新間(妹)レポート③
二人は高校生になった。
香田君は名門帝都高校に進み、完全に全国区の選手として認められ、何度日向君に負けても立ち向かうその姿から、“不屈の皇帝”と呼ばれるようになっていた。
そして日向君は変わらず“常勝の王様”として高校サッカー界の王様として君臨していたが、中学生の頃にはあった絶対的な余裕の様なものが失われていた気がする。
実際、日を追うごとに進化していく香田君の成長の度合いは凄かった。でも、それでも日向君の方が遥か高みにいるのは誰の目にも明らかなのに、日向君だけはそう思っていなかったのだろう。
香田君に才能があるのはもう皆分かってる。そして、私だけがそんな香田君を日向君が脅威に思っている事を知っている。
それでも、日向君の香田君に対する評価は、過大評価だと断言できた。…でも、その考え方が根本から間違っていた事を、私は後に気付く事になる。
U-17ワールドカップが始まった。
日本は日向君と香田君をはじめ、将来有望な選手が揃い、黄金世代と呼ばれるチームで大会に挑んだ。
初戦のドイツ戦。
テレビで観戦していた私は、日向君の異変に気付いた。その日の日向君は、
いつでも王様として自信に満ちたプレーは鳴りを潜めていたのだ。
それでも、日向君はやっぱり日向君だった。
終盤、一瞬の隙を突き、彼らしい突破からチャンスを作ると、相手DFからファウル覚悟のスライディングを喰らい、転倒した。ドイツからペナルティーキックのチャンスを奪ったのだ。
でも、様子がおかしい?転倒したまま起き上がらない。
一緒にテレビで見ていた姉も慌てている。
「まさか!怪我!?」
姉にとっては、日向君は自分が探し当てた宝物の様な存在だろう。現に学内でも、日向君を東条に引っ張って来た事で、姉は今やかなりの力を持っている立場にいるとも聞いている。
でも、姉はそんな現金な人じゃない。私と同じ様に、心底日向君の事を心配している。
勿論、そこには親しみを込めた愛着がある。でも、それ以上に日向大輔の将来は日本サッカー界の希望なのだ。怪我で未来を棒に振らせるには、あまりにも惜しい存在なのだ。
香田君が代わりにPKを決めたものの、ロスタイムでドイツに追い付かれた日本は、この試合をドローで終えた。
「日向君…」
でも私には、香田君がPKを決めた後の、やるせない表情の日向君だけが印象に残った…。
日本は続くナイジェリア戦を、香田君の活躍で勝利し、決勝トーナメント進出を懸けて、既にバルセロナでデビューを果たしているミッシ擁するアルゼンチンとの一戦を迎えていた。
私から見ても、ミッシは将来が楽しみなサッカー選手だ。
日向君はベンチスタート。私は、どこかホッとしていた。彼は日本の宝だ。怪我を悪化させる位なら出ない方が良いと思っていたから。
でも、劣勢に立たされた日本は後半から、日向大輔と云うカードを切った。
日向君が入ると日本の選手達の表情が変わった。あの香田君でさえ。やっぱり彼はピッチの王様だ。その場に居るだけで、チームが活性化するんだ。
そして彼は、いつも自分のプレーでその期待に応えて来たんだ。
そして、後半開始早々、日向君の作ったチャンスから日本は同点に追い付いた。
でもここから、ミッシが神の子たる由縁を見せつけ、気が付けば、スコアは1対3となっていた。
ミッシは凄い。既に名門バルセロナでデビューしているのは伊達じゃない。でも、タイプやポジションは違うけど、日向君だって負けていない。これは客観的に見ての私の意見だ。
そんな私の思いに応えてくれたのか、また日向君が作ったチャンスを今度は香田君が決め、日本が1点差に追い付いた。
やっぱり脚の具合が良くないのだろう。普段なら一人で切り込むパターンだった。
その不安は的中し、終了間際、香田君の出したラストパスに、日向君は追い付けず…日本はアルゼンチンに敗れ、決勝トーナメント進出を逃したのだった。
帰国後、惜しくも予選敗退を喫した日本だったけど、周囲は健闘を讃える声が殆んどだった。
この大会、香田君は三試合で4ゴールと大活躍で、一気に評価を上げた。
日向君は怪我の影響で0ゴール。それでも、大事な所でチャンスメイクした日向君の評価は決して下がっていない。むしろ、怪我をしていても、チームに与えた影響力が評価されている。
なのに何故?何故貴方はそんなに悔しそうな顔をしているの?
何故、前にも増して厳しい表情で練習に打ち込んでいるの?
私は、大きな思い違いをしていた事に、この頃には気付いていた。
日向君は確かに香田君を過大評価している。いや、最近ではその過大評価に香田君は追い付きつつある。
問題はそこでは無い。問題は、日向大輔は、自分自身に対して
自分を低く見る事は、決して悪い事ばかりじゃない。驕る事なく、献身的に努力する事はある意味正しいのかもしれない。
でも、日向君にとってそれは悪い方向に影響を与えてる様にしか見えない。
U-17ワールドカップ以降、日向君の表情は練習でも試合でも、更に厳しいものに変わってしまった。
自信に充ち溢れ、ピッチに悠々と佇んでる姿はもう見られなくなっていた。
あの、サッカーを心から楽しんでいた、私が好きになった日向大輔は、もう何処にも居なくなっていたんだ…。
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