高校サッカー選手権大会決勝戦!ゲストには松本高太郎さんにお越し頂いております!松本さん、宜しくお願いします!』


『よろしくお願いしまーす!いやー、来ましたね!』


『前評判通りの二校が勝ち上がって来ました。先ずは、前人未到の三連覇と、三年生は高校6冠を狙う絶対王者・東条学園!そして、復活を懸ける選手権最多優勝を誇る古豪・帝都高校!

 そして、国内公式戦無敗、常勝の王様・日向大輔と、常にその日向に挑み続け、不屈の皇帝と呼ばれる香田圭司!二人の高校生活…いや、アマチュア生活最後の決戦となりました!

 この二人、本来なら既に年末にはA代表にも選出されたんですが、お互いこの選手権で決着を着けるのに集中するとの理由で辞退した程です!』


『お互い意識しまくってますからねー。注目しましょう!』



 空を見た。タイムスリップする前の俺は、当然この場所には立てなかった。


 予選で負けた時は悔しかった記憶があるけど、それでもサッカーが好きだったし、楽しかった。



 …今はどうだろう?いつの頃からか、香田に負けたくない一心で、サッカーに打ち込んできた。


 見えないプレッシャーに押し潰されそうだった。


 今もサッカーを楽しんでるだろうか?


 今もサッカーを愛してるだろうか?



 考えても分からない。


 でも、その答えが、今日、出る様な気がする…。



「香田…」


「なんだ?」


「お前、サッカー好きか?」


「は?何をいきなり…」


 香田の応えを待たずに、背を向ける。



「…さあ、始めよう」



『さあ、世紀の一戦の笛が今、鳴らされました!』


『立ち上がり、注目ですよー?』



 帝都は香田を起点に、両サイドを使って戦術を組み立てて来るだろう。


「なっ!?」


 香田がボールを持った瞬間!俺は強引にボールを奪い取ると、香田は尻餅を付いた。



『おっと!いきなり両雄が激突!笛は…鳴ってない!』


『おおおーいきなりバチバチですねー!』


 俺はそのままドリブルで持ち込む。


 東条は常に王者として、ドッシリ構えて横綱相撲を取ってきた。今回の様な奇襲は予想してなかっただろう。



 一人二人とかわすと、観客席からは驚きの声が出始める。


『三人…四人目抜いた!日向、圧巻のドリブル!』


『一人で行くんじゃないですかーーー!?』


 五人目も抜くと、目の前が拓け、ゴールキーパーが構えていた。


 帝都のゴールキーパーは、U-17でスタメンだった川崎。“当たり出したら止まらないだが、この状況なら怖くない!


 右足を振り抜く。ボールは川崎の手をすり抜け、ネットを揺らした。



『決まったーーーー!五人抜き!五人抜きです!東条学園エース日向大輔!いきなり先制ゴールを決めて来ました!』


『うわー!これは凄いプレイ!これはもうワールドクラスですよ!』



 軽くガッツポーズを作ると、チームメイトが抱き付いて来る。


「マジっスカ先輩!目立ち過ぎっスよ!」


「まだ1点だ。今日はドンドン攻めるぞ!」



「うわぁ~、いきなりやられちゃったなぁ、圭司」


「チッ、あの野郎~」


「…何笑ってんだよ、圭司」


「ん?フッ、やっぱりアイツはスゲーな。だからこそ、倒し甲斐がある」


「はははっ、出たよこのサッカー馬鹿が」



 前半開始早々に1点を決め、1対0となった。


 だが、このままで試合が終わるなど、誰も考えていないだろう。俺も考えていない。



 ここから、真の戦いが始まるんだ。

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